04
よくドラマとかで見るような、暗い喜びのようなものは、感じない。
目が覚めると、彼女が何かを探していた。
「お箸とか。ある?」
立ち上がろうとして、少しふらつく。変な寝方をしたかもしれない。
玄関にあるごみ袋をあさって、箸と食器を取り出した。
彼女。何も言わずに受け取って、洗いはじめる。
上司が料理をできるとは思えなかったので、料理を作った。ふたり分。恋人は、手伝ってくれた。上司は、ただただ邪魔なだけだった。彼女もそれを悟ったらしく、途中からは静かに座っている。
ごはんを作って、出した。
ふたりで食べる。
彼女と違って、上司は食べ方が上品だった。美味しそうに食べる。上司は恋人ではないという当たり前のことを、なんとなく、思った。
食べ終わったあと。ごみ袋から歯ブラシの使っていないやつを取り出して、渡す。上司。何も言わず、洗面台で歯を磨きはじめる。
その姿が。
俯き加減が。
彼女と似ていた。
それが、なんだかとても気にくわなくて。後ろから抱いた。
彼女は、されるがままにしていた。
噛まれると思って、彼女が身を固くする。噛まなかった。
ごみ袋から、タオルを出して彼女に渡す。
彼女は、何も言わずに受け取って、お風呂に入る。腕を引っ張られて、自分も一緒に入った。
浴槽に入ったあと上を眺めるしぐさが、彼女に似ていたので。気にくわなくて、また抱いた。
そうやって、彼女が死んだ恋人に似た動きをするたびに。抱いていった。
暗い喜びのようなものは、感じない。ただ、義務感のような何かに駆り立てられて。ひたすらに上司を抱いた。
上司。泣いていた。どうやら、嬉しいらしい。自分が何も感じないのに、上司は嬉しがっている。それも、気にくわなくて。
そうやって、何日かが過ぎた。
日常の残酷さに気付いたのは、夜、彼女の胸にふれたときだった。
彼女を思い出さなくなっている、自分がいる。
日常の全てを彼女で塗り潰して。彼女のことを、忘れようとしている。
「違う」
彼女の胸を押しのけて。
「違う」
よろよろと、立ち上がる。
彼女を探した。
いない。
玄関。キッチン。洗面台。バスルーム。
いない。
彼女がいない。
「どこだ」
どこにいる。
「どこに」
後ろから。
抱かれた。
「ごめんね」
その一言で。
彼女が死んだのを、思い出した。
彼女はいない。
これからも。
ずっと。
彼女は、いない。
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