第24話 アイアンデーモン
「大丈夫か?」
ミズキは改めて前に座るエリザベートに質問する。
ここから先にいるのはこれまでの魔物とは異なって、かなりの強さを持っている魔物である。
その魔物と、共に過ごした時間の短い自分と一緒に戦うことになる。覚悟は大丈夫か、と確認していた。
「もちろんです。むしろ、あんな強力な魔物と戦えるのはミズキさんと私だけだと思っています。先ほどの戦いでミズキさんの力量は証明されましたから!」
愚問であると言わんばかりに、笑顔のエリザベートはハッキリと言い切った。
むしろ共に戦えることをうれしく思っている様子だ。
「……今更かもしれないが、エリーは俺が水の魔法使いだということを気にしないんだな」
自信満々で答えたエリザベートを眩しいものを見るかのように目を細めたミズキは自嘲気味に呟く。
ミズキはこちらの世界にきて、水属性であることを家族にまで馬鹿にされていた。
冒険者ギルドに到着した時も同様に馬鹿にされていた。
そんなことを言われるとは思ってもみなかったのか、エリザベートはキョトンとした顔をしている。
「なんで水属性であることを気にするんですか?」
それはミズキを気遣っているのではなく、心の底からそう思っている表情だった。
「いや、ほら、水属性って弱いからって馬鹿にされているだろ? だから……」
「……えっ? だって、ミズキさんあんなに強いじゃないですか。属性なんて関係ないです。ミズキさんの実力はここまでの間に十二分に感じられました。そんな方を尊敬こそすれ、馬鹿にだなんてできません!」
思いがけないエリザベートの反応にミズキのほうが戸惑いつつもそう答えると、彼女はむっとしたような表情で強く反論した。
今度はミズキがキョトンとしてしまう。
こちらの世界に生を受けてから今日までの間、髪の色や属性ではなく、ミズキ個人を見てくれたのは師匠のグローリエルと姉弟子のララノアだけだった。
「……ははっ、エリーはすごいよ。貼られたレッテルじゃなく中身を見るなんてこと、そうそう簡単にできるものじゃないんだがな。だが、それを聞いて心のつかえもとれた、行こう」
裏のない彼女の純粋な気持ちを聞いたミズキの顔からは完全に迷いが消え、気持ちはこれから先にいる魔物に向き始める。
「はい! アークさん、お願いしますね!」
「ピー!」
大したことを言ったつもりはないが、ミズキのすっきりした表情に優しく微笑んだエリザベートが声をかけると、アークは機嫌よくひと鳴きしてから進んでいく。
奥へと向かう道中でも魔物の姿はあったが、二人の敵ではなく、あっさりと倒されていった。
「もう少しだ」
「はい」
二人とも口数が少なくなってきている。それだけ、件の気配の主が近くなっていた。
「あっ、見えました!」
まだまだ距離はあるというのに、エリザベートはその魔物を発見して指をさしつつ声をあげる。
それは離れていてもわかるほどに大きな魔物だった。
「あれは……アイアンデーモン?」
顔をぐっとしかめたミズキが魔物の名前を呟く。
デーモンと名のつく魔物は魔界と呼ばれる特別な場所にしか存在しないはずである。
しかしながら、その魔物の特徴は最も下位のブロンズではなく、その上のアイアンデーモンであることを表していた。
森から突き出した大きな身体に青みがかった黒い皮膚はところどころ金属のような鱗があり、頭には鈍く銀色に輝く大きな角が左右に二本はえ、口には鋭い牙がある。淀んだまなざしに背中には大きな黒い羽根があった。
こうやってただ見ているだけでも魔力の高い魔物であるとミズキたちは感じ取っていた。
「なんでこんな場所に……」
硬い表情のエリザベートは魔界にいるべき魔物がいることに驚きを覚えていた。
「それはわからんが、森がなんでこんなに魔素が濃い状態なのかはわかったな」
魔界の空気は魔素を多く含んでおり、デーモン族はその魔素を吸収してエネルギーにしている。
アイアンデーモンの周りを注視すると魔素の流れが異様なのがわかる。
「誰かがあのアイアンデーモンをここにいさせるために……」
ミズキの言葉を受けたエリザベートが理由を口にする。
デーモンをこの場所に留めておくには、これだけの魔素が必要になるのは道理であった。
「魔物が活性化しているのは魔素が理由、魔素が濃いのはあのデーモンを森にいさせるため、だったらやることは簡単だ」
地面に降り立ったミズキはアークの背から降りると、右手に魔力を集めていく。
「わ、私も!」
「いや、エリーはアークの上から魔法で戦ってくれ」
エリザベートも慌ててミズキに続こうとするが、それを止められる。
ミズキが知っているアイアンデーモンの情報は、巨体であり単純な攻撃力が高い。
そして様々な魔法を操り、なにより動きが早い。
だからこそ一緒に戦うよりも二人が別に行動したほうがいいと考えたのだ。
「GAAAAAAAAAAAAAAAA!」
ミズキたちを視界にとらえたアイアンデーモンは、おたけびをあげるとそのまま動き出す。
踏み出した一歩はドスンという重い音を出しており、上げた足の下に広がる地面に足跡がついている。
一見重い動きながらも、事前の情報のとおり見た目以上の速さでどんどん距離を詰めてきた。
「さて、まずは小手調べといこうじゃないか」
そんなアイアンデーモンに対して、ミズキは真正面から向かっていく。
「ミズキさん!」
無謀なことをしているようにしか見えず、エリザベートは思わず悲鳴にも似たような声で名前を叫んだ。
その声を背中に受けるミズキだったが、足は止まらずアイアンデーモンとの距離がどんどん詰まっている。
「も、もう! “サンダー……」
そんなミズキを援護するため、エリザベートは右手を前に出して魔法を放とうとする。
「ピー!」
しかし、アークが動いて魔法の邪魔をする。
「なんで! アークさん、なんで邪魔するんですか!」
「ピー」
アークはエリザベートの必死な問いかけに、静かな声で嘴をミズキに向けた。
今まさに衝突する瞬間、ドゴオオンという轟音が森に響き渡る。
「きゃああ!」
エリザベートは泣きそうな表情で顔を覆うと今度は本物の悲鳴をあげる。
「――エリー、俺なら大丈夫だ」
その声はいつものミズキのものだった。彼は武器屋でもらった片手剣でアイアンデーモンの右拳を受け止めている。
「GURR!?」
そんな彼に対して、アイアンデーモンは驚愕している。
子どものミズキに対して、アイアンデーモンの身長は五メートルをゆうに越えている。
明らかに体格差で押し勝てると思っていただけにアイアンデーモンの動揺は大きい。
「あんまり驚くなよ。まだまだ、これからなんだろ?」
飄々とした態度でそう言ってニヤリと笑うミズキは戦いを楽しんでいるようだった。
「GA、GAAAAA!」
それを挑発と受け取ったアイアンデーモンは、怒りをにじませて反対の拳を振り下ろす。
ミズキが持っている片手剣は一本であり、そちらは右拳で封じているため、こちらを防げるはずがないという狙いである。
「まあ、そうするだろうな。”水壁”」
アイアンデーモンの次の手を予想していたミズキの右側には魔法で作られた壁が作り出され、拳を防ぐ。
しかし、それは少しの障壁とはなったがぶち抜かれてしまう。
「さすが、だが。”水剣”」
拳を邪魔した一瞬の間に、ミズキは右手に刀身を生み出す柄を握っており、そちらで攻撃を防いでいた。
しかも、こちらはミズキの得意な水の魔力を十分に込めたものである。
「GUAAAAA!」
アイアンデーモンの拳は水剣によって深く斬りつけられており、緑色の血が噴き出していた。
「さあ、まだまだこれからだろ?」
戦いを楽しむかのようにミズキは先ほどと同じような言葉を口にして、ニヤリと笑う。
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