03
部屋に帰ったら、彼女がいて。自分の生まれてはじめての浮気を、厳しくとがめる。首とか絞められる。でも、最後は。わたしのせいなのと言って、彼女は泣く。それをやさしく抱いて、もう浮気をしないと誓う。
そういう、夢だった。
目覚めたとき。
上司の胸に
彼女の匂い。
恋人以外の女性を、知らなかったから。彼女の匂いは、女性の匂いなのだということも、いま知った。
知りたくなかった。
彼女の匂いだけを、彼女と認識していたかった。
彼女が死んだときも、焼肉屋で吐いたときも、出てこなかった涙。
あふれだして、流れ落ちていく。
「泣いてるの?」
上司の声。
「ごめんね」
上司の胸。埋まったまま、暖かさの中で、涙を流す。
彼女ではない胸。彼女ではない暖かさ。
「わたし。殴られて当然だね」
上司の声。少し、震えている。
なんとなく、上司の心臓の鼓動が、聴こえる気がした。
「あなたを、励まそうと思って。月並みなこと言って」
上司も、泣いてるのだと。なんとなく、思った。
「あなたのことが。好きだったの。あなたの恋人が亡くなったって、聞いて。わたし。心のどこかで、喜んでたのかも、しれない」
上司の声。最後は、小さくなって、消えるような震え。
「最低だね。わたし。最低だ」
小さく呟いている。
首筋から繋がる、右の胸元のところの、柔らかい部分を。
噛んだ。
「ぐっ」
彼女。声にならない
「ん」
彼女。噛まれると思って、身を固くしていた。
ただ、舐めるだけ。
噛みちぎってしまいたい衝動を。抑えながら。
そのまま、抱いた。
何も考えなかった。
朝になっても、彼女はぐったりしていたので。ホテルを出てから、肩を貸して、朝陽の中を歩いた。
どうしようもなかった。
行くあてはない。
そのまま。
部屋に帰った。
玄関にある、彼女の思い出が入ったごみ袋。彼女が、それに突っかかる。担ぎ上げるようにして、とりあえずベッドのうえに。
何も。
する気が起きなかった。
疲れとだるさだけが、全身を支配している。眠くはない。
彼女。ベッドに横たわったまま、携帯端末をいじる。
「うん。全部キャンセルで」
仕事の電話。
「あと、彼も。しばらく休むと思う。連絡はしてない。うん」
仕事を休む連絡なのだと、なんとなく思った。
彼女。
電話を切って。
寝息をたてて寝はじめた。
部屋に残される。
ひとり。
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