いずれ水帝と呼ばれる少年 ~水魔法が最弱? お前たちはまだ本当の水魔法を知らない!~
かたなかじ
第一章
第1話
「いよいよだ……」
小さな薄汚れた手をじっと見つめたみすぼらしい格好の少年は、力強く拳を作って決意を新たにしていた。
女神の手違いにより、地球で予定外の死を迎えた水瀬水樹――彼はある日異世界に転生することとなった。
そして火魔法で名高い名家の貴族、ウイリアム家の末弟として生を受ける。
「それにしても、たかだか水魔法の使い手だってだけでこんな場所に何年も閉じ込めやがって……」
名前に二つも『水』という漢字が入っていた彼は、転生時の補正として水属性の才能と多大な魔力が与えられていた。
しかし彼の父は、弱い劣等属性だと言われている水属性、しかも火の家系にあってただ一人の水魔法の使い手である息子のことを疎ましくてたまらなかったために、三歳の頃より五年間にわたって離れの塔に閉じ込めていた。
最低限の食事だけ与えられ、使用人もその時しか近づけないほど、父親によって厳格な隔離をされていた。
「……それも今日までだ」
閉じ込められたことをいい機会だととらえたミズキはこの五年間、毎日毎日魔法についてひたすら学んだ。
自己流の研究にも限度があったが、使用人の中にミズキのことを不憫に思った者が何人かおり、彼らはこっそりと魔法に関する本を差し入れてくれた。
五年の間に差し入れられたそれらは決して冊数は多くなかったが、それでもこの世界の魔法について知るには十分だった。
「それじゃ、やるか」
ふと彼が見上げるように唯一ついている鉄格子付きの窓へ顔を向ける。
申し訳程度に高い場所にある窓からは月明かりが差し込んでおり、夜であることを確認した。
この世界では弱い劣等属性だと言われている水魔法はほとんど研究されていなかったが、その使い手であるミズキは様々な魔法を生み出した。
「まずは扉を……”水竜”」
右手を前に突き出して、魔法名を口にする。
これはミズキが生み出した魔法であり、その名とおり水でできた竜が威嚇するように大きく口を開けて身体をうねらせるようにして扉に向かって突撃していく。
『アオオオオオオオオン!』
雄たけびをあげた水竜は、見事に扉をぶち破り、そのまま天へと昇っていく。
そして勢いそのままに登って行った竜は翼を大きく広げて月明かりに照らされた。
「な、何事だ!?」
「か、怪物!」
魔法によって作り出されたため生物ではないが、それでもまるで生きている竜のように見え、夜間警備兵たちは慌てふためいている。
「あぁ、久しぶりにこんな自由に外に出たなあ……」
外に出られたのは数か月ぶりであり、監視も、拘束もない自由な外出は記憶にないほどだった。
遮るものの無い、夜の透き通った空気を吸ったミズキは自然と笑顔になる。
「お、おい! お前、脱走したのか!」
「早く旦那様に報告しろ!」
「武器を持て!」
塔の扉が解放されて、ミズキが脱出してしまった。
それは許されざる事態であり、次々に屋敷の衛兵たちが集まってくる。
ウイリアム家は地方領主であるため、独自の戦力を保有していた。
「なにごとだ!」
「夜中に騒がしいぞ!」
更に、この家の長男、次男は火魔法使いのエリートであり、その二人も騒ぎを聞きつけて外に出てきていた。
「……あれ? 兄さん、だったかな? 多分そうだったはず」
顔を合わすことがほとんどなかっためうろ覚えだったが、ミズキはなんとなく様子で兄たちであることを感じ取る。
二人の髪は火の家系であることを表す赤。
上の兄は濃い赤色の長髪をたなびかせ、二番目の兄はオレンジに近い赤色の髪を短く切りそろえている。
きりりとしたまなざしを持つ兄はすらっとした体形で父によく似ており、そんな兄に引っ付くようにしている二番目の兄はぽっちゃりとしていて背も低めで、長兄と似ていないが一応実の兄弟である。
「ふふっ」
閉じ込められる前、何かのおりに少し見かけた時とイメージが変わらないため、ミズキは思わず笑みがこみあげる。
「なにを笑っている! 貴様……ミズキか!」
「汚らわしい、そんな姿で外に出てくるな!」
想像以上のみすぼらしさに顔をしかめた二人も長らくミズキの姿を見ていなかったため、彼の姿に驚き、ひどくののしった。
青い髪はボサボサに伸び、服もボロボロでやせ細って、顔も汚れており、とても見るに堪えないと、二人は汚い物を見るような目つきでいる。
「いやあ、長く閉じ込められていたからねえ。幸せに父さんの庇護のもとぬくぬくと生きて来た兄さんたちにはわからないかもしれないけど」
薄汚れた格好ながらそんなことは全く気にしていないミズキはニコリと笑いながら彼らの言葉に反応する。
「何をニヤニヤしている!」
自分たちが侮られていると受け取った長兄のタークスが怒鳴りつける。
「貴様など死んでしまったほうが家のためだ! ファイアーボール!」
次兄のダルクは、ミズキに向けて火魔法を放つ。
最も初級の魔法だが、それゆえに操作が簡単に行える火球。
それが真っすぐミズキへと向かって行く。
「”水壁”」
ミズキが創り出したのはただただ単純な薄い水の壁。
しかし、魔力量が圧倒的に上なのはミズキであり、火球は衝突するとジュッと音を立てあっさりと消え去った。
「き、貴様、何をした! くそっ、それならば……」
ダルクは自分の魔法が防がれたことに驚き、次の魔法を準備しようとする。
「まあ待て、あいつはどうやら自力で塔を出てきたようだ。それに、お前の魔法を防いだのも事実。何か怪しい手を使っているのは事実のようだ」
タークスはミズキの態度に怒りを覚えたものの、状況を冷静に分析することはできるようで、ダルクのとこを止める。
「もう少しすれば父上も、他のみんなも集まってくるはずだ。そこで一斉に攻撃して止めをさすのが確実だ」
「な、なるほど。さすが兄さんだ!」
二人がそんなことを話しているうちに、件の父親たちがやってくる。
「何事だ! なぜ、ミズキが外に出ている!」
状況を確認するため、家長であるミズキたちの父親のアーノルドが周りにいる者へと質問する。
彼も息子二人と同じ赤い髪、長兄のタークスをそのまま大きくして髪をオールバックにしたような見た目である。
「いやあ、父さん。みんなを責めないであげて下さい。僕が、自分の力で、塔の扉をあけて出て来ただけですから」
笑顔のままミズキは先ほどまで幽閉されていた塔を指さす。
「なんだと? お前が、水属性の劣等者がそんなことをどうやって?」
「父上! あいつは何やら画策して扉を壊したようです! もういいでしょう?」
もう『殺しても』いいでしょう? というタークスからの質問に、アーノルドは一瞬考え込んでから頷く。
「みなの者、ミズキは塔からの逃亡を図った。この家のルールに背いた者だ。既に私の息子でもなんでもない。魔法準備!」
勇ましくアーノルドは右手を挙げて魔法の一斉掃射の指示を出す。
幽閉から逃げ出されたことで彼も怒りを覚えているらしく、感情の昂ぶりが魔力となって真っ赤な長い髪がゆらゆらと揺れている。
「この家の人たち、父さんに兄さんたち、それから雇われている人たちもみんな火属性――だけどそれに対して俺一人だけが水属性」
何かをあきらめたかのような、それでいて笑顔で淡々と語るミズキに対して、全員が今更何を言っているのかと首を傾げる。
「わかりきったことを言いおって、みんなやってしまえ!」
「”竜の涙”」
アーノルドが攻撃の合図を出し、全員が魔法を発動させようとした瞬間、ミズキはすっと空を指さして魔法を発動させた。
「なっ!?」
この驚きの声は誰のものだったか、全員が同じ思いを抱く。
晴れ渡り、月が見える夜空から、突如バケツの水をひっくり返したかのような大量の水が降りそそいで火魔法を打ち消していく。
先ほど空へと昇って行った水竜はこの段階を踏まえての魔法だった。
竜の涙は魔法を打ち消すと同時に、視界を大きく遮る。
その隙に人々の間をミズキが駆け抜けていった。
「――兄さんたち、さようなら」
「ミズキ!」
「どこだ!」
最後に兄たちに声をかけるミズキ。
父の横も通り過ぎるが、彼には声もかけずに走り抜ける。
「それじゃ最後に”霧隠”」
空から降り注ぐ水が落ち着いてきたところでその水を利用して濃厚な霧を生み出し、少し先も見えないほどの霧の中に紛れながらミズキは実家から出ていく。
家の裏門、そこには馬が一頭用意されていた。
「……ありがとう」
これは、本を差し入れてくれた人物と同じ、数少ないミズキの協力者が用意してくれたものだった。
少し前に空に見えた水竜を見て、とうとうミズキがなにかやったのだと気づいた者がここに馬を置いていったのだ。
「よろしくな」
優しく撫でてから、背中にまたがる。
すると、馬は機嫌よく身体を震わせたあと、自然と走りだし家から離れて行く。
屋敷は未だ霧に囚われており、誰一人としてミズキを追える者はいなかった……。
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【後書き】
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