第二章

第38話


 あれからエリザベートが修業を始めてから半年が経過した。


 ある日、ミズキは一人で、とある港町にやってきていた。

 冒険者として実力を積み重ねていきたい彼だったが、さすがに前の街と同じ場所で活動するのは憚れたのだ。


「いやあ、海の街は魚が美味いから楽しみ、だ、なあ?」

「ピー?」

 潮風を身体に受けながら街を眺めるミズキの言葉の後半がおかしいため、アークは肩に止まったまま首を傾げている。


「なんていうか、海の街ってもっとこう、活気があるもんだと思っていたんだが……」

 ミズキの言うように、なぜかここの街は静かで、どことなく暗く、空にもどんより雲が浮かんでおり、人々の声も聞こえて来ず寂れたように見える。


「ちょ、ちょっとこれは予想外だったな……とりあえず街の様子を見ながら冒険者ギルドに行くか」

 誰もいない寂れた環境のせいで、そう呟いた声がやけに大きく聞こえた。


 結論から言って、冒険者ギルドに到着するまでに見かけた街の住民は両手で数えられる程度であった。

 しかもみな足早で、暗い表情をしている人たちばかり。

 ミズキのような冒険者や旅人のような姿は見られないが、種族は様々な様子だった。


「――夜になるとみんな活動するとか?」

 そんなことではないとわかりつつも、そう呟かずには居られないほどに人がいない。


「ま、まあ、冒険者ギルドなら人がいるだろ」

 どこの街でも酒場と冒険者ギルドは賑わっているものであるため、期待して足を踏み入れる。


「いらっしゃいませ」

 ミズキを見つけ、挨拶をする受付嬢の凛とした声がギルド内に響く。


 視線をそちらへ向けると、いくつかあるカウンターのある一つの席に真面目そうな受付嬢が一人、端にあるいくつかのテーブルのひとつでぐったりと寝ている男性が一人。あとはミズキがいるだけだった。

 受付嬢は赤い髪を後ろで一本に束ねて制服のような服を身にまとっている。

 寝ている男はよれっとした普段着に、茶色の毛並みで獣人の特徴を持っていた。


「こ、これは一体……」

 明らかにおかしな状況にミズキは困惑している。

 どんなにさびれた街でもこういった場所には人が集まってくると思っていた。


「いらっしゃいませ、この街は初めてですか?」

 入り口で足を止めているミズキを見て、すっと受付嬢がわざわざミズキのもとへとやってきて声をかける。


「あ、あぁ、そうなんだが。この街は一体どうなっているんだ? 来る前に聞いた話だと、海に面しているおかげで人や物で賑わっていて、きれいな海でとれる魚が美味くて、たくさん依頼があるという話だったが……」


 チラリと依頼掲示板に視線を向けてみるが、そこには少ない枚数の依頼しか掲示されていない。

 しかも数あるテーブルではよく冒険者たちが談笑していそうなものなのに男が一人寝ているだけ。

 ミズキは訝しげな顔をしながら女性の方へ視線を向けた。


「なるほど、そのあたりから全てわかってらっしゃらないということですか。わかりました……こちらへ来て下さい」

「あ、あぁ……」

 頬に手を当てつつ静かに話を聞いていた彼女は戸惑うミズキをカウンターの方へと誘導した。


「あまり楽しい話ではないのですが、この街ではもう隠す必要もないですから……。そういえば名乗っていませんでしたね、私は当ギルドのギルドマスターシーリアと申します。以後、よろしくお願いします」

「なるほどな。シーリアね……ってギルドマスター!?」

 まさか、声をかけて来たただ一人いた受付嬢がギルドマスターだとは思っておらず、驚いて立ち上がってしまう。

 思わず大きい声が出てしまい、ぎょっとしたようにシーリアを見るが、彼女はただ静かにミズキを見返すだけだ。

 ギルド内に響くほどの声量でも、テーブルで寝ていた男はよほど熟睡しているようで、ぴくりとも反応を示さなかった。


「あ、すまない……俺の名はミズキ。冒険者をやっている。綺麗な港町と聞いてこの街に来たばかりだが、あまりにイメージと違いすぎて戸惑っている」

 相手が冷静沈着なことで落ち着きを取り戻したミズキは謝罪しながら座り直し、自らの現状を伝える。


「なるほど、わかりました。それではご説明しましょう」

 ひと呼吸おいた後、彼女はなぜ街がこんなことになっているのか、それを話し始める。




 ことの発端は半月前、街から東に行った場所にある洞窟からだった。


 石でできたそこはそれほど入り組んだ場所でもなく、静かで少し進むと海にもつながっているために、湿った環境で珍しい薬草も手に入るといわれる場所だ。

 時折現れる魔物も穏やかな環境のためか弱いものばかりで、たまに数が増えると冒険者が依頼を受けて魔物を討伐する程度。

 危険度が低いために冒険者以外の一般人が入ることもあった。


 だがある時からそこの魔物が急に強くなったという話が徐々に広がってきた。

 最初のうちはギルドも重要視はしておらず、調査に数人の冒険者を派遣する程度だった。


 当初は、冒険者も強い魔物が見られるようになった程度で特に変わったことはないと報告し、それも事実だった。


 しかし、問題だったのはなぜそんなことが起こったのか? にある。


「魔物が強くても、倒せばいい。そして、この街の冒険者で十分対応できるくらいの強さしかなったのです。ですが……」

 それまで冷静沈着なシーリアの表情がここで暗く影を落とした。


「洞窟は人がよく行き来する場所だったため、すぐに気づくことができたのですが、問題はもっと大きくそして広大なものでした」


 その言葉から、ミズキは全てを察する。


「なるほどな。洞窟だけの問題だと思って対処していたが、他の場所も同じように魔物が強くなっていた。しかも放置されればされるほど外敵がいない魔物はどんどん強くなっていく。気づいた時にはこの街の冒険者では対応できないほどになった。そして、地上だけでなく、海にまで問題は広がっている――こんなところか」

 すらすらと話をしていくミズキに対して、シーリアは口を大きく開けて驚いていた。


「……な、なぜそこまで的確に……」

 ミズキの言ったことは全て正解であり、今日来たばかりだというのにまるで見て来たかのように言い当てるミズキに対してシーリアは驚愕している。


「いや、だって……まあそんなもんだろ。今の話とこの街の状況を見たら、なあ?」

 そんな大したことではないとミズキは肩をすくめる。


「確かにそうでした……」

「この街の冒険者のレベルはそれなりだったのが、魔物の強さがかなりのものになったから、命を失ったか、現役を続けるのが難しくなったか、さもなければ尻尾を巻いて逃げたってところか」

 改めて冒険者たちの不甲斐なさについてミズキが言うと、硬い表情のシーリアも同意したように頷いている。


「だったら、俺のほうで動いてみるから状況を教えて欲しい」

「ほ、本当ですか……!」

 誰もから見捨てられたこの街を救おうと動いてくれる冒険者。

 自分たちの街では対処しきれない状況に、そんな人物が現れる日をシーリアは心待ちにしており、実際に他の街のギルドマスターに声をかけていた。


 それらがなしのつぶてだったため、ほとんど諦めていたところに彼の出現はとても心強いものである。


「そ、それでミズキさんの冒険者ランクはいかほどなのでしょうか?」

 ここまで状況を分析する力がある冒険者が訪れたことでいつも冷静なシーリアも思わず期待に胸を膨らませてしまう。

 この街にもかつてはAやBランク程度の冒険者はいたが、誰もがこの状況を改善できなかった。

 少なくともA、もしかしたら自分の知らないSランクの冒険者が来たのではないかと問いかける。


「――なにを隠そう、一番下のFランクだ」

 これを聞いたシーリアは愕然とした表情で肩を落とすと、ぐっと唇をかみしめてミズキに背を向けてカウンターの奥に戻っていってしまった……。


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