策士なポンコツ先輩は、今日も今日とて策に溺れて赤面す

雨空 リク

第1話 今日も一日、朝から策士なポンコツ






「おはようカナミ君、少し待たせてしまったかな?」



 白い朝日が差し込む玄関前。

 

 街路樹の葉が紅く色づいた季節。


 早朝の冷気に頰を赤く染め、それでも凛々しさと美しさを兼ね備えた笑顔を前に、カナミはスマホから目を離して先輩に一言。



「待ちました。すごく待ちました。何してたんですか、ミシロ先輩?」



 それはもう、とても面倒くさい相手を前にしたときの表情を微塵も隠そうとせず、素直に答えた。


 そんなカナミの様子にミシロ先輩は口をとがらせ、



「むぅ、そこは『全然待ってないよ。おれも今来たところだから』と返すのが恋人とのデート待ち合わせの常套句だろう。全く、基本がなっていないなカナミ君は……」



 やれやれ、仕方のないやつだと両手をすくめて首を横に振った。


 カナミの額に青筋がピシリ。


 確かに、これがもし本当に男女のデートの待ち合わせだったのなら、それが最適解で間違いないだろう。


 支度に時間がかかり、約束の時間に遅れてきた恋人を咎めることなどありはしない。


 ただーー



「僕ら恋人じゃないですし、デートの待ち合わせでもないですし、ただ学校の先輩と後輩が一緒に登校するだけですから。そこのところちゃんと理解してますか?」



 そもそも前提からして成り立っていないのだから、カナミがそんな対応をする必要性は皆無だろう。


 だがカナミの抗議などどこ吹く風。


 寒空の下、余裕綽々しゃくしゃくな様子でミシロは聞き分けのない後輩を諭すように指を立てる。



「いいかいカナミ君、男女が一緒に学校へ登校するというのも立派な『登校デート』というものなのだよ。制服という学生の間でしか体験できない衣服をまとって……」



 やれ制服がどうだ、デートの定義がどうだ、果てはカップルとは何かと、お得意の論理を捲し立てる優等生のミシロ先輩に、カナミは身体をプルプルと震わせる。


 一応ミシロ先輩の発言はちゃんと聞きつつ、色々とツッコミたいのを堪えて堪えて……



「……つまり君と私は交際関係にあると無事証明されたわけだ。だからこれからも末長くよろしく頼むよダーリン」


「おっけーハニー、なら今すぐ別れようか」



 とても清々しい、キラキラとした笑顔でカナミは破局を申し出た。


 だがそんなカナミのリアクションなど、優等生で先輩で大人なミシロ先輩にはきっと効果がない。


 次の瞬間にはきっと、あっという間に現状を巻き返される神の一手が……



「な、なぜだっ?! なぜ私の『流れで付き合ってることにしてしまおう』作戦が通じないっ?」


「……そんな作戦、本当に通じると思ったんですか?」



 ……繰り出されることはなかった。


 優等生の面が外れていつものようにポンコツが顔を覗かせてしまっている。



「こ、これは心理学分野において、他人の深層意識に言葉で働きかけるというとても高度な作戦で……」


「つまり暗示ですよね。相手に種明かししたら効果半減でしょうに」


「し、しまった! ……おのれカナミ君め、私に負けず劣らず策士だなっ」


「それって遠回しに貶してますよね? そういう意味のセリフなんですよね?」



 カナミは呆れてため息一つ。


 ミシロ先輩は心理学? の本を取り出してページをパラパラとめくり、不満そうにそんなカナミを見やる。



「ぶっすぅー…………ったく、一体いつになったらカナミ君は私の恋人になってくれるんだ? こんな美人な先輩が言い寄ってくれる機会なんて未来永劫絶対にないぞ」


「……客観的に見れば本当のこととはいえ、自分で言ってたら世話ないですね」


「折角美人な先輩に待たされる、という男子垂涎もののシチュエーションもプレゼントしてやったというのに」


「そのシチュをプレゼントする前に、気温が一桁台の朝に三十分も待たされる後輩の気持ちも少しは考えてください」


「まあ、本当は朝寒かったせいで私が布団から出るのを渋ったから遅れたのだが」


「そっちが本当の理由ですか……」



 悪びれもせずサラッと約束の時間に遅れてきた理由を告白したミシロ先輩に、カナミは愚痴をぶつける勢いを削がれてしまう。


 カナミが怒らないギリギリのラインを攻めてくるミシロ先輩の態度も、もう毎度お馴染みのことだ。


 ふぃー、とため息を吐きながら、何気なしに確認した腕時計の時間に少し慌てた。



「って、もう登校時間ギリギリじゃないですか! 早く! 学校に行きますよ!」


「え? あ! ま、待ってくれカナミ君!」



 カナミが急かしたせいか、ミシロ先輩は手に持っていた本をうまく鞄にしまえず、逆にその中身を地面へとぶちまけてしまっていた。


 流石学年一位。


 持っている参考書の種類はよりどりみどりで、その量も桁違い……





 『ゴリラでもわかる心理学』


 『サルでもわかる恋愛学』


 『オランウータンでもわかるモテテクニック』……





 っすぅー……


 立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。


 うちの高校で才色兼備な高嶺の花として崇められている、彼女にしたいランキングナンバーワンの実態にカナミは強く打ちひしがれた。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る