女の毒は甘い蜜

水貴 竜胆

甘いカフェモカ

もうどれくらい同じ話の堂々巡りをしているんだろう。私の知らないグループ、歌手、タレント、友達。

「それでその後さ、俺の好きな曲歌ったんだよね」

その曲も知らない。と言うか元々興味無いし。

「しかもアレンジめっちゃ効いててさ、いつものも好きだけどあれはまた別格だったわ」

「そうなんだ〜」

好きなものが違うのにべらべら喋られてもねぇ……。

「今度一緒に行こうよ」

「予定空いてるかな……」

行く気ない。ブラックコーヒーのカップに口を付ける。

香帆かほもきっと好きだと思うよ」

好きじゃないと思うけど。私が好きなのは女性アイドルグループ。貴方が好きなのはビジュアル系バンド。私と貴方の好きなは別物だもん。

「うん、そうだね。楽しみ」

つまらない。

「この前香帆が好きなグループのライブ行ったんでしょ?」

「うん、楽しかったよ。今回のコンセプトが今までに無い感じだったの」

「へぇ」

興味無さそう。取り敢えず話振ったら自分にとってどうでもいい話題。さっきまでニコニコ笑って話してたのに、まるで別人を相手にしているみたいに態度変えるのね。

「今度フリーライブをするみたい」

「へぇ」

私は貴方の話をニコニコ笑って聞いていたのに、貴方はそんな素振りも見せないでスマホに手伸ばして。

「それで、最近どう?」

「うん、まぁまぁ」

「次のテストは大丈夫?」

「んー、微妙」

「そう」

話題を広げる努力もしない。そんなんだからすぐに飽きられるんだよ。クラスの子だって皆言ってる。もう振っちゃえば?って。もっと良い人いるよって。でも振ったら振ったで面倒くさそう。いや、共通の話題も無いから逆にあっさり別れてくれるかもしれない。

「ねぇ」

「……何」

「んー、今度の休日テスト勉強しない?何人か誘ってさ」

まだ言わないでおこう。こんなに人が多いところで言うことでもないし、コーヒー残ってるし。

「えー、二人で良いよ」

意外。非共通の男友達何人か連れて来るって言うかと思った。何人か浮かべていた女友達を頭から消す。

「そう?じゃあ日曜日ここでしようか」

「国語教えて」

「分かった。テストの前の日までの課題は終わってる?」

「まだ」

「じゃあそれから手付けよう」

感謝の言葉一つも無い。間違った解き方でも教えてやろうかな。でも点数悪くなったら色々言われるかもしれない。それは非常に面倒だ。自分の勉強もしたいしざっくりしたのだけ教えれば良いか。

「あ、さっき言ってたやつのニューシングルの情報解禁された」

スマホを私に向けて嬉しそうに微笑む彼から見えない様に顔を歪める。スマホの陰に隠れた私の顔が、どれだけ面倒くさそうにしているかなんて想像もしてないんだろうな。

「発売されたら買い行こうね」

冷めたカフェモカを飲み干した彼は言った。

「そうだね」

まだ付き合ってたら行こうか。言葉の裏を見透かそうとせずに鵜呑みにする貴方が滑稽でしょうがない。さっきまで表情筋を引き攣らせて作っていた笑顔が必要なくなって楽だ。

「そろそろ出ようか」

私はカップに残っていたコーヒーを飲み干した。飲んだばかりだけれど喉が乾いた感覚がする。

「最近日暮れるの早いな……」

「そうだね」

「じゃあまた」

「うん、学校で」

暗くなったのに送りもしない。どうせこの後男友達と合流するのだって分かってる。その時間を彼女に回せない貴方を毎回不満げに見つめる歴代の女の子達を憐れんだ。必ず送れとは言わないから、せめて二十時回ったら送ってあげてほしい。

「……ぁ」

ってもう別の子と付き合う前提じゃん。あの人に未練が無い程呆れてたのか、はたまた面倒くさくなったのかすら分からない。興味が無くなったのかも。流石に嫌ってはないと思う。でも嫌いなところどこ?って聞かれたらきっと幾つも出てくる。自分の話ばかりなところ。どうでもいいちっぽけなこと自慢してくるところ。人の話興味無さげに聞くところ。自分は勉強教えてもらうのに得意科目すら教えないところ。遊ぼうって言い出した自分が他の子とずっと通話したりメッセージのやり取りしてるところ。何より、私が貴方のことを好いてるって問答無用に思ってるところ。思ったより嫌いなところが出てきた。スマホを取り出し共通の友達に電話する。

「あ、もしもし?いきなりで悪いんだけどさ、真生まなぶに別れたいって言っといてくれないかな?」

直接言う時間があるなら友達と遊びたい。貴方と付き合い続けてつまらない時間を過ごすくらいなら、新しい相手を見つける時間に回してそれを楽しみたい。

「うん。ありがとう。これでまた振られた人数増えちゃったね」

電話口から、西野可哀想に。と明らかに笑っているのが分かる声色で友達が言う。自業自得も良いところだよ。と友達に言うと、また笑って、可哀想。と言った。

「ねぇ、そんなことより明日遊ばない?」

乗り気な友人が快く承諾してくれる。そんなこと、で片付けられる程どうでもいい存在になった西野。誘ってみないかと言ってきた友人はさっきまで、口先だけとは言え可哀想と言っていたのにコロッと態度を変えている。やっぱり貴方をちゃんと心配してくれる人なんていないよ。特に女子のこういう時の結束力は強いから。

「私の名前出したら絶対来ないよ」

私だってそうだ。

「じゃあ何人かに声かけたからまだ確定メンバー誰か分からないって言っとくか。香帆には別の人から声かかるようにしとくよ」

「うん。そうしてみて」

別れたのを知らない子から回ってきた連絡に二つ返事を返せば、あの人は私が来たことに気まずさと少しの憤りを覚える筈だ。駅の改札口でほくそ笑んだ私は帰路を急いだ。

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