第2話 昔話

俺の家は、代々とある家に仕える使用人の家系だった。


それに対して仕えるその家は、国内でも屈指の名家であり、製薬業と製糸業を生業とする商人の家であった。


俺たち使用人の一家はその家を「本家」と呼んだ。父も母も、祖父や祖母までその本家に忠臣を尽くし、仕えてきた。


そして本家の人たちはうちの一家を「分家」と呼び、その力を必要としてくれた。


普通ならば本家や分家は血の繋がりがある家に対して使う呼称だ。つまるところ血筋や家は違えど、俺の家とその名家はひとつの家族のような存在だった。


一家の誰からも本家に対する愚痴は聞いたことがない。使用人の身であろうとも本家の人たちは皆、俺たち分家の人間も本当の家族のように扱ってくれた。


分家である俺の家には、俺と妹の2人の子供がおり、本家にはご令嬢である女の子が1人いた。


妹はひと回り年齢が下だったので一緒に遊ぶことはなかったが、俺とその女の子は本当の兄妹のように日々を過ごした。


子供のころは身分差など感じないままに関わっていたが、身分は身分。家柄は家柄。使用人の家に産まれた俺は例外なく、本家に仕える従者になる、はずだった。




「その子には守護の血が流れている」




俺の人生を別の方向へと大きく動かしたのは、突然家に現れた兵の一言だった。


何がなんだか。まだ幼い8歳の少年だった俺には、その兵が何を言っているのかまったく分からなかった。


ただその時の光景は鮮明に覚えている。


家におしかけた兵は少なくとも10人以上。そしてその真ん中には、他の兵たちより豪華な服を着た、位の高そうな人がいた。


その人は兵たちの中からゆっくり俺の方に歩みだし、




「君は選ばれし少年だ。我々にその力を貸して欲しい。この国の…いや、人類の未来のために」




そう言って手を差し出した。


その言葉の意味を知らない子供からすると、ただ少しどこかに行くだけ。またすぐに帰ってこれる。そんな意味にとれた。


しかしその言葉の真の意味を理解している母は、




「待ってください! 何かの…! 何かの間違いではありませんか!? その子は、ただの分家の子供です! 剣になど触れたこともありません…!」




普段は本家のメイド長を務める、非常に仕事のできる母だった。それでいてとてもクールで、非常に口数は少ない。俺も母が感情を爆発させたことなど、今まで共に生きてきて2回しか見たことがない。


その1回がそれだ。


無口でクールで、女なのに煙草を吸ったり。それで仕事もできる優秀で、他のメイドからも憧れの的になるカッコイイ母。


そんな母が泣き叫んでいた。


「貴方がこの子の母親か」


俺に駆け寄ろうとして兵に止められた母に、自らを兵士長と名乗ったいい服の男が言った。


「私にも子供がいる。自分の子を奪われるその心中お察ししよう。そしてこの非礼を詫びよう。しかし…我々にはこの子が必要なのだ。心からすまない、分かってくれ」


そう告げられた母は、「あぁ…あ……」と声にならない声を上げ、項垂れた。一気に体重の抜けた母を、近くで見ていた父が支える。


「あっ…」


母が泣き崩れる姿に、俺も駆け寄ろうとする。だがその足は止まった。


母を支えた父と目が合う。父もその両眼に今にも溢れそうなほどの涙を溜めていた。


そして、信じられないとでも言うように首を振る。


それに続くように、本家の当主であり、俺にとって第二の父とも呼べる「あの子」の父親が兵に抗議を始める。


そして当主が抗議し始めたのを見て、次々とメイドや執事、庭師や電気技師まで兵に抗議し始めた。


兵たちは総動員でそれを押し止める。


その光景を当時の俺は不思議そうに見ていただろう。


なぜ大人たちはこんなに騒いでいるのか。子供には分からない。


目の前の兵士長の手を取り、ゆっくりと大人たちから、その家から離れるように歩き出す。





「アレン……?」





大人たちの喧騒の中からすっと耳に入ってきた、その花のような声に振り返る。


「あの子」だ。


大人たちに紛れて、同じようにやはり兵に止められている「あの子」がそこにいた。





「どこいくの…? いつ、帰ってくるの…?」





それさえも分からなかった。


そして俺はこの日、その少女の問いに答えぬまま、




6年間、その家に帰ることはなかった。



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剣で世界を救った男は、金で世界を創る まりる @google1546

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