第7話 目指すは水帝
「大したものではないが、食べてくれ」
「うわあ! すごい、肉に魚に野菜に……ふかふかのパン! いただきまーっす!」
温かい食事がテーブルに並べられており、これまで五年間ずっと質素な最低限の食事しか口にしていなかったミズキは目をキラキラと輝かせていた。
「確かに、恩に報いるためにと少しは力をいれたが、そんなに驚くほどのものか? 君は恐らくどこぞの貴族の嫡男なのであろう? だったら……」
ミズキの反応に戸惑う様にグローリエルは探りをいれながら質問をする。
貴族の息子だったら、もっといいものを食べているのではないか? と。
「んー、こうやって誰かとご飯食べるの産まれてから初めてだし、いつもあまりものの乾いたパンと冷たいスープだったからねえ……うまい!」
ミズキは温かな食事を口いっぱいにガツガツと食べながら、自分の食生活がどんなものであったのかを語る。
「……えっ?」
思わぬ回答にララノアは驚きと困惑で食事の手を止める。
「物心ついたころから家にある塔に閉じ込められていたからさ。ほら、俺って水魔法の使い手でさ、実家は火魔法で有名な貴族だったから。水なんかを使うやつは家名を汚してるから、殺したら外聞が良くないし、とりあえず塔に入れて存在していなかったことにする、みたいな感じさ」
あっさりと言ってのけるミズキの食事の手は止まらずに、どんどん口に吸い込まれていく。
「……そんな、ひどい」
彼がたどってきた人生を思い、ララノアはショックで涙を浮かべている。
「――その馬鹿者の名はなんというんだ! 私が行って滅ぼしてくれる!」
彼ほどの魔法の使い手を家の都合で握りつぶそうとしていたことに耐えられなくなったグローリエルも、思っていた以上の酷い状況に怒りで頭に血がのぼっている。
「いや、まあ逆によかったけどな。扱いは酷かったけど、色々その中で協力してくれたやつらもいたし、最後には俺の魔法で驚かせることができた。それに、あんなやつらを気にしていても仕方ないさ……ここからは俺の俺による俺のための人生を送ってやるよ。それより、これすごい美味いよ!」
ミズキは実家のことを露ほども気にしておらず、目の前の食事を堪能していた。
おかわりを申し出るように皿を笑顔で突き出した。
「……ミズキ!」
「ミズキさん!」
しかし、女性陣二人はそうもいかず、胸がいっぱいだという表情で立ち上がるとミズキに抱き着いた。
「えっ? ええええっ?」
二人ともエルフであり美人である。
そんな二人に抱き着かれたミズキは子どもの身体とはいえ、前世の記憶を継承している男性である。
美女のダイレクトアタックによってミズキの戸惑いは最高潮に高まり、顔を真っ赤にしている。
「いつまでもここにいていいんだぞ!」
「そうです、私たちが家族です!」
反対に二人は感極まって涙を流しながら、今日会ったばかりのミズキに対して思い切り感情移入をして大事な家族だとまで思っていた。
「あ、あはは、あ、ありがとう……」
二人の申し出自体はミズキのことを心から思ってくれているため、困惑しながらも礼を言う。
初めてそう言われてお腹も心も満たされていくのをミズキは感じていた。
この状態は時間にしてニ十分ほど続き、その間ミズキは抵抗せずに二人にされるがままでいた。
「そ、その、すまない、つい感極まってしまって……」
「ご、ごめんなさい、私もつい……」
しばらくして気持ちが落ち着いた二人はそれぞれの席に戻って、シュンと肩を落として静かになっている。
「いや、二人とも俺のことを思ってくれたことだから、すごく気持ちは嬉しいよ。二人さえよければ、しばらくここでお世話になりたいとも思ってるんだけど……」
そこまで言うと、ミズキはチラリと視線をあげて二人の顔を伺う様に見る。
「もちろんだ!」
「ずっといてもらって大丈夫です!」
二人の気持ちはミズキが言う前から固まっており、笑顔で即答だった。
そんな二人にミズキはホッとした様子で笑顔を見せる。
「ふふっ、そんな顔もできるんだな。食事の時は少し気持ちが緩んだみたいだったが、ずっと大人っぽい表情だったからな。そういう年齢相応の顔ができるのは、少し安心したぞ」
「可愛いです!」
ようやく年相応の反応が見られたことでホッとしたように顔を緩めたグローリエルとララノアは、ミズキを見て微笑ましく思っていた。
「か、可愛いって、からかわないでくれ! ……それより、本当にいいのか?」
照れ隠しもあったが、念のための確認をする。
ミズキのことを射なかったことにしようとしていたウィリアム家ではあるが、あれだけド派手に逃げたからにはプライドからミズキのことを追いかけまわしてくる可能性もある。
せっかく自分のことを家族だといってくれた二人に迷惑をかけることになるかもしれないことはミズキにとって不安要素だった。
「さっきも言ったが、もちろん居てもらって構わない。ただ、ここに住むからには何か目標を持って頑張ってもらいたい。働かざる者食うべからず――家の手伝いもしてもらうことになるぞ」
ふっと笑ったグローリエルは、先ほどまでの勢いだけではなく、ミズキがここで暮らすうえでの注意点を話す。
「もちろん! 俺もただただ、のんびりと暮らしたいわけじゃないさ。ララノアに聞いたけど、ここはエールテイル大森林なんだろ? 絶好の修業場所だ。もちろんいきなりここの魔物を相手にできるとは思ってない」
やる気に満ちたミズキは立ち上がる。独学で学び続けることに限界を感じたからこそ、彼はあの幽閉生活から抜け出したのだ。
「さっき上で会った時に思ったが、グローリエルはかなりの実力を持っている。そしてララノアが弟子だと言っていた。まだまだ俺の魔法は成長途中。だから、俺も弟子にしてもらいたい」
「いいぞ」
頭を下げたミズキに対して、これまた即答するグローリエル。
「といっても、属性が違うから水魔法の発展には協力できない。だから、魔力の使い方なんかを教えてやろうじゃないか」
才能ある人物を教えることができるのは彼女にとっても喜びであり、今から楽しみだと笑顔になっている。
「よろしくお願いします! 俺は……水魔法を極めて、いつか水帝になるんだ!」
初めて出会えた師匠というべき存在に心強さを感じたミズキは力強く頭を下げ、顔を上げると気合の入った表情で自分の夢を語る。
この世界において、属性を極めた上位三人には称号がつけられる。
火属性であれば、下から火聖、火王、火帝。
これが風になると当然、風聖、風王、風帝となる。
「――なるほど、面白いな」
ミズキを見て柔らかく目を細めたグローリエルが面白いと言った理由。
水魔法はこれまでの歴史上、最も弱い劣等属性だと言われ、水聖、水王、水帝のいずれかの称号を得た者は一人もいなかった。
それを知ってか知らずか、そこを目指すというミズキに興味津々である。
「ミズキさん、その選択は大正解です! なんといっても師匠は、その昔風帝の称号もちだったんですから!」
キラキラと目を輝かせたララノアが宣言すると、むず痒さを感じたのか、グローリエルは恥ずかしそうに頬を掻いている。
「いや、まあ、何百年も前のことだがな……」
あまりに古いことを持ちだされたため、照れている様子だが、ミズキは違う。
「それはすごい! よろしくお願いします、師匠!!」
自分が目指す頂点にいた人に出会えた感動からミズキはやはり自分の目に狂いはなかったと、キラキラと目を輝かせてグローリエルのことを見ている。
「……わかった! 私も一度請け負ったからにはしっかり面倒を見ようじゃないか! 今日からミズキは私の弟子だ。やるからにはとことんだ、厳しくいくぞ!」
「「おー!」」
ミズキのかけ声にララノアも加わり、ここから修業の日々が始まることとなった。
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