第36話 エールテイル大森林再び


「さあ、ここが俺の実家があるエールテイル大森林だ」

アークに乗ってしばらくすると鬱蒼とした森が広がるエリアを一望できる上空にたどり着く。

 生まれた家のことは記憶から消したかのごとく、ミズキは思い出すこともなく、このグローリエルとララノアが住んでいる場所が彼の故郷になっていた。


「ここがあのエールテイル大森林ですか……」

 初めて見るエールテイル大森林を目の前に、エリザベートは緊張感からごくりと唾を呑む。


 この森は、凶悪な魔物の住処であり、常人であれば近づかないといわれている危険な場所である。

 にもかかわらず、ミズキはここが故郷だと言っているため、いくら彼が常人とはちょっと違った雰囲気を持つとはいってもとエリザベートは混乱していた。


「ここは上空にも魔物がいるんだが、アークといれば特に襲ってくることもない。グリフォンより強い魔物なんてここの森にはそうそういないらしい」

「ピピー!」

 そうだぞ、と言わんばかりにアークが誇らしげに声をあげる。


 実際、ミズキたちがやってきてからは、上空を飛ぶ魔物の姿はほとんど見られなくなっていた。

 少し鬱蒼としているだけで、魔物が襲ってくる様子はない。


「す、すごいです……!」

 改めて周囲を見ることで、魔物がアークを避けているとわかったため、エリザベートはアークの強さを再認識していた。


「まあ、家までは安全だからとりあえず行ってみるぞ。アーク頼む」

「ピー!」

 ミズキの呼びかけに元気よく返事をすると、アークは速度をあげて家を目指していく。


 数分ののち、アークは家の前に着陸した。

 家に着く途中でふわりと空気が変わり、鬱蒼とした森とは変わって澄み切った空気が感じられた。


「ふう、久しぶり……というほどでもないな」

 見覚えのある、木々に寄り添うような自然な雰囲気と綺麗な花々に満ちたグローリエルの家。

 この家を旅立ってから、わずか数日しか経っていないことに改めて気づいたミズキは、そんなことを口にする。


「そういえば、宿代先払いしたけど……まあいいか」

 そして、こんなところを気にしないところもミズキらしさだった。


「声が聞こえるけど……誰か迷い込んできましたか? あれ? ミズキさん?」

 声を聞いて様子をうかがいに家から出てきたのはララノア。

 旅に出たはずのミズキが目の前に、しかも可愛い女の子を連れているため首を傾げている。


「あぁ、ちょっと色々あってな。グローは家にいるのか?」

「えっ? うん、師匠は中で休んでいますけど……って、えええええええ!? な、なんでミズキさんがここにいるんですか?」

 まるでちょっと遊びに行って帰ってきたノリのミズキを見て、時間差で驚いたララノアの声が周囲に響き渡る。


「うるさいぞ! 何を驚いて……おぉ、ミズキじゃないか。早い帰宅だな」

 休憩を邪魔されて気分を害したように出てきたグローリエルは驚くことなく、笑顔でミズキの帰宅をすんなりと受け入れていた。


「あぁ、こいつのことも紹介したいし、街であったことも話したいから中に入ろう」

「うむ。ささ、お嬢さんも中へどうぞ」

「は、はい」

 未だ驚き固まっているララノアをよそに、三人は家の中へと入っていく。


「ちょ、ちょ、ちょっと待って下さい! みんな、なんでそんなにいつもどおりなんですかあ!」

 混乱して泣きそうになるララノアもツッコミをいれながらついて行く。





 それぞれが席につき、ララノアが淹れてくれたお茶が前に並んでいる。


「さて、それじゃあまずは紹介からしていこう。こっちの緑髪のエルフが俺の師匠のグローリエル」

「はじめまして、グローリエルという。ミズキが世話になっているようだ。仲良くしてやってくれ」

 ミズキに紹介されたグローリエルは優しく微笑むとゆっくりとお辞儀をしながら挨拶をする。


「そ、そんな! お世話だなんてとんでもないです! むしろ私のほうがお世話に……って自己紹介しないと! 私の名前はエリザベートと言います。気軽にエリーと呼んでください!」

 緊張しながらも、エリザベートが元気よく挨拶を返した。


「私の名前はララノアです、ミズキさんの姉弟子になります。よろしくお願いしますね!」

 ぐいっと割り込んできたララノアはミズキの言葉を待たずに自分から自己紹介をしていく。


「はい、よろしくお願いします! ……あれ? ここがミズキさんの実家とおっしゃっていましたが、お二人はエルフで、ミズキさんは人族ですよね?」

 種族の違うミズキたちにエリザベートは首を傾げている。


「まあ、そのへんは話せば長くなるから追々話していくことにしよう。まずは俺がこんなに早く帰ってくることになった経緯、街についてからの流れを合わせて説明させてくれ」


 ミズキの言葉に、グローリエルとララノアが頷く。


 街で冒険者登録の際に絡まれたこと。

 その後ギルドマスターに呼び出されたこと。

 聖堂教会の面々を宿で見かけた時にエリザベートに会ったこと。

 森の調査依頼を受けることになったこと。

 ミズキはエリザベートと行動し、聖堂教会の面々、冒険者たち別れたこと。

 森の魔素は濃く、そこにはアイアンデーモンがいたこと。

 聖堂教会の責任者が実は魔族だったこと。

 魔族は聖堂教会のメンバーの魂を依り代にアイアンデーモンを大量に召喚したこと。

 アイアンデーモンと魔族はミズキが倒したこと。


 これらを順を追って説明し終えた時には、すでに空は茜色に染まっていた。


「そんなことが……エリー、辛かっただろ? いや、いいんだ。まずは心の辛さが癒えるまで好きなだけここにいるといい」

 話を聞いて胸がいっぱいになったグローリエルは今にも涙を流しそうな表情でエリザベートに優しく声をかける。


「え、えっと……ははっ、でもその、大丈夫ですよ? ミズキさんがいてくれましたし……」

 思わぬところをグローリエルが気にかけてくれたため、エリザベートは動揺してしまう。

 幼くして親元を離れ、しかももともとそんなにかわいがられていたわけでもなかったエリザベートはここにきてグローリエルに母親の面影を見てしまった。


「ここには私たち以外に誰もいない。実家も関係ない、聖堂教会も関係ない、冒険者ギルドも、政治も関係ない。だから、いいんだ……そんなに強がらなくていいよ」

 彼女の気持ちを感じ取ったグローリエルはそっと立ち上がり、エリザベートの隣に移動すると彼女を優しく抱き寄せる。


「う……ほ、本当に、あの……ぐすんっ……だ、大丈夫なんで、す。あ、あれ、涙が……ふわ、うわああああん」

 家を出ることになった日からここまで、一度として涙を流したことのなかったエリザベートだったが、心に抱えていた傷や重しを言い当てられたことで素直になり、グローリエルの胸の中でしばらく涙を流すこととなった。

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