第4話 いつもはいつもじゃなくて、心を奪われていたのは
『カナミ君、今から私とデートに行こう』
『デート、ですか? それも今から?』
『そうだ、美人な先輩とのドキドキなデートだぞ』
ふむ。
時刻は十九時前。
カナミは読んでいた本を閉じ、代わりに机の上に置いてあったスマホを手に取ってスピーカーをオフ、そのまま耳に当てる。
『なんで電話でのお誘いなんですか? いつもみたいに窓を開けて直接話したらいいじゃないですか』
カナミとミシロ先輩の家は隣同士で二人の部屋は窓を二枚隔てたすぐ先。
なので二人のうちどちらかが話をしたくなった時(と言ってもほとんどミシロ先輩だけど)、いつでも話せるよう窓の鍵は開けてある。
『む、知らないのか? 恋人同士、会えない時間は二人の愛を育てるとよく言われるのだぞ。いつも顔を見せてくれている先輩が、今日に限っては電話で声だけ。……どうだ? そろそろ私のことが恋しくなって…………』
『先輩?』
『……どうしよう』
『? どうかしましたか?』
『いや、その、……逆に私がカナミ君の顔をすごく見たくなってしまったというか』
『あっ、そうですか』
例え電話であっても、いつもの調子を崩さないミシロ先輩の様子にカナミはフッと笑顔をこぼす。
そしてベッドから立ち上がり、外に出かけるための服を片手間に吟味し始めた。
『ちょっとだけ、ちょっとだけでいいからそのカーテンを開けてくれても……』
『それより、どこに行くつもりなんです?』
『え? 行ってくれるのか?』
『え?』
二人の間に軽い沈黙が生まれる。
『い、いやっ、君のことだからてっきり面倒くさいと言われて断られるものだとばかり……』
普段のミシロ先輩に対する態度が態度なだけに、カナミは何も言い返すことができない。
無意識に了承して、自然と出かける準備をしていた自分の行動に驚きさえ感じている。
『……じゃあ、面倒くさいんで断らせてもらいます』
『いやいやいや! 嘘! 嘘だから! デート! 今から私と行くぞ!』
ミシロ先輩の慌てた様子はいつもと何も変わらないのに、自分の中の何かだけが変わっているかのような。
『それで、行き先は?』
『うむ、よくぞ聞いてくれた。行き先は去年二人で観に行ったイルミネーションだ。とても綺麗だったからまた観たい、という話を君がしていたからな』
『……そんなこと、僕先輩に話してましたっけ?』
『なんだ、覚えてないのか。ライトアップされた瞬間心奪われたように惚けた表情をしていたというのに。……ふふっ、あの時の君の顔はとても可愛かったな』
身に覚えのないカナミは首を捻って去年のことを思い出す。
確かにミシロ先輩の言う通り、カナミは先輩と二人でイルミネーションを観に行った。
観に行って、その光景にひどく心を奪われて。
心を奪われたのは……
『……あ』
『ん? どうかしたのか?』
心に浮かんだ情景に、心奪われた笑顔に、カナミは思わず声をもらす。
物語で、読んだことがあった。
自分の感じた幸せを誰よりも一番に伝えたくて、その幸せを一緒に共有したいと思える相手があなたにいるのなら。
それがあなたの恋している相手だと。
『もしも〜し、カナミ君や〜い』
キラキラパチパチと、まるで豆電球が灯るように、ミシロ先輩と二人で過ごして来た記憶が頭の中で弾けていく。
弾けて、煌めいて、じんわりと温かくなって。
雪のようにフワフワとした幸せで胸がいっぱいになる。
そしてその中心には、いつだって先輩の眩しい笑顔が輝いていて。
今感じているこの幸せな気持ちだって、今すぐに先輩に伝えたくなっていて。
『また観たいって思ったのは、多分イルミネーションの方じゃないです』
『へ?』
去年の自分が綺麗だと口にこぼしたのは、きっと先輩の……
そっか。
自分はどうしようもないほどに、いつもすぐ近くにいる彼女のことを。
『……先輩』
『ど、ど、ど、どうしたのかな? イルミネーションが観たくないというならそもそもデートの前提が壊れてしまうというかそういう…………ぇえっと! ズ、ズバリ! 私の今日の服装は普段の大人びた装いと違ってギャップのある萌え袖にしようかと考えていて、それだけでも観賞する価値があったり……』
『デートの前にとても大切な話があるんで、五分後に下に降りて来てもらってもいいですか?』
『…………ふぇっ?』
ドタバタと、窓の向こう側で慌てた音が聞こえ、勢いよくカナミの部屋の窓が開かれて見知った顔を覗かせた。
「そ、そ、そ、そ、それってつまり!」
「約束の時間に遅れて来ても文句言いませんから、ちゃんと来てくださいね」
カナミはいつものように、……いや、いつも以上に赤面しているミシロ先輩の顔を見つめてはにかんだ。
策士なポンコツ先輩は、今日も今日とて策に溺れて赤面す 雨空 リク @Riku1696732
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