第15話 宿
元気な犬の獣人の少女に案内された宿は、中も外見と同じくアットホームな雰囲気があり、初めて来たはずのミズキたちにとっても気持ちが落ち着くもので、客を迎えようという気持ちが自然と伝わってくる作りだった。
「いい雰囲気の宿だな」
「ピー!」
ミズキの言葉にアークも同じ思いを抱いていた。
家具や装飾品のチョイスが良いのか、建物自体が優しさを持っており、まるでグローリエルの家のようだった。
それは二人に落ち着ける空気感をもたらしており、ここに泊まりたいと思わせていた。
「あ、あの、どうですか? うちはあまり派手な宿じゃないんですけど……」
へにゃりと困った様子の少女は、ミズキがキョロキョロと中の様子を眺めているのを見て不満に思っているのかと不安に思っていた。
「あぁ、いい雰囲気だ。確かに高級感はないかもしれないが、むしろこういった場所のほうが落ち着くやつもいるんじゃないかな。俺とかな」
「ピー!」
ミズキは笑顔でここを気に入ったと伝え、アークもそれに賛同する。
「よかったあ、うちは大きな宿じゃないから入ってみて期待外れじゃなかったかなあって心配だったんだあ」
安心した少女は尻尾を左右に振りながら、ふにゃりと笑顔になっていた。
「いらっしゃいませ、お泊りのお客様ですか?」
ミズキたちがそんなやりとりをしていると、奥から一人の犬獣人の女性がやってきた。
優しい雰囲気の女性の見た目は少女そっくりなので母親なのだろうとわかる。
「あ、お母さん。お客さんがね、うちの宿を気に入ってくれたみたいなの!」
少女は元気よく母に駆け寄ると、嬉しそうにミズキのことを報告している。
手伝いがうまくできたと母に褒められるだろうと思っている彼女の尻尾は先ほどよりも大きく動いていた。
「あらあらそれはよかったわ。ティナ、案内ありがとうね。わざわざ当宿を選んでいただいてありがとうございます。料金などの説明に移ってもよろしいですか?」
優しく微笑んだ女将は軽く会釈をすると、話を進めていいか確認をとってくる。
「あぁ、頼む」
ここに泊まるつもりであるミズキはもちろん女将の言葉に頷いた。
「それではこちらへどうぞ」
女将は笑顔でカウンターへとミズキを案内し、料金や部屋や食事などのルールを説明していく。
料金はお手頃であり、ミズキに割り当てられる部屋は二階で窓から街を見下ろすことができるとのことだ。
さらに、ここの食堂は王都の有名レストランで修業を積んだシェフがいるので料理にも自信があるという。
そんな説明を聞いて、ミズキはより一層の期待を持つこととなる。
「それじゃ、とりあえず一週間分で。料金は先払いしておくよ」
そう言うと、カバンから金を取り出してカウンターに並べていく。
「一週間も! ありがとうございます。それではこちらがカギになります。あちらの階段から上がって、左側二つ目の部屋になります。ティナ案内お願いね」
「はーい! こちらへどうぞ!」
ティナの案内に従ってミズキは部屋へと向かう。
階段を上がっている途中にも、小物や観葉植物が置いてあり、それがまたこの宿の雰囲気を表していた。
「あっ、その兎さんの置物、私が置いたんですよ!」
ミズキが興味深そうに見ていることに気づいたティナが、笑顔で教えてくれる。
彼女が指をさした先にはちょこんとうさぎの愛らしい小物が置かれており、観葉植物と合っていた。
「こういう細かいところにまで気が配れるのはいい宿だ。掃除も行き届いてるな」
その置物にも、その付近にも埃はなく、綺麗になっていた。
「それも私が毎朝やってるんです! えへへ……よかった、ちゃんと見てくれるお客さんがいて……」
誰のためということなく、日課としてやっていることではあったが、ミズキが気づいてくれたことが殊更嬉しかったらしく、ティナは頬を赤らめて喜んでいる。
「あ、ここのお部屋です。何かあれば私かお母さんが下にいるので、声をかけて下さい!」
嬉しそうにはにかんだティナは鍵を開けて、ミズキに部屋へと入るように促していく。
「あぁ、色々ありがとう。ゆっくりさせてもらうよ」
そう言うとミズキは部屋に入り、ティナが下に戻って行ったのを音で確認してから内側から鍵をかける。
「ふう、やっと落ち着けたな」
中をぐるりと見渡すと、温かみのある家具と装飾品にホッと一息を吐いたミズキはふかふかのベッドにドサリと仰向けになって寝転ぶ。
家を出てからここに至るまでに、冒険者ギルドで絡まれ、ギルドマスターに呼び出され、紹介された宿には聖堂教会の者がいて中に入れず、聖堂教会側の者に目をつけられかけてしまった。
普段は、グローリエルとララノア、そしてアーク以外とコミュニケーションをとることがなかったミズキは、一気に目まぐるしく訪れた出来事にどっと疲労を感じていた。
明るい色合いのカーテンがたなびく窓は空気の入れ替えのために開放されており、心地よい外の喧騒と人々が行きかう音が聞こえてくる。
「少し休んだら、街を見て回るか……」
「ピー」
アークは窓のふちにちょこんと立つと風を浴びて外を眺めながらミズキに返事をした。
これほど人が多くいる光景は初めてのことであり、アークはそれをただ眺めているだけで楽しかった。
しばらくすると、ミズキの寝息が聞こえてきたため、アークも小さなテーブルの上に移動して休憩していく。
二時間ほど昼寝をしたミズキはガバっと起き上がる。
「毛布?」
起き上がると同時に、身体から一枚の毛布がずれ落ちていく。
「アークか」
窓から心地よい風が入って来ていたが、動かないでいるとどことなく肌寒く感じるため、アークは一瞬だけ元の姿に戻ってミズキの腹のあたり毛布をかけてくれていた。
「……ピー……ピー!」
ミズキの声が届いたのか、眠そうな顔でゆっくりと起き上がったアーク。ミズキが目を覚ましたことに気づいて喜んで周囲を飛び回っている。
「おっ、アークも起きたか。毛布ありがとうな」
「ピッピー!」
アークは気にするなと、ミズキの肩にとまる。
「そろそろ日が落ちて来たか」
ミズキが窓の近くに行くと、夕焼けが街を包み込もうとしていた。
窓から見える通りには、今も多くの人々が行き交い活気があるのを感じ取れる。
「夕食を食べたら、少し散策してみるのもいいかもしれないな」
こちらの世界では魔道具の発達により、街には灯りの魔道具が設置されて夜間でも明るさを頼りに歩くことができる。
そして、これだけの規模の街になればその整備は比較的進んでいるため、夜間でも営業している店がチラホラあった。
そんなことを考えていると、ぐーっと腹がなる。
「……まずは腹ごしらえだな」
そう呟いて、ミズキはアークとともに階下へ降りていった。
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