第9話 街へ
最寄りの街までアークに乗って空を飛んで向かい、離れた場所で降りることにする。
「それじゃアーク、例のやつ頼む」
「ピー!」
アークがこの五年間で編み出した特技――それは小さな鳥に変身する能力。
「よし、それじゃ俺の肩の上にのってていいぞ」
どうしてこんなことができるのか、グローリエルですらわからず、他のグリフォンにそんな能力があると聞いたこともない。
そのため、結論としてはアーク特有の固有スキルだろうということになった。
グリフォンは珍しく高位な魔物であるがゆえにわからないことも多いが、アークはミズキとともにいるために能力を開花させたのだ。
「ピピー」
サイズが変わるとともに、鳴き声も小さくなり本物の鳥のようになる。
「さて、初めての街だ……」
街に向かって歩く中、ミズキはこれまでのことを思い返していた。
彼は生まれてからの三年間は屋敷で生活していた。
髪の色で疑われてはいたが、三歳の時、属性選別の儀式で水属性と確定診断が下されてから塔での幽閉生活が始まる。
そこからの五年間、実家を脱出してからの五年間、合計の十三年間。
その間、どこかの街に行ったこともなく、家の者や家族以外とまともに話すのは盗賊程度しか経験がない。
それゆえに、どことなく緊張した面持ちでまだ距離のある街の入り口を見ている。
「ピー」
そんな彼の不安を感じ取ってか、自分がいるから大丈夫だと、アークが励ます。
「アーク……わかった、行くとするか」
それがわかったミズキの表情は笑顔になり、街に向かって行く。
入り口では先に馬車で到着したグループが入場確認の手続きをしている。
そして、いよいよミズキの番となった。
担当の門番は二十歳そこそこの人族のようで、鎧を身にまとうその顔立ちはまだ若さがある。
先のグループの対応を見ても優しそうな人物であることがわかる。
「君は一人かい?」
「あぁ」
穏やかな門番の質問に、ミズキはシンプルに答える。
「子どもの一人旅か……身分証はあるかい?」
「えっと、持っていないが、ないとダメか?」
ミズキの回答に、門番はやや表情が曇る。
「持ってないのか。いや、入れるんだけど身分が確認できない場合は銀貨五枚を支払ってもらうことになっててね……」
どうやら微妙なその反応は、彼の口調にではなく、子どもにそれが支払えるのかどうか、というのが理由だった。
「あ、それなら大丈夫だ。これで頼む」
それだけか、というようにミズキはポケットに手を突っ込むと、さもそこから取り出したかのようにふるまって収納空間から銀貨を取り出していく。
「あぁ、あるんだね。よかった、それじゃあこれが臨時の身分証になるから、街のどこかで作ったら戻っておいで。そしたらお金の返却はするからね」
子供に対する優しい声音で門番はそう言うと、一枚のカードをミズキに手渡す。
「なるほど……わかった、親切にありがとう」
年下であるミズキに対しても、態度が変わることなく対応してくれたことに感謝する。
「いや、いいんだ。これが僕の仕事だからね。それよりも、ここミンクスはいい街だから楽しんで!」
思わぬ感謝の言葉に一瞬面食らいながらも、門番は優しい笑顔でミズキを街へと送り出してくれた。
「……いい人だったな。あの人が門番なら街の第一印象が良く見えるはずだ」
その言葉通りに、ミズキはこのミンクスの街に対して好印象を抱いていた。
入り口の門をくぐり、街の中へと入っていく。
「――うわあ」
思わず出てしまう歓声。
街の中心に大きく走る整備された街道には多くの店が並んでおり、馬車や荷車がミズキの横を通っていく。
歩いているのは、人族だけでなく獣人族の姿も多くあった。中には珍しい竜人族の姿も見て取れる。
冒険者と思しき装備に身を包んだ人や街に暮らしている商人や人々の穏やかな喧騒がミズキの耳に飛び込んできた。
今までもエルフやグリフォンというファンタジー世界の住人と暮らしていたが、それでもこうやって普通に生活している人々や世界がファンタジーであることに興奮している。
「ピー!」
見惚れているミズキの頬をアークが軽くつつく。
「あいてっ! な、なんだよ……」
「ピピー!」
不満を言おうとするミズキの頬をアークが再びつつく。
「痛いっ、痛いって、わ、わかってるよ。ぼーっとするなっていうんだろ? 一応、俺だって周囲に注意は払ってるさ。ただ、な。本当はこういうのに憧れていたんだよ……」
実家にいた頃を思い出してミズキの表情が暗くなった。
自分が水魔法ではなく他の兄弟のように火魔法に目覚めていたらこういった街に来る機会もあったのかもしれない。
長い幽閉生活はグローリエルやララノアたちとの生活があっても心の奥底にトラウマとして残っていた。
「ま、今が楽しいし、あんなことがあったからグロー、ララ、アークに会えたんだけどな!」
それも一瞬で、すぐに明るい表情になっていく。
昔のことよりも、今、目の前の光景に心惹かれている自分の気持ちのほうが大事であるため、足取り軽く歩きだす。
「まずは、冒険者ギルドに行くといいって言ってたな……」
「ピー」
これはグローリエルに聞いた情報であり、まずは活動するために身分証として冒険者ギルドに登録しておくことと、森で倒した魔物の素材を売れば金になること。
これを教えられていたため、その教えどおり向かうことにする。
「えっと、こっちかな」
あまり周りを見すぎておのぼりさんにならないように気を付けつつも、ミズキは街の人の行き来が多いほうへと向かって行く。
しばらく進んでいくと、噴水のある大きな広場へと到着した。
街はわかりやすく整備されているようで、噴水のあるここを中心にいろんなところに行けるようだ。
「ここからなら色々見えるな……あれか」
噴水の周りを歩きながら順番に見ていくと、盾をバックに剣がクロスしている看板が掲げられた建物が見つかる。
冒険者らしく、様々な装備に身を包んだ者たちが建物を出入りしている。
一方でミズキはというと、師匠であるグローリエルとララノアが用意してくれた青ベースのローブに森の魔物から加工したブーツ、肩掛けカバンを身に纏っている。
もちろんあの二人がミズキのためにそれぞれ用意したものが、ただのローブであるわけがない。
本当の性能がわからないようにグローリエル自ら特殊な加工がされているが、ローブは装着者の魔力を強化し、かつ相手の魔法を防ぐ力がある。
「それじゃ、行くか」
子どもが出入りしている様子は見られず、そのほとんどが大人であるため、若干の緊張をはらんだ表情で足を踏み入れる。
中では冒険者たちが声をあげ、活気でにぎわっている。
受付前、掲示板前、設置されているテーブルを囲んで座って、思い思いにみんながそれぞれ仲間と思しき者たちと話し合っている。
まだ昼間だが、併設されている酒場で酒を煽っている者もいた。
「さて、登録するには……あそこみたいだな」
ミズキが受付に向かって進んでいくと、受付の女性がニコリと笑顔を向けて待っていた。
狐の獣人であり、大きな耳と美しい茶色の髪がサラリと揺れている。
「いらっしゃいませ、依頼の申請でしょうか? それとも何かお使いですか?」
彼女はミズキが冒険者登録に来たとは思ってもおらず、そんな質問をしてきた。
「いや、冒険者登録を頼む」
まさかの返答に受付嬢は目を丸くし、近くにいた冒険者も驚いている様子だった。
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