第31話 聖堂教会の秘密


「まず一つ目、なんでエリーは聖堂教会に入ったんだ?」

 真剣な表情でエリザベートを見ながらミズキは問いかけた。


 これがミズキにとって最も聞きたいことだった。

 聖堂教会の信奉者なのか、それともただ声をかけられたからなのか、別に事情があるのか、なりゆきなのか。

 騎士たちに囲まれているエリザベートはちょっと異質に見えたのだ。


「あー、えっとですね……」

 それはエリザベートにとってあまり大した問いかけではないらしく、あっさりと話してくれる。


「私のうちはとある地方の小さな貴族なのですが、私は六人兄弟の末っ子で、その……あまり裕福ではなく、早いうちに出て行くようにいわれていまして……ははっ」

 自嘲ぎみの笑いを零しながら、彼女は自分の生い立ちについて話し始める。

 その脳裏には故郷の家族の姿が浮かんでいた。


「それで、いつか出て行かないとなあっていうのはずっと思っていたものの、何をして生きていけばいいのか悩んでいたんです。子どもですからね、魔法が多少使えても活かし方がわからなかったんですよ」

 彼女にしてみれば、家族から見捨てられて外に放り出されるのを待っている心境だった。

 それを語るエリザベートの表情はどこか寂しそうだった。


「なるほど、そこで声をかけてきたのが聖堂教会ということか」

 ミズキの言葉にエリザベートは頷く。


「私の能力について認めてくれて、是非聖堂教会に入ってほしいと声をかけてくれたんです。家族にも話をしてくれて、もちろん家族は大喜びでしたよ」

 大喜びしている理由は、悲し気に微笑む彼女の顔からも容易に想像ができる。


 もちろん彼女の門出を喜んだのではなく、一人家から出て行ってくれることへの喜びである。

 更には聖堂教会は幾ばくかの金を置いていっているため、彼女を家にとどめておく理由がなかった。


「なるほど……そういうことか」

 しかし、ミズキはこの回答に少し安堵していた。

 少なくともエリザベートが聖堂教会の教えを信奉して入ったわけではないことが確認できた。


「それで、エリーは聖堂教会に入ってみてどうだったんだ?」

 漠然とした質問をミズキは投げかける。

 彼女にとって聖堂教会がどういった存在であるのか、それを聞いておきたいと思っていた。


「そう、ですね。行き先のない自分を受け入れてくれたことはとてもありがたいと思っています。色々とみなさん気にかけてくれましたし、セグレスさんも……」

 そこまで言ってエリーはしょんぼりと肩を落とす。

 まさかセグレスが魔族だったとは彼女も思っておらず、近くにいただけに知らなかったことは大きなショックだった。


「なるほどな。それじゃ、その話を聞いた上で俺の見解を話させてもらおう」


 今度もエリザベートは静かに頷く。

 色々なことが起こりすぎて、彼女は考えがまとまらずに混乱していた。

 ゆえに、冷静に物事を見ていそうなミズキの話を聞くべきだと、そう判断している。


「聖堂教会――その全てがああなのかは俺にもわからない。だが、昔からあの組織には何かがあるらしいと知人から聞いている」

 知人とはミズキの師匠であるエルフのグローリエルであり、彼女は長い人生の中で色々な経験と情報を持っていた。


 グローリエルはミズキが冒険者として旅立つときに役に立つかもしれないと色々タイミングを見計らってそういった話をしてくれていたのだ。


「あそこは昔から、帝、王、聖の魔法使いを輩出している。それだけ多くの強力な魔法使いが集まっているということだ。おそらくエリーに声をかけたのも、そういった理由があるからだろう」

 ミズキは静かな声音で語る。


 これに真剣な表情でエリザベートも頷く。

 事実、彼女は同じく集められた資質のある子どもたちに会っている。


「だが、その中で全員が結果を残せてはいない。途中で行方が分からなくなった者も少なくない。なぜなのかは誰もわからないし、誰も言及しない。聖堂教会に逆らう、疑念の目を向けるというのは危険だからな」

 これは誰もが思っていることであり、エリザベートは何回目かの頷きを見せた。


「その理由の一端、それが今回わかった……ということなんだろうな」

「……!?」

 ここにきてミズキが確信に触れたため、そして彼の言葉が何を示しているのかわかったため、エリザベートは口に手を当てて驚きをなんとか押しとどめていた。


「つ、つまり……聖堂教会には……ま」

「――しっ!」

 途中まで言ったところで、ミズキがエリザベートの口の前に掌を出して、言葉を止める。


「まだ森には他の冒険者たちがいるはずだ。あいつの正体がアレだったのを知っているのも俺たちだけだ。変な情報を流して、動揺を広げないようにしよう」

 ミズキに口をふさがれつつ、コクコクとエリザベートは無言のまま頷く。

 彼女が話さないとわかるとミズキは立ち上がって森を見回す。


「さて、とりあえず他の冒険者たちと合流しよう。魔物と戦っているかもしれないからな」

「ですね!」

 ミズキの言葉に、エリザベートも気持ちを切り替えて明るい返事をする。


 今回のことは彼女にとってかなり大きな事件であるため、無理やりにでも切り替えないと引きずってしまうと思っていた。


「魔素はまだ濃いままだが、首謀者のアレがいなくなったから徐々に解消されるはずだ。……知らんが、多分そうだろ」

 

 実際、森中に漂っていた魔素は徐々に薄らいでおり、いずれは完全に元の状態に戻ることが予想できた。


「わかりました! では……といっても、どこを探しましょうか?」

 歩き出そうとして、エリザベートはすぐに足を止める。


「あぁ、そうだったな。今なら俺の魔法で探すこともできるか……”水覚”」

 ミズキは目と閉じると水魔法による感知で森の中を調べていく。


 空気中に張り巡らせた水分が、木、魔物、そして冒険者たちの居場所を調べていく。

 ミズキは時間にして数分程度でほぼ全域の把握を終わらせた。


「森に入って右手の方向に進んだみたいだ。俺たちは真っすぐ奥に、聖堂教会のやつらは一端左手の方向にわかれたらしい……いい判断だったな」

 冒険者たちは自らの手柄のために聖堂教会とは別行動をとっていたが、それが功を奏した形となる。


「一緒に行動していたら今頃……」

 同じようにアイアンデーモンに姿を変えられていたかもしれない――そう考えたエリザベートは身震いをしていた。


「なんにせよ、一旦合流しよう。状況について話す……のもなかなか面倒だから少し嘘を交えるが、話を合わせてくれると助かる」

「はい!」

 まさか、今回のことを冒険者たちにそのまま説明するわけにもいかないと、エリザベートも彼の提案に同意する。


 そして、森の中央あたりまで向かったところで冒険者グループと合流することとなった……。



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