第18話 武器屋


 大きな街だけあり、小さな個人商店から大きな店舗までが点在している。

 商店街といっていいほど冒険者たちに必須なアイテムを中心に取り扱う店が並ぶエリアで、朝独特の賑わいを見せる街並みを眺めながらミズキはいいものがないか見ていく。


 大きな店舗には種類豊富な武器たちがその店に合った雰囲気で並べられ、剣、槍、ナイフ、弓、斧といった基本的なラインナップから、ミズキが扱ったことのないような武器まで並んでいた。


 しかし、そのどれもピンとこないため、ミズキは次々と店を渡り歩いていく。


「――ん? あっちにも店があるのか……」

 大通りで店を探していたミズキだったが、ふと一本奥に入った裏道に目を向けるとそちらにも店があるのを発見する。


「行ってみるか」

 こちらの通りではいい店が見つからなかったため、裏通りも散策対象にすることにした。


 裏通りといっても、治安が悪いわけではなく道幅がやや狭い程度だった。


「こっちは個人店が多いのか?」

 大通りに比べるとやや小さな店ばかりが並んでおり、パン屋、肉屋、雑貨屋、そして武器屋を見つける。


「なかなか雰囲気のある店だ」

 店の外には武器屋である看板が一つ掲げられているだけ。

 開かれた扉から中を覗くと、狭い店内に所狭しと武器が並んでいるようだった。


「入ってみるか」

 足を踏み入れると、金属の匂いが鼻につく。

 それは決して嫌な臭いではなく、ファンタジーの武器屋に来たのだという実感をミズキに持たせていた。


「いらっしゃい……」

 そっけなく低い声で言ったのは店のカウンターの向こうにいるドワーフの男性だった。

 店の中だというのに薄汚れた帽子を深くかぶっており、暗めの服を身にまとう彼はもっさりとした顎鬚を撫でている。


「どうも」

 やや不愛想な店主に対して、特に思うことはなく、ミズキは店の中を見ていく。


 一応これまでに一通りの武器を触ってきたミズキは得意武器というものがないため、何を選ぶのが適切なのかわからず、ひとまず適当に手に取ってみる。


 まずは片手剣。


「……お主、片手剣ならこっちがいいのではないか?」

「うおっ!」

 適当な一本を手に取ったところで、突然後ろから話しかけられ、ミズキは思わず飛びのいてしまう。


「うむ、すまんな。あまり武器について詳しくなさそうなので、つい声をかけてしまった」

「い、いや、俺も過剰な反応だったな……それで、俺にはそっちの剣の方があうのか?」

 これまで、魔法のことばかり勉強していたミズキは装備に関しては門外漢だった。

 最初の印象から店主が自ら話しかけてくるとは思わなかったが、専門家の意見が聞けるのであればと素直に聞き返す。


「あぁ、身体のサイズからして少し小ぶりな剣のほうが取り回しがしやすいはずだ。武器を扱うのは初めてか?」

 無愛想ながらも、少しでも情報を集めて、ミズキにあった武器を探してやろうという気持ちが店主から伝わってくる。


「そう、だな。木剣で戦闘練習を少ししたことはあるが、こういう本格的な武器に触れたのは始めてだ。魔法の訓練が多かったんだ」

 だからこそミズキもこの店主に話すことになぜか抵抗がなく、スラスラと話していく。


「なるほどな。確かに武器というより魔法のタイプに見える……となると、遠距離の魔法を活かすために近距離のナイフなんかも悪くないかもしれないな。投擲にも使える」

 顎鬚を撫でながらひとつ頷いた店主は近くにあった一本のナイフをミズキに手渡す。


「そういう使い方もできるのか、魔法に対して防御できてもナイフは……面白い!」

 ミズキは店主の提案に食いついて、ニヤリと笑う。


 魔法使いは魔法での攻撃が一般的な中で、魔法に中に物理武器を混ぜることで効果的なダメージを与えられると考えていた。


「お主、頭が柔軟なようだな。ナイフを投擲と言っただけで、その効果的な手段を考えられるのはなかなかのものだ」

「そうか? 誰でもそれくらいのことを思いつくだろ?」

 ちょっとしたヒントがあれば、すぐに考えられることであるためミズキは首を傾げている。

 今あるものをどう使ってさらに良いものへと昇華していくか考えるのは彼がこの世界に来てから自然としてきた考えのため、不思議に思っていた。


「ふむふむ、自覚はなしか。だが、お主は自分で思っているよりも頭がいいようだ」

 じっと静かに顔を見られて店主にそう言われても実感が薄く、ミズキは反応に困った。


「うーむ、まあ俺が頭がいいかどうかは置いておいて、あんたはなんで俺に助言をしてくれるんだ? 普通だったら、武器のことをろくに知らないガキ相手にそこまで親切にする理由もないだろ?」

 一見して偏屈そうな店主が、わざわざ何も知らなさそうなミズキに武器の手ほどきをする理由が思い当たらない。

 子供は帰れと怒鳴ってもおかしくないと思っていただけに、ここまで親身にアドバイスしてもらえるとは予想していなかった。


「そうか? 俺はこの店の店主だ。武器を売るために言ってるのかもしれないぞ?」

「いやいや、だったら最初の剣を勧めるだろ。あっちの方が値段が高かったぞ」

 最初に紹介した剣よりも後に紹介した剣は比較的安価であり、ナイフともなれば更に安く購入できる。

 単純に金目的ならば最初の剣を黙って売っていた方がもうけになる。


「ははっ、そんなところまで気づくかね。まあ、少し思うところがあってな。ほれ」

 一瞬呆気にとられつつも、ケラケラと笑いながら店主はずっとかぶっていた帽子を外す。


「あっ……」

 思わずミズキは声を出してしまった。


 ミズキはつるりとハゲている、もしくはなにか酷いくせっけから帽子をかぶっているのかと勝手に思っていたが、その実店主の髪はふさふさでいたって普通だった。


 しかし、声を出してしまったのはそこにではなく、髪の色を見たためだった。


「うむ、俺の髪も青系だからな」

 もそもそと適当に髪を撫でる店主はへにゃりと笑っていた。

 ミズキの髪色よりも薄い、どちらかといえば水色に近いが、それは水属性であることを示している。


 この世界ではそれぞれの持つ属性が髪の色となって現れることは珍しくない。

 実際、ミズキの父や兄たちも火属性の色である赤系の髪色だ。


「だが、あんたはドワーフだろ? だったら……」

 ドワーフといえば、土属性と決まっている。

 これは生まれながらにしてほぼ確定しているものであり、他の属性であるという話はほとんど例がない。


「あぁ、俺はハーフだ。親父はドワーフ、母親は人族なんだよ。その母親が見てのとおり水属性でな。ハーフってだけでもあれだってのに、ドワーフの技術を学ぶことはできたんだが、この頭のせいでドワーフからも、人族からもいい顔をされなくてこまったもんだ」

 苦笑する店主だったが、これまでの苦労が伺い知れる。

 水属性の不遇さは身をもって知っているミズキだからこそ、彼の苦労は痛いほど伝わってきた。


「なるほどな。それで俺のことを気にかけてくれたのか……察しのとおり、俺の属性も水だ。だけど、俺はこの力で世界初の水帝を目指す……いや、なるつもりだ」

 水属性が低く見られていること、水属性の者は総じて自らを低く見ていること、それをミズキは覆すつもりでいる。


「……気に入った! ちょっと待っていてくれ。俺のとっておきを持ってくる!」

 これまで水属性であることをこれほどまでに自信を持っている人に出会ったことのない店主は、ミズキの宣言を聞いて大きく目を見開き、嬉しそうにニカッと笑うと、カウンターの奥に消えていった。


「とっておき……なんだ?」

 物凄い速度で言ってしまったため、何も聞くことはできずにただ背中を見送っていた。




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