人妻を拾いました

一 人妻を拾いました


 予備校からの帰り、イルミネーションで彩られた駅前を抜けてコンビニで夜食の弁当を買った。クリスマスだと言うのに悲しき浪人生の僕はただ一人、入試直前強化講座で神経をすり減らしていた。

「大学入学って、プレゼントされないかなあ」

 現役だった去年、受験当日インフルエンザで熱を出し大失敗。今年こそは何とか合格したいと親に無理を言って都会の有名な予備校に通えるように下宿したのだ。

 華やかな駅前から離れ、暗い夜道を急ぎながら下宿へと向かう角を曲がった、その瞬間。

「うわあ!」

 いきなり何かに躓いた。体勢が崩れて、持っていた弁当が投げだされる。やばいと思った時には地面に体がぶつかって……うん?僕は地面じゃない何かの上に倒れこんでいた。驚いて見やると誰かが倒れている。慌てて起き上がった。よく見ると二十代後半位の綺麗な顔立ちの女性だった。少し心臓が騒ぎ出す。僕の好きな顔立ちだった。ぶつかって倒しちゃったのか?

「あの、大丈夫ですか?」

 尋ねてみても返事がない。どうしよう?気を失ってる?改めて見ると女性にはまるで生気が感じられなかった。サーと背筋に寒気が走る。もしかして死んでる?い、息は?恐る恐る女性の顔に手をかざして見たが、よく分からない。自分でも気が動転していて今度は女性の鼻に自分の頬を近づけた。その時、小さな呻き声が聞こえた…気がした。ハッとして女性の顔を見る。でも目は閉じられたままだ。もう一度今度は耳を近づけた。

「……こうちゃんのバカあ…」

 一瞬、自分が呼ばれたのかと思ってドキッとした。僕の名前は孝太だ。でも、よかった。生きてる。ほっとした。その後でスースーという寝息が耳に届いた。なんだよ。こんな道端で寝落ちかよ?僕は倒れている女性の肩に腕を掛けて揺さぶる。

「あの、大丈夫ですか?起きてください!」けれど女性は一向に目を開ける気配がない。

「ねえ、起きないと死んじゃいますよ?」

 僕は途方に暮れる。この寒空の下、道端に放置したら今度は凍死の危険がある。かと言ってタクシーを呼んでも寝たままじゃ運転手さんも困るだろうし?チラッと目と鼻の先にある下宿の玄関が見えた。これはもう自分の部屋に連れていくしかないのでは?という考えが頭に浮かぶ。同時に、知らない女性を部屋に連れ込むという行為がなんだか犯罪っぽくて心臓がどきどきしてくる。いや、これは人助けなんだ。仕方ないんだ。僕は自分に言い聞かすと女性の腕を引っぱって担ぐように抱き起こした。そのまま肩を抱いて下宿まで運ぶ。初めて異性に密着した動揺に心臓がさらにドキドキと暴れだす。それでも人助けだと思って必死で平静さを保った。

 なんとか女性を部屋まで運び入れてベッドに横たえた。でもコートを着たままだと苦しいんじゃないだろうか?そう思ったけれど、女性の服を脱がすという行為になんだか罪悪感を感じて心臓の鼓動がやかましい。それでも、なんとかボタンをはずして腕からコートを抜いた。その時、女性の左手の薬指に結婚指輪が光っていることに気が付いた。あ、人妻だったんだ。何気なく浮かんだその言葉に心臓がさらに跳ねた。慌ててコートを脱がし終わると上布団を掛けてベッドから離れた。

 そのままコタツに座り込む。疲れた。今日はここで寝てしまおう。その時になってコンビニ弁当を道端に放り出してきたことに気づいた。お腹がクーと鳴った。

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