第4話 グリフォン


「っ……す、すみませんでした!」

 思わず抱き着いてしまったことを謝罪しながら、わたわたと慌てたように顔を少し赤らめたエルフの少女は頭を下げている。


「いや、まあ、構わないが……それより、俺はしばらく風呂も着替えもできなかったから、あんたの服にも汚れがついてしまったな」

 逃げることを優先していたミズキは、自らがどんな状態にあるかを気にしていなかった。


 しかし、そのせいで彼女の服にまで自分の汚れがつき、臭いもついてしまっていたことを申し訳なく思っていた。


「い、いえ、気にしないで下さい。私がいけないので……それに、私も掴まって数日経つので汚れが……」

 あまり衛生的とはいえない檻に監禁されていた彼女の服も、それなりに汚れている。

 ミズキの汚さもここにずっと閉じ込められていた自分を解放してくれたことを思えば大したことではないと彼女は思っていた。


「そ、そうだ! そんなことより、助けてくれてありがとうございます!! 私の名前はララノアと言います!」

 とびきりの美人のララノアは名乗ると再度深々と頭を下げて、ミズキに礼を言う。


「あぁ、ついでだから気にしないでくれ。それより……”洗浄”」

 ミズキは自分の身体に手をあてると、水によって身体の汚れを落とす魔法を使う。


 すると、みるみるうちの顔や手足、皮膚の汚れが綺麗になっていく。

 汚れをとった水は、全て蒸発させているため服の濡れも感じることなく完了となる。


「服も”洗浄”」

 破けている部分を繕うことはできないが、服の汚れが染み抜きの要領で綺麗になっていく。

 長年着ていたせいの劣化はあるものの、色合いがよくなるほど汚れが落ちていた。


「す、すごいです!」

 何が起こっているのかララノアには理解ができなかったが、とにかくミズキがすごいことをやっているのだけは理解できていた。


「それじゃ、そっちも失礼して”洗浄”」

 ミズキはララノアの頭に軽く右手をおいて、彼女の身体の汚れをとっていく。


「わ、わわわ!」

 さわさわと水が身体を駆け回るような不思議な感触にララノアは驚きの声をあげてしまうが、後ろで束ねている美しい金髪が艶を取り戻してサラサラと流れていくのを感じていた。


「よし、これで完了だ」

 右手と同時に、左手は肩に置いていたため、服も同時に綺麗に洗浄されていた。


「服まで! ありがとうございます!」

 先ほどは気にしていない風に言ってはいたものの、やはり女性であるため綺麗になったことを喜んでいた。


「それじゃ俺はもう出るけどどうする?」

「あ、ご一緒させて下さい! ――いたっ!」

 先ほどまで気づいていなかった痛みに顔をゆがめたララノアの視線が自らの右足に向いたため、ミズキもそちらを見る。


「怪我か……」

「は、はい、普通に戦えれば盗賊相手でもなんとかなったと思うんですが、先に怪我をしてしまったので……」

 先ほどまでは感動と衝撃で痛みを忘れていたが、落ち着いてきたため、再び傷みが復活していた。


「回復魔法はまだできないから……水で怪我の汚れをとって」

 少しでも何かできることはないかと考えたミズキは屈んでララノアの傷口を洗浄していく。


「それから、固定をするか”水包帯”」

 それは包帯というよりは、テーピングのようでもあったが、とにかく魔法で足を固定することで痛みを軽減させる。


「あ、あれ? 痛くないです! この水、足にまるで吸い付くように……すごいです!」

 これまた見たことのない魔法にララノアは感動していた。


「あぁ、なんとかなってよかったよ。それで、行けるか?」

 これは学生時代に、部活で友達にテーピングを頼まれた時に本を見ながら行った経験をもとにしたものだったが、効果があったようでホッとしていた。


「はい、全然痛くないです! 行きましょう!」

 何度か足踏みを軽くして、自分の足が元気に動くことを確認するとララノアは元気よく返事をする。


「まあ、応急処置だから家に帰ったらちゃんと治療を受けるんだぞ。さあ、行こう」

 それから二人は盗賊のアジトを出ていく。


 出たところで、あの男が残党を連れて戻ってきた――ということがあるかもしれないと考えたミズキは、水覚を事前に発動させて外の様子を確認するが、外は静かなもので誰もいなかった。


「ふう、やっぱり外のほうがいいな。あそこは窓一つないから、息苦しくてたまらない」

「ですねえ。うーーーん! あー、外の空気は気持ちいいです!」

 特に数日監禁されていたララノアは余計にそう感じていたらしく、嬉しそうに笑顔で外の空気を大きく吸い込んで深呼吸をしている。


「さて、どうする?」

 ミズキはとりあえず、金目のものを手に入れるのが目的であり、ここからの予定はない。


「あの、よければなんですけど私のうちまで来てもらえませんか? お礼もしたいですし、ミズキさんはすごい魔法の使い手みたいなので、是非師匠に会ってもらいたいんです」

 ララノアは美しい碧眼の目でミズキを見る。その目には、期待と不安と緊張が含まれているようだった。


「家はどこにあるんだ?」

 あまりに近所であれば、家からの追っ手が来る可能性があるかもしれない。

 ミズキ一人であればそれでもなんとかなるが、ララノアや彼女の師匠に迷惑はかけられないと少し悩んだ彼は問いかけた。


「えっと、ちょっと離れた場所にあるんですけど、ちょ、ちょっと待っていて下さい!」

 思い出すように少し考えたララノアはそう言うと、思い出したようにポケットを探って小さな笛を取り出す。


 吹くとピーっと高い音をたてて周囲に響き渡る。

 しばらく待っていると、空から鳴き声と共に何かがやってくる。


「あれは? ……もしかして!」

 徐々に姿が明らかになり視認できる距離になると、ミズキはその姿がわかり、驚きながら空を見ていた。


「ピピーーー!」

 着地とともに現れたそれは、嬉しそうに鳴き声をあげて喜びそのままにララノアに顔を寄せる。


「グリフォンだ! すごい! さ、触っても平気か?」

 初めて見たグリフォンに感動したミズキはゆっくりと近づいていくが、確認がとれていないため、まだ距離をとっている。


「もちろんですよ! アーク、あの方は私の恩人なの。いいわよね?」

「クエ、ゴロゴロ」

 アークと呼ばれたグリフォンはララノアに頭を撫でられて目を柔らかく細め、チラリとミズキを見て頷くと喉を鳴らした。


「よ、よろしく」

 こちらの世界に来て、ファンタジーなものといえば自らも使う魔法。

 落ち着いてみれば、エルフのララノアもいるが、それ以上にグリフォンは衝撃的だった。


「クウ、クウウ!」

 ミズキが優しく頭をなでると、アークは自分の主人を助けてくれてありがとうと言わんばかりに顔をすり寄せる。


「す、すごい! アークが初めて会った人にこんなに懐くなんて……」

「クウ! クウウ!」

 これほどに嬉しそうなアークをララノアは見たことがなかった。どうやらアークは気難しい性格のようだった。


「ははっ、強そうだからちょっと腰が引けたけど、いい奴じゃないか!」

 ミズキもアークのことを気に入り、頭を何度も撫でていた。


「えっと……それで、ミズキさんも一緒に行くということでいいでしょうか? アークに乗って、しばらく飛んでいく形になるのですが」

 あまりに二人が仲良くしているため、ララノアは戸惑いながら確認する。


「あぁ、もちろんだ! 是非連れて行ってくれ。な、アーク?」

「ピーーー!」

 ミズキの声掛けに、これまたもちろんだと、大きく翼を広げたアークは高らかに返事をした。


 こうして、ミズキの次の目的地はララノアの家になった。


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