ミルクはスープに入っているか?

福田 吹太朗

ミルクはスープに入っているか?



・・・私は、保険の調査員というものをしている。私の名は・・・色々と訳あって、具体的には申し上げられないので・・・まあ、大したワケではないのだけれども、とにかく、仮に、Tとでもしておこうか?

 

 私はその日は、新しい仕事の為に、普段は滅多に訪れる事のない、支店のオフィスを訪ねるところだった。

私の仕事というのは要するに、保険会社に顧客の方から保険が下りないかとの要請があった時に、果たしてそれが保険の適用となるものなのかどうかを、もしそうならば、一体どれ位の価格が妥当なのかを、事前に調査して、そうして私の場合は、今から向かう支店の支店長へと報告を入れ、さらには、ケースによっては、かなり面倒な事にはなるのだが、混み入ったレポートを作成し、提出しなければならない時もあったりするのだ。

 私の直属の上司である、支店長というのがまた、この世界で飯を食ってきた連中にはありがちなのだが、小ずるいというか抜け目が無いというか・・・その醜い見てくれに皆、特に若い新人や経験の少ない者達は、彼の前に立つとつい油断して、自分の本音や本性や弱みをさらけ出してしまうものなのだが・・・私はそんな事はとうの昔に承知しているので、彼の前ではあくまでも、従順な、まあ、無能だと思われるのは本意ではないので、有能だとは思わせつつ、しかしながら、まあ端的に言うならば、適度に手を抜いて、ワザと隙があるように見せるのである。

まあ要するに・・・これは会社でも、社会生活を営む上でも、あるいは独裁者の前で振る舞う役人や政治家達にしてみても同じ事なワケで・・・まあこれ以上はグダグダと言葉を並べてみてもキリがないので、この辺でやめておく事にしようではないか。


 とにかく、私はその日は前日の晩遅くに突然電話で、明日の朝一番で来るようにと呼び出されて、かなり不機嫌になりつつも、しかし自分で言うのも何だが、支店長には少なくとも今の時点では有能であるとみなされてはいたので、私が呼び出される時は決まっていつも・・・前の連中がしくじった後であるとほぼほぼ理解して良いのである。まあ・・・有り体に言えば、最後の後始末をやらされる事になるワケで・・・この場合、ケツを拭く、という汚い言葉もあるのだが・・・ともかく、ここは支店長の前に立つ時は、油断は禁物、といったとこだろう。


 私はその小ぢんまりとした支店の入り口のドアを開けると・・・相変わらず、雑然としていて、何ら法則性だの、シンメトリーなどはもっての外、ただ適当にグチャグチャとデスクやら椅子やらコピー機やら、そしてその上にはさらにその状態に輪をかけたかのように、各種あらゆる・・・おそらく、どの顧客のだか、土地関係の書類なのか、法律関係なのか、あるいはこのご時世、本来ならば厳重に管理されていなければならない筈の、個人情報に関する書類などもおそらく、ただ雑然と、渾然一体となって置かれていたのであった。ただ皮肉を言わせて頂くならば、幸運な事に、もしもこのオフィスに真夜中、それらの情報を盗み出そうとして忍び込もうとする輩がいたとしても、どれがどの書類かは分からず、おそらくお目当ての物にたどり着くまでには・・・まず1週間かけても探し出す事は不可能であったろう。

・・・などと、いつもそのような他愛もない事を考えているうちに、支店長のマイ・スウィートルームの前へと辿り着いてしまうので、私は一つほんの短く深呼吸をしてから、丁寧にノックをして、そうして中へと入っていったのであった。

 しかしすぐに、もっと前の時点で、つまりもうちょっとはマシな、空気のきれいな場所で、酸素をたくさん取り込んで溜め込んでおくべきであったと、後悔したのであったが・・・後の祭りなのだった。

中のやや薄暗い、そして外のオフィス以上に雑然とした、もはやゴミ屋敷とさえ呼べるぐらいの、それに加えて何より私にとって耐え難かったのは、その部屋中を覆い尽くす、煙草だか、葉巻だかの煙なのであった。

私には煙草を吸う習慣など無かったので・・・支店長はそれでも、私が入って来ると慌てて、壁の上の方に取り付けてある、埃まみれの換気扇のファンを回したのだったが・・・もうその時にはそれは手遅れで、私はかなりの汚い煙、それもこの目の前の人物が吐き出した煙かと思うと余計に腹も立ったのだが・・・しかしそこは私はあくまでも無理にでも笑顔を作りながら、

「・・・お呼びですか? ・・・何か問題でも?」

と、ほんのわずかの隙を作りつつ、あくまでも仕事がしたくて仕方がない、というような有能な調査員である事を示さねばならないのであった。

支店長は、かなり短くなって、火がすでに唇に触れているのではないか?というような煙草を口にくわえたまま、椅子の向きだけをクルリとこちらに回転させて向けて、何やら渋い表情で、私の顔を数秒間、じっと見つめていたのであった。

その、支店長様、は醜くブクブクと太って、椅子からは決して立ち上がらないのは、立ち上がらないのではなくて(・・・・・・・・・・・・・)、立ち上がれない(・・・・・・・)、のではないかと、いつも疑ってしまうのであった。

・・・支店長はほんのわずかの間の後、ゆっくりと、しかしまるで脅すかのように唸り声のような低音のヴォイスで・・・大概の新人達は、これを真に受けて脅しだと勘違いしてしまうのだが、これはあくまでも地声、ただし不機嫌な時の、である・・・おもむろに事情を、今回の任務について話し始めたのであった。

「・・・まあ、ちょっとだけ、滞っている案件があってだね・・・」

「・・・そうなんですか?」

私はあくまでも、新しい仕事に乗り気だという態度で接した。

「・・・例の、少々厄介な村の件の事は聴いているかね・・・?」

私は、同僚達が噂にしているのを耳にした事はあったので、おおよその事は理解していたのではあるが、そういった今現在トラブっている事を、あらかじめ知っているとなると、この目の前にいる人物は途端に不機嫌になるので、

「・・・いや・・・村、ですか・・・?」

「ああ・・・それに関わった者達の間では、オネスト・ヴィレッジだか、ライアー・ヴィレッジだとか呼ばれているよ。」

「それだと・・・前者と後者では意味が全く逆になりますね?」

「・・・その通りなんだよ。・・・要するに案件自体はいたってシンプルで、まるでややこしいところは全く無いモノなんだがね。」

「・・・なるほど。」

「・・・まあ要するに、その村の家々の瓦屋根が、季節外れの嵐だか何だかで一部が吹き飛んで、その請求が・・・下りないかというものなんだが・・・」

「それがどうして・・・?」

「・・・もうすでに三人派遣して、三人とも言ってる事がバラバラなんだ。」

「ほう・・・。」

「・・・一人目は、保険金は十分下りる案件だと、そう報告を送って寄越した。・・・その1週間後に突然姿をくらませたがね。」

「・・・。」

「・・・二人目はその必要は無し。・・・そして三人目が・・・」

私は思わず唾を飲み込んだ。・・・聴いていたよりもはるかに厄介そうだったからである。

「・・・三人目の調査員は、かなり信頼の置ける人物だったんだがね。・・・なんて報告を寄越したと思う?」

「さあ・・・?」

私が耳にしていたのとはかなり状況が違っていた。

「・・・そもそも、この村には瓦屋根自体が一切存在しない・・・! ・・・だとさ。」

私は正直なところ、呆気にとられていたのだが、しかし同時に、かなりの興味が湧いてきたのも事実なのであった。

「・・・キミはどう思うね・・・? もしキミだったら・・・次はどういった手で行くかね? ・・・おとといの事だ。またその村から保険金のご依頼が御座いましてね。・・・キミがもしその村に行くなら、どこをどうやって調査し、そしてどのような報告をするのだろうか・・・? ・・・どうだね?」

私は幾分、慎重に言葉を選びつつ、考えたのであった。この答えいかんによっては、この私が派遣されるかされないかどうかが決まるのである。・・・正直なところ、私自身は今、この件に関して非常に興味を抱いていたので、是非ともこの案件に携わりたいと思っていたのだ。

「・・・そうですね、まず、その家の屋根以外にも、その村のありとあらゆる家という家を見て回りますね。・・・果たしてその家の屋根だけが古くなっているのか? それとも、村の構造物全体が古いのか? もちろん、家の他の箇所、壁や窓や、門や庭の状態も含めて、総てです。・・・果たしてその村が・・・」

「よろしい・・・! キミに任せた・・・!」

支店長は私の予想に反して、勢いよく立ち上がった。三段、いや、四段五段腹が、まるで演奏がクライマックスを向かえたアコーディオンのようにうねっていた。しかしやはり、結局は重力には抗(あらが)えないらしく、すぐにまたドッカリと椅子に腰を沈めたのであった。

私自身はというと・・・あまりにも呆気なく決まってしまったので、もしやこれは貧乏クジを引いたのでは?と、一瞬疑ってしまったのだが、その時点では好奇心の方が疑念や不安を上回り、又、もし断るとなるとそれ相応の言い訳を咄嗟に考えねばならず・・・しかも後々の仕事の依頼が次はいつ来るかは分からず、厄介ときているので、二つ返事で引き受けたのであった。

そのデップリと肥えた支店長はそこで、ニンマリと笑うと、座ったまま一つのファイルの束を黙ってデスクの上に、少し乱暴に放り投げて寄越したのであった。

私はそれを黙って受け取ると・・・その金と煙の臭いとで充満した部屋を、やっとの事で抜け出して、支店のオフィスを出るとそこでようやくやっと、一息つく事が出来たのであった。




・・・それから3日後の事・・・私はその、オネストだか、ライアーだかが暮らしている、やや謎めいている村へと、たどり着いたのであった。


・・・話は前後してしまい、誠に申し訳ないのだが、その30分程前の事・・・私は鉄道の駅から村までの道を脇目も振らず進んでいたのだが・・・確か支店長から手渡されたファイルに入っていた地図には、その駅からは一本道の筈だったのだが、なぜか途中で十字路に行き着いてしまったのであった。

その十字路のど真ん中で私が途方に暮れていると・・・その十字路自体も、村への方角と思われる方向に向かって、微妙に斜めになっていて、果たしてどちらに進むべきかと地図と風景をかわりばんこに見比べていたのだが、これは選択を誤ると、下手をすると野宿という最悪のコースを辿ってしまう事になってしまうのだが・・・正に地獄に仏、というのはこういった状況を言うのであろうか・・・? 少し向こうの方から、一人の野良着姿に鍬(くわ)らしきものを肩に担いだ、農夫らしき男が十字路に向かって、やって来るのであった。

私はその男に親しげに声をかければ、村の方向ぐらいは教えてはくれるのではないか・・・? 何なら金を払ったっていい。今の私には金だけはあるのだった。無い物といえば・・・今はそれについてはやめておこう。

・・・ともかくも、その、年齢は50ほどの、かなり陽に焼けて麦わら帽を斜めに被った農夫は、口笛などを吹きながら、陽気に私の方へと近付いて来たのであった。正確には・・・私の事などまるで目にすら入ってはいないのか、通り過ぎたのだが・・・。

「・・・あの、すみません・・・!」

私は思い切ってその農夫を呼び止めた。

農夫は驚いた様子でもなく、ただ口笛を吹くのをやめて、立ち止まったのであった。

「・・・あの、××村はどの道を行けば・・・? ちょっとした・・・所要がありましてね。いや何・・・ちょっと親戚を久し振りに訪ねてみようかと・・・」

などと、口から出まかせを言ったのだが、その農夫はそれまでの陽気な表情から突然、まるでスコールの寸前の空模様のように、表情を曇らせて・・・しかしながら、一本の道の方向を顎でクイと、指したのであった。

私はかなり不安にはなったのだが、藁にもすがる思いでそちらへと、とりあえずは向かってみる事にしたのであった。

・・・その農夫はというと・・・私とは全く別の道へと進んで行ったのであった。

私はダメ押しをするように、

「あなたは・・・正直村の人間ですか・・・?」

と、去り際に声をかけると・・・もちろん、それは半分ジョークのつもりだったのだが・・・その農夫にはそれが通じたのか、あるいはただ単に変な奴と思われただけなのか・・・しかしながらただニヤリと笑みを作って・・・そうしてまた陽気に口笛を吹きながら、あっという間に見えなくなってしまったのであった。


・・・ただそれだけの事だったのだが、私には何となく引っかかった事だったので・・・しかしながら、こうして1つの村にたどり着いた事だけは確かなのであった。

・・・私にとってみれば、オネストだろうがライアーだろうが、知った事ではない。要するに・・・自分に与えられた仕事を早目に済ませて、町に戻って、報酬を受け取れば、それで万事OKだったのである。

その村はファイルに何枚か入っていた、写真とも一致していたようだったので、いつもそうしているように、特に気負ったりとか、緊張などはせず、早々にやる事は済ませて、立ち去るつもりだったのだ。少なくとも、その時には・・・。



3



 私は取り敢えず、観光客を装って・・・と、いってもスーツ姿にアタッシュケースなどを手にしていたので、とてもそのようには見えなかっただろうが。

 ブラブラと、村の中を歩き回りつつ・・・そうして一軒一軒の家をさり気なく、しかしながらしっかりと細かい箇所まで確認する事は怠(おこた)らず・・・確かに何軒かの家の屋根やら、壁やらは、暴風雨か何かで、ひどく傷んでいる箇所もあるにはあるのであった。そして無論の事・・・瓦屋根の家はちゃんとあった。と、いうよりも、殆どの家々が    

オレンジ色のような茶色のような濃いベージュのような、割と見栄えのする色で統一されていて、たまに人の住居というよりは倉庫か何かなのだろうか・・・? 木の板でできた屋根や、トタン屋根のような粗末な小屋のような物も、あるにはあるのであった。

 出来る事なら、写真に撮って確たる証拠となる物が欲しかったのだが・・・前任者達の失敗例からして、何かしらの胡散臭さを感じていたので・・・それは長年の‘カン’もあったのだが・・・ともかく、まずは住人たちに警戒感を最初から与えてしまうのは、不利であると悟ったのである。

 それが功を奏した訳ではないのだろうが、一人の中肉中背、つまりはどこにいてもおかしくはなさそうな、一人の男がいきなり近付いて来て・・・それも満面の笑みで、歩み寄ってくるなり、握手を求めてさえ来たのであった。

「・・・やあやあ、どうも。・・・もしかして、保険会社の方ですか・・・? こんなクンダリくんだりまでようこそ。・・・今日来られるのなら、知らせて頂ければ、お迎えにあがりましたものを。」

どうやら身分は簡単に見破られてしまったらしい。しかしながら、別に身分や調査の事を隠しておく必要性はなかったので、取り敢えずは私も愛想よく振る舞ったのであった。

「・・・いえいえ、それには及びませんよ。歩くのも・・・保険屋の仕事ですからねぇ・・・」

などと美辞麗句を適当に言うと、

「・・・それは素晴らしい心がけですな・・・! ・・・まあまあ、まずはこちらへどうぞ。」

彼は自分の家なのだろう?・・・へと案内してくるようなのだった。

私は取り敢えずは喉も渇いていたし、今夜の寝床も確保しなければならなかったので、まさに、渡りに船、なのであった。

「・・・実はここへと来る道中、一人の鍬を担いだ人とすれ違いましてね・・・? 親切に道を教えて頂いたのですが・・・もしや、この村の方ではないですよね・・・? あ、ホラ、十字路の辺りですよ?」

しかしその男は、それには答えず、自分の家へとまっすぐに向かったのであった。

しかしまさかその時は・・・それがあの白昼夢のような、厄介事の始まりだとは・・・思いもしなかったのであった。


 ・・・そのどこの村、いや、普通に都会にいてもおかしくはない様な、ごくごく平凡な男は、私を我が家へと招き入れると・・・中は狭いといえば狭かったのだが、比較的質素で清潔感がある家なのであった。

そして男は、自分の家族を紹介し、お茶とクッキーの様なものまで出してもらい・・・私は取り敢えず、これで一息つけるな、と思ったりもしたのだが、その男は、おもむろにこう言ったのであった。

「・・・ウソという鳥をご存知ですか?」

「・・・エ?」

私は虚を突かれて、クッキーを手にしたまま一瞬固まってしまったのだが、男はかまわず続けた。

「・・・ウソという鳥は決して、ホントダ、ホントダ、とは鳴かないそうですよ・・・?」

私がティーカップをもう片手に持ちながら、呆気にとられている中、三人の彼の小さな子供達は、大爆笑をしているのであった。

私はこの時・・・正直、少し嫌な予感がしたのだが・・・しかしこれはきっと、この村特有の、他所(よそ)者を歓迎する際の彼ら独特のやり方・・・つまりは下らない冗談で和ませるという・・・私は釣られて笑っているフリをして、愛想笑いというか、とにかく、この村の習慣には従わなければな、などと思ったのであった。・・・実際、私は色々な場所でこれまでも仕事をしてきたのであるが、この程度ならまだ、他愛もない方である。一度などは・・・まあ、それは今はやめにしておこう。

・・・ともかく、私が笑った事によって、その家の中にいた者たちのおそらく全員が、笑い、和やかなムードでまずは始まったので、これは上々の滑り出しだな、などとその時は思ったりもしたのだが、その男はよっぽど話し相手が欲しかったのか、はたまた、ただ単に他所者が珍しかっただけなのか、色々と質問を浴びせてきた。

「・・・ちなみに、ウソ、とは、ある国の言葉では、使う、という意味だそうですよ? ・・・つまりは言葉はよく選んで使え、って事ですかぁねぇ・・・まぁ、頭もですが・・・」

またもや子供達は大爆笑なのであった。私も、よく意味は分からないまま、取り敢えず愛想笑いを繰り返したのであった。

「・・・ところでダンナ。・・・屋根の具合はどうです・・・? いくらぐらいの値がつきそうですかね・・・?」

どうやら、今のこの男の口振りだと、この村の人間にはもうすでに私の事は知れ渡っていると見て良いのだろう。やはり、あの十字路ですれ違った男がこの村の人間で、おそらく早道を使って私より先にこの村に舞い戻り、皆に触れ回ったに違いない。あるいは・・・。

「・・・まあ、調査はこれからですねぇ・・・明日から早速開始したいと思います。まあ・・・おそらく、悪い結果をお知らせするような事は、無いと思いますよ?」

と、その時は少し上機嫌になってしまっていたので、そのような軽い口約束程度のような事を、思わず口走ってしまったのである。

男はそれを聞くとますます上機嫌となり、

「・・・実を言うと、ここに同じ用件でいらっしゃったのは、アンタで四人目なんだよ・・・」

「・・・ええ。もちろん、存じ上げていますとも。」

「エ・・・⁉︎」

ところがその男は、まるで私が何も知らずにやって来たとでも思っていたのだろうか? ・・・まるで雷に撃たれたかのような驚きようなのであった。

まあ、おそらく・・・以前の時にはこの村には何かの用事で不在だったのか、あるいは前の三人の調査が杜撰で、ほんの数軒だけしか見なかったのかもしれない・・・これは大いにあり得る事だ。それならば支店長の言っていた、それぞれのチグハグな報告にも納得が行くのである。

私はお腹が空いていた事もあって、クッキーとお茶をすべて平らげると、早速今夜の宿の確保をしようと・・・交渉を・・・しようとしたその瞬間、

「・・・それじゃ。ウチはこれぐらいで。」

と、男はいきなり素早く立ち上がったのであった。

私が又してもポカンとしていると、

「・・・今頃お隣さんでは、ミルクティーと、アップルパイを用意して、お待ちでしょうねぇ・・・」

と言うので仕方なく、私も立ち上がって、男と握手を交わして、そうしてその家を出て男の言われるがままに、指差した方向の一軒の似たような感じの家へと、向かう事にしたのであった。

辺りはもう・・・夕暮れ時になっていて・・・橙(だいだい)色の空の果てと、カラスの鳴き声とが、聴こえていたのであった・・・。




「・・・ウチのこの坊主が、まだ小さかった頃、コイツはまだ子供だったんですよ・・・アハハハ・・・」

そう自分のまだ五、六歳ぐらいの男の子を紹介しながら、その家主である、頭の禿げ上がった中年の父親は豪快に笑うのであった。側には・・・これまた豪快というよりは豪勢に肥えた女房らしき女性が立っていて、一緒になって大笑いをしていたのだった。

・・・そりゃそうだろう。子供が子供の時にその当の子供はまだ子供・・・!? 何だか私は頭がこんがらがってきたのだった。

しかしながら、居間のテーブルの上には確かに、隣の家の主人が言った通りに、アップルパイと・・・ミルクティーはその肥えた女房がカップに今まさに注いでいるところであった。それは白い湯気を立てていて・・・主人が私に座るように促したので、私は大人しくそれに従ったのであった。

ここは先程の家とは打って変わって、家族は三人だけのようであった。

ここの主人も同じ様に上機嫌で、

「・・・いや実を申しますと、ウチはなかなか子宝ってヤツには恵まれませんでしたものでしてね・・・」

私は適当に相槌をうち、

「・・・それは大変でしたね・・・」

アップルパイを勧めながら、しかし主人はあくまでも愛想良く、

「・・・しかしやはり、愛の力は偉大ですな。」

「・・・そうでしょうねぇ・・・」

私はアップルパイを食べながら、きちんと聴いている‘フリ’はしたのだった。

「・・・愛のない結婚生活なんぞ、アイスの入っていない冷凍庫みたいなもんですね・・・! アハハ・・・あ。・・・アイス食べます?」

私は頭の中が混乱しながら、熱い紅茶とパイとアイスでは、胃の中まで混乱してしまう事を憂慮したので、

「・・・いえ。」

と、そこは即座に断ったのだが、この家の三人は黙ってしまい、ひたすらアップルパイにかぶりついていたので、何かまずい返事の仕方だったのではないかと、気が気ではなくなり、咄嗟に話題を変えたのだった。

「・・・ところで、屋根が壊れたお宅というのは・・・一体どちらに・・・?」

主人は夢中でパイをムシャムシャと食べていたのだが、

「・・・ハ? ・・・ああええと・・・それなら、あちらの、背の高い木が立っている先の・・・」

と、また笑顔に戻って、顔一面皺くちゃにしていたのであった。

・・・私はこれは、もしかしたら、色々な家々でもてなして、歓待して私を喜ばせて、保険金を少しでも高く取ってやろうと、村ぐるみで計画を立てているのではないかと、少し疑念が生じてきたので、そそくさと退散する事にしたのであった。

早く仕事を片付けてしまわないと、もしかしたら、このワケの分からない底無し沼から、いつまで経っても抜け出れなくなってしまうかもしれない。

私はアップルパイとミルクティーのお礼は手早く済ますと、すぐにその家を出て行ったのであった。




・・・三軒目の家は、確かに背の高い、何の木だかは良く分からなかったのだが・・・とにかく、一応ノックをすると・・・中からは少々イカツイ顔付きの、タンクトップというよりはおそらく中に着るシャツなのであろう?・・・真っ白い袖の無いシャツに皺だらけのオンボロのグレーのパンツを履いた男が、一見不機嫌そうに顔を出したのであった。

私は・・・早々と仕事を済ませてしまった方が得策であると考えたので、すぐに身分を明かしたのであった。

男は少しだけ、キョトンとした表情をしていたのだが、すぐに気味が悪い程の満面の笑みを浮かべて、私を我が家へと招き入れたのであった。

・・・男の家は・・・狭苦しく、特に小綺麗にしているという訳でもなさそうで・・・というより、食器棚が一つ無造作に壁にくっつけてあるだけで、後は壁紙すら無く・・・前の二軒に比べると、かなり荒れ果てているといってもいいのだった。

そしてなぜか・・・部屋の中央の床には、一個のアルミ製の空き缶が置かれているのであった。

男はただ黙って、少し壁際に寄せられたテーブルの所にある、椅子を引いたのだった。・・・座れ、という事なのだろう・・・? 私は黙ったまま座ると、男は少し満足したようだった。と、そのタイミングとほぼ同じくして、粗末なカーテンで仕切られた奥の部屋から、一人の老婆が姿を現したのであった。どうやら・・・様子からして、二人は親子のようなのであった。

「誰だい・・・? お客さんかい・・・?」

「・・・ああ。何でも・・・都会から来た、保険屋さんだそうだよ。」

「なんだって、ウチになんか・・・」

この老婆、おそらくは男の母親は、保険金の件は、知らされてはいないのだろうか・・・?

「・・・さあね。俺が聞きたいぐらいだよ。」

私は思わず、会話に割って入って、

「あの・・・先日の暴風雨で、瓦屋根を損壊したと、聞きましたが・・・」

男は私の方に向き直ると、途端に又笑顔になって・・・それは薄気味悪いぐらいの笑顔だったので・・・やはりこの村の人間どもは、村ぐるみで保険金を釣り上げようとしているな?・・・と、推察をしたので、何とかそうはさせじと、最悪支払う事になったとしても、最低ラインの金額で済ませようと・・・おそらくそれならばあの偏屈な支店長も、一応納得はするであろう。

私は、早速値切りの交渉に入ろうとしたのだが・・・又しても先を越されてしまったのであった。

男は、少しだけニヤつきながら、

「・・・まあ、確かに屋根や天井はこの通りですよ。」

と、天井と床の中央のアルミの缶とを交互に見比べて、

「・・・まあ、屋根や天井は家の基本、土台ですからねぇ・・・家を建てる時も、まずは屋根からでしょう?・・・その次が壁、そしてその次は・・・」

私は相手のペースに乗せられまいと、あくまでも自分のやり方で、手続きを進めようとしたのだが・・・

「・・・ご覧の通り、屋根の上の化け物が、そのザラザラとした舌で、穴を開けやがったんです。」

「それを言うなら、魔女の仕業だろう・・・?」

「・・・ばあちゃんは黙っといてくれよ・・・! まあ・・・とにかく、この有り様でさあ・・・」

私はもう、その老婆が男の母親だか祖母なのかは一切心中に無く、

「まあ・・・無理も有りませんがね・・・しかしながら・・・」

と、言った途端、天井から、一滴、二滴と水がしたたってきた。それは正確に、アルミの小さな缶の中へと、確実に、ポチャン、という音を立てて、吸い込まれていったのだった。

と、ここで、男が思いもよらぬ事を口にしたのであった。

「・・・ところで・・・保険て、なんの事です・・・?」

私は思わず、目をパチクリとしてしまったのであった。

「・・・ですから・・・!・・・お宅様が、保険金の請求を・・・」

「・・・ホケン、ていうのは、卵から生まれる物ですかね?・・・それとも、母親のお腹の中からですかい・・・?」

私はつい、馬鹿真面目に答えてしまい、

「・・・まあ、強いて言うなら・・・生き物というよりは、自然現象に近いですから・・・何も無いところから・・・まあ、通常はそうです。」

「・・・そんな筈はない・・・! そんな事があってたまるものか・・・! ・・・何か物事が、自然に湧いて出る事など・・・! ・・・アンタ、もしやパツスールを知らないんですかい・・・?」

私は・・・後半の部分は意味不明だったのだが、とにかく続けて、

「・・・しかし・・・あの木の向こうのお宅から、こちらに行くようにと・・・」

男はその言葉だけでなぜか理解をしたようで、

「・・・ああそれなら・・・入るウチを間違えてますよ。確かにウチは、屋根を悪魔に吹き飛ばされましたが・・・」

「・・・魔王だろ・・・? ・・・じゃなくて、大(・)、魔王だよ。大、が付くと付かないとでは、大違いだからね。」

と、老婆が言うと、

「どっちだっていいじゃないか・・・! ・・・とにかく、それは隣の家でしょうねぇ・・・たぶん。」

「・・・エ?」

私は思わず固まってしまった。・・・そういえば、急いでいたせいで、つい、良く屋根の状態はおろか、周りの家までは確認せず、真っ先にこの家のドアを叩いてしまったのであった。薄暗いせいもあったのだが・・・確かに・・・この家のやや後方に、もう一軒家があったような・・・。

「・・・これは大変失礼致しました。てっきり・・・」

男はしかし、あくまでもふざけたような笑顔で、

「いえいえこちらこそ・・・何もお出ししませんで・・・ここに来る前は・・・さぞやご馳走とか・・・でしょ?」

なぜ何もかもこの村の人間たちはあらかじめ分かっているのかは、私には謎というか甚だ疑問だったのであるが・・・ともかくも、全くの見当違いの家ならば、いつまでも居ても仕方がないのである。

私はそれでも、一応礼を述べると、大急ぎでその、薄汚い家を後にしたのであった。

ドアを閉めようとした私の背後でなぜだか、老婆の、ケタケタと笑う声がこだましていたのであった。・・・これはやはり、村ぐるみで、私はコケにされているのではなかろうか・・・? ・・・そう考えると、怒りというよりは悔しさのようなほとんど惨めな感情が巻き起こってきて・・・しかしながら、こういった経験は長年この仕事をしていると、ままある事ではあるのだ。・・・そう気を取り直して、少し奥まったもう一つの家へと・・・その家は正反対にかなり大きく立派で・・・確かに瓦屋根の一部が吹き飛んでいるのか、オレンジ色の屋根の中央付近に、布のような、シート状の物が被せてあるのだった。




・・・私はその、先程の粗末な家とは好対照な、家に入ろうと、ノックをしてからドアノブに手をかけたのだが・・・ふと、その瞬間にとある疑問が、モクモクと、まるで入道雲のように心の中に広がってきたのであった。

それは・・・支店長も言っていた事ではあったのだが・・・この村の事を、オネスト・ヴィレッジだか、ライアー・ヴィレッジなどと表現していた事なのであった。

私は始めは、それはただの、何かの冗談かと思って、軽く受け流していたのだが・・・ここにこうして、現場に実際にやって来てみると・・・あながちそういった話も突拍子もない話だとは思えなくなってきたのであった。

つまり今の私の考えを要約すると・・・単純にこの世の中の出来事を善悪では分けられないように、全くの二者択一とはいかないのかもしれないが・・・しかしもし、この村が嘘か誠かのどちらかで括れるのならば・・・もしそうだとするならば、是非ともこの手で暴いてやろうと・・・そのような挑戦的で挑発的で、いくぶん邪(よこしま)な、感情がメラメラと・・・胸の内で火が点いたかのような状態になりかけていたのであった。


・・・ガチャリ、と少しだけ擦るような音がして・・・そうして中から顔を出したのは・・・前の家とは打って変わって、上品そうな、言葉をあえて代えて言うのならば、高尚でやや高慢そうな、少し気取った感じの男性が、ナイトガウンのようなものを着て、しかもそれは黄金(こがね)色に、ラメなども入っていてほんの少しばかりキラキラとしているのであった。

男は・・・なぜかこの人物だけはブスッとして、不機嫌そうで、明らかにその表情といい、そして家の中までも・・・外からは想像もつかないような、そしてこんな田舎の小さな村にも、所得の格差らしきものはあるのだな?・・・などと思わせてしまうような、とても凝った、そしてとても金をかけていて贅沢そうな、調度品やらインテリアやら、壁には昔映画か何かで見た事があるような、鹿だかトナカイだかの首から先だけが突き出ているのであった。

床は大理石なのだろうか?・・・ツルツルとした滑らかな石で出来ていて、壁には巨大な振り子時計、そして天井には、これまた実際にはお目にはかかった事の無い、シャンデリアが吊り下がっていて、ライトのせいで余計になのだろう、キラめくように輝いていたのであった。

果たして・・・このようなお金持ちそうな家の主人が、たかが屋根に穴が開いたぐらいで、保険金などを要求するものなのだろうか・・・? ・・・などというのは実はシロウト考えなのだ。・・・実際のところ、私の経験上、金持ちの方が、出費に対しては人一倍気を遣っているものなのであり・・・特に無駄な出費には・・・余計なものにはビタ一文も払うまい、と、いったような事は以前にも山ほどある事例で分かるのであった。・・・最も、私自身は金持ちでも何でも無く、しかもそのような者にはなりたいとは決して思いはしないのであった。・・・その心の内を知ってしまったが故に、である。

・・・そう考えると、私をその屋敷に招き入れたその人物の、憂鬱そうな表情も何となく合点はいくのである。・・・しかしながら・・・ここはもしかすれば‘嘘つき村’であるかもしれないという事は考慮に入れておかなければなるまい。一体誰が何を考え、どんな魂胆があって・・・まあ、とりあえずはこの不可解な人物に注意を払う事とするか。

 その男は・・・相変わらずムスッとした表情は崩さず、両手をそのきらびやかなガウンのポケットに入れたまま、私を屋敷の奥へと・・・要するに黙ってついて来い、という事なのだが・・・どんどん誘導するのであった。

 男はその屋敷の、だだっ広いキッチンへとたどり着くと、ただ黙って、上を見上げた。私も同じように真上を見上げると・・・その視線の先、天井にはポッカリと、かなり大きな穴が空いているのであった。そしてその上にはおそらく・・・先ほど外から見えたシートがかけられていて、そこからは綺麗な星空は残念ながら眺める事は出来ないのであった。

 男は相変わらずの無表情で・・・じっと私の顔を眺めていた。そして・・・私がしっかりとこの目で確認したので一応満足したのであろう? そうして今度は応接間のような所へと、相も変わらず一言も発せぬまま、誘導して行くのであった。

 そして・・・そのきらびやかなガウンの男と、私とはフカフカのソファーに腰を下ろして、向かい合っていたのであった。

男はここで初めて、ニッコリと、いや、ニタリ、という表現の方がより適切なのかもしれない。それは・・・投資家が株価を的中させて、あるいは金鉱掘りがまるで、鉱脈を探し当てた時の様な、金持ち特有の、金持ちが札束の山の上にさらに札束を積んだかの様な、そんな自信というか、まあ、正直に言ってしまえば、欲の皮の突っ張った、そんな顔付きにさえ見えたのである。

私はしかし・・・ここはいつもよく使う手で、今は相手は勝ち気に早っていて、言ってみれば闘牛が赤い布目がけて突進をしようとする寸前の様な状態であったので・・・まずは相手を落ち着かせて、冷静にさせてから現実というものに目を向けさせる・・・まあ、それが私がよく使う方法の1つなのであった。

 私は慎重に言葉を選びつつ、

「・・・ところで、あの穴は確かに、先日の暴風雨で開いたもので間違いはないのでしょうね・・・?」

男は少しだけ、今の言葉でイラッとした様な表情を浮かべたのだが、

「・・・あれだけの穴が、どうやったら天井に開くんです・・・? ・・・それは間違いの無い事です。ええ、確かにあの晩の嵐の仕業ですよ。」

「・・・なるほど・・・」

と、私はわざとゆっくりと手帳を開き、

「ええ・・・確か先月の12日の事で間違いはないですね・・・?」

男はさらに苛立ったらしいのだが、ニヤケ顔とイライラとが入り混じった、何とも奇妙な顔付きになったのであった。

「・・・何日の事かなんて・・・覚えちゃいませんよ・・・ええええ、確かにそう、あれは12日の晩だったっけかな・・・?」

「まあいいでしょう・・・ところで、この家は確かに、火災保険には加入済みですが・・・暴風雨とではまた種類が違うのはご存知ですか?」

「全部入ったじゃないか・・・⁉️ ・・・地震だろうと何だろうと、お宅らが勧めたものには、全部入ったつもりなんだがね・・・? ・・・こんなところで地震があると思うかね・・・!? ・・・とりあえずアンタらが是非にと勧めるもんだから、全部加入しておいたんだぞ・・・?」

私はこれ以上は契約者を、精神的に追い詰めるのは得策ではないと判断したので、

「・・・分かりました。金額の査定の方は・・・明日またこちらに来て、きちんと計算致しますので。」

男はようやく満足した様であった。これでおそらくは・・・今のやりとりで、少なくとも途方もない様な金額を吹っかけてくる可能性は減ったのではないだろうか? しかしながら・・・私が少し安堵した次の瞬間、男の口からとんでもない提案が飛び出して来たのである。

「・・・実のところ、私の家だけでは無いものでしてね。・・・お分かりでしょう? この村の、あちらこちらの家々の屋根やら壁やらが、無惨な姿になっているのを。」

「ええ、しかし・・・きちんと災害の保険に加入しているのは、お宅だけでしてね・・・」

「それは分かっているとも。・・・それは分かっちゃぁいるのだが・・・」

と言いつつ、男はそのガウンの懐から、1枚の紙切れを取り出したのであった。

それはどうやら・・・保険会社と一番初めに交わした契約書のようなのであった。

「・・・ええ、これによりますと・・・この保険に加入した者が適用の認定を受け、且つ、これはこの村に限った事だが・・・保険の適用者A・・・つまりこれは私の事だが・・・が、自分と同程度の被害と判断した、5件までに関しては、その者の50%の金額を受け取れるものとする・・・となっていますがね?」

私はもちろんの事、その条項については先刻承知なのではあった。しかしまさか・・・この村でそのような事までキチンと理解している者がいるとは・・・別にこの村の人間を決して舐めてかかっていた訳ではないのだが・・・。

要するに・・・明日から私がこの村でやる仕事の量は数倍に増え・・・被害を受けた家は5軒だけでは済むまい。・・・つまり、その中からたった5軒だけを選び出し・・・しかも公平に選ばなければきっと、村人たちの反感を招いてしまうに違いない。・・・これはとても骨の折れる仕事に違いない。きっと支店長もこの報告を聞いたら、三段腹がまるで大波のようにうねって、激怒する事だろう。私はこれは内心、一番初めにとても厄介な人物に当たってしまったと、運の悪さを嘆いたのであるが・・・しかしながら確かに契約書には、そのような条項が記載されているのである。・・・ここは一晩ゆっくりと考えて、何か良い方策を捻(ひね)くり出すしかないのであった。しかし、たった一晩でそのような妙案が見付かるものだろうか・・・? とりあえずは・・・今晩の寝床を確保する事がまずは優先事項なのであった。

なので私は男に、

「・・・あなたの主張は最もな事です。・・・しかし今日のところは取り敢えず・・・実は寝る所もまだ、決まっていないものでしてね・・・?」

すると男は、一応満足したようにゆっくりと立ち上がると、

「ああ、それなら・・・この家の裏手に・・・75くらいの爺さんが住んでいるんだが・・・彼なら親切だから、何かと融通を利かせてくれるに違いないですよ。」

と、途端にこの男もやはり、例外に漏れず他の村人達のような、はち切れんばかりの笑顔になったのであった。

私はてっきり・・・このお屋敷のフカフカのベッドで休ませてもらえるものと期待していたのだが・・・やはり金持ちはケチだというのが、万国共通のようなのであった。




 ・・・翌日、私はけたたましい鶏の鳴き声とともに、決して寝心地が良いとは言えない、藁のベッドで目が覚めたのであった。ベッドと言っても・・・そこは馬小屋の隅の、馬の寝床の端をさらに借りる形で・・・まるで聖家族の一員になったかのような、そんな・・・私にとっては決して心地良くはない正に最悪に近い状態で、その村での2日目は始まったのであった。

私がまだ、その藁のフカフカ(・・・・)の、ベッドの上でまどろんでいるというか、なかなか起き上がれずに、木の板で出来た今にも崩れ落ちてきそうなギザギザの木目の天井を眺めていると・・・その視界を突然遮るかのように、一人の白髪だらけで顔一面皺だらけの、田舎の村がとてもお似合い、といった感じの老人が、顔のいたる所に皺をさらに深く刻みながら、満面の笑みで、私の眼前に・・・つまりは見下ろしていたのであった。

「どうじゃね?・・・旅の人よ。・・・馬と一緒の寝床で一晩過ごすなんて事は・・・都会じゃあ、なかなか無い事じゃろうて。」

と、晴れて天気のいい朝だからなのか、それともいつもの事なのか、爽やかに笑っていたのであった。

私は・・・決して眠れなかったというわけではなく・・・これが意外と寝心地だけは良かったのであるが・・・ただ絶えず蚊やら蝿やら、時には都会ではまず滅多にお目にかかる事のない、よく名前の分からない・・・私は昆虫にはあまり詳しくはないもので・・・大きな甲虫のような虫までがブンブンと飛び回り・・・案の定、数カ所を虫に刺されて赤く腫れ上がっていたのだった。

そして、眠たい目を擦りながら、馬小屋のすぐ隣にある、老人のとても家とは呼び難い、これまた木の板で出来た、小屋、へと案内されたのであった。

その中へ入っていくと・・・中央には全て丸太で、おそらくその老人自身でこしらえたテーブルがあり、その上には朝食が・・・老人はもうとうに済ませてしまったらしいのだが・・・パン2、3切れと、サラダのようなものと、スープと、さらにはヨーグルトらしき、デザートまで用意されているのであった。スープからは湯気が立っていて、おそらくこの村に来て、一番のご馳走なのではなかろうか・・・? 私はとても腹が減っていたのと、ようやく馬小屋の中の鼻をつくような臭いから解放されて、そうして老人に礼を述べつつ、朝食を瞬く間に平らげたのであった。

老人は、そんな私の事を、好奇と面白味と、そしてなぜか、まるで懐かしいものでも見ているような・・・少なくとも私にはそのように見えてしまったのであった・・・そんな目つきで一部始終をジロジロと眺めつつ、こう言ったのであった。

「・・・この小屋も実は先月の嵐でほんの少しばかり、やられてしまったんだがね・・・? ・・・ワシんとこもその、ホケン、とかいうやつで直してもらえるのかね・・・?」

と言い終わるか終わらぬうちに、またその顔を皺だらけにして、ワシャワシャと大笑いするのであった。

私は・・・ここが正直村か嘘つき村なのかはひとまず置いておいて、この老人にだけは、このとても満足した朝食のお礼も込めて、事実を告げたのであった。

「実はですね・・・5軒の家だけは、50%、つまりは費用の半分までではあるのですが、下りる事にはなってはいます・・・その5軒というのを・・・」

と、その先を言いかけて、やはり全てを話すのは今はまだ時期尚早というか、危険でさえあると、咄嗟に思い至ったので、例え朝食が旨かったとしても、この老人がお喋りでないという保証は無いのである。どこでどう話が漏れるか・・・この業界に、用心、という言葉は必須条件なのであった。

しかしながら、老人は今の話は全く意には解さないらしく、と言うより、もしや冗談だとでも思ったのか、今度はその黄ばんだ歯を思い切り私に見せながら、

「・・・ワシの家は家と言っても、家じゃなくて、小屋、じゃからのう・・・ガハハ・・・」

と、笑い飛ばしていたのであった。

これがもし・・・ビジネスとは全くの別次元で、私の私情のみで判断する事を許されるのならば、この老人の小屋、いやこれでも人が一人きちんと住んで暮らしているのであるから、もちろん住居として認められるであろう・・・おそらく真っ先にその5軒の筆頭に上げる事であろう。しかしながら・・・これは歴(れっき)としたビジネスなのであり、あくまでもドライさに徹しなければならず、しかも他の村の家々との兼ね合いなども考慮に入れて・・・さらにこれが実は一番厄介なのであったが、支店長の顔に泥を塗らないように気を払わねばならない。恐らく私の前任の三人は・・・それが非常に困難な作業で、自分には無理だと悟って、おざなりな報告を寄越したのであろう。

しかし私は・・・こう見えても、前の三人よりは正直自分でも有能だという自負があるし、経験も、そして何より・・・ここで、この私でこの問題のケリをつけてやろうという・・・思いを胸にしつつ、その木で出来たテーブルを立ち上がると、老人に礼を言って、早速仕事に取り掛かろうとしたのであるが・・・

「・・・ところで、これから大変な仕事が待ち受けているんじゃろう・・・?」

と、言うので、

「・・・ああ、ハイ・・・」

と、返事をすると老人は、

「・・・ワシも今日は、ある重たい荷物を、とある場所まで運ばにゃならん・・・」

「それは何です・・・?」

と、私が訊くと、

「・・・コンダラだよ。」

「・・・エ? ・・・何ですって?」

「・・・コンダラを、とても重たいコンダラっていうもんを、ある所まで運ぶんじゃよ。」

私はそれはきっと、この地方でしか通じない、何か特殊な、しかしとても重くて運ぶのに骨の折れる物であると想像したので、

「・・・一体どちらまで運ぶのですか・・・?」

と、真面目に訊くと、

「・・・試練の道、までだよ。」

と言って、老人はまた、というよりその日一番の大笑いで、私を送り出したのであった。私は何かこう・・・今のはジョークでまた担がれたのか、はたまた本当にそういった作業があるのかどうか、心の中では首を捻りつつ、老人の粗末な小屋を後にしたのであった。




 もはやこのような状況になってしまったからには・・・私はもう、こそこそとやる事はヤメにして、一軒一軒、家々を見て回り、そうして高性能のデジカメで・・・これはもちろんきちんと記録を残すという事の他に、村人達に・・・きっちりと仕事をしているんだぞ?・・・というのを見せ付ける意味もあったのだった。

案の定、村人達は・・・相も変わらず、その顔には笑みは絶やさなかったのであるが・・・自分達の作業はしつつ、私とすれ違う時には必ずどの人間も愛想よく挨拶をしたのであるが・・・やはりチラチラと、時折私の方を気にしている様に・・・いや、それは決して私の勘違いや思い過ごしなどでは無かった。やはり、どういうカラクリだかはまだ良くは分からなかったのであるが・・・昨晩の金持ちとのやり取りはもうすでに全ての村人達に知れ渡っていて・・・つまりはどの家が、その5軒、に選ばれるのかが興味津々、といったところであったのだろう・・・?

 ・・・そう考えると、私は余計に躍起になって・・・私の闘争心に火を点けたのか、その日は特に、熱心に村々のありとあらゆる家々、さらには、その嵐の規模が実際どの程度なのかは、その日この場所にいたわけではなかったので、一見保険金とは全く関係の無さそうな、森の中やら、道の脇やら、小川の流れ具合や川の石の配置の具合やら、さらには村の奥の、さらにその一番奥まった所でたまたま見付けた、洞穴の様な所まで写真に収めて・・・暴風雨の痕跡をデータに残したのであった。

 この私の様子を見た村人達にはおそらく、私が一体何をやろうしているのかは、かなり理解不能なところはあったに違いない。しかしながら・・・そんな様子は彼らはおくびにも出さず、常にむしろ逆に気味の悪い程にニコやかに・・・実際問題として、かなり穿った見方をすれば・・・嵐は確かに有ったにせよ・・・それは気象台の記録にも残っているので、確かな事ではあった・・・しかしながら、意図的に、故意に建物に傷を付けて、損傷を、被害を大きく見せているとも・・・しかし、それはあくまでもここが‘嘘つき村’であった場合で、しかもこうして高性能のデジカメできちんと証拠の画像は撮影したので・・・その気になれば後日コンピュータで分析して真偽を確かめる事など、この時代ならばいくらでも可能なのであった。

そしておそらく・・・こんなド田舎の村人達にとっては、まさかたかが一保険会社がそこまでの事をするとは、そして現代のテクノロジーでそこまで出来るとは・・・思いもしなかったに違いない。

前任者達は、おそらくそこまで徹底してやらなかったが為に、あの様な中途半端な結果を残してしまったのだ。プロフェッショナルというものは・・・やはりこれ位までやらねば、一端(いっぱし)のプロとは呼べないのではないか? ・・・などと、ややもすればその時の私は、少し大仰(おおぎょう)に考え過ぎていたフシはあったのだが・・・とにもかくにも、この事態、現状

を、進捗状況を支店長に報告せねば成らず・・・気付くともうすでにいい時間になっていた・・・携帯を手にして、電話を掛けたのであったが・・・なぜか全く繋がらず・・・よくよく画面を見ると、隅っこに有る筈の棒グラフの様なマークの所が、×印になっていたのであった・・・。

「・・・アレ?」

この私が、携帯の使用料を滞納して、止められる筈はないし、この村に最初にやって来た際に、画面を見た時には確かに、棒グラフがきちんと、それも4本もそびえ立っていたのであった。

なのに・・・である。

もしやこの様な田舎の村なので、電波の状態が不安定なのかもしれない。・・・と考えた私は、携帯を手にしたまま、村のあちこちをウロウロと歩き回ったりしていたのであった。

しかし・・・結果は同じで・・・そんな私を見て一人の若い、男の村人が近付いて来たのであった。

「・・・電話は今、繋がらないですよ・・・?」

私が、

「エ・・・?」

と、驚いて言うと、

「・・・実は今日、たまたま電話線にハチドリが巣を張っていたものですから・・・それを取り除こうとして・・・誤ってその作業をした人が電話線を切ってしまったんですよ。・・・この村では唯一、そういった・・・何て言うんでしょうね・・・? ・・・まあ要するに、電気的な事に詳しい人間はその人しかいないのですが・・・さすがの彼にもお手上げってワケです。・・・そりゃあ、ね。・・・一度切れた線は、くっつけるのは・・・さすがにお天道様にだって・・・」

「・・・しかしこれは携帯ですからね。・・・電話線は関係ないんですよ。」

マッタク、田舎者の無智さ加減には呆れるばかりである。

しかし、その若者の田舎者は、一向に平静さを失わずに、

「・・・ええ、それはさすがにアッシにも・・・要するに、そのケーブルが向こうの町に繋がっていて・・・その町から電波を飛ばしているんですよ。・・・この町から直に(・・)、じゃありません。・・・何せ、こんな田舎の村ですから。」

と、なぜだかこの村が‘文明’というものから全く取り残されているという事実を、その男は恥じるどころか、まるで嬉しい出来事か何かのように、ヘラヘラと笑って、スキップなどしながら、おそらく自分の家へと、戻って行ったのであった。

そして私はというと・・・このタイミングで、電話が使えない、などというのは・・・やはり何かあるな?・・・などと勘繰りたくなるのも、おそらくこれが私でなかったとしても、誰しもが私の立場であったとしたならば・・・感じ、そして、強く憤った事であろう。

しかしながら・・・その時はヘトヘトに疲れていた私は、とりあえず又、寝る場所を確保しなければならず・・・またあの馬小屋は御免蒙りたかったので・・・適当な家を探して・・・とりあえず今の若者の向かった方向へと向かった・・・のだが、その男は見失ってしまったので、まだ叩いた事の無い、家のドアを・・・一応、以前の反省点から、見るからに古そうな家は避けて・・・ノックしたのであった。

 ・・・辺りはいつの間にやら・・・もうすでに、又しても夕焼けだけは妙に美しい、時刻になっていたのであった・・・。




 ・・・およそ1・・・いや、3・・・いや5分は待った事だろう? ・・・ようやく、ギイィィ・・・と音を立てて、木で出来たドアが軋みながら、ゆっくりと開いたのであった。

 ・・・中からは・・・一人のかなり痩せた、そして顔には縦に深い皺が刻まれ、そして何より・・・思わずギョッとなってしまうほどの・・・冷たい生気の無い目をした老婆が・・・口の端だけが口角が上がって笑っていたので、なおいっそう薄気味が悪いのであった。

 その老婆は、口だけは笑ったまま、クルリと向きを変えて私に背を向けたのだが、私が、

「・・・あの! 今晩の宿を探しているんです・・・!」

と、懸命に訴えたからなのか、ドアを閉めずに家の中へと入って行ってしまったので・・・私は少々遠慮がちになりながらも、中へとおずおずと入って行ったのであった。

 家の中は・・・やはり老婆の表情の如く、薄暗くて、少し薄気味悪いほどで・・・電灯は部屋の天井の中央辺りから吊り下がっていて、点いている事には点いてはいたのだったが、かなり弱々しい明かりで、しかも時折、チカチカと頼りなく点滅をしているのであった。

そして・・・老婆と同じように年老いた犬が一匹、やはり犬という動物は嘘のつけない正直な動物なのだ・・・私を他所者と認識して、威嚇するように何度か吠えていたのであったが・・・もう一人、おそらく老婆の亭主なのであろう? ・・・シッ、と一つ指を立てると、よく飼い馴らされているのか、その老犬はすぐに黙り込んで、ややふてくされたように、伏せて寝てしまったのであった。

 その老人の男性の方、は、やはり口元だけは笑ったまま・・・目つきは完全に死んでいたのだが・・・やおらゆっくりと立ち上がると・・・どうやら片足が悪かったらしいのだが・・・二人掛けの椅子を一つ引いて、そうして自分は奥に一旦引っ込んで、もう一つ椅子をわざわざ持ってきて座ったのであった。

私は何だか、少しだけ居たたまれなくなってきて・・・、

「・・・すみません・・・余所へ行きましょうか・・・?」

と、言ったのだが、

老主人は黙って、顎でクイッと、私に座るようにと、促したのであった。無論の事・・・口元だけは笑顔を絶やさぬまま・・・。

 しばらくして・・・おそらく20分、いや、35分は経った頃だろうか・・・? 奥のキッチンらしき場所から、老婦人が、鍋つかみを両手にはめ、一つの鍋を運んで来て、テーブルの上に無造作に置いたのであった。

そして、一旦又キッチンに引っ込むと、鍋つかみは置いてきて、代わりに平べったい皿を三枚持ってきたのだった。

そうしてその赤っぽい鍋・・・というのも、薄暗くて鮮やかな赤にはどうしても見えなかったのである・・・のフタを取ると、中の白っぽいスープを、三つの皿に均等に注ぎ始めた。

すると、老主人が唐突に、

「・・・今日のスープに、ミルクは入っているのかね・・・?」

・・・などと、私にとってみれば、良く訳の分からない事を訊いていたのであった。

しかしながら・・・老婦人はそれには答えず・・・ただ黙々とスープをその薄い皿によそっていた。

老主人の方も・・・特に答えは期待してはいなかったのであろうか?・・・それとも空腹で仕方がなかったのか、フウフウと必死に冷ましながら、その熱々の白っぽいスープを・・・しかし私が恐る恐る口をつけてみると・・・それはちっとも熱いどころか、かなり冷めていて、しかもこれといった味気すら無いのであった。ただほんのちょっとの・・・塩味だけはしたような気がしたのであったが・・・。

そこで突然、老主人が、

「クソッ・・・! 薄めやがったな・・・! 誰かがこのスープを、薄目に薄めやがったな・・・!」

「・・・濃い目に薄める人なんていませんよ・・・。」

と、老婦人の方は黙々とスプーンを口に運んでいたのであった。

私には一体何の事か全く訳が分からず・・・しかしそのスープはかなり薄いのは確かなのであった。しかし・・・誰かとは・・・? この婦人しかいないのではないのか・・・? ・・・おそらくそうなんだろう。おそらくこの老主人は、面と向かって自分の妻には文句は言えず、そうして、どこかの誰かのせいに・・・かなり無理矢理な話なのではあるが。

しかし私は・・・主人ですら言えない事を、客の身分、それもこちらから一方的に押しかけた身なので、文句ひとつ言わずに・・・と言うより、おいしいですね、などと見え透いたお世辞の一つも言いながら、そのスープをものの4分程で平らげてしまった。そして、次の料理、おそらくはメインディッシュになるのであろうが・・・を、待っていたのだが・・・一旦鍋を片付けに下がった、老婦人はいくら待ってもキッチンからは戻っては来ず・・・ようやく戻って来た時は全くの手ブラで・・・そうして虚ろな目で又その粗末な椅子へと腰を下ろしたのであった。

「・・・やっぱりミルクは・・・今日のスープには入ってはいなかったんだろう・・・?」

と、老主人が訊くのだが、相変わらず婦人の方は黙ったままであった。

そんな事はどうだっていいではないか・・・! 今肝心なのは・・・この後に一体全体、果たして料理が続けて運ばれて来るかどうかという事なのである。しかしながら・・・老婦人はただ黙って虚ろな表情で、真正面をまるで焦点が合わないかのようにボゥーッと、眺めたまま、いつの間にやら持って来ていたコップの中の何かの飲み物を、ズルズルと音を立ててすすっていたのであった。

 これはどうやら・・・本日の晩餐の終わり・・・を表しているとみていいのだろう? それでもまだ、私はただ黙って、椅子に座っていたのであるが・・・ふと老婦人が私の方をチラリと見て、更に、ニッコリと笑ったのであった。・・・目だけは死人のようなのであったのだが・・・。

それから婦人はスクッと立ち上がると・・・その部屋からは移動して、奥の部屋へと向かって行った。私もただ黙ってそれについて行く・・・。その部屋には・・・決して豪華とは言えなかったが、一応まともなベッドが有って・・・すぐに老婦人はその部屋を出て行ってしまったのであった。

私は・・・その日はいろいろな事があったので・・・とにかく疲れて、気が付くといつの間にやら深い眠りに落ちていたのであった・・・。



10


・・・私は夢を見ていた・・・のだろう・・・?・・・夢うつつとなりながら・・・しかし・・・あの老夫婦の・・・ヒソヒソと話す声が・・・これは・・・果たして・・・夢・・・なのだろうか・・・?・・・私は・・・聴いていた・・・ただ・・・まるで・・・うなされたかの・・・よう・・・に・・・。


「・・・なあ。・・・ところで、アレ、はどうするね・・・?」

「・・・どうするも何も・・・もっと見つかりにくい所に・・・隠すしかないよ・・・」

「・・・そうだな。・・・それしかないな。もっと・・・奥に・・・」

「アンタ・・・上手くやんなよ・・・?・・・あの保険屋とかなんかは・・・そうとは限らないからね・・・ああは言っているけどさ・・・都会の人間は・・・あたしゃ信頼出来ないね・・・だろ・・・?」

「あ・・・ああ・・・そうだな・・・信用出来ねぇ・・・全くソウだ・・・ああそうだ・・・大体都会の人間ってヤツは・・・!」


・・・私は・・・果たして・・・本当に・・・眠って・・・いたのか・・・眠りに・・・ついて・・・いたのか・・・はたまた・・・正夢のような・・・夢・・・だったのか・・・果たして・・・?



11


・・・翌日の朝は、私にしてはとても珍しい事に、スッキリと目が覚めた。しかし・・・とても奇妙な夢を見たのだが・・・それは果たして夢だったのか、それとも違うのか?・・・しかし私が居間に入って行くと、老夫婦はもうすでに起きて腰を下ろしていて・・・その時はとても腹がすいていたせいもあり、テーブルの上に置かれた、一つの皿・・・そこには目玉焼きがたった一つだけ載っていた・・・それのせいで、結局夢の件については聞きそびれてしまったのだった。

私がその目玉焼きを夢中で平らげている間も、その老夫婦は、全くの無言で、主人の方は新聞にひたすら目を通していて、婦人の方はというと・・・その日はなぜか編み物などをしながら、相変わらず目線だけは、真正面の空中、あるいは壁のどちらか・・・を虚ろに見つめていたのであった。

犬はというと・・・相変わらず老主人のすぐ横の足元で、伏せて寝ていたのであった。

私は瞬く間にその簡素だが、とりあえず小腹だけは軽く満たされたような朝食を済ませると、立ち上がって、二人の寡黙な人物に丁重に礼を述べると・・・そうして早速その日の仕事を今日こそは早目に片付けてしまおうと・・・何しろ、この村では何が起こるか、全く予測がつかなかったのである・・・そうして、その家を後にしたのであった。

老夫婦は決して見送ろうとはしなかったのだが・・・ただ最初には吠えた老犬だけが・・・尻尾を振って見送ってくれていたのであった。



12


 ・・・私はさすがにもう、携帯は繋がるだろうと、画面を見たのだが・・・やはり画面の隅には、×印がついたままだった。・・・私は少々落胆し、しかし経過報告を支店長へと送らなければ、下手をするとこの私までもが失踪でもしたのかと、受け取れられかねないのではないか?   

何とかその場で・・・そこは村の中央の、やや開けたちょっとした広場のようになっていて、今ではすっかり水は枯れていて、錆びついてさえいたのだが、噴水があったので・・・そこの縁に腰を下ろして、あれこれと方策を練り始めたのであった。

 ふと見上げると・・・空は青くてきれいで・・・都会では決してお目にはかかれなかったであろう・・・その中をフワフワと白い雲がいくつか浮かんで真横へとゆっくり移動していた。・・・辺りでは、ピィピィだの、キュルキュルだの、やはりほとんど耳にした事ないような鳴き声で、鳥たちが鳴いているのであった。

 ・・・と、そこへ、たまたま村の人間が通りかかった。・・・一人の若い男で、見たような、見た事のないような顔なのであったが・・・正直、誰が誰だか・・・皆同じような顔に見えてしまうのであった。

「・・・あの、すいません。・・・この村に、郵便局とかは・・・ありますか?」

と、私が訊くと、若い村人は相変わらずのニヤけたような笑顔で、

「・・・エ? ・・・ああ、この村には無いけど、少し行った所の・・・小さな町になら有りますよ?」

と、その方向を指差したのだった。

私は続けざまに訊いた。

「あの・・・どこかの家にプリンタとか・・・」

「・・・ヘ? ・・・そりゃあ何のこってす?」

「あ、じゃあ・・・タイプライターとかは?」

「ああ、文字を打つやつね。それなら・・・確かほら、あそこの家のモンが、昔教師をやっていたとかで・・・あったような気が・・・」

男はそれだけ言うと、さっさと去って行ってしまった。

私はその方向へと・・・あまりアテにはならない情報ではあったのだが・・・とりあえず向かってみたのであった。



13


 ・・・その家は、ほんのちょっとだけ小高い所にある・・・割としっかりとした家なのであった。その家だけは珍しい事に・・・おそらく周りをまばらではあるが、木々に囲まれていて、その造りだけは立派そうな家の周りの壁にも、蔦のような葉っぱが這っていたりして・・・そして、他の多くの村の家々とは違い、暴風雨による被害はまのがれていたようなのであった。

 私は恐る恐る・・・何しろ次には一体どんな人物が出て来るのか、さすがに有能である事を自負する私でさえも、少しおっかなビックリというか・・・まあ、要するに少々敏感になっていたのであった。

 ・・・しかし、戸口に顔を表したのは・・・意外にも少しだけ年配の女性で・・・先程の若い男の話だと、教師だったという事だったので・・・てっきり勝手な先入観で、男性だとばかり考えていたのだ。

その女性は・・・やはり口元に笑みを浮かべてはいたのだが・・・なぜか他の、今までの村人達とは少し違ったような印象を私は受け、それは作り笑いの様な引きつった笑いなどではなく・・・ただ素直に客人を迎えた時の様な、そんな自然な笑顔に見えたのであった。

「・・・はい? ・・・ええと、どなたかしら・・・?」

私ともあろうものが、ほんの一瞬だけ、言葉に詰まってしまったのだが、

「・・・あの、実はこの村で保険の件で調査をしていましてね・・・お耳にしてはいませんか・・・?」

「さあ・・・?」

その女性は、首を捻っていたのだが・・・大方、この家だけは見たところ、全く何の被害も受けてはいない様であったので、保険金に関する情報は行ってはいなかったのであろう? ・・・それが一体、どういったカラクリなのかは、依然として不明なのであったが・・・。

「あの・・・タイプライターをお持ちであると、ちょっとお聞きしたものでしてね・・・?」

「・・・ええ、持っては・・・いますけどね・・・?」

女性はもちろん、私の事はおろか、私が今どういった状況に置かれているのかなどは知る由もなく・・・当たり前ではあるが・・・首を傾げるのは最もな事ではあった。

私は・・・ザッと事の成り行きを説明し・・・そうしてようやくその元教師だという女性は、タイプを貸して貰える事を快く承諾し・・・そうして私は、その家の中へと入れてもらう事が出来たのであった。


 家の中は外から伺うよりははるかに広く感じられ、しかも小綺麗にきちんと隅々まで整理されているのであった。これまでお邪魔したお宅の中では・・・あの金持ちの屋敷を除けばなのだが・・・何かこう、いい意味で異彩を放っていたのであった。

そして更に意外だった事に・・・中には立派なグランドピアノが有って・・・一人のどう見ても音楽の素養など無さそうな、ずんぐりむっくりとした見るからに農夫、といった感じの男がピアノの前に座っていて・・・その女性を待っているのか、何か少しモジモジとしていたのであった。

「・・・空いた時間に、ピアノの個人レッスンをしておりましてね。・・・あの方は、なんでも奥様が隣町から嫁ぎに来られた方との事でしてね・・・初孫がもうすぐお生まれになるそうで・・・そのお披露目の席で、奥様がビオラ?でしたっけね? ・・・一緒に演奏されたいらしいのですが、自分は何も楽器は弾けないからと・・・ここにこうして・・・」

その男は相変わらずモジモジと、まるでここが場違いな所かのように、ピアノの前で時折譜面とこちらとを、交互に眺めたりしていたのだが、

「・・・それは結構な事ですね・・・! ・・・ところで、昔教師をなさっていたとか・・・? 科目は音楽でしたか。」

女性は気のせいか、ほんの少しだけ戸惑ったような表情をしたのだが、

「・・・いえ。全ての科目を教えていましたよ? ・・・この村には・・・教師を辞めた後参りましてね。・・・出身地は全然別の所なんですの。」

私はそれで、この女性が他の村人達とは少し雰囲気からして違っていて、どことなく上品な・・・気品を漂わせていると・・・しかし今は、そのような事柄は現在の私には全く関係の無い事であり、尚且つ、女性もレッスンに早く戻りたがっているようで、

「・・・タイプライターなら、あちらに御座いますわ? ・・・どうかご自由にお使い下さい。・・・あ。年代物ですので、ちょっと癖があるというか・・・今時のパソコンの様にはスムーズには扱えないかも知れませんけど・・・。」

私は、礼を述べると、そして年代物と聞いて・・・もしや高価な物かも知れぬので、せいぜい傷付けたりせぬ様にと・・・保険屋が保険を支払う羽目になってはシャレにならぬではないか・・・? ・・・しかし今の私には、それでタイプした報告書を、大急ぎで隣の郵便局のある町まで持って行って、速達で支店まで届けて貰うしか・・・他に通信の手段が無いのであった。自分でこう言うのも何だが・・・用心深くて抜け目のない私は、一応携帯が復旧していないか、確かめる事は怠りはしなかったのだが・・・しかしながら・・・やはり棒グラフは1本も立ってはおらず・・・この様な田舎の村では、文明の利器、テクノロジーなどと言うものは全くの役立たずであると・・・今更悟ったのだが、後の祭りなのであった。


 ・・・私が窓際の小机で懸命にタイプをしている間中ずっと、ピアノの、明らかに音がズレているのはあの農夫の演奏で、綺麗な旋律が聴こえて来た時には、あの元教師が弾いているのだな、と、汗を掻きながら、タイプする手は一向に止めずに、想ったりもしていたのであった。

 私は支店長宛の、この仕事のここに至った経過を、懸命に打っていたのだが・・・なぜだか途中で一旦、ピアノの演奏が一度、ピタリと止まって・・・しかし私はそんな事は特に気にもせず、ようやく最後の、レポートを打ち終えて、念の為、読み返していたのであった。


 そうして完成した8枚のレポートを手にしたまま、ピアノの置かれた部屋に戻ると・・・いつの間にやらピアノの前には、あの農夫から、幼い少年へと変わっていたのであった。ピアノの演奏が一時的に止まったのはこのせいか、などと妙に納得すると、私は・・・少し離れた所から、その元教師の女性にお礼を述べたのであった。

すると、意外な事に、その女性はピアノのレッスンをほんのちょっとだけ中断して、私の方へとゆっくり歩み寄って来たのであった。

「いえいえ・・・!」

そして、少しだけ小声になり・・・、

「・・・実を言いますと・・・ここの人達、少し奇妙じゃありません・・・? 私はもう、慣れましたけどね。初めはそう・・・正直、少しだけ戸惑いましたもの。・・・何かこう・・・皆さん、とても親切で、愛想はいいんですけれど・・・何かを隠しているような・・・あ、私がこんな事を申したのは、内緒にしておいて下さいね・・・?」

「・・・もちろんですとも・・・! ・・・やはり、そうでしたか・・・。私の・・・勘違いではなかったんですね・・・ありがとうございます・・・!」

と、言って、私はその親切な、しかしここでふと、ある疑問が頭をよぎったのであった。

それは・・・もしここが‘嘘つき村’であるのならば、あの女性の言った事は全く正しいのだが・・・もし仮に、逆にここが、‘正直村’であったのならば・・・いや、そういった考えはやめよう・・・! ・・・私はどうやら、その時はかなり疑心暗鬼になっていたらしい。・・・と、自分自身でも反省仕切りなのであった。・・・私にとっては、とても珍しい事に・・・何かを、反省するという事自体が・・・。



14


私はその8枚のレポートを手にして、そうして郵便局の有るという・・・一番近くの町へと・・・向かいかけたのだが・・・なぜか急にとても喉が渇いてしまい、村の外れにある、一軒の、おそらくここがこの村の一応境界線というか、端っこなのだろう?・・・その、小さめではあるのだが、嵐の被害からは完全にまのがれていた、真四角くて真っ白な家の、ドアをノックしたのであった。

・・・それから、おおよそ3分後の事、私はその家の中に招き入れられて・・・中には割と若い、35から40くらいの夫婦なのだろうか、窓際に一つだけある、テーブルについて、昼御飯を取っているところであった。

私はというと、コップに水をもらい、壁にもたれながら・・・正直、腹もすいていた事はいたのだが・・・しかし優先してやる事があったので、水を頂いたら、すぐに退散するつもりなのであった。

その若い夫婦は、一つの鍋から、何かいつかどこかで見たようなスープ状のものをよそい、食すところであった。

旦那の方が訊く。

「これは・・・どちらからだい?」

すると妻の方が、

「・・・ヤンセンさんからですよ。」

すかさず旦那が、少しだけ眉をひそめて、

「それは・・・トーベさんの方かい? それとも・・・トーブさんの方かい?」

しかし妻はあっけらかんと、

「・・・さあ。持って来たのは・・・トービスさんですからねぇ・・・」

そうなると夫は少し険しい表情で黙ってしまった後、おもむろに、

「・・・すると・・・このスープには・・・ミルクは入っているのかな・・・?」

今度は妻は、全くお手上げというような表情で、

「・・・さあ、どうでしょうね・・・?」

またミルク入りのスープの話か。・・・と、いうより、この村では同じスープを色々な家々で回して飲んでいるのか・・・? 私にはその事実の方が衝撃的なのであった。しかしながら・・・それもあくまでも、私の現時点での推察でしかない。

しかし旦那の方は、意外と頑固な性格なのか、あくまでもこだわっていて、

「ウーン・・・これっぽっちじゃなぁ、分からないなぁ・・・一体、ミルクは入っているのかいないのか・・・?」

それにもかかわらず妻はただ黙々と、そして素早く飲んでいて、

「・・・まあ・・・私にも・・・皆目分かりませんわ。」

しかしながら旦那はそれでも納得がいかないらしく、すっかり飲み終わっていたのだが、その鍋を持って、立ち上がった。

「・・・とりあえず、お隣さんに持って行って・・・お隣さんにも良く聞いてみるよ。」

もう妻の方は皿をすでに片付けにかかりながら、

「・・・それがいいですわね。・・・気を付けてね。・・・くれぐれも、ズッコケて、鍋をひっくり返さないように。」

「ああああ・・・分かっているとも。」

やはりこの村では、スープの鍋を色々な家に回しているのか。

様々な場所へと、これまでも訪れた経験のある私にも、これは初めての体験なのであった。

旦那はスープの入った鍋を両手でしっかりと持ちながら、背中でドアを押して、出て行ってしまった。

私は、水はとうに飲み終わっていたので、礼を述べつつ、その奥さんに好奇心から、尋ねてみたのであった。

「・・・あ、これはご馳走さまでした。・・・ところで、この村では、スープを、色々な家で分けて飲む風習というか・・・あるのですか?」

すると奥方は、一瞬目を真ん丸として、私の事を見つめたのだが、

「・・・それは大して重要な事ではないですわ。ただ・・・ミルクが入っているのかどうかが・・・」

「・・・ミルクがそんなに重要なんですか・・・?」

今度は明らかに、数秒ほど、固まって、私の事を見つめていたのであった。

私は、何かまずい事に触れてしまったのかと思い、少し慌てたのだが、おもむろに奥方のほうが、

「都会では・・・そういった事は・・・てっきり世界共通の常識かと・・・」

私は、ここは何とか上手い事取り繕おうと、

「・・・あ、いえ・・・もちろんですとも・・・そんなの、常識ですよね? ・・・ハハハ・・・」

と、笑って誤魔化したのが功を奏したのか、良かったのだろうか?・・・奥方の表情も元に戻って、

「・・・そうですよね? ・・・世界共通の、常識ですよね。・・・同じ人間ですもの。肌の色や、言葉は、例え違ったとしても。」

と、またあっけらかんと笑っていたのであった。

私は、これ以上ここにいるのは、何かと厄介な事になりそうだと、直感的に悟ったので、もう一度礼を述べると、素早くドアを開けて、その家を出て行ったのであった。


すると、ちょうど向こうから鍋を持った旦那が、帰って来るところであった。

私は、気軽な感じで、

「・・・で、スープにミルクは入っていましたか?」

と訊いたのだが、旦那は、何か別の事を考えていたのか、はたまた鍋をひっくり返さないように気を付けていたのか、返事は返っては来ないのであった。

そしてその旦那はというと・・・自分の家には入らずに・・・数軒先の別の家へと、そのスープの入っているらしい、鍋を持って向かって行ったのであった。

私はそれを見届けると・・・その時はさして気にもならず、町へと向かって行ったのだった。

しかし実のところ・・・私はもうその時にはすでに・・・迷宮のような・・・まるでその場にとどまっていると、角を生やした化け物にでも喰われてしまうかのような・・・そんな危険な場所から、抜け出れないような状態に、なっていたのだが・・・その時は全くといっていいほど・・・気が付いては・・・いないのであった・・・。



15


私は8枚のレポート用紙を片手に持ったまま・・・今思えば、きちんともう片方の手に持ったアタッシュケースの中にしまっておけば、しかしあの時はかなり急いでいて・・・しかしそれは今となっては言い訳に過ぎなくなってしまうので、やめておく事とする。

・・・ともかく、私は慌てながら、郵便局が閉まってしまう前に、一刻も早く、このレポートを送ってしまいたかったのだった。

しかしそういう時に限って・・・もし仮にこういった現象、つまりは急いでいる時に電車が遅れているとか、電話がなかなか繋がらないとか・・・に、名前を付けるとしたら、何と言うのだろう・・・? いやもうすでに、名前は有るのかもしれないが、ただ私が無智なだけなのかもしれない。

ともかくも、私がその田舎の一本道を速足で歩いていると・・・これまた突然に、今まではそよ風程度しか吹いてはいなかったのだが、いきなりの突風が真横から叩きつけて来て・・・手にしていた8枚のレポート用紙は、ものの見事に、宙へと舞い上がっていたのであった。

私は当然の事ながら、かなり泡を食って、その、てんでバラバラに飛び散った紙を、掻き集めるハメになってしまったのだが・・・何とか5枚までは、すぐ近くに落ちていて、集められたのだが・・・どうしても残りの3枚だけが、見付からず・・・そうして大粒の汗をかきながら、30分、いや1時間、いいや2時間近くは探し回っただろうか・・・? ・・・そうしてようやく2枚は・・・1枚は小さな小川に危うく落ちそうになっていたのを、岩に挟まっていたのが幸いして・・・もう1枚は、木の上の方に引っかかっていて、始めは木登りでもして取ろうかとも考えたのだが、さすがにスーツ姿では無理があると判断し、たまたま長い木の棒があったのを見つけた事もあって、それで何とか・・・しかしその作業だけで、20分以上は費やしてしまったのだった。

・・・しかしながら、残りの1枚が・・・どうしても見付からず・・・辺りをウロウロと・・・そうこうしているうちに、次第に陽はどんどんと低い位置に降りて来ていて・・・私はかなり焦ってきていたのであった。

・・・そうしてやはり、風の吹いて来た方向と、私の決してアテにはならない記憶と・・・そして書類が風に乗って飛んで行ける最長距離などを自分なりに考慮した結果・・・まるで導かれるかのように、ある一定の方向へと、自然に足が向かっていたのであった。


・・・そしてそこには・・・とても驚いた事に・・・とある村が・・・無論の事、それは先程まで私がいた村とは全く別の村なのであった。


16


そこも小ぢんまりとした、何て事は無いごく普通の田舎の村だったのだが・・・しかし、この村が、私がやって来たほうの村とは違う・・・というより、まるで正反対であるという事は、すぐに判明したのであった。

・・・まず建物の造りからして・・・何より家というよりは、全てがコンクリート製の、屋根というよりは、屋上があって、村というよりは、ちょっとした小さな、都市、のようにも見えなくもなかった。

そして・・・先程の村よりも人口は多いらしく、村の中央付近には人々が沢山いて・・・しかしながら、決定的に違っていたのは・・・皆一様に、無愛想で、無口で、そして何より、他所者は何者も受け付けないというような、皆が私の姿を見つけるなり、十人中十人が、眉をしかめ、さすがに悪態をついたり、唾を吐きかける者こそいなかったものの、ほぼほぼ全員が私の事を、今にもつまみ出したい、という様にも見えるような、表情をしてさえいるのであった。

私とすれば・・・後1枚の書類さえ見付けてしまえば、もうここには用は無いので・・・しかしながら・・・この村のどこか、だという事はかなりの確信はあったが・・・一体どの辺りに落ちているのかはまるで見当がつかず・・・かと言って、この無愛想な人々に訊く訳にもいかず・・・なるべく波風は立てず、素早く短時間で探し出して、この場所からは退散したいというのが、本音というか、早急にやるべき事なのであった。

しかしながら・・・この村にはやたらと人が多く、ただでさえスーツ姿でしかも他所者で、目に付いてしまうのに、ウロウロと何かを探しながら村中を歩き回っているのは、村人達の好奇、というより、敵意の対象になってしまうのは火を見るよりも明らかなのであった。

その憎しみに近い、刺さるような視線を感じながらも、私はそのたった1枚のレポート用紙を求めて・・・何しろついさっき確認したところ、ちょうど真ん中辺りの、その報告書の中ではかなり重要な部分なのであった。

まあ、後になってよくよく冷静に考えてみれば、すぐに引き返して、またあの元教師の女性にタイプライターをもう一度借りて、打ち直せば済む話であったのだが、その時の私はおそらく、冷静な判断力さえ欠いていたのであろう・・・? つい血眼になってその1枚の紙切れを探し回ってしまい、またその様子が、おそらくその村の人々には、余計に不審に写った事は、想像に難くないのである。

そして遂に、私が懸念していた事が・・・一人の村人が、私に対して、からかう様な、威嚇する様な言葉を発したのであった。そして・・・それに呼応するかの様に、あるいはそれを待っていたのか、それが合図か何かの様に、一斉に村人達から、野次やら、からかいの言葉やら、罵声やらあるいはそれらに混じって時折怒号の様なものさえ聴こえて来たのであった。

私はもはや、ここは一旦すぐにこの場を立ち去るしかないな?と心に決めて、村の出口を探したのだが・・・生憎、初めて来る場所だった上に、いつの間にやら人々に遠巻きながらも、ほぼほぼ囲まれていて、四方八方を見渡しながら、クルクルとまるで道に迷った、自分の尻尾を追いかける野良犬のように、その場で回ってしまったのであった。

そしてその私の右往左往する姿を見て、多くの人々はドッと笑ったりしていたのであった。

そうした事があり、45分ぐらいが経った頃であろうか・・・?

一人の村人が、その人物だけはなぜかノーネクタイのスーツを着ていた・・・村の中では割と地位のある人物なのだろうか・・・?・・・が、

「・・・アンタがさっきから、まるでスパイエージェントのように嗅ぎ回って探しているのは・・・もしかしてこれかね?」

と、1枚の紙切れ、それはまさしく、私自身がタイプした8枚のレポートの内の最後の1枚であったのだが・・・驚いた事に、それを持っていたのは、なんと私がこの近辺に来た時に最初に出会った、あの十字路で道を教えてくれた、あの、農夫なのであった。・・・その時はスーツ姿ではなく、鍬を担いだ野良姿だったが、その陽に焼けた、頬のこけた顔は忘れようも無い、間違いなくその人物なのであった。

男はヒラヒラと私の作成した書類を空中で振りながら、渡すか渡すまいか、まるでからかうかの様に、挑発しているかの様だった。

私は、ここは下手(したて)に出た方が断然得策であると、長年の経験から判断し、

「・・・あの、すみません。・・・それは・・・わたくしの物でして・・・お返ししては・・・貰えない・・・でしょうか・・・?」

しかしながら、この手は逆効果だったようだ。村人達は私のその言葉で又ドッと一斉に笑い、男も、余計に紙切れをヒラヒラとさせていたのであった。そして、

「・・・他人の土地に黙って入って来るとはなぁ・・・なあ? マズイだろう・・・? 皆もそう思うだろう? いくら、探し物があったってよぅ・・・なぁ、そうだろう・・・?」

村人達は一斉に頷いたり、野次を飛ばしたりしていたのだった。

私は仕方なく、更に腰を低くして、

「・・・その点は、誠に・・・申し訳ありません・・・謝罪致します・・・ですので・・・」

すると男は、そこは意外にもあっさりと、

「・・・ほらよ・・・!」

と、その書類を手放したのであった。しかしながら・・・それはまたしてもそよ風に乗って、ヒラヒラと・・・舞いながら・・・、

私はそれを必死に追いかけて、その村の中央付近から、建物の裏の方向まで、ヨロヨロと足を運ぶしかないのであった。

そうして遂に、そのたった1枚の紙切れに追い付いて、手に掴んで安堵したのも束の間、突然の・・・正に冷や水を浴びせられる、とはこの事を言うのであろう・・・? 私は書類を手にしたまま、その建物の住人から、バケツに入った水を、頭の上からブチまけられたのであった。


・・・それからおおよそ30分程のちの事・・・私はやっと全て揃った書類を手にして・・・その内の1枚は一度濡れてから乾いたので、シワが寄っていたのだが・・・ようやく近くの町の郵便局の前までたどり着いたのであったが・・・やはり嫌な予感通りというか・・・無情にも郵便局はすでにもう閉まっていたのであった。

そして・・・携帯の画面の隅の棒グラフの様な4本の印は、まるで古代遺跡にあるような巨石で出来た柱のように・・・見事に立っていたのである・・・。

私がその場ですぐに、支店長に報告を入れたのは、言うまでもない事ではあったのだが・・・。



17



 ・・・私はトボトボと、ほとんど暗くなりかけていた、田舎町を肩を落としながら、もちろんあの‘嘘つき村’ならぬ、‘トラブる村’の方ではなく、‘あたたか村’へと戻っていたのであった。

すると、その田舎の一本道の向こうからは、一人の若い農夫が、私は思わず、それがどちらの村の人間なのかは分からなかったので、反射的に身構えてしまったのだが、その男はあっという間に近付いて来ると、私にニッコリと笑いかけて・・・私はそれでまるで肩の力が抜けてしまったかの様になってしまったのだが、

「・・・ああダンナ。・・・今日はどちらにお泊りで? ・・・何なら、ウチに来ますかい?」

私は年甲斐もなく、涙が思わず出て来そうになるのを堪えながら、

「・・・いいんですか? ご迷惑じゃ・・・?」

するとその男は、さらにニコリと笑って、

「・・・いいんですよ。・・・ちょうど3ヶ月ほど前に、ウチのカミさんんにボウヤが産まれましてね・・・まぁ、賑やかなのは慣れっこですよ。」

「それはおめでとうございます・・・!」

私は・・・捨てる神あれば拾う神もありだな、などと・・・そんな信仰心などというものは全く持ち合わせてはいなかったのであるが・・・ともかく、少し救われた気がして、その男の家へと着いて行ったのであった。


 ・・・その男の家は、決して立派なものだとは言えなかったが・・・そして若干の嵐による壁のヒビなども見受けられたのだった。

しかし家の中は・・・それとはまるで正反対の、賑やかで、陽気な空気で満ちていて・・・男の他には、小さい赤ちゃんを抱いたまだ若い妻と、どちらかの母親であるらしい祖母とが、皆一様に明るい表情で絶えず狭い家の中を動き回ったりしていたのであった。

「・・・ねぇあなた・・・?」

「・・・何だよ?」

「・・・私今日初めて知っちゃったんですけど・・・お向かいのグラムさんちの双子の男の子2人って、兄弟なんですってね。」

「へぇ・・・そうなのか。・・・オイラは知らなかったなぁ・・・」

また変てこりんな会話が始まった。しかしその時の私はなぜか・・・ほっこりとした様な、なぜだか懐かしい様な気分に浸っていたのであった。

そこへ祖母が割って入った。

「・・・それはアンタ、もしかして2人目が欲しいって事なのかしら・・・?」

「・・・いえいえ、お母様・・・! まさか・・・! ・・・まだこの子を産んだばかりですよ?」

「・・・そうだよ。・・・うちは1人で十分だよ。」

「アラ・・・そうなの? 私はてっきり・・・」

するといきなり、男が私に話を振ったのであった。

「・・・ところでダンナ、今日はいったいどちらへ? ・・・確か町の方からの道でしたが・・・」

・・・私は、今日我が身に起こった、数々の災難を・・・特に隣村の事についてこの家族の者達に語って聞かせた。まあ・・・とっくの昔に、知っている情報ではあったろうが・・・。

男は、笑顔のまま、気の毒そうな表情になりながら、

「・・・それは大変でしたね。・・・えぇえぇ、あの村は、‘イジワル村’としてこの辺りでは有名なんですよ。」

「・・・ええ。沢山悪態をつかれましたよ。」

「でもダンナ・・・他人が自分の悪口を言ってる時は、自分もまた、他人の悪口を言ってるもんなんですよ。・・・ってウチのジイさんも確か昔言ってましたよ。」

「ああ・・・なるほど・・・」

「・・・でもそういう奴らには、いつか痛い目に合わせてやったらいいじゃないですか。・・・あ、ホラ、良く言いますよね? ・・・目には目薬を、歯には歯ブラシを、ってね。」

「ああ・・・まぁね・・・」

「まぁ、そう言う割にオイラは・・・言う時は言いますが、言わない時は言わないですけどね。」

「まぁ・・・そうでしょうね。」

相変わらずのここの村人達の、イマイチ意味不明の会話なのであったが・・・、

「まあダンナ、今晩は、ここでどうかゆっくりしていって下さいよ。・・・なあ?」

「ええ・・・! ・・・どうかごゆるりと・・・。」

と、その妻の方も、赤ん坊にお乳を与えながら、言ったのであった。

「・・・ありがとうございます。」

そして・・・本当にこの家の人間達は、その言葉通りなのか、私のことなどお構いなしに(・・・・・・・・・・・・)、皆思い思いにリラックスしていたのであった。


・・・まずまずの味とボリュームの、夕ご飯が終わると、私はベッドのある寝室に案内されて・・・おそらく今日は色々な事があったので、疲れがドッと一気に身体のあちらこちらに出て来たのか、節々が痛くなって来たので、いつもアタッシュケースの中には必ず忍ばせている、鎮痛作用のある、クリームを体のあちこちに塗りたくっていたのだが・・・そこへ派手な模様のパジャマへと着替えた、この家の若主人が、私の事が気になったのか、ちょっとだけ顔を出したのであった。

「・・・オヤ? ・・・ダンナ、それは一体何です・・・?」

私は、そのチューブに書かれていた、成分などを眺めながら・・・

「鎮痛剤ですよ・・・ええと・・・メンソールに・・・インドメタシン・・・などが、この中には・・・」

「それは・・・インド人もびっくりするほどの・・・メタシンが入っている、インドメタシンなんですか・・・?」

「・・・え? それは・・・」

と、私が答えに窮していると、

「ところで・・・。・・・宝石強盗の件はご存知ですか・・・?」

「・・・エ? ・・・宝石強盗・・・ですか?」

「ええまあ・・・何でも近くの町で・・・まあ、お知りでないのなら、構わないんですが・・・マッタク、物騒な世の中になったもんですねぇ・・・」

「ええ・・・全く。」

それだけ言うと男は、おやすみの挨拶を言いながら去って行ってしまったのであった。

私はその日は、特別に疲れていたので、おそらく、モノの5分程で眠りに落ちてしまったのであった。

夢の中では・・・赤ん坊の・・・泣き声が・・・していたような、していなかったような・・・。



18


次の日・・・私はピーチクだか、ピヤピヤだか鳴く小鳥の声で目覚めて・・・時計を見ると、割と早い時間ではあったのだが、居間を覗いてみると、もうすでにこの家の人達はとうに起きて、陽気に談笑していたのであった。

私はというと・・・寝ぼけ眼をこすりながら・・・そうしてその居間へと入って行く時になのだが・・・実はその時にはすでに、とある決意とういうか・・・要するに、今回の仕事にそろそろ決着をつけようと・・・頭の中ではあれやこれやと、策を巡らせているところなのであった。

 ・・・私はサンドイッチなどという、こんな田舎の村にしては手の込んだ、朝食をいただくと、丁重に礼を述べて、そうしてその賑やかな家を後にしたのであった。


 ・・・そうしてその後、私が向かった先は・・・村の者に尋ねると、その村人の言われるがままに、この村の村長の家へと、向かったのであった。

村長は、意外にも私が想像していたよりは見た目は若く、しかしとても落ち着きがあって、とても穏やかな物腰の、好感の持てる人物なのであった。

私は、これは私の計画には好都合であると、心の中で密かに考えながら、その村長にある事を依頼したのであった。それは・・・要するに保険金を支払うべき、5軒の家の発表を、なるべく多くの村人達を集めた上で、行いたいという内容のものなのであった。


 そして・・・その日の正午丁度に、それは村のほぼ中央にある、普段は殆ど人の往来などは無い、ちょっとした開けた所で、行われる運びとなったのであった。

 無論の事、村人達には一応内容は伝えて貰うようにはお願いしたつもりだったのだが、村人達は皆一様に首を捻りつつ・・・しかしながらまずまずの人数が集まって来たのであった。・・・予定の時間よりは20程は遅れてなのだが・・・。

 私は、何かの果物か野菜だかを入れる様な木箱をお借りして、それを逆さまにひっくり返して、ほんのちょっとだけ高くなった台の上に乗ると、一応集まった顔ぶれを一通り見渡すと・・・ひとまずはそれで満足はしたので、おもむろに、演説、とまではいかない様な、お粗末なスピーチらしきものを始めたのであった。

 内容は、前述の通り、要するに5軒の家の顔触れを発表すれば良かったのだが・・•以前にも記した通り、それが著しく偏っていたり、不公平なものであるならば、いくらこの村の人間がこれまでは親切であったとしても、手のひらを返して・・・要するにあの‘イジワル村’での様な目に遭わないとも限らないのであった。

 ・・・なので、それは被害の状況というよりは、その家の経済状況やら、そして私情もいくらかは混じってはしまうのだが、とりあえずは、いろいろな家にお邪魔した事は、今にして考えれば、ではあるのだが、決して無駄な時間では無かったのである。

 

 私は・・・意を決したかの様に・・・まずは前口上を簡潔に述べると・・・それはここでは何度も同じ事の繰り返しになってしまうので省くのだが・・・要するに、その後は1軒目から順々に、発表をしていった。

「・・・エエ、ゴホン・・・まずはその・・・最初の1軒は・・・これはたまたまの偶然でお邪魔した、お宅になるのですが・・・とにかく天井と屋根の損傷がひどく、雨は降っていないのにも関わらず、雨漏りが滴っていたのを、アルミの空き缶で受け止めていた・・・」

と、魔女だの悪魔だのと言っていた、あの例の家を指名したのであった。その場には母親だか祖母だかはよく分からない、老婆は来てはおらず、男のみなのであったが、男はそれを聞くと、跪いて涙を流さんばかりに、喜んでいたのであった。

「・・・ええと、次のお宅はですね・・・」

と、今度は、あの主人がびっこを引いた、陰気な家の老夫婦を指名したのであった。2人はその場にいたのだが、相変わらずの死んだ目で、ただ口元だけが笑っていたのであった。

「・・・3軒目は・・・こちらは、家、と果たして呼べる様な建築物では無いのかもしれませんが・・・」

と、馬小屋の隣に住居を構える、あの掘っ建て小屋の様なところに住んでいる、老人なのであった。老人はその私の言葉を聞くと、屈託のない笑顔で、しかしながらこれ又涙を流さんばかりになったかと思うと、その次には顔がほころんでいたのであった。

「・・・どんどん行きますよ・・・? ・・・ええと、お次は・・・この仕事が一番困難な時に、私に救いの手を差し伸べて貰い、そしておいしい食事や、一家の団らんも拝見する事が出来た・・・」

それはもちろん、最後の赤ちゃんが生まれたばかりの、賑やかな家族の事なのであった。家の壁にほんの少しばかり傷が入っていただけではあったのだが・・・これは私のカン、ではあったのだが、おそらくこの家の子供は、たった1人だけでは済むまい。・・・おそらく、これから何かと物入りになる事だろう・・・それを考慮に入れての事なのであった。

「そして、最後はですね・・・」

もちろんその時点で、被害を受けた家はまだまだ何軒も残っていたので、残りの名前を呼ばれなかった村人達は、固唾を飲んで、事の推移を見守っていたのだが・・・

「・・・ちょっと待っては貰えないかな・・・?」

それはあの、事の発端となった、例の富豪なのであった。真っ昼間だというのに、ナイトガウン、もちろんあの金ピカの、を羽織って・・・異議を申し立てたのであった。

「・・・今の決定に異論を挟むつもりは毛頭は無いのだがね・・・」

と、思い切り口を挟みつつ、

「・・・まあ、これは、あなた流のビジネスの進め方である事は百も承知なのだがね・・・少々、まあ、この私に言わせれば、決定が偏っているかと・・・」

しかし私はこの様な展開になる事は、先刻折り込み済みだったので、決して慌てる事はなく、

「・・・ええ、まあ、あなたのおっしゃる事はよぉく私も承知しているつもりです。・・・ですが。あなたにはこれらの人々を遥かに凌ぐ、全てを合わせても余りあるほどの、かなりの金額が支払われる筈ですが・・・? ・・・もし御不満がお有りでしたら、あなたご自身が、個人的にその様なお宅にお支払われるというのは、どうでしょうか・・・?」

もちろんその一言で、そのミスター・リッチマンは黙り込んでしまった。金持ちは口出しはしても、決して自分の財布のヒモを緩めるつもりなどないのである。

そして・・・これは私にとっては思いもかけず、良い方向へと状況が運んだようで・・・その徴として、その富豪を除くほとんどの村人達が、まるで他所者を見るかのような目つきで、男の着る金ぴかのガウンを食い入る様に眺めていたのであった。相変わらず顔だけは笑ったままだったのだが。・・・男はその視線に耐えられなかったのか、ガウンのポケットに手を突っ込んだまま、我が豪邸へと、まるで逃げ帰るかの様に、立ち去って行ったのであった。

「・・・ええと・・・思わぬ提案が成された様ですが・・・ここはひとまず置いておいて・・・5軒目は・・・残りは残った皆さんでどうかお分けください・・・! まあ、大した額にはならないかもしれませんが・・・1日のパン代か酒代か、あるいは子供のミルク代ぐらいにはなるかと・・・」

すると、全員という訳では無いのだが、おおよそ半数以上の人々の間から、ちょっとした歓声というか、喜びの声が上がったのであった。

・・・ここで初めて私は、これでとりあえずは、始末書を書く羽目にはなるまい、少なくとも、前任者達のように、失踪したりとか・・・おそらくあの、村一番の金持ちの男も、しばらくの間は、たとえ嵐がまた起ころうとも・・・しかしながら金持ちの考えている事は皆目見当は付かないので・・・まあ、一件落着と、スンナリ行けば良いのであろうが・・・。


 ともかくも、その日の集会はそれで終わり・・・村人達はめいめいに自分たちの家へと引き上げて行ったのであった。

「・・・いやあ、さすがですな。正直、また保険屋の方が来られると聞いて・・・内心ヒヤヒヤしていたのですが・・・」

と、言って私に近付いて来たのは、村長その人なのであった。私はそのまま・・・その村最後の夜は、村長のお宅へとお邪魔する事となったのであった・・・。



19


 ・・・次の日の朝、私は身支度を済ませると、村長一家にお礼と、別れの挨拶を終えてから・・・そうして、最後に少しだけ、気になった所があったので・・・向かったのであった。

そこは・・・村の奥の、鬱蒼と木々が茂った、そのさらに奥の・・・洞穴なのであった。

 私は洞穴の中を一度覗き込み・・・それから誰も付近にいないのをゆっくり振り返りながら、きちんと確かめると・・・あらかじめ用意をしておいた懐中電灯の明かりを点けて、中へと入って行ったのだった。

実は私には・・・とある確信があったのであった。

そして私には・・・保険の調査員という顔と・・・もう一つ、別の職業というか・・・ここまで読み進めて来て下さった方々には大変申し訳ないのであるが・・・私のもう一つの顔、職業とは・・・それは、職業、などという様な立派な言葉は当てはまらないのかもしれないのだが・・・まあ、有り体に言うと・・・詐欺師という・・・ケチな職業なのであった。・・・口先一つで人々の心を読み取り操って、そうして一つの方向へと導いていく・・・今の私には、まさにピッタリの、適職と言ってもいいのかもしれない。・・・そしてさらには幸運な事に、保険の調査員、という2つ目の職業と肩書きは、格好の隠れ蓑になったのであった。

・・・と、ここまで書くと、まるでこの私が極悪人か何かの様に聴こえてしまうかもしれないのだが・・・まあ、小悪党である事は認める。しかしながら・・・この世の中には、あの、‘イジワル村’の人々の様な、あるいは、この‘正直村’でさえ、あの、金ピカのガウンの男などが存在し・・・彼などはまるで偽善者そのものではないか? ・・・この私には、自分の他にも保険金を支払え、と要求し、それはもちろん、自分の懐から出る訳ではないのだから、彼は自分の懐にさらに財産を増やすどころか、さらに人々からの感謝や尊敬をも集めようとし・・・それはこの私に見抜かれて、もろくも崩れ去ったのであるが・・・ともかくも、この世界には小悪党どころか、大悪党がゴマンと、ゴロゴロと、まるでベルトコンベアで毎日一定数製造されているかの様に、もしかしたら、そういう連中にはシリアルナンバー、通し番号なども付いているのかも知れない、とにかく、それに比べたら、あの支店長でさえまるで、テディベアの様に可愛い方ですらある。

・・・私は弁解するつもりなどは全く無い。それどころか・・・この二重生活を・・・実際、この2つの仕事のやり方は非常によく似通っていて・・・あらかじめ計画を立て、下調べをし、足をよく使い、そして更に人々の心を読む・・・同時並行的にやる事は、効率的でさえあった。

・・・などと、一人弁明めいた事を考えつつ、洞窟の奥へ奥へと入って行くと・・・実は詐欺師の方の私が今回、狙っているのは・・・つい先日、この付近の町で強奪されたという、高価な宝石の山なのであった。

その事件を知ったのは・・・たまたまこの保険の調査の仕事を言い渡される、4日程前の事であった。・・・それはこの地方の新聞に載っていて・・・それによると・・・犯人は3人組で・・・1人はその場で捕まり、1人は行方不明になったが、数日後に川に落ちて流されたのだろう?・・・下流の岸辺で哀れな死体となって発見されたのであった。そしてもう1人は・・・警備員に片足を撃ち抜かれたのだが・・・見事に逃げおおせて・・・それもかなりの量の宝石を持って、である。そして・・・その男は未だに見付からずにいる。おそらく・・・仲間がもう1人は確実にいて、匿(かくま)っているか、潜伏しているのであろう?

・・・しかしながら、あれだけの量の盗品の宝石を売りさばくとなると・・・おそらくかなり経ってから・・・ある程度ほとぼりが冷めるまで、その人物は身動きが出来ずにいるに違いない。

と・・・ようやくここで、洞穴の一番奥までたどり着いた様だった。明らかに、行き止まりになっていて・・・懐中電灯で辺りを照らしてみたのだが・・・どこにも抜け道などは無い様なのであった。

となると・・・この近辺のどこかに・・・その盗品の宝石は隠されている筈である。私は・・・慎重に、しかしながらあまり時間はかけてはいられないので、素早く辺りのゴツゴツとした岩場やら、鍾乳洞の天井から滴り落ちる水の溜まった、池のような中まで探ってみたのだが・・・なかなか見付からずに焦っていると、洞穴の入り口の方から、おそらく二人の人間・・・それはもちろんの事、一人は強盗の実行犯の一人で、もう一人は、その協力者なのだろう・・・?

私は咄嗟に懐中電灯の明かりは消して、岩陰に隠れて身を潜めたのであった。

 ・・・そしてその、やって来た人物達というのは・・・あの村の、目付きが死んでいた、老夫婦なのであった。

実は私はこの二人が怪しいと、端(はな)から睨んでいたのだが・・・それというのも、家の中に入った瞬間の、あの雰囲気・・・それは何と表現していいのか・・・まあ、正直に言ってしまえば、自分と同じ臭いのする・・・それとあの、老主人のびっこの足なのであった。・・・あれは見た瞬間、昔からのモノではないな・・・? ・・・と言うのも、まだ片足が不自由な状態で歩くサマが、ぎこちなかったからである。私も、仕事柄・・・これは保険の調査員の方だが・・・足の不自由な人間は何人も見て来たが、特に事故のすぐ後などで、急に片足が不自由になった人間特有の、歩き方だというのがすぐに分かったのである。

・・・そうこうしているうちに・・・やはりあの二人がやって来て・・・老主人の方が、さすがに何かを感じ取ったのか、

「・・・オイ。・・・何か気配を感じないか・・・? もしや・・・ここに誰か居たのかな・・・?」

すると、ただの協力者であろう、老婦人の方は、そういった事には鈍いらしく、

「・・・そうかしら・・・? アタシには・・・何も感じないけどね?」

しばらく二人は、用心の為か、一旦明かりを消した後、その場に真っ暗がりの中を立ち止まっていたのだが、やがて、しびれを切らせたのか、はたまた、不自由な足で立っているのが辛くなったのか、

「・・・まあいい。誰も来てはいない様だ、ココには。・・・俺も・・・この足のせいで・・・チッ・・・! あの警備員のヤツ、射撃の腕前だけだけは上手いと来ていやがらぁ・・・! おかげで・・・俺の性格まで・・・疑い深くなっちまって・・・」

「・・・それは昔からだろう・・・?」

私は思わず、そのやり取りを聞いているうちに、吹き出しそうになってしまうのを懸命に堪えながら、その場に、身を固くして息を潜めていたのであった。

そして・・・二人は、その洞穴の一番奥まった所の、岩場の一つの、先が尖った岩を・・・驚いた事に、それはガタガタと言いながら、先端の部分が真横にスライドするかの様に、動かす事が出来たのであった。

そして、その岩の先の部分が大きな音を立てて下の池に落ちると、その根っこの部分には・・・穴が空いていて、盗品である宝石が・・・二人はそれが無事である事を確かめると、少し安堵したのか、小躍りするかの様に、中から宝石をジャラジャラと掻き出していたのであった。

私は、今しかない・・・!・・・と、岩の陰から飛び出して、二人の目の前に、拳銃を突きつけたのであった。

二人は不意を襲われて、呆然というか、明らかに動揺をしていた。

「・・・アンタ・・・保険の・・・」

老主人は、拳銃恐怖症にでもなったのか、少しプルプルと震えてさえいた。

「チェッ・・・! だからアタシは、こいつは信用出来ないって言ったんだよ。・・・なのにアンタは・・・」

私一人だけ、冷静に、しかしながら用心深く、銃口を確実に二人に向けながら、

「・・・まあまあ、仲間割れは・・・夫婦喧嘩は家に帰ってからにしては貰えませんか・・・? 今は、その宝石を・・・こちらに・・・」

しかし二人は、拳銃を向けられているというのに、その宝石たちがよほど名残り惜しかったのか、なおもためらっていたのだが、

「・・・よぉく考えてみて下さいね・・・? ・・・その宝石を温順しく私に渡せば、この事は黙っておいてあげます。・・・しかしながら・・・」

二人はじっと、その場に固まったまま、動けずにいた。

「・・・このままその、売りさばくのが大変面倒な、盗品の宝石を持っていくのか? ・・・しかもこの、私の銃弾をくぐり抜けながら、の話ですがね。・・・それとも。」

私は、拳銃の引き金にワザと、力を込めて指をかけて見せた。

「・・・それとも、このまま180°クルリと向きを変えて、大人しくおウチへ帰れば・・・少なくとも保険金だけは、手に入るのですがね・・・?」

「クソッ・・・! ・・・汚いヤツめっ・・・!」

「それは・・・お互い様でしょう・・・? それとも・・・黙って私がここから何も持たずに引き返して、地元の警察に匿名で情報を流す事だって出来るのですけどね・・・。」

「・・・。」

「・・・。」

二人はすっかり黙ってしまい、そうして考え込んでいるようなのであった。

しかしながら・・・形勢が二人にとって著しく不利なのは・・・火を見るより明らかなのであった。

「・・・アンタ、コイツの言う通りにしなよ・・・アタシ達は、肝心なトコで、最後の最後でドジっちまったのさ。」

さすがに頭の回転の方は、婦人の方が上のようなのであった。

「ヂグンジョグヮゥ・・・!」

などと、最後は訳の分からない唸り声を出しながら、老主人は宝石を入れた、麻の様な袋を私に、音無しく手渡したのであった。

私はそれから、二人の懐中電灯をサッと奪い取ると、中の乾電池を抜き取って、近くの池の中の、どこか(・・・)、へと放り投げたのであった。

「・・・お、おい・・・! 俺達はここで・・・」

「・・・手探りでだって帰れるだろう・・・? ホラ、あっちの方に・・・幽かに入り口の明かりが見えるじゃぁないか。」

そして素早く、私はただ呆然と、そして悔しそうな・・・その様な人間らしい表情をその夫婦に見たのは、その瞬間が初めてなのであった。

・・・だんだんと二人から遠ざかって行き・・・そうして老主人がまるで、捨てゼリフのように、

「・・・マッタク・・・! ・・・湿気取りが、湿気になるとは・・・まさにこの事だな・・・」

などと、ブツブツ呟いているのが、僅かに聴き取れたのであった・・・。



20


 ・・・それから数日後の事、私はまたしても、例の、支店にいて・・・相変わらず椅子にドップリと腰を下ろしたままの、支店長の前に、かしこまる様に立っていたのであった。

 支店長は・・・あまり上機嫌そうではなかったのだが・・・まあ、いつもの事ではあるのだが・・・眉をしかめながら、それ以外の顔の部分は一切動かさずに、私の作成した、最終的な報告書というか、数10ページにはなる、レポートに目を通していたのであった。

そして・・・読み終えると、おもむろに視線だけを上げて私に向けると、

「・・・ウ〜ム・・・」

と、唸りつつも、

「・・・まあ、とにかくとりあえず今回はキチンと、一応は解決はした様だな。」

と、まあその様な仏頂面であったとしても、支店長なりには満足しているのは、伝わって来るのであった。

私は、

「・・・あの金持ちの提案には、正直、初めは面食らいましたがね・・・」

「・・・金持ちは意外と厄介だからな。」

「ええ・・・しかし、彼は一応、今のところは村では孤立感を感じている事でしょう。・・・今のウチだけかも知れませんが。」

支店長は、やがて一言だけ小さな声にはならない唸り声の様なものを上げて、

「・・・よしっ。・・・まあ、いいだろう。・・・ご苦労さん。・・・これでようやく、この問題にも一区切りついた感じかな? ・・・ようやくだが。」

「・・・ありがとうございます。」

私は丁寧にお辞儀をすると、その部屋から退出し、そうして支店を後にしたのであった。無論の事・・・外に出た瞬間に、キレイな空気を待ちきれないとばかりに、胸いっぱいに吸い込みながら・・・。

そうしてその支店の前の大通りを良く回りには注意しながら横切って・・・そして気のせいだろうか・・・? ・・・誰かに監視されている様な気もしたのだが・・・おそらく最近の私は例の宝石のせいで、少し神経が過敏になっているのかもしれない。例の宝石は・・・もちろん自宅などにではなく、とある場所に隠してある。ほとぼりが冷めたら・・・詐欺仲間を頼って・・・全て現金に変えるつもりである。・・・まあ、おそらく足元を見られて、買い叩かれてはしまうのだろうが・・・それでも、かなりの金額になる事は間違い無いであろう。

 

 これが私の・・・まあ、いわば言ってしまえば、通常の業務、日常なのである。今回の、宝石強盗に関しては、突然降って湧いたかの様な、私自身にとってもサプライズというか、まず滅多にお目にはかかる事は無い様な出来事ではあったのだが・・・しかしその分の労力はいつもの比ではなかった。たまにはこれ位の、臨時ボーナスの様なものがあってもバチは当たらないのじゃぁないか・・・? ・・・ただでさえあの支店長はケチで名が通っていて・・・今回は長年の厄介な案件は解決したというのに、おそらく金一封などは・・・期待をするのが、非常にバカげた事であったのだ。


 しかしながら私は・・・その時点ではそれでとりあえずは満足をして・・・人間、程々のところで満足するというのはとても重要な事のように最近は思えてきたのである。・・・少なくとも、心の健康の為には。

そういえば・・・あの煙で充満した部屋を出る時、珍しい事に普段は教訓めいた事など決して口にはしない支店長が、葉巻などを咥えながら・・・彼は大きな案件が解決すると決まって、いつもの安物の煙草などではなく、ここぞとばかりに引き出しからどこ産のだかは、そういったものには全く興味の無い私には皆目見当はつかないのだが・・・そうしてその時は、満足したように口の端っこがニヤケた様になりながら、こんな事を言ったものだった。

「・・・なあ。・・・この世界は、どうやって始まったと思うかね・・・?」

私は、突然の事に虚を突かれ、ドアノブにかけた手を、思わず一旦離して、

「・・・さあ? 私は・・・信じてはいないものでしてね・・・そういった・・・ですから聖書とかは・・・一度も読んだ事は・・・」

支店長はしかし、更にニンマリとすると、

「・・・そういう事じゃぁないんだよ。まあ要するに・・・この世界は・・・誰かが何とかしたから、何とか始まっちまったんじゃないのかね・・・? ・・・きっと、そうなんじゃないか・・・?」

私は・・・とうとうこの支店までもが・・・あの‘正直村’の様になってしまったのかな?などと・・・まるで他人事の様に考えてはいたのだが・・・しかしながら、支店長はその時は珍しく上機嫌になっていたので・・・実際物事が上手く行っている時は、下手に色々と詮索したり、いじくり回したりしない方がいいものなのである。


 ・・・そうしてその日は妙に・・・夕焼けだけが鮮やかで綺麗なのであった・・・。

それはそう・・・いつかあの時・・・あの村で見た様な・・・地図にすら、載っているかどうかすら分からない様な・・・小さな村で・・・しかし今になってよおく思い出してみると・・・あの村人達の、笑顔は決してワザとらしいものではなく・・・なぜかごくごく自然なものの様に今さらながら、思えてきたのであった・・・。

それはつまり・・・狂っているのは・・・どこかおかしいのは決して、アチラ、の方ではなくて、コチラ、の方だったのかもしれない・・・そういう事は、ままあるものなのだ・・・。

 そうして自分の腕時計をふと見ると・・・果たしてこれも・・・確かに携帯の時刻ともピタリと合ってはいたのであるが・・・なぜか電車の方はもうとっくに定刻前に駅に到着していて・・・やはりこの世界は、どこが一体スタンダード、基準などとは・・・思わない方が良いのかもしれない。

 私はしかし、そんな事はほんの一瞬で忘れてしまって・・・電車が発車してしまうのではないかと、気が気では無くなって、慌てて乗り込んだのであった・・・。

その窓からも・・・夕焼けだけは妙に、オレンジ色をしていて、まぶしいほどなのであった・・・。

しかしそれも・・・決して永遠のものではない・・・のだろう・・・。



終わり

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ミルクはスープに入っているか? 福田 吹太朗 @fukutarro

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