第27話 セグレス


 さすがに数が多かったため、全てのアイアンデーモンを倒すのは一瞬とはいかずに、少し時間がかかっている。

 だが巨大な水竜は確実にアイアンデーモンたちを飲み込んでいっている。


「ミ、ミズキさんは一体……」

 何者なのか? なぜこんなに強いのか? なぜ自在に魔法を操れるのか?


 呆然と立ち尽くしたエリザベートの頭に様々な疑問が浮かんでくる。


「さあ、エリー」

「えっ? は、はい!」

 そんな状況で名前を呼ばれたため、エリザベートは驚いてから、慌てて返事をする。


「アイアンデーモンは倒し終わった。あとはあいつだけだ」

 エリザベートが思案していた時間はわずか1、2分程度であったが、その間にアイアンデーモンの掃討は完了していた。


「それで、セグレスだったか。お前はどうするんだ?」

 この状況でもまだ戦うつもりがあるか? ミズキはそんな意味を込めてセグレスに質問を投げた。


「ぐ、ぐぐ……た、たかがアイアンデーモンを倒した程度でいい気になるな! あいつらはデーモン種のなかでも、下から二番目程度の力しか持っていない!」

 負け惜しみを言うセグレスのことを、ミズキは面倒くさそうに眉間に皺を寄せて見ている。


「俺は別にいい気になんてなっていないし、質問したのはお前がどうするのか、だ。あれだけの手勢を失ってお前一人になって、それでもまだ戦うつもりなのか? ということだ」

 冷静なミズキの質問にセグレスは怒りの表情のまま、頬をヒクヒクと動かしている。


「言い方を変えてやろう。頼みの綱のアイアンデーモンがいないのに、弱いお前が一人で戦えるのか?」

 セグレスの苛立ちをあおるようにミズキは薄く笑って、あえて挑発しながら言う。


「――お前、死んだぞ」

 挑発の効果はてきめんであり、それまで怒りに満ちていたセグレスの顔から表情が消え、ただただ冷たい視線がミズキをとらえている。


 更にその身体を黒い魔力が取り巻いていく。


「あの魔力の色は!?」

 ミズキの水の青とも、エリザベートの雷の紫とも、他の属性どの色とも異なる魔力を身にまとっていることにエリザベートは驚いている。


「エリー、あれは魔族だけが持つ黒い魔力――闇の魔力だ」

「魔族!?」

 魔族はアイアンデーモン同様魔界に住んでおり、滅多に遭遇することはない、といわれている。


「あぁ、セグレスが元々魔族だったのか、魔族がセグレスになり替わったのかはわからんが……どっちなんだ?」

 本人に聞くのが一番早いと、ミズキが質問するが、これもセグレスを怒らせる。


「ペラペラペラペラと、よくしゃべるガキだ。てめえみたいなガキの質問に、親切に答えてやるわけがねえだろうが!!」

 吐き捨てるように言うと、会話を打ち切ってセグレスがぐっと足を踏み込んで走り出す。


「死ねええええええ!」

 闇の魔力がセグレスの身体能力を強化している。

 その右手には大剣が握られており、剣自体も闇の魔力に包まれていた。


「”水剣”」

 片手剣では受けきれないと判断したミズキは、水剣一本でセグレスの攻撃に立ち向かう。


「そんなもので我が攻撃を防げると、思っているのかあああああ!」

 セグレスは怒りを口にしながら、まるで片手剣であるかのように大剣を軽々と振り下ろす。


 人間ではありえないほどに強化された身体能力による一撃。剣技から放たれた風圧であたり一帯がぶわりと揺れ動く。


 その大剣に向かって、ミズキは水剣を出し受け止めようとする。

 それと同時に、右足で地面を踏み込む。


「解除」

 しかし、これまたアイアンデーモン戦と同じように一度刀身部分を解除してセグレスの空振りを誘発させようとする。


「それは、見たわああああ!」

 セグレスは頭に血がのぼっていたが、それでも先の戦いを観察しており、ミズキの戦闘方法も確認していた。

 ゆえに、ミズキが水剣を手にした時点でこの可能性を予測していた。


「だろうな」

 ミズキはこの手が読まれることを想定しており、次の手を先に打っていた。


「”水竜”」

 アイアンデーモンを使ったものよりは威力が劣るものの、素早く放つことのできる強い攻撃魔法。


「な、なにいいいいい!」

 それは、今まさにミズキに向かって大剣を振り下ろそうとしていたセグレスの隙を完全についたものであり、足元から水竜が飲み込んでいく。


「や、やった!」

 それを見ていたエリザベートが歓声をあげるが、ミズキは戦闘態勢のままで距離をとる。


「まだだ。さすがにあれじゃ倒せない……だろ?」

 水竜が消え去った時に、そこにはセグレスが立っている。


「当たり前だ! 獣の姿をしていたとはいえ、水の魔法程度が私にダメージを与えられるわけがないだろ!」

 そう怒鳴るセグレスは身体が濡れているだけで、明確なダメージを負っているように見えなかった。


「そ、そんな……」

 エリザベートは、強力なミズキの魔法が効いていないことにショックを受けている。


「気にしなくていい。魔族相手だったらこうなると思っていた」

 ミズキは全くといっていいほど慌ててはいない。全て予測済だった。


「お前……なんでそんなに落ち着いている? 自分の魔法が効かなかったんだぞ? 頼みの魔法だったんだろ? 威力が上がったとしても通用しないんだぞ?」

 動じていないミズキを見て、少し冷静になったセグレスは何かがおかしいと感じている。


「そもそも俺が魔族と聞いても驚いていなかったな。何を知っている!」

 セグレスは得体のしれないミズキを見て、内心穏やかではない。


「ははっ、そうだ。俺は魔族のことを知っている。水魔法の真実についてもな」

 そう言いながらミズキは、掌に水の玉を作りだして見せる。


「な、何を言っている。真実だと? 水魔法は弱いという以外に真実など……」

 一瞬びくりとしたセグレスは自らが知らないことをミズキが知っていることに動揺している。


「その俺にこれだけやられているのに、よく言えたもんだな……」

 ミズキは冷めた目でセグレスを見ている。


「う、うるさい! 水魔法などという最弱の魔法に魔族が負けるはずがない!!」

 現状を受け入れられないセグレスが言い放つが、この言葉がミズキの怒りに触れる。


「……水魔法が最弱? お前たちは本当の水魔法を知らないだけだ!!」

 そう口にしたミズキの身体を青く強い魔力が包み込んでいく。


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