第2話 学年が違えど、先輩のささやきがそこにはある






『ス・キ』



 カナミは自習課題として出題された、数学の問題とにらめっこをしながら、思いつく解答のアプローチをノートに書き出していく。



『ス・キ』



 (えぇっと、立体の体積を求めたいけど……直接は計算できないから関数の積分? なんだこれ複雑すぎて…………)



『スキスキスキスキスキスキスキスキスキスキ』


『っあーもうっ、ちょっと静かにしててくださいよミシロ先輩! 全っ然問題に集中できないじゃないですか!』



 左耳から聞こえてくるミシロ先輩の『スキスキ』ボイスに耐えられず、カナミは小声で、けれど精一杯の感情を込めてマイクに叫んだ。


 そんなカナミのリアクションに、ミシロ先輩がクスクスと笑っているのがイヤホン越しに聞こえてくる。




 

 ミシロ先輩が有り余る無駄なスペックを使って実現したヒミツ道具。


 『気になるあの子が隣に』


 この道具を使えば、例え学年とクラスが違えど席が隣で同じ授業を受けている雰囲気が味わえる、という触れ込みだ。


 その実態は一対のワイヤレスイヤホンとスマホのマイクを応用したものであり、とどのつまり周囲から目立たないように電話をしているだけ。


 通信可能範囲は7 mほどで、カナミがちょうど真上のクラスにいるミシロ先輩と通話できるほど。


 さて、ではここでなぜ二人が通話をしながら互いに授業を受けているのかというと、



「やっぱり先輩後輩でも、いや、先輩後輩だからこそ同級生らしいイベントというのはすごく心にグッと来ると思うんだっ!」


「はぁ……」


「そんなイベントを経験すれば、カナミ君が私にゾッコンになるのも数秒足らずで十分だろう!」


「相変わらずすごい自信ですね」


「てことで次の授業は耳にこれをつけたまえ」


「これって……」



 という身も蓋もないミシロ先輩の策略なのだった。





『ふふふふ、いいぞ、いいぞ。カナミ君の頭が私のことで一杯になっている』


『そりゃあ、これだけ耳元で愛を囁かれ続けたら当然ですよ』


『つまりは効果絶大というわけだな!』 


『……認めるのはちょっと癪ですけど』



 こんなもの、否が応でもミシロ先輩のことを意識させられてしまう。


 今までの人生で一度も感じたことない、口の中がもにゅっとした甘い感情にクラクラするかのような……


 ミシロ先輩はカナミの反応が嬉しかったのか、上機嫌に、リズミカルに『ス〜キ〜♪ ス〜キ〜♫』と愛の言葉を繰り返している。



『ていうか、ミシロ先輩のクラスは普通に授業中なんですよね? 授業聞かなくても大丈夫なんですか?』



 そんなカナミの問いに、ミシロ先輩は愚問だとでもいうように鼻を鳴らし、



『ふっ、私は不動の学年一位だぞ? 君をこうやってからかうために今日の授業範囲くらいきちんと完璧に終わらせている。だから授業なんて聞かなくても……』


『ではこの問題は、ミシロちゃんに答えてもらおうかしら』


『ふぁい! ス、スキです!』





『…………』


『…………(ボフッ)///』





 カナミには分かる。


 直前までカナミに愛を囁いていたのだ。


 先生のことをお母さんと呼ぶノリで、ついついミシロ先輩は先生に愛の告白をしてしまったのだろう。



『……先生、ミシロちゃんの気持ちは嬉しいんだけど、ね?』



 申し訳なさそうに告白を断る先生の声が聞こえてくる。


 それにミシロ先輩は、



「『す、す、す、す、すみません! 完っ全に間違えましたぁあああああ!』」



 イヤホンと窓の外から聞こえてきたその謝罪は、きっと特大の羞恥で顔が真っ赤っかに染まったものに違いないだろうなマル。





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