第3話 エルフの少女


 魔法が先行して、中に誰かが残っていないか探っていくが、先ほど倒した盗賊たちが全てであるらしく、がらんとした中には残っている者はいない。


「俺が倒したやつらも結構な人数いたからなあ……」

 およそ三十人ほどはおり、逃がしたのは一人だけ、そう考えればあれが盗賊団の全ての人員だとしてもおかしくはない。


「盗賊がいないのはいいとして、お宝は……」

 ミズキはもちろん一文無しであり、頼る相手もいない。

 ならば、生きていくために盗賊が集めたお宝を回収しておこうと考えていた。


「ここは、生活部屋ってとこか」

 物が雑多に置かれているが、どこかから盗んできたのか統一感のないソファやテーブルが置かれており、普段使いされている部屋であることが予想できる。男たちだけの生活のせいか整理整頓はされておらず、酒瓶やら食い散らかしたごみが散乱していた。


「となると、こっちかな?」

 食べ物などがなさそうな、生活感のない方向に探りをいれていく。


 すると、何も物が置かれていないガランとした部屋にたどり着いた。

 これまで通ってきた他の部屋には、通路にすら物が雑然と置かれていたにも関わらず、ここの部屋にだけは何もない。


 だからこそ怪しい。


「”水覚”」

 これまでにも使ってきた、水による知覚魔法。

 それをこの部屋の中にだけ集中させていく。微細な水は部屋の隅々まで調べつくす。


「なるほど、ここがボタンになっていて……」

 右側の壁にボタンになっている場所があり、そこを押していく。


 すると、壁が音をたててうごき、そのあとには階段が現れる。


「うはあ、最近の盗賊団はすごいなあ。こんなギミックまであるなんて……」

 変なところでの技術力の高さにミズキは感心しながら、階段を下りていく。


 一歩一歩進むごとに、灯りが点灯する仕組みになっており、こんな場所も高い技術が使われていた。


 一番下まで到着したところには、大量の『お宝』が収納されていた。


 箱に入った金、宝石、剣、ナイフ、装飾品、本、呪われた武器などなど色々な物が山のようにある。

 ここまでであれば、ミズキの想定どおりであり、これだけの宝を目の前にしたら笑顔になるものだった。


 しかし、現在のミズキは険しい表情になっていた。


「すー、すー」

 財宝が収納されている小部屋。

 そこの壁には檻が作られており、少し汚れた質素なベッドの上に美しいエルフの少女が横たわっていたのだ。


 盗賊団のアジトにいるには違和感の強い、綺麗で美しい少女。

 ミズキよりは年上で大体中学生くらいに見える彼女は少し汚れてはいたが森の精のような服を身にまとい、静かに眠りについていた。


 恐らく盗賊たちが攫ってきたのだということは容易に想像できるが、どう対応したものかとミズキは悩んでいた。


「よし、とりあえずお宝をいただこう」

 今は静かに寝ているため、まずは財宝を優先することにする。


「それじゃ、一気に集めよう……”水布”」

 水によって作り出された一枚の薄い布が財宝の下に滑り込んでいく。

 全てのものの下に広がったところでミズキがパチンと指を鳴らす。


 すると、水の布が丸まって水の玉になって、財宝を一か所に集める。


「それじゃ、これを。収納!」

 水の玉に手を触れて、収納と口にするとそれら全てが一瞬のうちにどこかへとしまわれていく。


 これは、女神が水属性が良く思われない世界に行くミズキを不憫に思って付与してくれた、収納能力だった。


「とんでもない家に転生させられたもんだけど、この能力には感謝だな」

 まるで手ぶらのように見えるが、部屋にあった財宝類は全てミズキが持てる収納空間へとしまわれている。


 中身を確認するのも、そう念じるだけで他人には見えないプレートが表示されてそれを見ることで把握できる。


「さて、取りこぼしは……あっ!」

 部屋の中を見回しているうちに、檻へと視線が向き、そこで先ほどまで寝ていたエルフの少女が身を起こしてミズキを見ている姿があった。


 一瞬の沈黙。


 ミズキはどうしたものかと考えを巡らし、エルフの少女は一体何が起きているのかと状況把握に頭をフル回転させている。


「あ、あの、こんにちは」

 その結果、ミズキはとりあえず挨拶をする。

 みすぼらしい格好の幼い少年の自分ができる精一杯の愛想を出してみるが、普通に誰かとしゃべった記憶がほとんどないミズキのそれはどこかぎこちない。


「あ、こんにちは。えっと、その、あなたは誰ですか? それに、そこにあった宝はどこへいったのでしょうか?」

 思っていたよりすんなりと返事があるが、きょとんとした表情のエルフの少女は鈴のような愛らしい声を出しながら困ったように問いかける。

 寝ている間に何かが起こっていたのは間違いなかったが、その内容が理解できず、目の前にいる少年ミズキへ質問したようだ。


「それは、ね。こう色々あって」

「な、なるほど、色々、ですか……」

 ぎこちない会話が繰り広げられる。


 そして、再びの沈黙。


「あーっ! もう面倒だ、とにかく現状の確認と説明をする、いいか?」

 先に音をあげたのはミズキのほうだった。

 とにかく、彼女が目覚めたのであれば放っておくわけにもいかないため、互いの状況整理をしようとする。


「は、はい、お願いします!」

 明らかな年下を相手にしているにも関わらず、彼女は姿勢を正して正座になってミズキの説明を待っていた。


「俺の名前はミズキ。恐らくあんたはここを根城にしている盗賊団に誘拐されたんだろ?」

 エルフと言えば美男美女が多く、人口が少ないため、このように誘拐されて奴隷などとして売られることは珍しくない。

 しかも、彼女は金髪に碧眼という見目麗しい若いエルフであり、尚更希少性が高かった。


 そんな彼女はコクコクとミズキの質問に頷いている。


「その盗賊団なら俺が壊滅させた。ここに案内させるために一人だけ生き残らせたけど、問題はないと思う。で、財宝は俺が頂いといた。あんたをここから出してやりたいんだが、鍵はどこだ?」

 部屋のどこかにかかっている様子はなく、収納した財宝の中にも紛れていない。


「えっと、確か盗賊団の一番偉い人が持っていました」

 エルフはいい商品になるため、手下に手を出させないように財宝部屋への入り方は団長だけが知っており、更に念のため彼女の檻の鍵の管理も団長が行っていた。


「あー、そんな風に呼ばれていたやつがいたな……だが、戻るのも面倒だな」

「そ、そんな……」

 エルフの少女はミズキに見捨てられると思い、うるうると目に涙を浮かべながらがっくりと肩を落とす。


「おい、何やってるんだ。今から檻をなんとかするからもっと奥に行ってくれ」

「えっ? は、はい!」

 だが少女の悲しみとは裏腹に、ミズキは部屋から出ていかず、檻の鍵穴に触れている。


「なるほど、水覚を応用すればいけそうだな……”水開錠”」

 水覚で鍵の構造を探り、鍵の形に合わせてぬるりと水を動かして鍵を開けていく。


 理屈はわかるが実際にやるには慣れていないため、少し時間がかかる。


 しかし、一分ほどでガチャリと音をたてて鍵が開かれた。


「ふう、なんとかなったか。ほら、出られるぞ」

「ほ、本当です! す、すごい……」

 ミズキが扉をあけて手を伸ばすと、エルフの少女は恐る恐るといった様子でゆっくりと檻から出てくる。


「ミズキさん、すごいです! すごいすごい!!」

 初めて自分の意志でここを出れたことに感動した彼女は嬉しさいっぱいに顔を緩めると、ミズキに抱き着いた。


「い、いや、そんな、大したことは……」

 そういえばまだ彼女の名前を聞いていないなと思いながらも、年上の彼女に抱きしめられている柔らかく温かい感触を味わっていた。

 この世界に生まれ落ちてから人のぬくもりを感じたのが遠い記憶にしかなかったミズキにとって、それは驚きと困惑をもたらした。


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