第11話 力試し


 外に出たミズキと髭面の冒険者は広場の片隅で周囲を野次馬しにきた他の冒険者に囲まれた状態で対峙している。


「それで、どうしたいんだ? 殴り合いか? 魔法でも打ち合うか? それとも武器でも使うか?」

 ミズキはもうやるつもりでいるため、戦い方を確認する。


「はっ、てめえみてえなガキ相手に武器なんぞ使えるか! 俺は拳で十分だ、てめえは魔法でもなんでも使いやがれ! どうせ、その髪から察するに水魔法使いなんだろ? そんなもん使ってもなんの足しにもならんだろうがな」

 水魔法は最弱の魔法――そう思い、完全にミズキのことを舐め切っている男は、鼻で笑いながら拳をバキボキ鳴らしている。


「なるほど……それは助かる。確かに俺のほうが身体が小さくて、あんたはデカイ。いいハンデをもらったな」

 舐められていることを知りつつ更に挑発するようにミズキはそう言い放つと、髭面の男の言葉を受けて、どんな魔法で倒そうか頭の中で考えている。


「はん、ハンデなんかじゃねえさ。お前は一瞬で俺に倒されるんだからな! おい、誰か合図しろ!」

 男が言うと、スキンヘッドの冒険者が一歩前に出る。


「それじゃ、俺が……はじめ!」

 戦い開始がスキンヘッドの男によって宣言された。


「”水弾”」

 早々にミズキが魔法を放つ。

 以前、キングベアを倒した時の水弾丸よりも威力の弱い、指先サイズの丸い弾を相手に向かって放つ魔法である。


「はあっ! ふん、多少は使えるようだがこんな程度じゃ俺はやれんぞ!」

 気合の入った男はそれを右腕で撃ち落として、ニヤリと笑う。


 多少痛みはあるものの、ダメージは少なく、やはり水魔法はこの程度かと馬鹿にしていた。


「ほうほう、それじゃこれはどうだ? ”水弾”」

 だがその程度は予想通りだと思っていたミズキが次に使うのは先ほどと同じ水弾の魔法。


「お、おい、なんだそれは!」

 しかし、髭面の男は目の前の光景を見て驚愕していた。


「こんな程度じゃやれないんだろ? さて、どこまで耐えられるか見せてもらおうか」

 ミズキが作り出した水弾はゆうに百を超えている。


「いけ!」

 右手を振り下ろすと、それらが一気に髭面の男に向かって行く。


「な、なんだそりゃ!」

 一つならば見え切っている軌道を読んで撃ち落とせばいいが、防ぎきれない大量の水弾に男はたまらんとばかりに両腕を盾にして、なんとか顔を防ぐ。

 だが、防げるのはそれだけで、無数の水弾は腹、腕、足と命中していく。


 それが続くこと数十秒。


 ミズキにしてみれば一瞬のことだったが、受けている男からすればいつまでも終わらない時間に感じられていた。


「はあ、はあ、はあ、くそっ……!」

 やっと水弾の急襲が終わりを告げたところで、びしょぬれになった男は息も絶え絶えで腕をどかしてミズキのことを睨みつける。


「そんな……」

 その視線がとらえたのは衝撃的な光景であり、男を膝から崩れ落ちさせる。


「あれを耐えるなんてなかなかやるじゃないか。今度はさっきの倍といこうか」

 口元だけうっすら笑ったミズキの言葉通どおり、今度は二百を超える水弾が待機している。

 そして、ミズキはそれを撃ちだそうと右手をあげていた。


「ま、ま、待ってくれ! わ、悪かった、からかったりしてすまなかった! 俺が悪かったから許してくれ!」

 髭面の男がそう言って頭を下げるのを見たミズキは、ゆっくりと手を下ろす。


「わかったよ。別にそもそも俺が喧嘩を売ったわけじゃないからな。こんな争いよりも……それ!」

 ミズキは右手を勢いよく掲げ、空を指さした。


 それに合わせて空中に浮かんでいた水弾が一斉に空へと向かう。


 パチンと指を鳴らすと、水弾がはじけてパラパラと細かい霧状の雨を降らせる。

 そこには小さな虹が姿を見せていた。


「おぉ!」

「綺麗……!」

「すげえな……」

 これは、周囲にいた冒険者や何事かと集まってきた街の住民の声だった。


「こういった綺麗な景色をみんなで見る方が楽しいよな」

 目を細めながらミズキは虹を見る。

 冒険者たちのいざこざを感じ取ってか、街に漂っていたざわめき立った空気が落ち着きを見せ、先ほどまでいきり立っていた他の冒険者たちも虹を見てホッと笑顔になっている。


「なあ、あんた。これで手打ちでいいよな? ガキがいたっていいだろ? それに、水魔法使いがなかなかやるってこともわかっただろ?」

 ミズキの質問に、髭面の男はすっかり戦う意欲がそがれたようでおとなしくコクリと頷く。


 晴れた空から降る雨、そこに現れた虹。そんな幻想的な光景が、彼から完全に毒気を抜いていた。


「さて、それじゃ依頼の確認に戻るかな……いいよな?」

 他にもミズキにつっかかってきた冒険者がいたため、念のための確認をする。


「あ、あぁ」

「さっきは悪かったな……」

「もうガキだなんて馬鹿にしねーよ」

 彼らも他の者たちと同じく、先ほどまでの威勢はどこかへと消え去り、申し訳なさそうな顔で返事をするとそれぞれ散っていった。


「ふう、これでなんとかなったな」

 最初に男たちが絡んできたところで、ここまでをミズキは想定していた。


 絡んできた男たちを相手に自分の力の一端を見せることで他の者にも舐められないように、更に虹を見せることで空気を収めることも彼の予想の範囲内だった。


「それじゃ……あれ? 受付嬢さん、どうかしたか?」

「い、いえ、なんでもありません!」

 ギルド内に戻った瞬間に先ほどミズキの対応をしてくれた受付嬢が入り口付近にいたため、ミズキはきょとんと首をかしげる。

 ミズキと目が合った受付嬢はぴゃっと身をすくませ、急いでギルドの中に戻って行った。


「なんだ? まあ、いいか。とりあえず、依頼、依頼っと」

 首を傾げつつも気を取り直して、ミズキは再び掲示板の前へと戻って行く。


「なにか面白い依頼は……強そうな魔物でもいたら面白いな」

 ミズキは五年間ずっと森の魔物と戦い続けていたため、他の地域の魔物と戦うのを楽しみにしていた。


 しかし、ミズキの力を試せる魔物ともなると、一定レベル以上でないと難しい。そんな魔物討伐の依頼を探して順番に眺めていく。


「……そういえば、さっき薬草の納品をするはずだったな。受付嬢さんは」

 そう呟いて振り返ると、目の前に猫の獣人女性が立っていた。


「こんにちは」

 彼女はニコリとほほ笑んで、ミズキへと挨拶をする。


「あ、あぁ、こんにちは」

 一体何者なのかと、ミズキは戸惑いつつも返事をする。

 身長はミズキと同じくらいであり、服装は受付嬢の服をバージョンアップしたような、やや装飾の多い服。

 恐らく猫の種類はロシアンブルー。綺麗なショートカットの髪に生える大きな茶色の毛色の耳と細くしなやかな尻尾が優雅に揺れている。

 知性を感じる涼し気なまなざしと愛らしい見た目の人懐こさの中にどこか鋭さを持っているような印象を受ける。


 しかし、ミズキが戸惑っている最大の理由はそれではなかった。


(強い)

 彼女を一目見た瞬間、シンプルにそんな感想を持ったためだった。


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