21/Sub:"オペレーション:ゲートブレイカー"

 竜の咆哮が異界に響き渡る。咆哮が怨念の果てに歪んだ認識をたたき割り、異界と化した屋敷が崩れていく。それは現象となって異界の屋敷に反映されていた。


「ユーリ! やりすぎですわ!」

「――――――!」


 咆哮で壁が、窓が、ドアが、床が、天井が、ひび割れ、裂け、砕け、飛び散っていく。そして轟音と共に響く、悲鳴のような音。アリシアはその正体にすぐ気づく。


「いいわよ! もっとやりなさい!」

「お姉さま!?」


 コールサインで呼ぶのも忘れてアンジェリカが叫ぶ。アリシアはユーリのドラゴンの咆哮で、ドラゴンブレスで、屋敷の異界が削れていくのをライフル上で駆動するセンサーで知覚していた。このまま破壊し続ければ、きっとが出てくるはず!

 ユーリの腕にドラゴンブレスが収束していく。世界がきしむような、甲高い、悲鳴のような音。収束しているドラゴンブレスが周囲のあらゆるエネルギーを食い漁り、周囲の景色が赤方偏移してどんどん赤く染まっていく。咆哮して上を向いていたユーリが、ぐるりと首をめぐらせて半壊した廊下の奥に収束しつつある怨念をとらえる。その姿に、一瞬アリシアは対空防衛用に重要施設に置かれている自由電子レーザー砲が、起動実験において空中を飛ぶドローンに待機位置から一瞬で動いて照準を合わせる、防衛装備開発庁のPR動画を思い出した。

 解放。

 再び、しかしユーリの先程のドラゴンブレスと咆哮ですっかり安定状態から叩き落された不安定な怨霊を、ほとんど光速まで加速された、ビームのようなドラゴンブレスが貫いた。閃光。擬似的な『負のエネルギー』ともいえるユーリのドラゴンブレスが、射線上のあらゆる活動を強制終了させていく。怨霊はなすすべもなく消し飛ぶが、ユーリの勢いは止まらない。ドラゴンブレスを発射している状態の腕をぐるりと振り回し、まるで巨大な大剣か何かを振り回しているかのように屋敷を両断した。

 ドラゴンブレスの勢いが小さくなり、途切れる。天井には、巨大な切断面が、一直線に床から壁、天井からまた壁へと続いていた。切断面は一瞬、時すら止まってしまったかのように静止、そしてようやく自分の時が停止しているのを認識したかの如く急激に限りなく絶対零度近くに達し、一瞬で白い霜に覆われ、ボロボロと崩壊していく。


「よし、いいわよデネブユーリ、ここらでいったん落ち着いて――」

「デストローイ……デストローイ……」

「――あ、ダメなやつだこれ」


 カタコトでうわ言のようにつぶやくユーリの頭上に、じんわりとにじみ出るように白く細い、糸のようなホロウ・ニンバスが浮かび上がった。それを見て、三人はユーリが完全に制御下にないことを察する。

 ユーリが前傾になり、やがて地面に手をつく。四つん這いの、獣のような恰好。しかし地面についた手足の部分から、侵食されるかのように床が霜に覆われていく。

 四肢がしなり、次の瞬間ユーリは跳躍した。振りかぶられる手。爪にまとったドラゴンブレスが、まるで紙でできているかのように床を、壁を、天井を、切り裂き、吹き飛ばしていく。

 咆哮と共にユーリが去ったあと、そこには三姉妹が残されていた。

 天井が崩壊して降ってきた白い粉末の様なものがひざ丈ほどの山になっている。アリアンナは足元にあったそれをブーツのつま先で軽く蹴り、巻き上げた。

 途端に白い粉末は空中で青い燐光を放ち、紫電を散らした。ふわふわと重量に逆らうかのように空中で奇妙な文様を描きながら二つに分かれ、階下に落ちていった。


「うわぁ、すごいよこれ」アリアンナが薄く霜に覆われたブーツのつま先を灰でも払うかのように振りながら言う。「ボース・アインシュタイン凝縮起こしてるね」

「笑い事じゃありませんわ!」アンジェリカが槌の変形を解除して槍に戻す。「このままじゃお屋敷が白い変な粉の山にされてしまいますわ!」

「屋敷一つ分のBEC物質の山かぁ」アリシアがライフルの収束率をいじりながら言った。「物理学者必見だわ」


 三人は顔を見合わせる。各々がそれぞれ何をすべきか、わかっているという顔だった。


「「「追いかけるよ!」ますわ!」わよ!」


 ユーリが消えていった方へ駆け出す姉妹。同時に、進行方向でユーリの放ったと思われるドラゴンブレスが、天井と床の間に永遠の別れを告げながらまるで横向きのギロチンのように迫ってくる。それをアリアンナは空中でくるりと一回転前転して飛び越し、アンジェリカは拳で殴りつけて弾き、アリシアは上体を大きく海老反りに反らして回避する。


「あっぶなぁ!?」


 巨乳だったら危なかった。チリチリと迫る冷気を感じながらドラゴンブレスの下を潜り抜けたアリシアが冷や汗を流す。妙に冷たいと思って頬に触れると、流した冷や汗は凍っていた。まつげがゴワゴワする。どうやら凍ったらしい。


「ええい、事が終わったら干物になるまで吸い取ってやりますわ!」


 アンジェリカが一気に踏み込み、半分凍った怨霊を槍で薙ぎ払う。穂先が赤く鋭い光の線を描き、怨霊の上半身と下半身は泣き別れた。容赦なく彼女はそれを蹴り飛ばす。


「あ、ボクも混ぜてよぉ! いっぱいユーリにぃのコト搾っちゃうんだから!」


 二刀流になったアリアンナが『銀朱』を逆手に持ち替え、素早い斬撃を放ちながらまるでミキサーのように怨霊の群れを切り刻んでいく。飛んだ怨霊の首がドラゴンブレスの直撃を受けて消し飛んだ。

 三姉妹による破壊は先行するユーリの影響もあってか着実なダメージを、異界を発生させている源流にも届いていた。それは、次第に形となって周囲に現れていく。

 暴れるユーリを追って廊下を駆け抜ける三姉妹。いつのまにか存在しない一階の廊下へと構造が移っている。

 しかし、走っていてアンジェリカはそれにいち早く気付いた。先程までランダム生成されていたかのような異界のパターンが、減ってきている。壁に空いた穴を抜けると、再び一階の廊下が続いていた。同じようなコピー&ペーストの廊下が続く。


「パターンが減ってきてますわ」


 アンジェリカが駆けながらつぶやく。


「そろそろネタ切れって感じかな? だとしたら目的地も近そうだね!」


 アリアンナが嗤う。しかしアリシアは不安な表情を隠せない。


「でも、それってデネブユーリがここら辺の全部吹き飛ばしながら進んでるからでしょ?」


 姉妹が駆ける廊下は、最早竜巻が部屋の中に入ってきたかのような惨状だ。無事なものを探す方が難しい。


「だとしたら、このままじゃ間違いなくアイツの方が先に『核』にたどり着いちゃう可能性が高いわよ。そうすれば」


 アリシアは周囲を見渡す。廃墟どころか、倒壊寸前と言っても過言ではなさそうなレベルの、異界化した屋敷の成れの果て。


「間違いなく、現実に影響が出るような結末になるわよ」

「じゃあどうしろと?」


 アンジェリカが聞き返すと、アリシアはニッと笑った。


「こうする――のよっ!」


 走っていたアリシアが急停止する。靴がガリガリと床をこすり、床に焦げた黒い線を引いた。ライフルを足元の床に向かって片手で構える。射撃用補正、〇・三度、誤差修正完了。銃口が赤く発光し、すぐに光で満ちる。

 発砲。

 赤い閃光が床を貫いた。床が一瞬膨れ上がり、落下するように再び落ち着く。しかし、次の瞬間、盛大な音を立てて床が崩れ始めた。落ちていくアリシア。ぎょっとしてアンジェリカとアリアンナもアリシアを追って穴に飛び込んだ。


「これは――」


 落下した先、それは玄関ホールだった。そして玄関の先には、まるで内側から爆発したように破壊された壁と、札がびっしり張られた、扉。


「やっぱりこの屋敷、壁をぶち抜いて移動するってことは想定してないから、それをされるとそれはそれは負荷が凄いでしょうね!」


 アリシアは疑問に思っていた。先程、怨霊を盛大に潰していたにも関わらずあまり消耗した気配がなかったのに、ユーリが来て屋敷を盛大に破壊していきながら進んだ結果、途端に異界の維持に支障が出るほどのダメージが出ていた。

 ゲーム好きなアリシアは、そこで思いついたのだ。

『この屋敷は、オブジェクト損壊に弱い』、と。

 あとは賭けだった。屋敷はユーリが暴れまわったおかげで異界の維持に支障が出ている。異界ももはや物質化を保てず、最早異界化した屋敷自体が巨大な一つの怨霊の様なものだ。ならば、『イリスロサイト』なら、下手するとユーリのドラゴンブレスよりも効率的に、異界内の屋敷を破壊できるはず!

 そして、アリシアの賭けは、成功したのだった。


「でもまさか、一発でここまで来れるとは思わなかったけど……」

「お手柄ですわ!」


 アンジェリカが嬉しそうに叫んだ。ここまでくればやることはただ一つ。扉の向こうのをぶっ飛ばすだけ。三姉妹が臨戦態勢を整え、アンジェリカが扉をけ破る。先程と違う、確かな感触。その先にあったのは――。


「……うっ!」


 アリアンナが顔をしかめた。

 そこにあったのは、祭壇。神道系の文化のそれだろうか、に流れるように巻かれたしめ縄が祭壇の上に張ってある。祀られて中央にあるのは、赤黒く濡れた箱の様な何か。それから、まるで漏れ出るように黒い怨念が漏れ出ている。

 しかし、異様なのは、周囲だった。


「……ほんと、悪趣味ですこと」


 床に散らばっていたのは、無残に切り刻まれ、まるで今死んだかの様に生々しい死体の群れ。まるでお互い殺し合ったかのように、複雑に絡み合って祭壇へ向かって等しく手を伸ばしているように見える。


「何か、やったんでしょうね」


 アリシアが汗を流しながら言う。


「でしょうね、それも、よっぽどなを」


 静かになったアリアンナは、いつもの軽薄な雰囲気が消えうせ、顔が青くなっている。


「大丈夫ですの? アークトゥルスアリアンナ?」


 アンジェリカがコールサインをやや強調しながら言った。アリアンナは何とか彼女の呼びかけに頷いて答えた。


「大丈夫、大丈夫だよ」

「つらいなら下がってなさい。こういうのは姉の仕事ですわ」

「いいや――」


 アリアンナは、『深緋』を引き抜き、ゆっくり構え、呼吸を整える。ユーリの母を剣の師とし、教わったことを深く心の中で反芻し、雑念を消していく。

 ――アリアンナ、今から私があなたに教えるのは、たとえどう取り繕っても間違いなく殺しの技術です。人を殺し、命を奪う技です。

 ――だからこそ、あなたは刃を振るう限り、忘れてはいけません。

 ――そこに慈悲を、忘れてはいけません。


「――大丈夫だよ」


 もう、彼女の顔に迷いはなかった。そんな彼女の様子を見て、アンジェリカは小さく笑うと、よろしい、と彼女の決意に答えた。


「ちょうどよく、奴さん、お目覚めみたいよ」


 アリシアが言った先、動きがあった。アリシアが銃口を向け、アンジェリカが槍を構え、アリアンナが『深緋』を、剣先を前に向けて下段に構える。

 死体が動き出す。足が、手が、胴が、頭が、それぞれ単体の生き物化のように動き出し、祭壇に祀られている箱に向かって這い寄っていく。凄まじい怨念があふれ出し、三人は思わずよろけるほどだった。怨念の爆風の中、箱をコアとするように体のパーツが集まっていく。

 そして。


「……ようやく、お出ましですわね」


 現れたのは、体長二メートルほどの、人体のパーツが融け合うように融合してできた、人型のナニカ。口元は耳まで裂け、そこにやたら綺麗な白い臼歯が整然と並んでおり、それが余計不気味さを増させていた。

 怨念があふれ出した。吸血鬼すら侵食しようと肌に染み付いてくる。

 しかし。


「うっとおしい、ですわ」


 三姉妹の身体から噴き出る、血の様な霊力。ドス黒い怨念を焼き尽くしながら、膨れ上がっていく。赤い霊力の竜巻の中で赤く輝く、の、ホロウ・ニンバス。


「わたくしは、愛する方と生涯を共にしたいと、未来に向かいたいと、この屋敷を買ったのですわ」


 かつん、と高い音をアンジェリカのヒールがたてた。初めて『ナニカ』が動揺を見せた。


「それを神だかなんだか知りませんけれど、今生きてる人を呪って、その結果がこれですの?」


 アリシアの靴が床を踏みしめる。アリアンナのブーツが床をきしませる。


「目障りですわ、邪魔ですわ、無粋ですわ」


 三姉妹の頭上に輝く、赤いホロウ・ニンバス。三姉妹の瞳は、まるで暗い夜空に輝く星のように赤くきらめく。


「それでも、わたくしの邪魔をするというのなら」


 三姉妹が、それぞれの武器を構える。


Te voi învinge cât秒で消して mai curândやりますわ!, ticălosule!このゴミ虫!


 そして、その瞬間、天井を貫いてきた白く冷たい光が、『ナニカ』を貫いた。

 爆風。冷気が吹き荒れ、床に転がっていた死体が一瞬でに変化して掻き消えていく。『ナニカ』もただでは済まなかったのか、悲鳴のような声を上げるがその声すら凍り付いていく。

 さあ一戦。そう思っていた矢先の出来事に、思わず三人は思考停止してしまうが、頬を撫でる冷気からすぐにその光に思い至った。


「馬鹿な、早すぎますわ……!」


 轟音。衝撃で地面からおそらくは死体であったであろう、今は最早素粒子単位まで分解された粉が舞う。天井に空いた穴、そこから床を踏み抜いて着地してきたのは、頭上に煌々とホロウ・ニンバスを輝かせたユーリだった。


「オバケ、ワルイコ。ナニカ、ワルイコ。ワルイコ、ミンチ。ミンチ、イイコ。オバケ、イイコ」

「狂ってますわ……!」


 完全に正気を失った様子のユーリ。彼の周囲でドラゴンブレスが渦を巻き、やがて透明な薄く輝く球膜を作り上げた。ドラゴンブレスで満たされた結界。最早、あの結界の中は彼の世界だ。

 不味い、本気モードだ。姉妹はいっせいにそう思い、ユーリに駆け寄る。結界はしっかりと姉妹を識別し、その体を傷つけることはなかったが、それでもすさまじい低温まで冷やされた空気が液化して内部は極寒だった。


「ユーリ! 落ち着くのですわ! わたくしたちがやりますから、ね!?」


 コールサインで呼ぶことも忘れたアンジェリカがユーリを羽交い絞めにするが彼の勢いは止まらない。両腕にアリシアとアリアンナが飛びつくが、とんだ馬鹿力でその動きを阻害できない。ユーリの右手にドラゴンブレスが、盛大に何かがきしむような音とともに収束していく。向けられる先は、先程のダメージからまだ回復できていない様子の『ナニカ』。


「ユーリ! 落ち着きなさい! このままぶっ放したらホームレス高校生活のスタートよ!?」

「そうだよユーリにぃ! ユーリにぃのいろんなところから吸っちゃうよ!?」

「ヤメロォ! ハナセェ!」


 必死の呼びかけもむなしく、ユーリの右手にはこれまでに見たことのないレベルのドラゴンブレスが収束していく。もはや世界が悲鳴を上げているかのような音を立てて、周囲の部屋が収束の余波だけで崩壊していく。

 そして、臨界点は、唐突に訪れて。


「ヒャッハアアアアアアアア! Сбогом, копелеあばよクソ野郎!」

「「「うわああああああああああああああっ!?」」」

『■■■■■■■!?』

 極大の光の奔流は、放たれてしまったのだった。

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