第41話
ミズキとユースティアが楽しく食事を楽しんでいたころ、必死の形相で街を走る男がいた。
「――くそっ、音たてちまった!」
ユースティアの家を探ろうとして、うっかり音を立ててしまったため、焦りから急いで逃げていた。
彼はややぼろい服を身にまとった薄汚れた茶色の毛並みを持つ獣人の男性で、後ろをちらちら確認しながら路地裏に逃げ込む。
人が多ければ不審人物として挙げられたかもしれないが、今は彼にとっては幸いなことに人通りはほとんどない。
「……あいつら、何か動くとか言っていたがどうせ失敗するんだ。死んだ後のあいつらの荷物は俺がもらってやる」
陰に隠れて一息ついた男はにたりと下衆な笑いを浮かべている。
この男はミズキが冒険者ギルドに立ち寄った際にいた、テーブルで寝ていた獣人だった。
彼らが来た時は酒を飲んで寝ていただけだったが、話をしている途中で酔いがさめ、ミズキたちに狙いを澄まして狸寝入りしていたのだ。
「にしても、外を見に出る様子がないな……」
壁に隠れている男は訝しげな表情でそーっとユースティアの家を伺おうとする。
「――おい、何をしてる」
「ひっ!」
しかし、声は彼の後ろから聞こえて来た。予想外の事態に男は怯えるように身をすくませて振り返る。
するとにらみつけるように冷たい表情をしたミズキが男の背後に立っていた。
「お前、あの家を探っていただろ? それにギルドにもいたやつだ。どうせ、俺とギルドマスターの話を聞いていたってとこだろうな。冒険者として活動していないみたいだし、俺たちを尾行して失敗するのを待って装備やアイテムをかっさらおうって魂胆なんだろ?」
「っ……な、なんでそれを知ってる!?」
ミズキに全て言い当てられたため、ぎょっとしたように男は目を見開いて驚いている。
「いや、そんなのお前を見ればわかるだろ。ギルドにいたってことは恐らくは冒険者、だが武器はみたところ手入れをしていない。服もボロボロで、目もうつろ。仕事をしていないから金がほしい。だが、そんな状況で俺たちに戦いを挑んでも負ける可能性が高い」
淡々とミズキが男の状態から受け取れる情報を説明していく。
「う、うるせえ! 昨日今日きたばかりのお前たちに何がわかるっていうんだ! 俺だって頑張っていたんだ! だけど、だけど仲間たちが全員死んじまって……」
自分の情けなさは彼自身が一番身に染みていた。悔しさから男はミズキの言葉を聞いていられず、やけになって怒鳴り散らす。
「俺だって、俺だって……」
高ぶった感情の行き場をなくした彼はそこまで言うと、うつむいて、ポタポタと涙を流している。
「はあ……まあ大変だったのはわかった。で? それで、俺にどう言ってもらいたいんだ? 少なくとも俺と一緒にいた彼女は……ユースティアは諦めていなかったぞ? 現実を知らないだけかもしれない。自分の実力をわかっていないだけなのかもしれない。だが、あいつは少なくとも他のやつの失敗を待って盗みを働くことはしないぞ」
ため息交じりのミズキは男の言葉を呆れた表情で聞いており、その口から言葉が男の胸を鋭く貫く。
彼の脳裏には明るい笑顔でミズキに話しかけていたユースティアの表情が浮かんだ。
「なんにしても、俺たちは失敗しない。だから、俺たちのあとをつけても危険な目にあうだけだから、あんたはおとなしく酔いつぶれてるといいさ」
うなだれたままの男に背を向けると、ミズキは振り返らずにユースティアの家へと戻って行った。
それからしばらくの間、男は膝をついてうずくまると、静かに涙を流し続けていた。
「ただいま」
「おかえりなさい! どうだった?」
ミズキは侵入者をなんとかしてくると言って出て行ったが、その結果がどうなったのか、ユースティアは興味津々だった。
ついてくるなと彼に言われて食事の後片付けをしながら待っていたのだ。
「あー、ちょっと『お話』をして、俺たちにちょっかいを出さないように言ってきた。あれだけ言えば当分は来ないと思うが……万が一来たとしてもまた追い返すさ」
過ぎたことを気にしていない風で、ミズキは既に男のことを頭の片隅に追いやっている。
「そんなことより、東の洞窟は今日出発することでいいのか?」
まだ昼を過ぎたあたりであり、今から向かっても明るいうちに洞窟の到着することができる。
ミズキはいつでもすぐに次の行動に移る準備ができていたが、ユースティアもどうかまでは確認していなかった。
「そう、だね。ちょっと不安はあるけど……うん、いこう!」
少し考え込んだユースティアは、少しでも早く今回の一件を片付けて、街に活気と笑顔を取り戻したいと思っていたため、気合を入れて頷く。
「それなら準備をしてくれ。俺はひととおりのものは持っている。ユースティアも荷物を用意するといい」
収納空間には、食事、水、その他飲み物、鍋、包丁、木の実、フルーツなどなどがしまわれているため、手ぶらで向かってもなんら問題はなかった。
「わかった、すぐに用意するね!」
一方でユースティアはまだ出発できるだけの準備を終えていないため、急いでカバンに荷物を詰め込んでいた。
一時間後、荷物の準備を終えたユースティア。
だが、着替え、食料、調理道具、飲み物などなど、遠くに旅行に行くかのような大荷物でリュックがパンパンになっている。
彼女の小さな体格を超える荷物を必死に背負う姿は冒険者とは思えない様子だった。
「はあ……それでどうやって洞窟までいくんだ?」
あまりの様子にミズキはやれやれとため息を吐く。
これだけの大荷物では急な戦闘に巻き込まれても動くことはできず、疲労も蓄積されてしまう。
そもそも東の洞窟までたどり着けるのか怪しかった。
「い、いや、だ、大丈夫、だから……!」
なんとかして無理やり背負ったようで、なんとか歩き出したが、荷物に身体を振り回され、ふらふらとしてバランスをとるのが精いっぱいで倒れまいと踏ん張ったところ、そこからピクリとも動かない。
「ふっ……! うーーーっ……やあ! とお!」
色々な声で気合をいれるが、状況は全くといっていいほど変わらない。
「あのなあ、そんな大荷物でどうやって戦うつもりなんだよ。それに、気合を入れてるところ悪いけど、そんなの続かないし、今にすぐよろけて倒れるのは目に見えているだろ?」
「うぅ、だって……」
あきれ交じりのミズキの言葉に、長距離の冒険を今までしたことがなく、準備になれていないせいであれこれ詰めてしまった自覚があるユースティアは荷物を下ろすと上目遣いで涙目になっている。
「とりあえず、いらないものは置いていけ。えーっと食料は俺が持ってるし、調理道具も俺が持ってる。飲み物も俺が持ってるから着替えを少し持つくらいでいい。あとはいざという時用にナイフでも持っていると便利だな」
根負けしたミズキは、サクサクとリュックの中のものを次々に判定、取り出しを行っていく。
「えっ? そ、そんなに持っているの? せっかくこんなに用意したのに……」
手ぶらのミズキを見て不安になった部分もあり、そこまでミズキがいろいろ持っているのは予想外だった。
パーティとして初めて行動するミズキに頼れるかどうかもわからず、大荷物になったのだろうとわかっていたミズキは嫌な顔一つせず仕分けを続けた。
「しっかり用意ができたとしても、持ちあげることができないんじゃ持っていても意味ないだろ。俺たちは今からパーティとして行動するんだ、荷物はこれで十分。ほら、軽くなったリュックを背負って、出発だ!」
そして一通り仕分け終わったミズキは軽くなったリュックを返し、家を出て行った。
「あっ、ちょっと待って下さい!」
軽くなったカバンに少し不安に思いつつも、すぐに出発するとあっては、さすがに荷物を詰め直すわけにもいかず、家に後ろ髪を引かれつつユースティアもミズキに続いていく……。
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