16/Sub:"ブリーフィング"
引っ越しもはや6日前になった。4人は新しい家での生活に慣れ始め、来るべき新学期への準備を始めていた。
そんな3月のある日。引っ越し先の屋敷にて。
『よし、じゃあ――』
真っ暗な空間にぼう、と3つの椅子が、お互い2メートルほどの距離をとって向かい合うようにして浮かび上がる。直線のみで構成された無機質な椅子。真っ暗な空間に緑色の格子が走り、3人の姿が現れる。アリシア、アンジェリカ、アリアンナ。それぞれ赤いクラシックロリィタ服に赤いドレス、例の勝負服の恰好をしている。
アリシアが言葉を紡ぐ。
「第1回、ゲルラホフスカ3姉妹、定例報告会を始めます」
「よろしくおねがいしますわ」
「いえーい、ぱふぱふー」
アンジェリカが恭しく挨拶をし、アリアンナがもてはやす。3人は暗い空間に浮かんだ無機質な椅子にそれぞれ腰掛ける。
アンジェリカが手を挙げる。アリシアが発言を促した。
「わざわざこれでやる意味はあるのです?」
今、3人は最新の科学技術と幻術を用いたVR機器を用いた仮想空間内で会議を行っている。ユーリは以前、この機器を使った、空を飛べるオープンワールドゲームのベータテストをしていた。感想は芳しくなかったが。
「気分よ気分」アリシアが足を組む。「こういうのは雰囲気が大事でしょ?」
「ですけれどもなんだか気分がよくないですわ……」
げんなりした表情でアンジェリカが言う。
「姉さん、これ苦手だもんね」
アリアンナがアンジェリカを見ながら言った。
「でも、せっかくあるんだから使わないのはもったいないと思うわよ」
「それはあのお父様のあれのことを言ってまして?」
引っ越しの時にいつの間にか運び込まれていた三角柱状の物体。あれは幻術VR機器用の専用サーバーだった。内部に幻術で作られた世界を展開し、こういった会議などをクローズド環境で行うことができる。なかなか高い処理能力を持ったもので、通常はマニアか業者などしかもっていないようなものである。一般家庭用に小型、安価なものを作ったがそもそもあまり需要がなかったためにお蔵入りになった試作品だった。
アリシアの話は、要は、せっかくいいものをもらったのだから、使ってみよう。いや、使ってみたい。そういうことだった。アンジェリカは小さくため息をつく。
「そういえば、ユーリにぃはどうしたの?」
「ユーリならわたくしの隣で寝てますわ」
アンジェリカがあっけらかんと言う。
「そのことで、まずは報告したいことがあるのですがよろしいですの?」
「そのこと?」
アリシアが怪訝な表情で尋ねる。
「まずはこちらをご覧になってくださいまし」
アンジェリカの前の空中にウィンドウが現れる。ファイルを次々展開していき、目標のファイルを見つけるとタップする。
幻術によるVRは触覚も再現しており、まるで電子タッチパネルの様な感触を彼女は覚える。だがどこか朧気で、どこか夢を見ているような感触でもあるのは幻術の限界なのだろうか、それとも彼女が吸血鬼という強大な力を持つ種族がゆえに、あまり幻術に深くかからないからであろうか。ともかく、寝ているのに無理やり起こされているかのような、この妙な感触がアンジェリカはあまり好きではなかった。
「こないだ、わたくしたちが寝ているところを撮影した映像ですわ」
アンジェリカがフォルダのアイコンをタッチすると、フォルダが実体を伴って投影された。アンジェリカはそれを掴むと、中の写真のような質感の『ファイル』を引き抜き、空中に投げる。
向かい合った3人の真ん中まで紙飛行機のようにそれは飛んでいくと、そこで立体映像と化した。
表示されたのはアンジェリカの天蓋付きベッド。ベッドの上では彼女とユーリが寄り添うように眠っているのが表示されている。
「あぁ、こないだ立体映像用のカメラ借りるって言ってたのは、これ撮ってたのね」
アリシアが納得したように言う。
アリアンナが椅子から立ち上がり、ユーリのそばまで近寄る。ユーリの寝顔を間近で見ようとして、そこで何か違和感に気付いた。
「あれ? ユーリにぃなんか顔色悪い?」
彼は安らかな寝顔とは絶対には言えないような顔をしていた。魘されている、という表現が似合っているだろうか。
「どうせあんたが毎晩毎晩ちゅぅちゅぅしてたからじゃないの?」
同じく立ち上がって立体映像のそばまで歩いてきたアリシアが、若干むすっとした表情でアンジェリカにからかうように言うが、彼女はそれを軽く流して続ける。
「今映像を飛ばしますわ」
アンジェリカは目の前の映像のコントローラのスクロールバーを動かす。バーを動かすと早送りでユーリと彼女が動き、寝ながらわずかに身じろぎするのが加速されて、まるでベッドの上で痙攣しているようだった。
「注目していただきたいのは……ここですわ」
彼女が早送りのスクロールバーを止め、再生ボタンを押す。
寝るユーリ、その真上に、ふと、ノイズが現れる。まるでバグか何かでテクスチャがはげたキャラクターの様な質感の、真っ黒なそれはユーリの真上に浮かぶようにしていた少しのち、ゆっくりと彼に覆いかぶさるように動いていく。ユーリの唸り声が増した。
「何これ? ノイズ?」
「霊的に不安定な霊体を純粋な光学機器で撮影するとこうなるそうですわ」
一昔前は、心霊写真として知られていたみたいですけれど。アンジェリカが補足する 。
ノイズの塊からゆっくりと突起の様なものが伸びてくる。ユーリの首にゆっくりとそれは這うように近づいていき、そしてユーリの首筋に触れ――
「まぁ、そうなるよね」
――唐突に、凍り付いた。
パキパキと、きしむような音を立てながらノイズがユーリに触れていたところから消えていく。そして現れた、血の気のないような白い腕は、あっという間に霜で覆われていく。ノイズの主が慌てている様子が見えるが、まるで空間ごと凍り付いてしまったかのようにノイズはユーリの上から動けない。
まるで侵食していくかのように広がっていく凍結がノイズの本体に到達する。現れたのは、全身の毛がない、まるで水死体のようにたるんだ白いヒトガタ。眼孔と口はぽっかりと開いて闇が広がっている。それが、逃れるようにして必死に暴れている。
しかしそれの抵抗むなしく。凍結は胴体を侵食していく。胴が飲まれ、足が飲まれ、そして最後に何かに助けを求めるように上を向いた頭が凍って、そこで映像は止まった。
「映像はここまでですわ」
アンジェリカが立体映像再生を閉じる。アリアンナが小さく息をついた。そしてアンジェリカに尋ねる。
「ちなみに、これ朝起きたらどうなってたの?」
「ユーリの上で霊が氷漬けになってましたわ」
ひえっ、とアリアンナが言う。言いぶりはどこか愉快そうではあったが。
「朝からユーリの絶叫で起こされることになりましたわ……」
「あの叫び声はそういうことだったのね……」
アリシアがげんなりした様子で言う。一昨日、夜更かしした翌日に昼まで惰眠をむさぼろうとしていたらユーリの絶叫でたたき起こされたのが真新しい。ドラゴンの絶叫なんて聞ける者はこの世に片手で数えられるほどしかいないだろう。結局そのあと二度寝したが。
「結局わたくしが処分しましたわ」
暴走しようとするユーリを抑えるためにまただいぶ吸ったので丁度よかったですわ。差し引きゼロだった。
「あ、そういえばそれ関係なんだけど」
アリアンナが挙手する。アリシアが発言を促した。
「ユーリにぃが叫んでた日の昼、廊下でユーリにぃがじっと立ってたんだけど」
こんな感じで。アリアンナがその時の彼の様子を再現するように立つ。力なく肩を落とし、左腕を垂らし、右腕だけ、右手を力なく眺めるようにして上げている。
「大丈夫? って声をかけようとして」
彼女は当時のことを思い出す。彼の肩越しに、彼が何を見ているのかを覗こうとして、ぎょっとしたことを。
右腕にゆっくりと回転を始め、収束しかけている
「ユーリにぃが、ドラゴンブレス撃とうとしてたよ」
「危なかったですわね……」
その後、アリアンナによってユーリのドラゴンブレス乱射は回避された。彼は再び貧血に悩まされることになったが。
「そういえばこないだ、ユーリが水道管から髪の毛が出てきたって言ってたわね」
「シャワーしている最中にずっと視線を感じるって言っていましたわ」
「時々変な音の様な声の様なものが聞こえるって言ってたね」
3人が押し黙る。ことごとくユーリをターゲットに霊障が発生していた。
「アイツ、まだお化け怖いのよ」アリシアが言う。「そろそろ、限界かもね」
「わたくしたちの前では、できるだけ頑張ろうとしているのは目に見えていますが、ほとんど意地みたいなものですわね」
アンジェリカがため息をつく。彼の気持ちは理解できる。しかし限界を迎える前に頼ってほしいとも思っていた。
「ユーリにぃはボクたちと違って反応がいいから、寄せやすいんだろねぇ」
アリアンナが顎を撫でながら言う。普段のどこか斜に構えたような、享楽的な雰囲気はなく、どことなく真剣だった。
ともかく。アンジェリカが言う。この事故物件を事故物件と知りつつ買ったのは自分たちだ。いくら自分たちがまだまだ子供だとは言え、やるべきことはやるべきだろう。
「ユーリの限界が来てしまう前に、この屋敷の問題を、まずはわたくしたちでどうにかしないといけませんわね」
「同意するわ」
「賛成だよ」
よろしい。アンジェリカが続ける。はきはきとした声でしっかりと宣言した。
「よって、わたくしたちはこの数日以内にこの屋敷の根本的霊障の抹殺を試みますわ。目標は本物件の霊障の核となっている存在。作戦成功条件は対象の完全抹消」
アンジェリカの声に姉妹は頷いた。
「お姉さまとアンナは、作戦までの準備をしてくださいまし。お姉さまはユーリを、アンナはわたくしと一緒に武力行使に出ますわ」
「了解したわ」
「了解したよ」
二人の声が重なった。
「さて、そうなると」
アリシアがぱん、と手をたたく。アンジェリカは怪訝な目で彼女を見る。
「作戦名よ! 作戦名!」
アリシアが興奮気味に言った。
「それっぽい作戦名をつけなきゃ」
「作戦名、ですの……」
アンジェリカが首をひねる。安直なところで行くと
ならば、ここは頭文字をそれぞれいただくとしましょう。
「
良いですね? 帰ってきたのは二つの賛成だった。
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