第35話 旅立ち


「まずですが、お二人にはこの街から出て行ってもらおうと思います」

「あぁ、俺たちもそのつもりだ」

「ですね」

 すっと顔を上げて二人を見たレイラは冷たく言い放ったが、ミズキとエリザベートの反応は最初から受け入れているものだった。


「あ、あれ? なんでそんな言い方をするんだ! とか怒るところかと思ったのですが……」

 予想と違う反応を見せた二人に、思わずレイラは戸惑ってしまう。


「いやいや、アイアンデーモンをあっさり倒した俺。代表のセグレスを含めて、いなくなった聖堂教会のメンバー。ただ一人の生き残りのエリザベート。どう考えてもここにいたらまずいだろ? さっきレイラが言ったように俺は水属性だからよく思わないやつも多いはずだ」

 肩をすくめながらミズキはさらりとそう言った。

 これにはレイラも思わず閉口する。自分の失言を責められていると考えてしまっていた。


「いや、別にさっきのことはもう気にしていないからいいんだ。それより、聖堂教会のやつらがいなくなれば街のやつらも不審に思うだろ? そこにきて、唯一残ったエリザベートに質問が集中するだろうが、本当のことは答えられないし誤魔化すにも難しい……なにより、聖堂教会の他のやつらが拘束するだろうさ」

 緩く首を振ったミズキはそう続けた。


 秘密を知ったからか、それとも情報を言わないからか。

 前者であれば、聖堂教会は全て真っ黒。

 後者であってもエリザベートが自由になる未来は見えない。


「ですねえ。私はミズキさんと共に行くと決めましたし、もう聖堂教会としては行動できません。そもそもあそこにいたのは家を出る理由だっただけなので、居場所が見つかった今、所属を続ける理由もありませんから」

 エリザベートの聖堂教会に対する不信感は高まっており、居続けることは欠片も考えていなかった。

 ミズキという冒険のパートナーを見つけたいま、彼女の居場所は彼らの隣だった。


「な、なるほどです。お二人に異論がなければその方向で考えて行きましょう……――次ですが、今回の依頼に関しては冒険者の方々がアイアンデーモンを倒してその核を持ってきたことで終了とします。ミズキさんは旅立ったことにして、エリザベートさんは聖堂教会の人たちが見つからないので、上に相談するためということでいなくなったことにしましょう」

 これがレイラがこの話し合いで考えた結論だった。


「ふむ、俺のほうは別に構わないが、エリザベートはどうしたものかな。上に相談というと、それがいつか聖堂教会に伝わってしまった場合にトラブルになりそうだ……が、まあいいだろ。考えている間に誰かがやってくると面倒だ。早速出発したいところだが、俺の依頼はどうすればいい?」


 冒険者として依頼を達成したことになるか、未達成になるか。その手続きをやっておく必要がある。


「そう、ですね。ならば、キャンセルということにしておきましょう。カードを貸して下さい」

「あぁ、そんなことできるのか?」

「お任せ下さい。これでもギルドマスターなので……」

 薄く微笑んだレイラはそう言うと、部屋の隅においてある水晶玉をテーブルまで運んでくる。


 これはギルドの手続きを行う魔道具の上位版であり、ギルドマスターだけが持っている特別なものだった。


「これをこうして、こうすれば……はい、完了です!」

 かかった時間はわずか十秒程度。あっという間にレイラは作業を終えてしまった。


「はやっ!」

「早すぎます!」

 ミズキとエリザベートが予想通りの反応をしてくれたため、レイラはふふっと笑みを見せている。


「さて、これでお二人は完全に自由、まあ元々自由なのですが……それはそれとして、これからどうされますか?」

「――すぐに旅立つ」

 立ち上がったミズキが即答し、隣のエリザベートも続いて深く頷いている。


「わかりました。それでは、お気をつけて……本当は見送りをしたいところですし、成功報酬もお渡ししたいところなのですが……」

 レイラにも立場があり、見送りなどをすればそれだけ双方が目立ってしまうのもわかりきったことである。


「気にしなくていい。俺たちはしばらく姿を隠す。行き先を知らせることもないだろうが、いつか大手を振って再会できることを願っているよ」

「私もです!」

 ミズキがふっと笑い、エリザベートも笑顔でミズキの言葉に同意している。


 その姿を見たレイラはなぜか目尻から涙が零れてしまう。


「あ、あれ? 泣くようなシーンじゃないのに、なんででしょうか?」

 このような子どもたちに色々を背負わせることになってしまったことを、依頼を達成した本来の人物を称えられないこと、これ以上何も言えないこと――ギルドマスターとして、一人の女性として、その全てを彼女は情けなく思ってしまっていた。


「気にするなって、まあそのうち会えるようになるさ。今回のことが問題にならないくらいの結果を俺が出して、今回のことに有無を言わせないようになればいいだけさ」

「ミズキさん、違います! 俺、じゃなくて二人で、ですよ!」

 エリザベートはただただミズキに甘えることを考えてはおらず、自身も彼の役にたち、そして隣に立てるようになることを誓っていた。

 彼女も元は才能ある魔法使いとして聖堂教会に所属していた身。目指すところはミズキと似ていた。


「あぁ、そうだったな」

「ピー!」

「ははっ、そうだった。アークもいれたら三人だな。というわけで、三人でとんでもないことをやらかしていくつもりだから楽しみにしていてくれ、じゃあな!」

 仲間内に見せる柔らかい笑顔でそれだけ言い残すとミズキは部屋をあとにする。

 うれしそうにほほ笑んだエリザベートも深々と一礼するとミズキについていった。





「――ふう、とんでもない子たちでしたね。ここからは私がギルドマスターとしてしっかりと行動していかないと、あの子たちに迷惑はかけられません!」

 彼らを背を見送ったレイラは閉じた扉を少し眺めた後、一息つくと気合を入れ直した。


 今後の道筋を考えたのは彼女であり、それがうまくいくように行動するは彼女の責任である。


 ここで失敗すればミズキたちが困ることになるかもしれない。

 そんなことは彼女のギルドマスターとしてのプライドが許さなかった。



 

 一方で冒険者ギルドを後にしたミズキたちは街を出るために歩いていた。


「さてさて、これで俺たちは一旦身を隠すことになるわけだが……俺の実家に行ってみるか?」

「えっ? ミズキさんのご実家ですか?」

「あぁ、嫌だったら構わないんだが……」

「行きたいです!」

 まさか行き先がミズキの実家になると思っていなかったため、一度は驚いたエリザベートだったが、すぐに切り替えて行きたいと伝えた。


「よし、それじゃ正式にパーティを組んだ俺たちの最初の目的地は俺の実家――エールテイル大森林だ!」

「っ……エ、エールテイル大森林!?」

 エールテイル大森林とは人が住めるような場所ではなく、鬱蒼とした森に凶暴な魔物が多く生息しているといわれる場所。

 そこへ行くとなって驚くエリザベートに、予想通りの反応が見られて笑うミズキ。

 二人は街を出ると、元のサイズに戻ったアークの背に乗って旅立っていった……。

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