画面は熱い

「別れよう」


4日前に通話の記録があるメッセージ欄にメッセージを送る。数分すればすぐに返信が来た。

「何で?」

「高校離れちゃったから、別の子見つけた方が佐藤君にとっても良いかなって」

当たり障りの無い言葉を選ぶ。

「何それ」

「飽きた?」

「やだよ」

ポンポンと連続で浮かぶ言葉の後に着信が。電話に出る気は無い。

「いきなりごめんね」

「は?」

「え、何で?」

また着信。長期戦になりそうな予感がしてベッドに寝転ぶ。階下から、結花ゆかー、ご飯出来たよー、と間延びした声が聞こえた。

「俺じゃダメなの?」

「嫌いになった?」

嫌いになった訳では無いと思う。正直面倒くさい。でもそれをそのまま言ったら私が悪者扱いされて延々とグチグチ言われるだけだ。大体の同級生は佐藤君と同じ高校に行っている。そちらである事無い事言われても困るし、無難な答えを探す方が後に響かない。

「嫌いじゃないよ。でも会えない分重荷になるかなって思って」

「重荷とか思わないよ」

「でも会えないからコミュニケーション取りにくくなるでしょ?」

「だから今まで通り連絡しようって」

それが面倒くさいのに気付いてほしい。3度目の着信。4度目。どちらも既読をつけずに鳴り止むまで放っておいた。階下からのお夕飯食べないのー?と言うお母さんの声に、ベッドから起き上がって食べる意志を伝える。一応通知を確認すると、5度目の着信があった。


夕飯を食べ終えて再度メッセージ欄を開けば、

「悪いとこがあったなら治すから」

「別れたくない」

と、いかにも必死です。と言っている様な文が並んでいた。

「ごめんね」

付き合っている時は、束縛しない。他の子とも遊んでおいで。なんて言っていたくせに、別れると言ったらこんなに執着するのか。

「なんで」

「謝るなら離れないで」

これにもまたごめんと返す。

「他に好きな人でも出来た?」

「俺ずっと好きだったんだよ?」

「別れたくない。電話出て?」

「ごめん」

昨日届いた教科書に名前を書く為に油性ペンを探す。

「色んなこと出来たのとか、やろうと思えたの結花がいたからなんだよ」

「お願い、会って話そう?」

私がいたからって言われて、私はこの人に必要とされてるんだ、なんて思う訳ない。どちらかと言えば、そんなの知らないし、と切り捨てたくなる。でも我慢だ。いきなり振ろうとしている以外に悪印象をつけるつもりは無い。ペンの蓋を開けて数学の教科書に名前を書く。

「やんなきゃいけないこともあるし、あと2、3日したら親戚の家行くから会えないよ」

「振るなら直接言って」

直接言ったらその場でこんな口論する可能性もあったからメッセージを送っているのに。

「会いたい?」

続けて来たメッセージにうんざりした。会いたくないからメッセージにした。別れたいと言っているのに、どうして会いたいよ、なんて言葉を返してくれるんじゃないかって期待が透けている質問を投げかけられるんだろう。まだ私を揺さぶるチャンスがあると思っているのか?それとも、嫌いじゃない、をまだ好きとイコールだと思っているのかもしれない。

「もう準備始めてるし、明日も用事があるから会えないよ」

「じゃあ電話しよう?」

「ごめん。今は出来ない」

数学。国語。地歴。科学。保健体育。次は美術に名前を書く。

「お願い考え直して」

家庭科の教科書に名前を書いて、ごめんね、と返信。

「大好きだよ」

「ごめん」

最早何に謝っているのかも分からなくなってきた。

「ごめんはいらない」

「叶えられない」

「死ぬよ」

何でいきなりメンヘラみたいになってるんだ。普段は相談受けてもそれなりに良さげなアドバイスを返している生徒会メンバーで、メンヘラとは無縁の性格だというのに。

「そんな事言われても……」

あ、しまった。ノートの数が足りないんだった。

「やだね」

「そもそも」

「結花と別れる方が重荷になる」

次々更新されていく新着メッセージ。

「でもこのままダラダラするのは嫌なの」

「じゃあできること探そ?」

「できること?」

「高校でも満足して付き合う方法」

「キツいと思う」

「でも可能性じゃん」

面倒くさくてしょうがない。もう別れたいって言ったのであって、このまま付き合うのが不安なんだけど、なんて言ってない。それに可能性ってなんの可能性なんだ。

「何もしてないのに決めつけるのは良くない」

何もする気が無いんだってば。

「続けられないと思う」

そもそも続けていく気が無いんだよ。

「ねぇ、俺のこと好きなの?」

まだ私が好きだと思っている可能性が高そうだな……。好きじゃないって言ったら面倒くさそう……。

「状況的にも付き合い続けるのは難しいと思う」

よし、教科書はこれで全部か。丁度部屋の前を通ったお母さんに、余ってるノート無い?と聞くと、買ってこようか?と質問返し。自分で買いに行くと伝えると、ついでに靴も買っておいで。とお小遣いをくれた。

「なんで」

「どっちも得しない」

損得感情で動いている訳ではないのだが、普段の彼ならしないであろう発言に多少得した気分だ。

「友達じゃ駄目なの?」

「やだね」

「これからも彼女でいて」

「でも続けるのキツいよ」

教科書を全部届いた時に入っていたダンボールに戻す。

「言い方変える」

「俺の彼女でいろ」

「反論は認めない」

「隣にいて」

そんな言われ方してはい、そうですか。とはならない。面倒くささが募る一方だ。

「ごめん、友達戻ろう?」

堂々巡りする会話の落とし所が分からない。ひたすら謝罪しゆっくり破局に向かわせるのに、こんなに時間が必要だなんて知らなかった。

「無理」

「今更戻れるかよ」

「絶対手放さない」

通話の着信。勿論出ない。

「結構考えて言い出したことだし、受け入れてもらえない?」

ぐっと体を伸ばして脱力。そろそろ忙しくて読めなかった小説の続きが読みたい。

「無理」

「てか別れたら精神不安定になるんじゃない」

「あと勝手に無理って決めつけんなよ」

さっきから無理無理言ってるのは自分でしょうが。それに、貴方と別れて精神不安定になる程貴方の存在は私にとって大きくない。

「でも会えないし……」

「なら電話かけてくれば良いじゃん」

「1回決めた事だし、そんな簡単に考え変わらない」

「それなら変わるまでいくらでも待ってあげる」

どうして上からなのか意味が分からない。

「多分変わらないよ。ごめんね」

「やだ」

「どうして?」

あぁ、面倒くさい。いつまで続くんだろう。

「結花のことが好きだから」

「それ以外ないよ」

好きって言えば考え直してくれるとでも思ってるのかな……。こっちはどんどん縁切りたくなるのに。

「何がそんなに不安なの?」

「分からない」

不安なんか無いんだってば。音楽を再生するとそれは恋愛曲だった。

「なら別れないで」

「結花のためならいくらでも待つから」

私の為って思うならさっさと別れてよ。

「だから別れるのはダメ」

面倒くさい。

「どうして」

「どうしてもだよ」

「お願い」

「絶対やだ」

「何で?」

「好きだから」

私も好きとは限らないでしょ。こんなに重たいと思わなかった。精神ダメージも肉体ダメージも受けてないのに疲れた。

「ねぇ、お願い」

早く終わってくれないかな……。

「じゃあ俺の事嫌いになれ」

意味が分からない。自分は嫌われたからしょうがないって私のせいにして諦めつけようとしてるの?分かったって言ったら、あいつ俺の事嫌いになったって、とでも言って同情買うつもりなのかな。

「何で?別れるのと関係ないでしょう?」

「関係ある」

「嫌いにはなれない」

私が悪役になるつもりは無い。

「ならまた付き合ってくれるってこと?」

何でそうなる。

「分からない」

こっちはもう付き合っていく気は無いんだってば。

「まぁいいや。復縁好きじゃないし」

今まで彼女いたことないって言ってたくせにそんな強がり言って大丈夫なの?

「うん、ありがとう」

「じゃあな」

……終わった。どっと疲れが押し寄せてさっきまでの疲れに上乗せされる。実に面倒くさかった。私は親友のメッセージ画面に行って経緯を粗方説明した。親友の反応は私と割と似ていたけど、疲れが残る私に対して親友の杏果きょうかは楽しそうだ。

「ゆかたんめっちゃ頑張ったね!」

「うん。相手するの疲れた」

「お疲れ様ー」

よく分からないキャラクターのスタンプが送られてきた。そして返信しようと画面に指を滑らせると、先に杏果からメッセージが来た。


「じゃあ私も別れたから私と付き合って?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る