第12話 ギルドマスター


「受付嬢のユナから話を聞きました。あなたは冒険者登録したばかりのミズキさんですね? 私はギルドマスターのレイアと言います。よろしければお話を聞かせてもらいたいのですが、構いませんか?」

 機嫌よく尻尾をゆらりと揺らしながら笑顔で質問するレイア。

あくまで回答の主導権はミズキにある、と思わせておきながらも有無を言わせぬ迫力があった。


「断る。俺は依頼を見ているんだ」

 しかし、きっぱりと断ったミズキの答えにギルド内がざわついた。


「ほう……」

 その答えを聞いたレイアは目を細める。


 レイアも、ギルドにいる他の者たちも、まさかミズキが断るという選択肢をとるとは思ってもみなかった。


「ギルドマスターの私の誘いを断るというのですか?」

 彼女は笑顔のままだが、ミズキへと質問する声には苛立ちが混じっている。

 たくさんの冒険者たちが行きかうギルド内で誘いを断られたとなると彼女のメンツにも関わるためだ。


「ああ。まず一つ目、冒険者は自由だと聞いている。あんたの誘いを受けるか断るかも自由だろ。二つ目に、俺はあんたが言うようにさっき登録したばかりだから依頼を受けたい、だから掲示板を見ていた。三つ目、話を聞かせてもらいたいという不明瞭な誘いにはのれない。四つ目、あんたの話を聞くことで俺に何かメリットでも?」

 指を上げながら断る理由をミズキがひと呼吸でそこまで言うと、この場にいる全員があっけにとられて口をポカンとあけていた。


「ただ、俺が希望する依頼を探してくれるなら、それから俺が持ってる素材の買取を優先的にやってくれるなら話をしてもいい。かなり量があるからな」

 まさかの事態に相手が反応できずにいるうちに、ミズキから条件を出す。


「え、えぇ、それくらいなら構いません。ですからまずはお話を聞かせてもらってもよろしいですか?」

 ミズキの出した条件程度であれば、ギルドマスターの持つ権限でどうとでもなるため、レイアは即答する。


「わかった、それなら話をしよう。ここでするか? それとも……」

「えっと、それでは上にある私の部屋で話をしましょう。こちらへどうぞ」

 ギルドマスターを務めるだけあり、レイアはかなりの強さと実績を持っているが、そんな彼女でも主導権を完全にミズキに握られていた。




 異様な空気の中、ミズキはレイアの部屋へと案内される。


「それではそこにかけて下さい。今、お茶を用意しますね」

 さすがに自分の部屋へと戻ったことで落ち着きを取り戻したレイアは、来客の際のルーティンで動いていく。


 しばらくして、二人分の茶と茶菓子が用意された。


「ありがとう……うん、美味い。それで、俺に話っていうのはなんなんだ?」

 ミズキはお茶を一口飲んで感想を言うと、すぐに本題へと入る。


「えぇ、下で聞いたのですが登録早々、他の冒険者と揉め事を起こして、その冒険者を圧倒したとのことですが……」

「あぁ、そのとおりだ。ただ、俺が揉め事を起こしたというのは間違いで、俺は子どもでこの髪の色だから絡まれた側だ。あくまで問題を起こそうとしたのはあいつらのほうだ」

 最終的には挑発的な言葉を投げたが、そもそもがミズキが登録中であるにも関わらず手を出してきたのは相手のほうだった。

 軽く自身の髪の毛をつまんではっきりと言い切るミズキ。


「もちろんそのあたりの経緯も聞いています……揉め事を起こしたという言い方がよくありませんでしたね。とにかく、あなたは強力な力を見せた、と聞きました」

 彼女が気になっていたのは、ミズキが使っていた水魔法にあった。


「まあ、弱い魔法を連発しただけなんだがな。みんなが見慣れない魔法だったから、驚いたんだろうさ。それに最後に水を雨みたいに降らせたことで虹を出せたし、みんなの怒りを緩和したんだろうな」

 さも大したことはしていないと、ミズキは言うが、レイアはここでも目を細めて彼を見る。


「別に深く詮索しようとは思いませんが、あまり私のことを舐めないほうがいいですよ。これでも元々冒険者をしていましたからね」

 その目がキラリと光る。猫科の動物が狩りをするようなどう猛さが感じ取れる。


「それくらいわかってるさ。初めて見た時からかなりの強さを持っていることはわかっている。だけど、あんたも水魔法が強いってことに疑問を持ったから俺を呼びつけたんだろ? どれだけ力を持っていたとしても水魔法に対して色眼鏡で見ているのはあんたもあの冒険者たちも何も変わらないさ」

 ミズキの少し自嘲するようなこの言葉はレイアの心に刺さり、思わず彼女は顔をしかめてしまう。


「いや、その、それはすみませんでした。確かに……」

 そんな気持ちがあったのは否めないため、少し動揺したレイアはとっさに謝罪を口にする。


「それはいい。この世界だとそういう反応をするのが当然みたいだからな。俺は最初からずっと水魔法だ。そして、俺にはこの属性を使いこなせるだけの力がある。だから、その水魔法が劣っているという認識を全て変えてやるのが俺の使命なんだ」

 自信たっぷりにそう断言したミズキはニヤリと笑う。


 彼の顔には自信が満ち溢れており、その言葉を達成すると感じさせるだけの力がこもっていた。


「そ、そうなれば、それはすごいことですが……」

 それでもレイアはこの世界での常識にとらわれている。


 グローリエルとララノアは世俗と離れて生活していたため、ここまでの固定観念はなかったが、それが当たり前の世界で生きてきたレイアにとって水魔法の認識を変えることはにわかに認めがたいことであった。


「だから、俺がそれを証明してやるよ。『水帝』になってな」

「!?」

 ミズキの言葉に衝撃を受けるレイア。

 この世界において、水帝はもちろんのこと、その下の水王、水聖の称号ですら得られたものは未だかつて存在したことがない。


「そんなことが……」

「できる――やる」

 ミズキのこの強い言葉はレイアの心を打ち震えさせていた。


 彼女の属性は茶色の髪が表すように土。

 現役時代、魔法に自信のあった彼女だが、ついに土聖、土王、土帝のいずれになることは叶わなかった。


 その夢を目の前の彼が、しかも不利と言われている水属性で達成しようとしている。

 それは過去の彼女の悔しさを、別の形ではあるが覆してくれるのではないかと感じていた。


「わ、わかりました! あなたがそれを達成する姿をいつか私に見せて下さい!」

「任せておけ!」

 レイアの言葉にニコリと笑って、胸をドンと叩いて請け負うミズキ。


「それで、さっそくなんだが俺が水帝になるためには必要なことがあるんだ」

「なんでも言って下さい! 私にできることであれば協力します」

 ミズキの言葉に心打たれたレイアからこの言葉を引き出すことができたミズキは内心でニヤリと笑っていた。



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