第40話
「ただいまー」
街の片隅にある小さな一軒家に住むユースティアは一人暮らしであり、家の中に入ると優しい色合いの清潔だが静まり返った部屋が迎えてくれた。
「お邪魔します」
ミズキは続いて、やや遠慮がちに足を踏み入れる。
家族がいるかどうかを確認していなかったための配慮だったが、返事がないことで、恐らく一人暮らし、もしくは外出中であると考えられる。
「あ、うちは私一人なので楽にしてて!」
「それじゃ遠慮なく」
ユースティアに続いて家の中に入ると、そこはあまり物が置かれていない部屋があった。
恐らくは奥にもう一部屋ある程度の広さであり、一人暮らしには十分な間取りである。
「えっと、適当に作るけどいいかな?」
「あぁ、悪いな」
「ううん、いいの」
笑顔で部屋の中を歩くユースティアは荷物をおろして、ローブをハンガーにかけると手を洗って料理にとりかかる。
ほどなくしてトントントンと、テンポのいい包丁の音が聞こえてくる。
普段から自炊をしているようで、家庭料理程度であれば慣れていた。
「俺は飲み物でも用意しよう」
「え、水とお茶しかないけど、それでよければわざわざ買いに行かなくても……」
見た限り、ミズキは飲み物を所持していないため、買いにでると判断したための言葉だった。
「よいしょっと」
ミズキは突然透明の瓶に入った果実水を取り出し、同じく取り出した二つのコップに注いでいく。
「……えっ?」
ミズキのように収納スキルを持っている者はこの世界にいないため、何もない場所からそれらを取り出したことにユースティアは驚いている。
「あぁ……そうだな、こういうことができる変なやつだとでも思ってくれ」
これまでにも何度か驚かれた経験のあるミズキは、説明が面倒になり適当な返事をする。
「わ、わかった」
最初に会った時から、ミズキはどこか普通ではないと感じ取っていたため、これもそのうちの一つなのだろうと戸惑いながらもユースティアは物分かりの良い返事をした。
それから、しばらくして料理ができあがる。
朝から仕込んでいたシチュー、サラダ、パン、肉野菜炒めがテーブルに並んだ。
食べながらも、二人の話は進む。
「うん、美味いな。それで、どこから攻めていけばいいと思う?」
「ありがとう。うーん、正直魔物たちがいる範囲が広すぎてどこから手をつければいいかわからないのが本音かな。一つの場所に時間をかけたら、他の場所の問題が大きくなってくるし……そもそも、一か所の問題すら解決できるのかどうか……」
ミズキの問いかけに対するユースティアの回答は、現状のどうしようもなさを改めて感じさせた。
「なるほどな。まず一つ言っておくが、解決はできる。これは確実だ。理由は俺がいるから」
ミズキは自信満々に言うが、そこには実力という大きな根拠があるため、ただの大言壮語に聞こえさせない。
「そう、か。うん、わかった。解決はできるとして、問題はいくつもの場所で問題が起こっているからそれをどうするかなの。私がわかっている限りでも、東の洞窟、西の森、海沿いの祠、海の中なんかがあって……」
場所がばらけており、これを二人だけでなんとかするのは至難の業である。
「だったら、まずは東の洞窟だな。そこが最初の場所だとシーリアが言っていた。同じ理由で他も問題が起きているのなら、そこが最も痕跡が大きく残っているはずだ」
なんの確証もなかったが、最も大きな影響を受けている場所であれば、そこがわかりやすいといういのがミズキの判断である。
「確かにそうだね。じゃあ、まずは東の洞窟に行ってみて、そこ次第で次の行動を考えよっか」
「あぁ」
こんなことを話していると、外でガタッと音がしたのが聞こえてくる。
「――誰……?」
何も取るもののない家に泥棒がやってくるとは思えない。
ならば、きっと誰かが二人のどちらかに用事があって訪ねて来たのではないかとユースティアが立ち上がった。
「あぁ、大丈夫だ。俺たちの声は外に聞こえていないし、今追跡しているから飯を食おう」
「え? えっと、どういうことなのかな? ……って聞いてもきっとわからないだろうし、ミズキが言うからきっとそうなんだろうね。よし、考えても仕方ないから食べよう!」
ミズキの言葉に最初は戸惑っていたユースティアだったが、彼が言うのならとそれを信じて疑問を持たずに食事へと戻って行った。
「……俺が言うのもなんだが、そんなでいいのか?」
「そんなでいい? もしかしてミズキの言うことを全部信じちゃってるってところ?」
きょとんとしたユースティアに、呆れた表情のミズキが頷く。
「これはちゃんと理由があって……ミズキがさっきコップとかを取り出すことができたみたいに、私にも他の人にない力があるの。これって、【ギフト】っていうんだって。魔法以外の特別な力を神様が授けてくれたっていうやつ」
「ほう」
これに関しては、ミズキも初めて聞いたことであるため興味深そうに身を乗り出す。
「ミズキのギフトはきっと、物を取り出すことができるんだと思う。で、私のは人が嘘をついているかどうかがわかるというものなんだ」
先ほども、ミズキが冗談で言っているのではなく、本気で言っているのだというのがユースティアにはわかっていた。
ゆえに、疑いを持たずに信じることにしていた。
「なるほどな……ギフトなんていうのがあるのか(いや、神からもらったギフトが俺でいうスキルなのかもしれないな)」
彼女の話からミズキは自分の収納スキルもギフトの一部という位置付けになるのかもしれないと考えていた。
「そうそう、だからミズキが特別な力を持っててもそこまで驚かないし、私がミズキを信じるのもそういうところからきているんだよ」
「わかった、とりあえずユースティアの前では嘘はつかないようにしよう」
「あ、それは嘘かも!」
ユースティアの話に乗っかるようにわざと嘘をついてみたミズキだったが、簡単に見抜かれ、彼女の能力が本物だと実感したミズキは苦笑する。
「わかったわかった、ユースティアの前ではなるべく嘘をつかないように努力するよ」
「ふふっ、それは本当! これから普段はちょっとした嘘をつかれても、いちいち言わないから安心してね」
ここまでミズキばかりが主導権をとっていたが、ここにきてやっと一つ取り返せたため、ユースティアは嬉しそうに自然な笑顔を見せていた。
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