七塚菜緒は振り返らない
山岡咲美
七塚菜緒は振り返らない
「もしかして
七塚菜緒は電車の中で彼に気づいた、桜の花びらを頭にのせ席に座る彼は少し迷惑そうに私を見上げた。
「菜緒さん?」
良かった、忘れられてはいないみたい
「中学以来?」
「ああ、そうだね……」
「今は
「うん……」
久しぶりに会った彼の印象は少し影のあるものだった、私と彼の思い出と言えばその殆どが小学校の頃のものでその頃は仲が良かったものの中学に上がった頃からお互いの家庭内がギスギスしていてあまり話せなくなり、親の離婚を期に私が南の大きな街に引っ越した事もあって疎遠に成っていた。
「優弥君スマホ!」
私はすかさずスマホを出し連絡先を教えてと見せる。
「え?ああ、良いけど」
私は中学のギスギスした時が無かったかのようにまるで
「今何してるの?」
私は彼の隣に座り彼にグイッと顔を近付け話す。
「大学だよ」
彼はのけ反り大学と答えた。
「どこ?」
「歯学部」
「大学病院の近くの?」
彼が通うそれはキャンパスこそ離れていたが同じ大学の歯学部だった。
「私文学部だよ♪」
私は嬉しそうに話すが彼の顔はうかない。
「どしたん?」
彼は「ちょっと」っていったあと続けた。
「あまり眠れないんだ」
「勉強?」
「ううん……」
彼はそう言って「幽霊を見るんだ」と笑った。
「幽霊?」
「……」
彼は冗談めかしているつもりだったのだろうが彼のやつれた顔を見ればそれが冗談なんかでは無いと直ぐに確信できた。
「何時から?」
「え?」
彼は私があまりに素直にそれを信じるので驚いた様子だったが、少しづつ少しづつ話してくれた。
「高校くらいかな、事故に巻き込まれそうに成った事があって……イヤ僕は大丈夫だったんだけど、それ以来その時事故にあった人の幽霊を見るんだ」
彼が言うには助かった自分を羨んで憑いてまわっているらしい。
「お祓いとかうけた?」
「一応ね」
彼は高校以来お祓いやカウンセリングを受けていたらしい。
「ずっとなの?」
「イヤ、最近特に酷いんだ、電車に乗るたびに強い気配が背後からして、何時も電車が来るまで出きる限り離れてホームに立つ事にしている……」
それはつまりその気配の奴に突き落とされそうだと言っているに等しい言葉だった。
「ね、優弥君、明日から私と一緒の時間に登校しない?」
彼は少し明るい顔をしてくれた、まるで暗闇の中で光を見たと言った感じだ、彼はそれほどまでに追い詰められていたのだ。
***
「おはよ♪優弥」
「おはよう七塚さん」
私は駅のホームで彼を待つ、読みかけの小説が私をベンチから異世界へと連れ去ると思ったがそれは無く、意外な事に彼が来るホームへの入口をずっと気にする時間となっていた。
「なにそれ?」
私は両親の離婚で変わった言い成れない名字に優弥が「さん」付けして呼ぶ事に違和感を覚える。
「いや、やっぱりほら……」
「やっぱりって何?!」
私は不機嫌さをあえて顔に出す。
「……菜緒さん」
「ダメよ!」
彼は子供の頃と同じようにイヤな顔しながらも続けてくれる。
「……菜緒ちゃん」
「まあ……良いわ」
私はまだ納得いって無かったが始まりとしたらこんなもんかと思った。
「でもゴメンわざわざ」
「別に、私朝の空気好きよ」
私は何時もより1本早い電車に乗って彼の駅で一旦下車していた。
「今日はどう?」
私は彼の後ろを覗き込む。
「え?ああ、どうだろう?今日は何かヤな感じがしないかな……」
彼は意外だって感じで後ろを振り返ったあと肩に手を置き首を回し少し笑う。
「美人がいると華やいで気持ちも晴れるよね♪」
私はフッと見せた彼の笑顔が可愛いとか思いながら今季最高の笑顔を彼に贈った。
きっと大丈夫……
「ところでさ、歯学部って何やってんの?」
地方都市の更に朝早い電車はガラガラで私達はベンチシートに並んで座り互の話をし始める。
「まだ入ったばかりでチュートリアルって感じかな、野球サークルってのもあったけどバイト入れたかったし入らなかった」
「そうなん?あんな好きだったのに」
彼の新たな一面だ、私は失っていた彼との3年、イヤ6年かな?を取り戻したかった。
「菜緒ちゃんは?」
「私文学部、心理学やってんだけど、まあ似たようなもんね」
「へー、文学部に心理学科ってあるんだ」
「まあね、文学部入るって決めた後で知ったんだけど国家資格とかあって公認心理師ってのになれるの、あと文学部は学校の先生とか出来るよ♪」
「菜緒ちゃんはカウンセリング出きる先生とかに成るの?」
「あ、今ヤな顔したでしょ!」
彼は今の状況では私のモルモットにされると思い警戒したらしい。
「安心しなさい、カウンセラーも先生も1つの夢だけど、私には夢じゃなく野望があるのよ!」
彼は私の不適な笑みを見て更にヤな顔をした。
「何さ……」
「小説家よ!」
彼はベンチシートから床へとずり落ち「まだやってたの?」って感じで呆れた。
「何よ!悪いの?!」
「それ中学の時ネット小説書いて「月間3PVってどう言う事!!」って叫んでた奴でしょ?」
どうやら私は中学で噂になっていたらしい、秘密にしてたと思ってたのに……。
「悪い?」
「いや、悪くは無いけど……」
恥ずかしがる私を彼は笑う、そして私達の時はまた動き出した。
……………
何か肩重いけど気のせいだよね
私はその日の朝から嫌な気配のする後ろを振り返らないようにした。
***
「おっはよう優弥!」
「おはよう菜緒さ……ちゃん」
彼は「菜緒さん」と言いかけて「菜緒ちゃん」と戻した。
「よろしい!」
私は満面の笑みを見せた。
「……あ、それより菜緒ちゃん、大丈夫だった?」
「地震?ああ、そっちは大丈夫よ」
「そっち?」
その日の朝の事だこの辺りでは珍しく地震があったのだ、私はこの間から後ろにいるであろう何かの仕業かもと少し、少しだけ不安になったがそれよりも大切な事があった為無視して忘れた事にしてやった。
見てなさい優弥……
私は今日の為にある秘策を用意したのだ、そうそれは女子力結晶!失った中高の想い出と青春のリカバリー!手作り弁当である~ある~ある~ある……
フフフこの私ともあろう女が手作り弁当だ、私の女子力に恐れおののくが言い。
ゾワ!
「菜緒ちゃん?」
これってやっぱりマズいかも、背筋が寒い?
「……ううん、大丈夫大丈夫、それよりさ私すごいもの持って来たんだよ♪」
「うん……何?」
彼は少し私の態度に不信感をいだくが、あまり踏み込まないで居てくれた、それで良い、幽霊なんかいない、そんなの馬鹿げてる。
「優弥は私の女子力疑ってたでしょ?」
「何それ?女子力疑うってどう言う事?」
「フフ~ン、今日と言う日に感謝するが良いぞ優弥くん!」
私はもったいつけながら、ホームを歩き線路へと近づく。
「菜緒ちゃん!!」
「あ……ごめん……」
彼は私が不用意に線路に近づいたのを止める、私は彼の今までがどんなだったかを考える。
「いや、良いんだ、今は何故か変な気配を感じないから」
「そう……」
私の後ろには微かな息づかいを感じる、これはこの世のものでは無さそうだ。
「優弥、お昼待ち合わせて一緒に食べよ♪」
私は彼が毎日のように感じていたその重みを彼に返そうとは思わなかった。
「そうだね、菜緒ちゃんと一緒ならきっと美味しいご飯になるよ」
やだ、この人の事、超好きなんですけど。
「優弥あんまり笑わないで、可愛すぎるから♪」
「菜緒ちゃん男の子に可愛いは褒め言葉じゃないよ……」
「うそ、可愛い優弥最強じゃん!」
優弥は線路に近付きすぎた私にそっと手をさしのべる。
………菜緒ちゃん?
「何これ?!」
突き飛ばされた?!
誰に?
駆け寄る優弥の横で笑うスーツの男が居た。
「菜緒ちゃん!!!!」
私は優弥に掴まれ引き寄せられてぐるりと回転しホーム側へと投げ跳ばされた。
私の前で電車が急減速する。
いつの間に電車来たの?
電車の運転手は固まったあと、ホームに居た駅員を見て「ふうっ」と息を吐いた。
私はホームの上で座り込んでいる。
人だかりが出来、駅員が次々と駆け寄る、そして彼を心配すると同時に自殺を疑う駅員に彼は軽く手を振り事故だと伝える、そして駅員が手を伸ばし彼は手を……
「また揺れてる?」
私が呟くとほぼ同時に駅全体が大きく揺れ始め、まばらな客と駅員達が叫ぶ声がホームに溢れ出す!
「地震?!」
「地震だー!!」
「全員伏せて!!頭守ってーー!!」
「伏せてくださーい!」
「伏せてくださーい!」
「伏せてーーーー!!!!」
「伏せなさーーい!!」
「頭守ってーー!!」
「バックとかある人は頭の上にーー!!」
「頭!守ってーーー!!!!」
………
…………………
……………
…………
…………
……………………
………………
…………
…………
………………
「優弥!!」
私はホームの下、線路を見下ろす。
「菜緒ちゃん大丈夫?」
優弥は軽く手を振りながら軽い言葉を口にした。
***
「お弁当美味しい?」
「うん……」
私と優弥は公園でランチをしていた、結局その日の大学は休んだ。
「どう言う事だろうね、優弥」
「……幽霊の考える事は分からないよ」
「私思うんだけど、みんなを助けてくれたんじゃ無いかな?」
「……そうかな」
「だって優弥……」
「僕はそんなじゃ無いって思える、きっと僕が命を賭けて菜緒ちゃんを助けたからちゃらにしてくれたんだと思う」
「ちゃら?」
「そう、僕が助けられるなら、誰かを見殺しにしないって思ってくれたんだ……」
「だから恨みが晴れた?」
「……わからない、菜緒ちゃんの言う通りみんなを助けたのかも知れない、事故で死んだ自分の代わりに……」
そう言うと優弥は私の玉子焼きを一口食べた、自信作だった。
「美味しいよ菜緒ちゃん♪」
「でしょ♪」
その日のニュースは鉄道橋が落ちた話題一色だった、偶然起こった乗客の線路への落下事故がなければ電車は鉄道橋落下の瞬間、その上をまともに走っていたらしい、あの幽霊はそれを止めようとしたのだろうか?それともそれこそが偶然で幽霊の目的は私を使い優弥を殺す事だったのだろうか?
「ねえ菜緒ちゃん、また作ってくれない?」
「お弁当?」
「うん、玉子焼きいっぱいのやつ」
「いいよ、優弥♪」
幽霊は消えた、優弥からも私からも、そして玉子焼きを口いっぱい頬張って食べる優弥は元気な子供のように生きてるって感じがした、とっても可愛い❤️
七塚菜緒は振り返らない 山岡咲美 @sakumi
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