第6話 グローリエル


 地上に降り立ったミズキたちをララノアの師匠は出迎えた。


「さて、まずは礼と自己紹介といこう。私の名前はグローリエルという。長いのでグローとでも呼んでくれ。一応そこのララノアの師匠をしている。不肖な弟子を救ってくれてありがとう」

 真剣な表情でグローリエルはそう言うと、深々と頭を下げた。


「いや、気にしないでくれ。たまたま通りがかったついでだから……って、なんで俺がララノアを助けたってわかるんだ?」

 上で会った時は、名前を言っただけで事情については全く触れなかった。

 にもかかわらず、確信したように言ったため、ミズキは首を傾げる。


「まず、アークに乗せて、しかもうちまで連れてくるのはよほどのことなのだろうと予想した。そして、そこの弟子はこれまで、私と一度も目を合わしていない。そこから、恐らくララノアがなにかやらかして君に……ミズキに助けてもらったのだろうと考えたのだ」

 心が読めたわけではなく、状況を整理したうえでの判断だとグローリエルは説明する。


「なるほど、すごい洞察力だ……一応俺も自己紹介をしておこう。名前はさっきので伝わっているみたいだが、俺の名前はミズキ。ある家の三男で、家を出て来たところでたまたまララノアに会ったんだ」

 詳しいことは省いたが、ミズキの髪の毛や服がボロボロなのを見ればおおよその予想がついてしまう。


「よろしく頼む。とりあえず詳しい話は飯を食ってからにしよう。二人とも腹が減っているだろ?」

 みすぼらしい格好のミズキにためらうことなく手を差し出したグローリエルはミズキと握手をかわすと、ララノアに視線を送る。


「はい! 私もお手伝いします! ミズキさんは、できるまで外でアークの相手をしてあげてもらえますか?」

「あぁ、何か手伝わなくていいのか?」

 身体は元気なため、そんな風にミズキは質問する。


「ふふっ、君はお客様だからな。ここは私たちに任せておきなさい」

「美味しいの作るから待ってて下さいね!」

「……わかった。外で遊ばせてもらうことにするよ」

 これ以上何か言うのもおかしいと考えて、ミズキはアークの方へ向かった。


「……あの子はいったい何者なんだ? あの年齢で、あの見た目で、服に書いてある家紋を見る限りどこかの貴族の子だぞ?」

 グローリエルはミズキが出て行って少ししてから、すっと冷たい表情になり、ララノアに尋ねる。


「そ、その、何も聞いてなくて、ただ普通ではない水魔法の使い方をしているのだけは見ました……」

 師匠の質問への答えを持ち合わせていないララノアは、申し訳なさから小さくなって思い出したことを口にする。


「はあ、全く連れてくるなら色々聞いておきなさい。仕方ない、食事の時に聞かせてもらうとしよう」

「ご、ごめんなさいです」

 こんな会話が繰り広げられているとは知らず、ミズキは少し離れたところでアークと戯れていた。


「ははっ、ほらほら!」

 ミズキは小さな水の玉を作りだしてアークへと投げている。


「ピッピピー!」

 アークはそれを上手に避けてみたり、たまに自分からぶつかりにいったりして楽しんでいる。


 森の中にあって少し開けたエリアにあるグローリエルの家の周りは木々に寄り添うような自然な雰囲気で綺麗に整えられており、美しい花々が咲き乱れていた。

 危険で立ち寄る者がいないと言われているエールテイル大森林において、ここの空間だけはグローリエルの結界によって安全に保たれている。


 森にいる安全な動物なども、敵意を向けない者たちはこの空間に退避してきており、共生して静かに暮らしている。


 たまに水を動物やは何も飛ばしてみると、動物たちもアークのようにはしゃいでみせて、植物も水をもらうことができて喜んでいるようだった。


 それから一時間ほど遊んでいると、家の扉が開く。


「ミズキさん、ご飯の支度が……」

 ララノアの言葉がそこで止まる。


「ん? どうした、早く彼を呼ばないか……」

 あとから来たグローリエルもララノアと同じように固まる。


「なんだこれはあああああ!」

 そして大きな声をあげてしまった。

 こんな冷静さを欠くグローリエルを見たのは久しぶりだと、隣のララノアは口に手をあてて驚いている。


「あぁ、ご飯できたのか。それじゃ、食べてくるよ」

 ミズキはアークや動物たちに軽く手を振って家に戻ろうとする。

 動物たちは名残惜しそうにしているが、また遊んでというようにアピールしていた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。さ、さすがにこの水浸し、いやそれでは生ぬるいな。これは、池ができてるじゃないか!」

 グローリエルの指摘通り、一面が水浸しで、部分的に水がかなりの量がたまっており、池のようになっていた。


「あぁ、このままだとさすがに根腐れするか。それじゃ……」

 幽閉生活で動物たちと遊ぶ機会がこれまでなかったせいで思ったよりはしゃいでしまったことに気づいたミズキは地面に手を当てる。


「一体何を……」

 するつもりなんだ? とグローリエルが質問しようとした次の瞬間。


「”回収”」

 これは魔法名ではなく、イメージを口にしたものである。

 しかし、言葉のとおり一面に広がっている水は全てミズキのもとへと集まっていく。

 そして美しく波打つ大きな水の玉が彼の手に形成される。


「こ、これは……」

「すごいすごいです!」

 ミズキは余分な水分だけを寄せ集め、ひとところにとどめるという高等な魔法操作を見せる。

 そのことを目の当たりにしてグローリエルは言葉を失い、ララノアはその光景に喜んでいた。


 一面に広がっているからこそ、地面に広がった水も、アークや動物たちを濡らしていた水も、自分自身にかかっていた水も全て手の中に集まっていた。


「はい、終わり」

 そしてその水は一瞬のうちに消えてしまった。


 しかも、これをやってのけたミズキからは全くといっていいほど疲労が感じられない。


「この子の魔力は一体……しかも、水魔法で……」

 やはり水魔法は劣等魔法だという認識はグローリエルも持っており、それをここまで見事に使いこなし、可能性を持っているミズキに対して驚いていた。


「それで、ご飯ができたんだっけ?」

「あ、あぁ、入ってくれ」

「腕によりをかけたので楽しみにしていて下さい!」

 なんてことないようなミズキの問いかけに、グローリエルは戸惑いながら、ララノアは嬉しそうに返事をしていた。






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