第26話 大水竜


「――は」

 少しうつむき気味のセグレスが一言口にする。


「「は?」」

「ピー?」

 ミズキとエリザベート、そしてアークが訝しげに首を傾げる。


「ははははははははははは、ははははははっ! あっはははははは!」

 急に腹を押さえてセグレスが大笑いしたため、ミズキたちは困惑と驚愕の表情で彼のことを見ている。


「あはははは、いやあ、はは、そうかあ、そうだな……」

 ひとしきり笑ったセグレスは目頭に手をやり、何度か頷く。

 どうやら自らの中で何かに納得している様子であり、自らに言葉をかけている。


「「「!?」」」

 次の瞬間、三人は驚く。


 笑いが止まり、ゆらりと顔をあげたセグレスの目は赤黒く輝いており、およそ人のそれとは思えなかった。


「いやいや、やっぱりお前のようなガキを連れてくるんじゃなかった。その髪の色を見た時点で嫌な感じはしていたんだ。お前の属性、水だろ?」

 急に口調が変わったセグレスが下卑た笑いを浮かべつつミズキへと質問をする。


「あぁ、見てのとおり俺の属性は水だ」

 否定する理由もないため、ミズキは堂々と答える。


 まさかここにきて、セグレスが水属性を馬鹿にでもするのか? とやや呆れてもいた。


「ちっ――水魔法なんて面倒なものを使うやつがそこそこやるとはな。本当に、面倒なことになったもんだ!」

 しかし、どうやらセグレスは馬鹿にしているのではなく、水魔法を嫌っているような言葉を放つ。


「おい、お前たち!」

 苛立ったままセグレスが声をかける。

 が、その対象はミズキたちではなくいつの間にやってきていたのか聖堂教会の者たちに向けたものだった。


「みなさん、私です! エリザベートです!」

 それに気づいたエリザベートが必死に声をかけようとするが、全く反応する様子が見られない。


 ゾロゾロと現れた男たちだったが、目はうつろで動きもまるでゾンビであるかのような頼りない歩き方をしている。


「はははははっ、無駄だ。こいつらは既に死んでいるからな」

 セグレスはケラケラと笑いながら強烈なことをあっさりと言い放つ。


「そ、そんな!?」

 エリザベートは驚きのあまり、悲痛な面持ちで思わず手を口にあてる。


「ゾンビ? いや、腐敗しているようには見えないな。むしろただ移動のためだけに操られているようにも見える。それに、それぞれが強い魔力を秘めているような……まさか!」

 ミズキはなにかに気づいて、先ほど倒したばかりのアイアンデーモンの死体を見る。


「はははっ、そこまで察しがいいのか。いやあ、ほんと面倒なガキだな、お前は」

 ミズキの反応に笑ったセグレスだったが、すぐに表情がなくなり、冷たい視線をミズキに向けていた。


「……えっ? ど、どういうことなんでしょうか?」

 想像ができないからなのか、信じたくないからなのか、エリザベートは二人が何について話ているのかわからず困惑している。


「エリーにもわかるだろ? あのアイアンデーモンの魔力、そしてあいつら。聖堂教会のやつらから感じる魔力……」

「えっ? あっ……な、なんで!?」

 ミズキの指摘を受けて改めて魔力感知をしたエリザベートは、ありえない事実に驚愕する。


「そうだ、お前たちが倒したアイアンデーモンは元々人だった。そして、こいつらは言うならばアイアンデーモンの卵のようなものだ。そして、卵が孵化する条件は濃い魔素……つまり」

 セグレスが笑うと、先ほどまでゆっくりと動いていた聖堂教会の者たちがピタリと動きを止めた。


 すると、身体にピシピシと音をたてながらヒビが入っていく。

 人の身体だったはずのそれはまるで卵のようにひび割れ、ぬるりと中からアイアンデーモンが生れ落ちる。


「さあ、アイアンデーモンの、誕生だ!」

 セグレスがニヤリと笑って両手を大きく広げる。

 まるでそれが最後の合図だったかのように、アイアンデーモンが次々と姿を現していく。


 その数──五十体。


「そ、そんな、一体倒すだけでもあんなに大変だったのに……」

 エリザベートは魔力の大半を先ほどの魔法に使っていた。

 それでなんとか倒せたが、五十体もの数を相手するとなると、単純にエリザベートが五十人必要な計算になる。


 それは絶望的であり、エリザベートから力と希望を奪っていく。


 信頼していたはずの人物が敵対していること、仲間だと思っていた人たちはみんな死んでしまっていること、そして眼前の敵の数……。


 なにもかもが衝撃的で、ショックで、辛く、きつかった。

 彼女は流れ落ちる涙をぬぐう気力すらなく、がっくりとうなだれていた。


「……はあ、やっと尻尾を出したか。つまり、この森の魔素がこんなに濃いのも、アイアンデーモンがいたのもお前の仕業ってことだ。いや、お前たち、といったほうが正しいのか? お前みたいな小物にこれだけの大それた絵を描けるとは思えないからな」

 ため息交じりのミズキは今回の依頼をこなしていくうちに、犯人が姿を現すだろうと予想していた。


 冒険者ギルドが大型の依頼として、冒険者たちを派遣するというのは恐らくすぐに広まる。

 人数が多ければ、森にいるという魔物が倒される可能性も十分に秘めている。


「まあ、どっちでもいいがな」

 少し考えたあと、緩く首を振ってミズキは前を向く。


 しかし、その犯人がセグレスだとは思っていなかった。

 だが、それも些細な問題であり、あとは倒すだけだと考えている。


「き、ききき、貴様あああああ! たかが人間の、分際で!!! この、俺を馬鹿にしたのかああああああ!」

 図星を突かれて怒り狂ったセグレスは苛立ちから魔力を解放していく。

 すると脈打つように体がうねり、本来の姿に戻っていく。


 皮膚は青く、鋭い角が左右に一本ずつ。これはおよそ人のそれではない。


「魔族……」

 ミズキが呟くと、エリザベートはビクリと身体を振るわせた。


 これ以上、まだなにか悪い情報があるのかと、完全に打ちのめされている。


「あぁ、そうだ、俺様は魔族だ! 貴様らのような下等な種族とは違う、頭が高いぞ、ひれ伏せ!」

 ミズキとエリザベートの態度が気に食わず、セグレスは腕を振り上げ、怒鳴りつけた。


「まあ、そんなに慌てるなって。数はそっちが圧倒的なんだ、たかだか子ども二人にそこまで怒らなくてもいいじゃないか」

「うるさい、黙れ! ひれ伏せ!」

 淡々としたミズキの言葉をこれ以上聞くつもりはないらしく、セグレスはただただ怒鳴り散らしている。


「もう、我慢ならない! お前たち、さっさとあいつらを……」

「”大水竜”」

 セグレスの言葉が終わらないうちに、ミズキが魔法を放った。


 これは、家を飛び出した時に使った”水竜”の魔法。

 あの時も自分を閉じ込めていた牢を破壊するほどの威力があったそれをこの数年で強化した”大水竜”という魔法は、巨大な水の竜を生み出していた。


「喰らいつくせ!」

 巨大な水竜はアイアンデーモンを次々と飲み込んでいく。


 その様子をエリザベートとセグレスは何も言えずにただただ、呆然として見ていた。


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