第10話 冒険者ギルド


「えっと、あなたが冒険者登録をするということであっていますか?」

 受付嬢は改めて確認するようにミズキの言葉を繰り返す。


「あぁ、そう言ったはずだが、何か問題でも?」

 グローリエルに確認したところでは、冒険者登録は十二歳から行えるとのことだったため、なぜ彼女がこのような反応をするのか疑問に思いながらミズキは訝しげな表情になる。


「そ、そうですか、ではこちらの用紙に必要事項を記入して下さい」

 見た目で判断してしまったことを内心詫びつつ、慌てた様子の受付嬢がペンと用紙をカウンターに置くと、気にした様子もなくミズキはサラサラと記入をしていく。


「おいおい、ガキが冒険者登録だとよ!」

 そんなミズキを見た冒険者の一人がからかうように声をかけてくる。

 ボサボサの髭面で少し汚く着古した服装でゲラゲラ笑うその姿は、ひと目で粗野な男であることがわかる。


「ははっ、見ろよこいつの髪。青だぜ!」

 ニタニタ笑う別の男がそう言うと、ドッと笑いが起こる。

 こちらは、ツルツルのスキンヘッドが特徴である。一見すると暴走族から抜け出たような奇抜な姿だ。


「書けた、これでいいか?」

 そんな男たちの声を気にすることなく、淡々とペンを進めたミズキは用紙の空欄を埋めて受付嬢に確認する。


「は、はい、大丈夫なんですが……」

 受付嬢の視線はミズキではなく、周囲にいる冒険者たちに向いており、戸惑っている様子だった。


「おい、てめえ! 無視してんじゃねえよ!」

 いくらからかっても反応しないミズキにしびれを切らした髭面の男がミズキに掴みかかろうと大きく腕を伸ばした。


 ……が、それは空を切った。


「おっとっと、はあ? な、なんでだ? 今、確かに……」

 掴んだはずなのに、空ぶった髭面の男は困惑の表情とともにバランスを崩してしまう。


「手続きを頼む」

 当のミズキは、何もなかったかのように今もカウンターの前にいて、先ほど同様冒険者の登録を促す。


「おいおい、こんな青ガキ相手に何やってるんだよ。こんな小僧……」

 どんくさい髭の男を鼻で笑ったスキンヘッド男が次は自分だといわんばかりにミズキの頭に手を置こうとするが、それも回避される。


「まわりがうるさいから、登録を早めに頼めるか?」

「は、はい! 今やりますね……えっと、お名前と、年齢と、属性と……」

 動揺交じりながら一生懸命な受付嬢が手続きを進めていく間も、冒険者ギルドにいた男たちは次々とミズキに絡んでくる。


 髭面の男、スキンヘッドの男に続いて、長髪の若い男、小柄なゴブリンのような顔の男と次々にミズキにつかみかかろうとするが、全て避けられてしまう。


「――はあ、いい加減にしてくれないか? 俺のことを子どもだガキだなんだと馬鹿にしてくれたが、そのガキを掴むのに苦労して、誰が最初に捕まえられるか競争するなんて、そっちこそガキの頭のままじゃないのか?」

 最初に始めた男たちの後ろには他の冒険者も列を作り始めており、彼らの目的が聞こえていたミズキはそれに呆れていた。


「「「「な、なんだとおおお!」」」」

「あ、あのっ、カードができました。あとはこれに魔力を流してもらえば完了です」

 冒険者たちの顔が真っ赤になったタイミングで、受付嬢がカードをミズキに手渡す。


「それじゃ、魔力を流して……お、光った。騒がしい中、ありがとうな」

 それまで淡々としていたミズキは受付嬢にふわりと笑顔で礼を言うと、カードをポケットに突っ込み、そこから収納空間にいれる。


「さて、それじゃあお相手しようか……ちなみに、ギルド内でもめごとがあった場合ってどうなるんだ?」

 再び冷静な表情になったミズキは、そのあたりのルールがわからないため、受付嬢に確認する。


「え、えっと、できれば揉め事は控えていただきたいのですが……でも、もしもめごとがあってもギルドは不干渉です。ただ、ギルド内で争って壊れた物があれば全額弁償。故意に人を怪我させれば、場合によっては追放処分となります」

 そういう質問をされるとは思わず、受付嬢は困った様子だが、ミズキの質問に律儀に答えた。


 つまるところ、仲裁には入らないが、問題を起こせば対処する。という方針だった。


「なるほど、それじゃあ、俺に用事があるやつらは外にでてくれ」

 ここで何かを壊してしまってはギルドに損害を与えてしまうというのは冒険者たちも共通認識であり、ミズキの言葉に反対する者はおらず、悪態をつきつつも順番に外に出て行く。


「……さて、掲示板を見に行くか」

 しかし、ミズキは冒険者たちが出て行ったのを見届けたのち、自分は冒険者として依頼を受けるためにそれが張り出されている依頼掲示板の前に行く。


 残った冒険者や受付嬢は、そんなミズキを見て唖然としている。


「魔物の討伐、魔物の素材、このあたりがいいか。薬草採集なんてあるのか、これって持ってる薬草を納品してもいいのか?」

 疑問を持ったミズキはチラリと受付を見る。


 そこにはハラハラした表情でミズキとギルド入り口を交互に見ている、先ほどの受付嬢の姿がある。


「なあ、聞きたいんだが薬草採集っていうのは手持ちの薬草を納品してもいいのか? それとも、どこか指定の場所でもあるのか?」

 先ほどまでのやりとりなど、何もなかったかのように普通に質問するミズキに対して、ここまでくると受付嬢も困り顔になっている。


「え、えっと、その、品質が問題なければ、どこで手に入れたものだとしても問題ありません。ただ、お店で購入されたものですと、乾燥処理がされていますので対象外となります」

 それでも、業務を忠実にこなしていくのは彼女の受付嬢としてのプライドだった。


「なるほど、それじゃあこれを納品しようか」

 そういって、カバンに手を突っ込んで薬草を取り出そうとする。


「「「「……って、おおおおおおい!」」」」

 そこに戻って来た冒険者たちが、そろってツッコミを入れてくる。


「やれやれ騒がしいな。他にも人がいるんだから、少し静かにしてもらえないか?」

 ミズキは肩を竦めて、冒険者たちをあきれ顔で見ている。


「いやいやいやいや、今のは外に行く流れだろ!!」

「なんでお前が来ないんだ!」

「なに普通に依頼を受けようとしてるんだ!」

 完全に無視されていたことに気づいた冒険者たちは次々にミズキを非難する。溜まっていた鬱憤が爆発した様子だ。


「ええ……? いや、だってそんな大人数で子ども一人を相手にするっておかしいだろ。恥ずかしくないのか?」

 中で揉めてしまってはいざという時に相手の引っ込みがつかないと思ったミズキが外に出なかった理由を口にすると、少し時間がたって冷静になった冒険者たちは、確かに……と納得させられてしまう。


「っち……うるせえ、てめえが生意気なのが悪いんだろうが! さっさと外にでろ! 安心していい、相手をするのは俺一人だからな!」

 それでも一人噛みついてきたのは、最初にミズキに掴みかかろうとした髭面の冒険者だった。


「――面倒くさいが仕方ないか。わかった、外に行こう」

 彼にもプライドというものがあることを理解したミズキが今度は先頭でギルドから出て行く。

 その途中で心配そうな表情の受付嬢を安心させるために、軽く振り返って一瞬だけ笑顔を見せていた。


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