20/Sub:"オペレーション:ゴーストバスター"

 再装填を終えたアリシアのそばに、一階から跳んできたアンジェリカとアリアンナが着地する。アリアンナが音もなく降り立ち、ふわりと紅いドレスをはためかせたアンジェリカが盛大に槍で地面をこすりながら静止する。


「ええい、多すぎですわ!」


 アンジェリカが再び槍を構えながら言う。


「バーゲンセールもかくや、って感じだったね」


 アリアンナがニヒルに笑うが、首筋に小さな汗が浮かんでいた。彼女の握る『深緋』が、彼女が肩で呼吸をするたびに揺れて小さくきらめく。

 一階の怨霊がまた出現し、階段を登って上がってくる。アリシアがとっさに反応して銃口を向け、発砲。階段を登ってくる怨霊の群れのが、消し飛ぶ。

 きりがない。アンジェリカは歯噛みする。一体どれだけの人間がこの屋敷に、この土地に関わったというのだろうか。ここまでくると霊障と言うより最早『穢れ』と呼んで差し支えないレベルだ。そうなると中心となる存在もおそらく神格化していてもおかしくはない。

 ――だが問題ない。相手が神ならば、神を殺す方法なんていくらでもある。

 それがこちらに、姉妹に、ユーリに、害をなそうとする存在なら、消すだけだ。

 彼女は握る槍の重さを意識した。


「そういえば」


 アリシアが言う。周囲への経過を解かないまま、アリアンナとアンジェリカが答えた。


「なんですの?」

「いや、ユーリデネブは大丈夫なのかなって……」

「あー……」


 きっとこれだけの活性化が発生しているなら今頃あの部屋は怨霊まみれだろう。幸い、彼はドラゴンなので怨霊程度なら返り討ちだが、彼の正気度はガリガリと削られていくに違いない。そうなるといつ暴走してもおかしくはない。

 一瞬アンジェリカは考える。ここらで合流しておいた方が得かもしれない。ユーリには多少厳しいかもしれないが。


「合流しておいた方がいいかもしれないですわね」


 アンジェリカが言うと、二人の姉妹も頷いた。


「問題はこの異界化した空間からどうやって迎えに行くかってことだよね」

「そうですわね……」


 アリアンナの言葉にアンジェリカは苦い顔を浮かべた。異界化しているこの屋敷と、『表』の屋敷はおそらく別の存在。今出ていけないなら、手っ取り早く中心となっている存在にたどり着くしかないだろう。


「都合よく、アイツも一緒にこっちに落ちてきてないかしら」


 アリシアが言う。


「そんなの、都合よすぎでは?」

「でもユーリにぃデネブがボクらの関係性にあるって気づいたら、その可能性も――」


 アリアンナのセリフが途切れる。怨念が集中していくのを、三姉妹はしっかりと感じ取っていた。どうやら休憩は終わりのようだ。


「キリがないですわ!」


 アンジェリカが槍を槌に変形させながら、うんざりしたように叫ぶ。


「どうやらこっちの戦力を認識して、乱造コピーで物量ってきたわけか。こりゃ厳しいね」


 アリアンナが『深緋』に続いて、『銀朱』を引き抜いた。長い『深緋』を正面に、短い『銀朱』を上段に構える。乱戦に持ち込まれても対処できるように、意識を切り替えていく。


「どのみち、やることは変わりませんわ!」


 アンジェリカの構える『ブラッドボーン』の槌部分が赤く輝いた。不安定性を引き起こし、打撃が起きるたびに霊力の爆発を誘発するように励起されていく。

 アリシアのライフルが輝いた。『イリスロサイト』の収束率を変更。発射と同時に拡散するようにセットアップ。さながらショットガンだ。


「さぁ、交戦開――」


 瞬間、光が廊下を貫いた。

 廊下を斜めに床下から貫いた、青白い光の奔流。光を縁取るように、照らされた景色が赤方偏移で赤黒く歪んで見える。射線上の怨霊の群れは、まるでロケットエンジンの噴射に投げ込まれたティッシュペーパーの如く、一瞬で掻き消えた。それに限らず、凄まじいが、射線上にあるあらゆるものを構成する電子からエネルギーを奪い、分子としての形状を保てずに素粒子レベルまでひとりでに分解していく。

 光が収まると、同時に爆風のようにあふれる、凍えるように冷たい霊力。その余波だけで、怨霊が早送りしているかのように一瞬で凍り付いていく。


「これって……!」


 アンジェリカが叫んだ。氷のように冷たい霊力は、三姉妹の身体を一切傷つけない。

 階段から、足音が聞こえた。

 ぱきり、ぱきり、と、凍結した水分が一瞬で収縮したことによりボロボロになった異界の階段を踏みしめて昇ってくるの足音。


「……す」


 彼が、ぶつぶつ何かを言っているのに、彼女らは気づいた。アリシアはあっちゃー、と苦々しい表情を浮かべ、アンジェリカはため息をつき、アリアンナは変な声を上げて小さく笑った。


「……フキトバス……ミツケル……」


 階段を登ってきた彼の姿が露わになる。寝間着としている薄手の作務衣。その背中に空いたスリットから、銀色の鱗に覆われた翼と尾が伸び、両手両足は鱗に覆われ、東部には一対の立派な角が伸びている。


「オバケ……フキトバス……ミツケル……ケシトバス……!」


 階段を登ってきたユーリは、カタコトな口調で、目の焦点が合わないまま、三姉妹を見つけると、竜の咆哮を上げたのだった。


「――――――――――――!」


 びりびりと竜の咆哮が身体を揺らし、アリアンナはがおーと真似するように小さく咆え、アリシアがあーもう滅茶苦茶よとつぶやき、咆哮だけで周囲の怨霊が存在を否定されて消し飛ぶ中、アンジェリカはどうしてこうなったとどこか冷静に考えていた。




 話は、彼女らが異界と化した屋敷に、引きずり込まれた直後にさかのぼる。

 アンジェリカが去った部屋。天蓋付きのベッドで、小さな寝息を立ててユーリが眠っている。しかし、彼の額には雫の様な汗が浮かび、喉からは小さなうめき声があがっている。


 ――『ばけもの』『いんちき』『きえちまえ』『こっちくんな』『なんでいるの』『こないで』『――』


 たたき出されるように夢の世界からユーリは現実へと戻ってきた。まるで長い間水中で息もできなかったかのように、脳が、肺が、心臓が、身体が、空気を求める。うっすら目を開けると、なんてことはない。アンジーとユーリのベッドだ。

 久しぶりに、昔の夢を見たな。

 ユーリはそこまで考えて、脳内をダークブルーで塗りつぶした。もう済んだことだ。それに。


「僕には関係ない……」


 小さくつぶやいて、強引に目を閉じる。目を閉じて、まるで潜るように再び夢の世界へと戻ろうとするも、何かに押し返されるかのように、はたまた、暗い夢の中にものおじするように、一度目覚めた脳は容易に眠りには落ちてくれない。

 そこまで来て、ユーリは違和感に気付く。


「アンジー?」


 隣に感じていた熱がない。そのことが、ひどくユーリの心に暗い不安となって影を落とす。

 いや、違う、これは決してアンジーがいないから寂しいなんて訳じゃなくて……!

 そう自分に言い訳して目を強くつぶる。まだ彼女のいたところはほのかにあたたかい。大方トイレか何かだろう。きっとすぐに戻ってくる。そう思って、ユーリは小さく掛布団を握った。

 しかし、いつまでたってもアンジェリカは戻ってこない。


「……おかしい」


 彼はゆっくり瞳を開ける。目に飛び込んでくるのは、天蓋。上半身を起こすと、なんてことはない、二人の部屋が広がっていた。

 ベッドから降りる。スリッパも履かずにユーリは歩いていくと、トイレのドアをノックする。しかし反応はない。不思議に思って一言言ってから開けて見ると、トイレは電気が消えて真っ暗だった。電気をつけても、人影はない。

 外に行った?

 ユーリが部屋の出口へと向かい、ドアを開けようとした瞬間、全身をどす黒い霊力の奔流が襲った。


「っ!」


 まるで押しやられるように、一瞬部屋に押し返されるような錯覚。今のは? ユーリはすぐに立ち直り、ドアノブを掴んでドアを開けた。

 目が、合った。


「……」


 ドアを開けた瞬間、目の前にいたのは、いつぞやアリアンナに細切れにされた怨霊だった。それががくがくと頭を震わせながら、ドアを開けて目前にいた。


「――「うあああああああああああああっ!?」」


 『それ』が何か言いかけた瞬間、叫びと共にユーリの拳が飛んでいた。ドラゴンブレスを纏った彼の拳は、『それ』の胴体をまるで中空の発泡スチロールか何かのように貫いた。『それ』の身体ががくがくと震える。


「うわああああああっ!?」


 必死に引き抜こうとするユーリ。しかしもたついて上手く抜けず、結果的に『それ』の中身をぐちゃぐちゃとかき回した。ユーリが腕を動かすたびに『それ』の身体がビクンビクンとはねる。ようやく引き抜いたときには、ユーリは『それ』の中身を一緒に盛大に引き抜いていた。ばたりと仰向けに倒れた『それ』は、小さく数回跳ねた後ぼろぼろと消えていった。ユーリの掌には、いつのまに握っていたのか、霜に覆われた人骨。悲鳴を上げて彼はそれを投げ捨てた。


「何!? これどうなってるの!?」


 ユーリは走り出す。アリシアの部屋をノックもなしに開けた。広がっていたのは、怨霊の群れが人ごみのように立ち尽くす玄関ホール。ユーリは声にならない悲鳴を上げ、ドラゴンブレスを口からぶっ放した。殺到する、光すら凍り付かせるドラゴンブレスは、爆風か、はたまた吹雪か。怨霊の群れは彼に気付くも、一瞬でドラゴンブレスに飲み込まれ凍り付く。あとには、霜に覆われた怨霊が、まるで樹氷スノーモンスターのように立ち尽くしていた。

 何!? 何!? 何!?

 ユーリは屋根裏部屋につながる階段を駆け上がる。幸い、階段はまだしっかりと。け破るようにしてドアを開ける。


「うそでしょ……」


 広がっていたのは、食堂。丁度キッチンから出てきたような格好になっている。

 食卓の席には、ぐずぐずに崩れた人の様なナニカが、まるで給仕を待つかのように食堂の椅子一杯に座っている。テーブルの上に並ぶのは、見るのもおぞましい何か。

 後ろから、じゃりん、じゃりん、と金属音。あ、包丁を磨く音だ、とユーリの脳はどこか冷静にその音を解析した。

 そして、彼に怨霊が振りかぶった包丁が振り下ろされた瞬間。


「……ふひっ」


 何かが、決定的な何かが、彼の中で、切れたのだった。

 振り下ろされた、ボロボロの、何やら赤黒い染みのついた包丁。それがユーリの体表に触れた瞬間、一瞬で霜に覆われた。金属は一瞬で絶対零度まで冷却され、それでもなおエネルギーを奪われ続けた結果、剛性、延性の一切を失い、限りなく大きな脆性を与えられてまるで薄い氷のように砕け散る。振り下ろした怨霊に、初めて困惑の色が浮かんだ。

 ぶわりと霊力が広がる。あらゆるものに牙をむく。椅子が、テーブルが、絨毯が、天井が、窓が、カーテンが、怨霊が、机の上の物が、あらゆるエネルギーを奪われていく。世界で最も冷たいものと化したそれらを、まるで侵食するかのように白い霜が覆っていった。

 ばさりとユーリが翼を広げた。その姿は、最早非力な少年ではなく、まぎれもない、一匹の災厄ドラゴンの姿だった。


「そんなに……僕の平穏が邪魔なのか……」


 ばきり、と凍った床を鱗に覆われた足が踏みしめる。


「お前らが、いけないんだぞ……!」


 口からはドラゴンブレスが漏れ出、空気が液化して極低温の霧となった。

 彼の右手に、ドラゴンブレスが渦を巻く。はじめは大きく緩やかに。次第に収束し、小さく鋭く。世界がきしむような音を立てながら、竜の息吹ドラゴンブレスが弦につがえられて引き絞られていく。

 そして――


「野郎ぶっ殺してやるううううううううっ!」


 ――悲痛な絶叫と共に、ドラゴンは放たれたのであった。

 竜の尾を踏み散らかした怨念共の結末は、先述の通りである。

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