18/Sub:"霊槍『ブラッドボーン』"
アンジェリカが槍を構えたまま腰を落とす。やや前傾気味になりながら四肢に力を溜めていく。全身からジワリと紅い血の様な霊力が立ち上った。
彼女の姿がぶれる。どろりと重い空気を貫く鈍い音、下段からの鋭い刺突。一切軸をブレさせずに穂先は壁に撃ち込まれた
爆発。
壁がまるで内側から何かに吹き飛ばされたかのように盛大に爆発した。細かい木片が吹雪のように飛び散る中、破片はまるで見えない壁にぶつかるようにアンジェリカ達に触れる前にその軌道を変えていく。
破壊された壁の下に現れたのは、ドア。ただし、ドアにはびっしりと埋め尽くすように無数の札が張られていて、最早ドアと言うよりドアの形になるまで何層にも張り固めた札の様な様相を呈していた。アンジェリカが残心を解いた。
「うわぁ、ありきたりなものが出てきたね」
アリアンナがどこか面白そうに言う。彼女の手は『深緋』の柄にかかっていた。
「ビンゴですわね」
アンジェリカはそう言いながら、ユーリの父親が設置した
術式を展開。プローブ内の術式構成要素にアクセスする。すでに役割を果たしたと判断されていたのか、いくつかの機能はロックアウトされているが、その中の一つ、露骨に解放されているそれにアンジェリカは霊力を流し込んだ。真っ黒な
『一体どこまでがお義父様の予想通り、なんでしょうね』
アンジェリカは引っ越しパーティの際、一人、ユーリの父親に説明を受けたことを再び思い出す。教わったのは至極シンプル。この
『『通報機能も入ってるから、何かやるなら一言入れてくれ』ですのね。最初からこうなりそうだってことは予測済みでしたか』
アンジェリカは釘が消えていった掌を、そこにある何かを握りつぶすかのように握りしめると、再び槍を構えた。
「おそらくはこの先、ですわね」
「どう見ても明らかでしょ……」
アリシアがげんなりしながら言う。彼女は、左腕につけられた銀色の腕輪に触れた。
霊力が腕輪にしみこんでいく。腕輪が光り、空中に実像を形作った。現れたのは、シンプルな形状の、ライフル銃。黒いのっぺりとした質感の表面は、わずかに赤くグラデーションがかかっているようにも見える。
しかし、異様なのはその銃身だった。通常のライフル銃のような、細長い円筒状の銃身ではなく、やや縦に長い、角の取れた細長い直方体の様な形状。長方形の銃身の真ん中には、小さな五ミリほどの丸い銃口が空いている。銃口から小さな溝が、銃身を縦に割るような方向に延びていた。
アリシアが根元のコッキングレバーを引いた。スライドカバーが開いて薬質が姿を現した。
「久々に引っ張り出したわよ、これ」
アリシアの掌で赤い霊力が収束していく。現れたのは、太さ五ミリ弱、長さ一〇センチほどの、赤い霊力で形作られた
「では、行きますわよ……!」
アリシアが準備を終えたのを見て、アンジェリカは右足を軸に左足で真っすぐ扉を蹴りぬいた。蝶番が一瞬で引きちぎれ、札で塗り固められた扉が髪切れのように部屋の中へ吹き飛んでいった。
しかし、扉の先に広がっていたのは。
「なるほど、そう来ましたのね……」
扉の先に広がっていたのは、もう一つの玄関。まるで自分たちがいるのが部屋の内側で、中から外を見ているように、扉の先にはもう一つの玄関ホールが広がっていた。
同時に空気が変わる。まるで空気が数倍の質量を得たように重くなる。その一瞬で、三人は自分たちが異界に呑まれたのだと悟った。
「どうするの? コアどっか行っちゃったみたいだけど」
アリアンナが言う。若干面倒くさそうな表情をしていた。
「地道に追いかけるしかありませんわ」
アンジェリカがそういうと、アリアンナは小さく肩をすくめた。
アンジェリカが一歩を踏み出し、二人もそれに続く。扉を過ぎると、重圧が一層増したのが分かった。どうやらここはもう異界らしい。そうして上を見上げてみて、思わずぎょっとする。
二階までだったはずの天井が、伸びていた。コピー&ペーストしたかのように、不自然に二階まで上がった階段の先に三階へ続く階段が伸びている。
骨が折れそうだ。アンジェリカがため息をこぼす。三人は周囲を警戒しながら玄関ホールの中央まで歩いてきた。外から見たときは同じように見えていたが、この異界内のホールの方が若干広いようだ。両側の壁が遠く感じる。
「とりあえず、虱潰しに探そうと思います。どうですの?」
「賛成」
「賛成だよ」
二人が返事するのに小さく頷いて、アンジェリカが一歩を踏み出した瞬間だった。
「「あ」」
アリシア、アリアンナの声が重なった。
アンジェリカの首、そのなかほどに、小さく紅い雫が線を描いた。次の瞬間、彼女の頭部が空中へと打ち上げられる。その頭部は小さく驚いたような表情を張り付いたように浮かべるのみ。彼女の首から下は、槍を下段に構えた姿勢のまま固まっている。
異変は、そこで起きた。
空中に飛んだ頭部。それが一瞬で赤く染まる。表面の質感が消えうせ、血の様な赤一色の、のっぺりとした塊に一瞬で変化した。変化はそこで収まらずに、表面の質感から今度は質量が失せていく。色褪せたように、実感がないような、ボンヤリとしたものへとどんどん消えていく。
崩壊が始まる。塊がまるで、見えない濁流に流される泥団子のように、端から凄まじい勢いで消えていく。地面に落ちる前に、塊は跡形もなく消え去っていた。
二人がアンジェリカを見ながら固まっている。首から上がなくなったはずの彼女の胴体。切断面からあふれた血とも霊力ともわからない赤い輝きが、まるで立体映像を投影するかのように彼女の頭を一瞬で生成した。最後に月桂樹を模したカチューシャが再び頭に収まる。
沈黙が場を支配した。
「……ぶっ殺してやりますわ!」
アンジェリカが叫ぶ。顔は憤怒の表情で歪んでいた。
おそらく先程の攻撃は怨霊のそれによるものだろう。これで死に至った入居者もいるかもしれないが、生憎この屋敷に住み着いたものに、それは通用しない。
アンジェリカの紅い瞳が鈍く輝く。霊力を見渡し、隠されたものを暴く吸血鬼の眼力。その瞳が、この無礼を働いた不届きものを暴き出す。
濃い霊力に紛れて潜んでいた怨霊。真正面。アンジェリカが地面を蹴った。空気が置いて行かれる。下段に構えられた霊槍『ブラッドボーン』の穂先が紅い光の線を描く。
鋭い突き。瞬間的に遷音速に達し、槍が小さなベイパーコーンを纏った。踏み込みと共に繰り出された、霊力を纏ったその鋭い突きは、怨霊の真ん中を文字通り消し飛ばした。
空中を舞う怨霊の胸部より上。実体化できていないのか、まるでノイズの塊のようなそれに、アンジェリカは槍を振りかぶった。大穂槍の先端が完全な軌跡を描いて振るわれる。薙ぎ払うように一発、頭上で大きく槍を二回転回して加速、赤い霊力を纏って唸るような音を立てて穂先が怨霊を両断する。
アンジェリカが身体をひねりながら跳び上がった。霊力が槍に集中する。穂先に霊力が集まっていく。
術式展開。術式モード、準安定。
槍が変形する。穂先に集まった霊力は、巨大な六角柱状の、深紅の
「お返し――ですわっ!」
――床に盛大にたたきつけられ、巨大な霊力の爆発を起こした。
アンジェリカの膨大な霊力が彼女の術式により一種の力場となった、霊的な質量が、怨霊を床ごと粉みじんに叩き潰す。轟音、衝撃波。周囲に爆炎のような深紅の霊力と爆風が吹きすさんだ。思わずアリアンナは目を細め、アリシアは目元を腕で覆った。
土埃が収まると、床に戦槌をめり込ませたまま残心しているアンジェリカの姿が二人の目に入ってきた。周囲を覆っていた重圧は、もう吹き散らかされたのか、感じない。
アンジェリカが戦槌を引き抜く。纏っていた霊力が消え、再び槍の姿に戻っていく。
床には衝撃で直径一・五メートルほどのクレーターができていた。粉砕された床が構造材と混ざっている。彼女は片手で槍を地面に垂直に立て、地面に打ち付ける。硬い音が響いた。
「フン」彼女は耳にかかった髪を片手で払いのける。「レディーに不埒なことをした報いですわ」
クレーターはよく見ると、真ん中が人型のように小さくへこんでいた。それを後ろからのぞき込んだアリシアが、何かに気付く。
「何か埋まってない?」
「え……あ、本当ですわ」
刀の柄にアリアンナが手をかけて周囲を警戒し、アリシアが銃口を埋まっているものに向けつつ、アンジェリカが槍の石突でそれを掘り起こしていく。がれきをのけると、次第に埋まっていたものが露わになってくる。
「これは……まぁ、あり得ますわね」
出てきたのは、人骨。凄まじい衝撃に晒されたかのようにひしゃげ、潰れ、砕けてはいるものの、かろうじて人だとわかる形であった。
「この屋敷で行方不明になった人、なのかしら」
アリシアが気の毒そうな表情を浮かべる。最早なんの霊力の痕跡もないそれを前に、銃口を下げた。
「ここから出て、回収できたとしたら荼毘に付して差し上げましょう」アンジェリカが瞳を閉じ、静かに手を合わせた。「不埒の件は、先程で許してさしあげますわ」
アリシアは、苦笑いを浮かべた。
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