第2話 盗賊
馬が走るのに任せてミズキは馬上で考え事をしている。
(これで家からは脱出できたけど、どうしたものか……)
長年幽閉されていた彼は頼れる知人もおらず、この道がどこに繋がっているのかすらも知らない。
ただただあの家から離れることだけを念頭に走り続けていた。
加えて、彼の年齢は未だ八歳という若さ。
魔法に関しては十分戦える力を持っているミズキだったが、幽閉されていたためにこの世界に関する知識、そして社会的信用が圧倒的に不足していた。
そろそろ空が白んでくるが、未だ方策は見つからずにいると、その気持ちが馬にも伝わったのか速度が徐々に落ちてくる。
夜通し駆け抜けてくれたから疲れた可能性も高い。
「どこかで休むか?」
ミズキが声をかけると、馬は首を横に振って前方を睨んでいる。そして、おもむろに一歩後退した。
「ん……矢?」
先ほどまで右前足があった場所に、矢が刺さる。
その矢が飛んできた方向に視線をあげていくと、細身の弓を構えた男とともにわらわらと屈強な男たちが集まってくる。
「なんだなんだ、貴族の紋章が入っている馬に乗ってると思ったら汚ねえガキじゃねえか」
どうやら彼らは盗賊団であり、後ろから出てきた髭面の盗賊団の団長がみすぼらしい格好のミズキのことを見て顔をしかめる。
「団長、団長! でも、あの様子だと奥にあるウイリアム家から馬を盗んできたはずですぜ!」
それに対して、子分の一人がそんな声をかけた。
「なるほど! こんな時間に逃げて来た、汚い子どもともなれば、かなりのことをやらかしてるはずだ。きっと報奨金もたんまりと……おい、お前ら! このガキをとっちめるぞ!」
ニタリと笑った団長がそう言うと、盗賊たちはミズキを囲むように配置する。
その動きは統制されたものであり、練度が高かった。
「――へぇ、あんたたちは盗賊で俺を捕まえてあの家に連れ戻そうとしているってわけだ……」
八歳の少年がこんな男たちに囲まれたら普通ならば怯えてしまっただろうが、ミズキはむしろ楽しそうにニヤリと笑う。
「そうかそうか、だったら、許すわけには……いかないよな!」
先手必勝と手を伸ばしたミズキは周囲の空気に水を撒いていく。
それは目には見えないような微細なもの。しかし、それは絶大な効力を秘めている。
人の五感とは目で見る視覚、音で聞く聴覚、触れてわかる触覚、舌で感じる味覚、匂いを嗅ぐ嗅覚がある。
「”水覚”」
しかし、ミズキのこれは水で知覚する第六感だった。
この力によって、盗賊たちの動きが手にとるようにわかる。
「後ろのやつらは、火魔法を使えるのか。だったら、少し力を見せようかな」
ついでに魔力の波長を読み取ったミズキは盗賊団の中の一人に目を止める。
火魔法にいい思い出がないミズキは少し不快そうに顔をしかめると、右手を挙げた。
「っ! やらせるな、攻撃開始だ!」
冷たい眼差しのミズキが何かをしようとしているのはどうみても明らかであり、盗賊たちはいっせいに攻撃をする。
矢を放つ者、魔法を放つ者、ナイフを投げる者、遠距離攻撃を使える者たちによる攻撃はミズキと馬に逃げる隙を与えない。
最初は団長も生きて捕えるつもりだったが、相手が敵対行動をとるなら殺してもいいとすら思っている。
「”水壁”」
これは次兄ダルクの火球を防いだ魔法だったが、今回はそれをミズキを中心としてドーム状に展開している。
水壁は盗賊たちの攻撃を全てシャットアウトする。
薄い膜状の水は見た目に反して鋼鉄のような防御力を見せる。
「な、なんだあれは!」
「み、見かけ倒しだ! もっと攻撃しろ!」
「所詮は水だ! みんなでぶち破るぞ!」
攻撃を弾かれたものの、やはりここでも水魔法は侮られており、最初は驚いた盗賊たちも鼻で笑うとやっきになって攻撃をしていく。
中には持っている斧を投げる者もいたが、それらは全て水の壁に遮られていた。
「そろそろいいか……”雨矢”」
しばらく様子を見ていたミズキが今度は攻撃に転じる。
相手の武器や魔力が尽き始めており、最初程の勢いはなくなっている。
そこへ、発動される攻撃用の水魔法。
名前のとおり、水でできた矢が水壁を突き抜けて盗賊たちの頭上に雨のように降り注いでいく。
「な、なんだあれは!」
「よ、避けろ!」
「どこにだよ!」
矢は一度だけでなく、雨あられのように降り注ぎ続けており、盗賊たちに逃亡を許さず、次々に矢が刺さっていく。
「水魔法なんて火の障壁で防げば!」
ミズキの後方に位置していた、火魔法の使い手は火の魔力を込めた障壁を展開していく。
「ふっ、やはりこの程度の魔法なら……なっ!?」
最初の数本は、男の予想通りに防ぐことができた。
しかし、五本、十本、三十本を超えたあたりで障壁は完全に破壊されてしまっていた。
矢が止んだ時に残ったのは盗賊の死体の山だった……。
「人を殺したのは初めてだけど、悪党だと心も痛まないもんだな」
地球での人生ではもちろんのこと、転生してからも初めての経験だったが、これは転生した際に何があっても心を強く生きられるように女神が施しておいた精神強化によるものでもあった。
そのおかげで幽閉生活を乗り切ることができたわけだったが、ミズキがあの家に生まれてしまったのは、これまた女神の手違いによるものだった。
「さて……」
ミズキは馬を降りると、既に息絶えている盗賊たちのもとへと近づいて行く。
「おい……おい! 起きろ! 生きているのはわかっているんだぞ!」
「ひ、ひいっ!」
盗賊たちの中でも、最も力が弱そうな相手を見極めて、ミズキはあえてそいつだけを生き残らせておいた。
最初ミズキの馬が貴族の家のそれだと助言したそいつは死体に紛れ込んで死んだふりをしていたのだ。
「組織された盗賊団みたいだから、アジトってあるよな?」
問い詰めるように静かに迫りつつ、ミズキは右手に水の渦を作り出しながら質問する。
ここまでの戦いを見せられた男は、ミズキの実力を理解しており、ただただカクカクと何度も頷く。
「じゃあ、案内してくれるか?」
ニッコリと笑顔で質問を続けるミズキ。男にはこの笑顔が悪魔の笑顔に見えていた。
そこからは男の手を水でできた縄で拘束して、案内させていく。
「おい、違う場所に連れて行ったら、お前を縛っている水が一気に縮むからな」
「ひっ! だ、大丈夫です! そ、そんなことをする勇気なんて俺にはありませんから……」
ミズキが彼を選んだ理由も最も気弱そうだったからというのがあった。
「ここです……」
移動することニ十分程度で、盗賊団のアジトへと到着する。
「そうか、脅して悪かったな。こんな子どもに舐められて悔しかっただろうけど、案内してくれて助かった。もう行っていいぞ」
そこでミズキは男を解放する。その時に馬も一緒に男と別方向に逃がしてやっていた。
「い、いいんですか?」
おどおどした様子で質問するが、既に逃げ腰になっている。
「あぁ、構わない。戻ってきて俺に害をなそうとしたら、今度はどうなっても知らないけどな」
「わ、わかってますよ! さようなら!!」
ミズキが再度脅しをかけると、男はあっという間に姿が見えなくなるほどの逃げ足を見せていた。
「それじゃ、中を見ていこうか……”水覚”」
先ほど試した魔法で、アジトの中に誰が残っているのかを探りながらミズキは足を踏み入れていく。
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