剣で世界を救った男は、金で世界を創る

まりる

第1話 救えたもの

こんなことを自分で言うのは無粋かもしれないが、今まで沢山の人を救ってきた。


時には盗賊に襲われた村に降り立ち、盗賊を1人残らず懲らしめた。時には魔物に喰われそうになっている人たちの元に駆け付け、命の危機を救った。


そして時には、世界に混沌と脅威をもたらす魔王と死闘を繰り広げ、その末に世界を救い、英雄と呼ばれる存在になったりもした。


誰かを救うことに優劣などない。重い荷物を抱えた年寄りに手を貸すことも、魔王を倒して世界中の人々を救うことも同じ善行であり、美徳だ。


等しくその行いは報われ、賞賛の言葉を受けるべきことである。


盗賊に襲われた村を救ったとき、村の人々は特産物を俺の前に並べて、目に見える形で溢れんばかりの感謝をくれた。


魔物に喰われそうになっている人たちを救ったとき、その人たちは涙を流し、俺のことを命の恩人だ、一生忘れないとまで言ってくれた。


魔王を倒して凱旋したとき、たくさんの人がよくやったと言ってくれた。俺のことを英雄だと崇めてくれた。喜んでくれた。


どの人からもらった感謝も笑顔も鮮明に覚えている。


ただ、一つだけ。


一つだけ特別で、今でも忘れられない「ありがとう」の言葉がある。





「おにいちゃん、ありがとう!」





魔王なき世界で英雄になった俺を、そう呼んだ少年の笑顔が今も脳裏に貼り付いている。


別に俺は彼の命を魔物から救ったわけでもないし、彼は俺が魔王を倒したことに対してありがとうと言っているわけでもなかった。


俺が彼にあげたのは、たったひとつのリンゴだったんだ。


それを彼は何よりも喜んで受け取った。


魔王を倒したと言ったところで、あの少年があの笑顔を俺に見せてくれることはなかっただろう。


たかがリンゴだ。商店で銅貨を1枚出せば買えるようなリンゴだ。


もし俺が銅貨1枚で魔王が倒してみせると言ったなら、それは安すぎると誰もが思うだろう。


魔王を倒す旅の先々で貧困に苦しむ人々を見てきた。その度に、俺が魔王を倒したところでこの人たちが救われることはあるのだろうか、と思った。


剣で救えたものは間違いなくあった。だが救えないものが世の中には間違いなくある。


魔王がいようがいまいが、生活が変わらない人は山ほどいる。この少年のように。


笑顔で手を振った少年を見送った俺は、ポケットから取り出した銅貨を眺め、強く握りしめた。


どこかから涙が溢れだしてきた。その言葉が、笑顔が、闘ってボロボロになった心にひどく染みたから。


その涙はその時決意になった。


まだ救えてない。まだ救える人がいる。


救うんだ、誰かを。創るんだ、世界を。


次は剣じゃなくて、別の何かで。


もう一度、あの笑顔に会うために。


そして、




「お願いします。俺に、商売を教えて下さい」




凱旋した俺は、「師」に頭を下げた。


それが俺の決意だった。

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