03/Sub:"ヘッドロック"

「――うわああああああっ!?」


 ユーリが跳び起きると、背中にじっとりとかいた汗を感じた。喉から鎖骨を通って胸へと這い落ちる汗の雫の感触が気持ち悪かった。


「ゆ、ゆめぇ?」


 ぜぇぜぇと吐く吐息、いまだに全力疾走の後のように激しく鼓動する心臓の鼓動に揺さぶられながら思わず変な声で漏らす。寝違えたようにどうも痛む首を動かして周囲を見るとそこは何てことはない、自室だ。決して公園の芝生の上でドラゴンゾンビになっているわけではなさそうだ。

 ほっと息をつくとふと違和感に気付く。どうも首のところに違和感がある。なんだと触ってみると小さなかさぶた。いつのまに? 疑念はそのかさぶたが2つ並んでいるのが分かった瞬間に確信に変わる。

 夢じゃなかった。


「!?」


 布団から飛び出す。逃げなければ。少なくとも自宅はもうデンジャーゾーンだ。とりあえず姉のもとに直行しよう。免停食らっても構うものか極超音速飛行ハイパークルーズだ。そう思ってを開けた。

 この時彼は気づかなかった。なぜ和室のはずの彼の部屋に『ドア』があるのか。元からあった『戸』はどこに行ったのか。

 ユーリがドアを開けると、そこは西洋建築の廊下が広がっていた。見慣れぬそれに思わず固まる。背後で小さく空気が抜けるような音。はっとして振り向くと彼の寝ていた部屋はいつの間にか洋風の部屋になっている。

 父さんの仕業か。どうやらユーリの味方はいないらしい。

 中央の天蓋のついたベッドに人影が見えた。わずかに動いて金糸の様な髪が揺れている。見覚えのある顔。アンジェリカだった。

 ユーリは息を殺して後ずさる。起こしたら大変なことになるのは目に見えている。今はこの場を脱することが最優先――


「あ、ユーリにぃおっはよぉ」

「ぽぉ!?」


 唐突に裸にワイシャツ一枚のアリアンナに背中から抱き着かれる。背中で盛大に彼女の双がおしつけられてつぶれる。その感覚にユーリの脳内は一瞬でオーバーヒート寸前になった。

 大きくなったねアンナ……お兄ちゃんはうれしいよ……。

 真っ白になりかけるユーリに面白がってアリアンナがねぇ気持ちいいかい? 気持ちいいかい? と胸をぐりぐりと押し付ける。

 ベッドの人影がゆっくりと起き上がる。小さくあくびをしながらアンジェリカはユーリを見つけると、少しうれしそうな表情を浮かべ、ベッドから降りる。薄い生地のネグリジェは彼女の出るところは出、引き締まるところは引き締まった芸術的ともいえる身体のラインを浮き上がらせていた。


「ふふふ、ユーリ、ようやく目覚めましたのね」


 アンジェリカがつう、とわざとらしくユーリの首の噛み傷を指でなぞるとユーリはびくっと震えた。その反応に彼女は嗜虐的な笑みを浮かべる。

 彼女は一瞬ためらったあと、わずかに顔を赤らめながらゆっくり首筋に顔を近づけ、ユーリの首筋の噛み跡を舌先で軽く舐め上げた。


「――あんっ」


 ユーリが喘ぎ声を漏らした。思わずアンジェリカもアリアンナも固まる。ユーリは今出た声が自分のものとは思えず固まった。そしてだんだんと首筋から赤くなっていく。


「……い」

「い?」

「いっそ殺せぇぇ……」


 力なく涙目で言うユーリ。その顔にもうアンジェリカは我慢できなくなった。


「ああもうだいしゅきですわああああ!」

「ぽおうっ!?」


 ユーリに真正面から抱き着くアンジェリカ。彼女の豊かな双丘がユーリの胸板でつぶれ、ふわりと甘い香りがただよってユーリの理性を削りにかかる。負けじとアリアンナも後ろから抱き着く力を強め、ユーリはサンドイッチになった。


「あぁもう好きですわ! ユーリが好きすぎてやばいですわ!」

「あばばばばば」

「ちょっと姉さん! ボクだってユーリにぃの事大好きなんだから!」


 あまりの情報量にユーリの脳髄は沸騰しそうであった。


「ふぁぁ……おっはよー……って! 何してんのよ! ユーリが死にそうじゃない!」

「たすけて……たすけて……」

「SPACE ELEVATOR 2050」とでかでかと描かれたTシャツに短パン姿のアリシアが、惰眠をむさぼっていたところに騒ぎに起こされて、寝ぼけ眼をこすりながら部屋から出てくると隣のアンジェリカの部屋の前でユーリが妹二人にサンドイッチされていた。

 寝ぼけていた脳が一気に覚醒すると慌てて二人の駄妹いもうとを引きはがしにかかる。


「ええいっ! いいからは、な、れ、な、さ、いっ!」

「たまりませんわ! たまりませんわ!」


 普段の高飛車で高貴な雰囲気はどこへ行ったのか、引きはがそうとするのに必死に抵抗して、アンジェリカはユーリの胸元に顔をこすりつけて匂いを嗅ぎ続ける。彼はすでに白目だった。

 吸血鬼の力込みで無理やり引きはがすと、あぁれぇという気の抜けた悲鳴と共にアンジェリカは床に転がった。


「あんたもいい加減離れなさいっ!」

「うぅん、ユーリにぃ冷たくてきもちいぃ」


 力任せにアリアンナも引きはがす。彼女はぺたんと尻餅をついた。アリシアはユーリに駆け寄って彼の頭を抱きしめる。


「もう大丈夫よユーリ、安心しなさい。色ボケ駄妹は引きはがしたから」

「うう……アリサ姉さんの硬い胸が心地いい……」

「……」

「姉さん痛い、痛いよ、頭締まって――いたたたたたた!」


 無表情で額に青筋を浮かべたアリシアが吸血鬼の力でユーリの頭を締め上げていると、廊下の向こうから足音が響いてくる。

 アリシアがユーリにヘッドロックをかけたままそちらを向くと、そこにはユーリと三姉妹、それぞれの両親が立っていた。姉妹の両親は似たような苦笑いを浮かべ、ユーリの父親は心底おかしそうな笑いを噛み殺しているのか、くつくつと肩が震えている。一方彼の母親の方は気難しい表情をしながら左の額を痛そうに抑えていた。

 姉妹の父親は苦笑いを浮かべながら、アリシアと立ち上がりかけているアリアンナに言う。立ち上がって部屋から出てきたアンジェリカがドアから顔をのぞかせる。


「さて。皆起きたようだし、今後の話をしようか」


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