14/Sub:"引っ越しpart.2"

 これで失礼しますわ、とアリアンナの部屋から出て再び1階に戻る。もう運び込みも最後の方になってきたのか、作業員があちこちに貼られた養生テープをはがしている。

 ダンスホールに行くと、そこは見学の時と変わらず何も置かれていない、がらんとした空間が広がっていた。


「結局、この部屋はどうしましょうか」


 アンジェリカがホールを見回しながら言う。


「僕、ダンスなんて踊れないよ」

「ユーリはアクロバット飛行の方が向いてそうですわね……ここを使うようなダンスパーティーなんて、開く機会があるかどうかわかりませんわ」


 彼女が軽く足を踏み鳴らすと、木張りの床が固い音を立てた。

 だからと言って物置や腐らせておくのも問題ですわね。アンジェリカは悩むが、すぐに答えは出てこない。しばらく考えて、保留することにした。ユーリにも聞くが同じだった。

 映画上映でもするのもいいかもしれませんわね……。ふと思うが、今どきVRで済む時代、スクリーンにプロジェクターは最早半ば骨董品に足を踏み入れつつある。わざわざ買うと決して安くはない。余裕ができてからの話になるだろう。

 ダンスホールを出て、向かいの食堂に入る。

 食堂の問題だった椅子は結局『お焚き上げコース』行きとなった。長いテーブルには真新しい木製の椅子が並んでいる。


「椅子は駄目でしたのね」アンジェリカがやや残念そうに言った。「装飾などは、結構気に入ってたのですけれど」


 ユーリがそれを聞いて肩をすくめた。


「思った以上に怨念が染み付いてたんだって」

「と、言うことはお義母様の仕事でしたの?」


 ユーリは頷いた。

 ユーリは『お焚き上げ』の風景を思い出す。父親が椅子やもともとあったタンスなどを見て『駄目だなこりゃ』と言った日の午後。前に別の『お焚き上げ』を見学した、霊障物品の処理場。そこの片隅にて。

 竜人形態に変化したユーリが自身のドラゴンブレスで球状の霊的障壁を張る中、1キロほど先にある処理場の真ん中に、うずたかく積み上げられた食堂の椅子。積み上げられてなお黒い怨念が染み出していた。隣に立つ父親が母親につながった無線に向けて言うカウントダウン。5まできて、ユーリは本能的に瞬膜を閉じた。

 閃光。高度5000フィートから彼の母親がドラゴンブレスを放った。収束し、現実を捻じ曲げ、超光速まで加速されたそれは火炎放射のようなドラゴンブレスではなく、最早強烈なレーザー光線のようだ。ドラゴンブレスは寸分たがわず椅子の山を貫くと、染み付いた怨念ごと塵一つ残さずに消し飛ばした。数瞬遅れて、凄まじい熱気と共に爆風が障壁を揺らす。足元の雑草が一瞬でしなびたのを覚えている。

 爆風と閃光が収まると、処理場の真ん中には直径10メートルほどの、内側がドロドロに赤熱して溶けたクレーターだけが残っていた。怨念を放っていた椅子の山は、完全にこの世から消失していたのだった。

 そこまで思い出して、ユーリは苦笑いを浮かべた。


「まぁ、無残な光景だったよ」

「でしょうね」


 アンジェリカは、願わくばこの屋敷がその家具の後を追わなくてよければいいのですけれど、とは決して口に出さなかった。言えば本当になってしまいそうだった。

 ふと、彼女はユーリを見やる。きょとんとした顔を返す彼だが、彼もなのだ。見学の日に放ちそうになったドラゴンブレスを思い返す。

 ――注意は、しておきましょうか……。

 食堂を奥まで歩いていき、キッチンを覗く。中では作業員がキッチンにIHコンロやレンジなどを取り付けている作業の真っ最中だった。


「邪魔しちゃ悪そうだね」


 アンジェリカの肩越しにキッチンを覗き込んだユーリが言う。


「ですわね」


 二人は食堂の中ほどまで戻る。


「と言うかIHコンロのほかにもいろいろあったよね。レンジとか」


 ちらりと見ただけだったので詳しくはわからないが、あの大きさといい間違いなくグリルやオーブンの機能も備えたなかなか立派なものだろう。


「お父様が引っ越し祝い、として半額にしてくれましたわ」


 何だかんだ言って甘いなぁ。ユーリは吸血鬼ヴァンパイアというイメージに似つかわしくないような性格の、楽天的で朗らかな、彼女の父親のことを思い出す。ユーリも昔から彼にいろいろ良くしてもらったのを覚えている。もちろん今も。

 やはり新生活ということで、何だかんだ言って親も娘たちのことが心配だったのだろうか。ユーリは自分の父親がいろいろ便宜を図ってくれたことを思い出す。もちろん、手出ししないふりをしてこっそりといろいろ手助けしてくれていた母親の事も。

 ひょっとして、マンションやアパートメントなどの『王道』ではなく、事故物件と言う『覇道』を、『可能性』を見出してみせた自分たちに対する褒賞でもあるのかな。ユーリはそこまで考えて、まぁ考えても仕方ないやと思考を打ち切った。


「でもこうもいろいろあると、料理のレパートリーが広がるね」

「そうですわね。楽しみにしてますわ」

「……ん?」


 ユーリはふと言葉を止める。


「ねぇ、アンジー」

「なんでしょう? ユーリ」


 ニコニコとアンジェリカが笑顔を浮かべるのに対し、ユーリは不安になって尋ねる。


「料理当番は、交代だよね?」

、料理はユーリが担当ですわ」


 アンジェリカがあっけらかんと言い放つ。目の前が真っ暗になったような気分だった。


「うそでしょ!? ずっと僕が料理するの!?」

「適材適所、ですわ。ユーリ、わたくしたち4人の中で料理が唯一まともにできるのはユーリだけですわ」

「やっぱりかぁ……」


 思わず頭を抱える。胃がキリりと痛んだ。アンジェリカが声を若干震わせながら言う。


「だ、大丈夫ですわ! たまにはわたくしも料理いたしますわ!」

「メニューは?」

焼いた肉ステーキ魚の丸焼き焼き魚ですわ!」


 ユーリはその光景が容易に想像できた。というか見慣れた光景だった。

 ユーリの祖母の山で、鹿を仕留めたアンジェリカが、血まみれになりながら手際よく鹿を解体する。きれいな肉のブロックを抱えて、ユーリの目の前に差し出し『今日はステーキですわ!』 。もしくは、川に銛を投げ込み、見事にど真ん中に刺さった魚を掲げて『貴重なタンパク源ですわ!』。

 それが彼女の手料理ワイルドキッチンだった。

 それでもって地味に美味しいのが……。ユーリは遠い目で彼女の『手料理』の数々を思い出す。


「わかった。料理は僕がやるよ」

「よろしいですわ。代わりに、他の家事はわたくしたちが」


 一応しっかりと分業するらしい。常々思うが、本当に彼女は『お嬢様』らしくない。ユーリはそんな彼女の性格は嫌いではなかった。


「ちなみに、他の二人の料理の腕はどうなの?」


 ユーリが尋ねる。


「アンナはユーリほどではないですけれど簡単なものが作れますわ」


 ですので。アンジェリカが続ける。


「アンナはユーリが料理を作れない場合の料理担当、と言うことになりますわ。もしくは、補助として就かせて腕を磨いてあげてもよくてよ」

「なるほど」


 アリアンナもああ見えてなかなか家庭的である。整理整頓が若干苦手だが、元の場所に戻すなどの基本はしっかりできている。やや散らかった彼女の部屋は、ダメージドジーンズのように、どこか味があった。


「で、アリシア姉さんは?」


 若干もう答えが予想できていたが、ユーリは尋ねた。

 アンジェリカは、その問いに言葉を選んでいるように視線を左右に何回か揺らし、言葉を濁そうと四苦八苦して、そして言った。


「下手ですわね」

「ド直球に言ったね」

「お姉さまのあれを料理と言ったら食という概念への冒涜になりますわ」


 そこまで言うのか。ユーリは過去にアリシアがアンジェリカの誕生日にと張り切って料理をしたのを思い出す。その際に起きた食卓での悲劇は、今もユーリとアンジェリカの家両方で忌まわしき記憶として刻み込まれている。


「お姉さまも、自分が下手というのは理解しているのですが、どうも不器用らしくて……」

「あー、うん」


 普段妙な電子工作やらをして、一見器用に見える彼女が料理になるとどうしてああなるのか。ユーリにはそこに何か世界の重大な秘密があるように思った。思っただけだった。


「じゃあ、僕とアンナが料理できないってなったら、アンジーが防衛線だね」


 彼がそういうと、アンジェリカは肩をすくめた。そうですわね、と彼女が言う。


「その時は、せいぜい大物を仕留めてきますわ」


 さぞかし腹が膨れそうだ。ユーリはそれがなんだか可笑しくて、小さく笑った。

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