第42話
洞窟へと向かう道中、最初のうちは軽やかな足取りで進んでいたユースティアだったが、すぐに疲れがやってくる。
「あ、あの、少し、休憩しない……?」
洞窟までの道のりの、未だ三割程度で疲れがピークに達したユースティアは大きく息をついて座り込んでしまった。
「俺は急がないから休憩してもいいぞ。ほら、これ飲むか?」
気遣う様に足を止めたミズキは彼女の提案に反対することなく、道脇の草の上にゆっくりと腰を下ろしていく。
そして収納魔法から冷えた水をカップに出してユースティアに差し出す。
「ありがと……ぷはあ、美味しい! ごめんね……足手まといになっちゃって」
さほど歩いていないにもかかわらず疲れ切った自身に対してミズキはピンピンして疲れを全く感じさせず、今もユースティアに合わせてのんびりと座っているだけだった。
そのことで申し訳なさを感じたユースティアはしょんぼりと肩を落とす。
「……ユースティアは魔力を体力に変換していないのか?」
そんなユースティアを見ていたミズキは、彼女がこれほどに疲れやすい理由を考えていた。
単純に体力不足ということも考えられるが、それ以外にも何かないかじっと彼女を見る。
「えっ? なにそれ……?」
ミズキの言葉が理解できず、ユースティアは困った表情で彼を見ている。
「やっぱりか……それは疲れるはずだ。俺は元々の体力がそれなりにあるが、体力がないやつは魔力を使って身体強化をすると身体が動かしやすくなる。力も素早さも上がって、身体への負担も減るから自然と体力も長続きする。それに魔力の操作練習にもなるから最終的に魔力消費量とかにもかかわってくるんだよ」
ミズキの説明を聞いたユースティアはきょとんとしながらも自分の身体を見て、少し考えると魔力を身体に流すようイメージしてみる。
が、うまくいかない。
「いきなりやれといってできるもんじゃないだろうな。でも、ユースティアは魔力操作がうまそうだから、すぐにできると思うぞ」
「っ……教えて、お願い!」
この状況を改善できるのであればと、ユースティアは藁にも縋る思いでミズキに願う。
「あぁ、じゃあ右の手のひらに魔力を集めるんだ。魔法は使わずに純粋に魔力だけ」
「わ、わかった……!」
戸惑いながらもユースティアは言われるがままに魔力を右手に集中させていく。
ぽわんと優しい明るい光が右手に現れ、それが少しずつ集束して手のひらに薄く纏われていく。
ミズキは外から彼女の様子を見ているが、魔力の流れがスムーズで綺麗に右手に集中しているのがわかる。
ユースティアはやり方がわからないだけで教え込めばちゃんとできる才能を持っているとミズキは感じた。
「よし、その魔力を少しずつ少しずつ身体の中に流して広げていくんだ」
「う、うん」
この指示もユースティアはなんなくこなしていく。手のひらに会った魔力の光は次第に彼女の身体を進んでいく。
「身体の中に入ってきたら、胸のあたりをとおって頭、左手、それからお腹を抜けて腰をとおって、左右の足に魔力を流す――全身隅々まで行きわたるように意識するんだ」
今度は集中しているため彼女からの返事がないが、魔力の流れは滞りない。
むしろ最初よりも魔力の浸透率はけた違いで、魔力操作のうまさを感じさせる。
「全身に魔力が流れたら、それが身体の中をゆっくりとグルグルめぐって回って行くのがわかるか?」
ミズキの言葉のとおり、魔力が流れているのをユースティアは感じてちいさく頷いた。
「それができるようになったら、その魔力が力になって、腕や足や身体を補強してくれるのをイメージする」
ここからが難しいが、ユースティアはたどたどしくも、指示のとおりのことを行っていた。
全身を覆う魔力は局所的に彼女が意識した部分だけ力の強さを感じさせた。
「さあ、その状態で少しこのあたりを駆け回ってみるんだ。魔力のイメージは崩さずに行うのがポイント」
それを聞くや否や、ゆっくりと目を開けたユースティアは一歩を踏み出し、二歩目を踏み出して以前との違いをはっきりと感じながらゆっくりと駆け回る。
その足取りは次第にどんどん早くなり、街道から外れて、はしゃぐように円を書いて回ったユースティアが戻ってくる。
「す、すごい! さっきまであんなに疲れてたのに、足が、身体が動くよ!」
ご機嫌で歩く彼女の足取りは軽く、顔からも疲れの色は抜けていた。
「よしよし、それをずっとキープするんだ。それができれば、次のステップでは各部位の強化をしてみよう」
「はいっ!」
ここにきてユースティアの、ミズキを見る目が変化していた。
自分と同じ年くらいだというのに、一人で旅をしていて、色々なことを知っている。
更に、今も自分に知らない魔力の使い方を伝授してくれた。そんな彼のことに尊敬の念を抱き始めていた。
「これにも欠点があるんだが……」
「さあ、行きましょう!」
ミズキがこの訓練法の問題点を説明しようとしたが、教えてもらった魔力と身体の使い方を試してみたいとユースティアは先に歩きだしてしまった。
ユースティアのは街を出た当初よりもかなりペースをあげているが、それでも疲れを感じないため楽しくなってどんどん速度をあげていた。
「……はあ、こりゃすぐに倒れるな。アーク、そうなったらあいつを乗せてくれ」
「ピー!」
任せてくれと言わんばかりにアークはミズキに元気よく返事をする。
むしろ倒れてくれたほうが、元の姿に戻れるとすら思っていた。
そして、案の定十分経過したところでユースティアのペースが目に見えて落ちている。
「はあはあ、あれ? なんだろ? 足は痛くないし、力も入るのに、なんだか、身体が、うまく、動かなく……」
そこまで言ったところで、がくんと力が抜けたユースティアはふらつく視界に戸惑いながらも前のめりに倒れる。
「あぶなっ!」
それを駆けよったミズキがなんとか支えることに成功した。
「ったく……言わんこっちゃない。まだ説明の途中だったのに先に行くからこんなことになるんだぞ……アーク頼む」
ミズキは呆れた様子で小言を言いながらも、ユースティアの状態を確認している。
魔力が切れただけで他に異常は見られず、ユースティアは魔力回復のためにすやすやと寝ていた。
「ピー!」
出番が来たと嬉しそうに肩を降りたアークは先の指示通り本来の姿に戻って屈んでいく。
「ほら、落とさないように頼むぞ」
「ピピー」
そんなことをするはずがない! とやや不服そうな顔をしながら、背に乗るユースティアに負担がかからないように静かに反論をしていた。
「悪い悪い、まあ目覚めるまでそのままで頼む。でもって、目覚めたら驚いて飛び起きるかもしれないが……」
「ピー」
ミズキの言葉の続きが振り落とさないように、であることを先読みしてアークが返事をする。
「さすが以心伝心。まあ、一応は仲間って事だから頼むな」
「ピー」
気持ちが通じ合う心地よさに穏やかな表情をするミズキにアークは頷いた。
どちらも声量を抑えるという気配りをするあたり、アークの頭の良さが伺いしれた。
そんなこんなで、道中は一本道であり、魔物との戦闘も特になく程なくして目的地である洞窟へと到着していた。
そこはぽっかりと大きく入り口が開いており、吹く風からは海に繋がっているという話だけに少し潮の香りが漂っているように思えた。
「う、うーん……」
「お、目が覚めたか」
おぼろげなまなざしとともにユースティアが目をこすりながら目を覚まし始めた。
ミズキは彼女の魔力が元のように戻っているのを確認した。
「……?」
アークの背中でゆっくりと身体を起こし、ミズキと周囲を見て自分の視線が高くなっていることに首を傾げる。
「なんだか、ふわふわ……」
次に、手を置いている場所がなんだかふわふわとしてて温かいことに気づく。
心地よさに思わずもう一度伏せて頬擦りしている。
「これは……あれ? なんで、私は、え……?」
どうしてこうなったのかアークの羽根の心地よさの中で考えると、ここでやっと状況を理解し始める。
「ええええええええっ!!」
そんな声が周囲に響き渡り、すぐ近くにいたアークの耳を直撃したが、約束どおりアークは彼女をふりおとさずに我慢したのはさすがというほかなかった。
それから、彼女落ち着くまでなだめ、そしてゆっくりと説明していく。
ユースティアがアークに対して申し訳なさそうに深々と頭を下げたのは、それから十分後のことだった。
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