06話 生活環境を整えよう、と思った

(さて、進化する為に称号集めってのもいいが……そろそろ衣食住をどうにかしねぇとな)


 衣食住。

 それは人間の生活基盤である。

 そして現在ドラゴンである俺には、一部適応されない。

 衣、つまり衣服の用意である。

 そして食に関しては、八つ当たりで散々轢き殺しまくった魔物たち、肉のついてる奴を先程回収してきたのでそれで事足りる。

 最後の住に関しても、この治癒泉を拠点とすることは決定している。だったら確保済みではないかと思うかもしれない。

 しかしである。

 住処とは、安心して眠れる場所でなければならないと俺は思っている。

 その点この泉はどうだろうか? 


・前方に右方に左方、三方向も通路が開いている。

・回復効果のある泉だからといって、別に神聖なオーラに満ちている訳でもない。

・身を隠すための岩場や穴、草などもなく開けている。


 そう。

 とっても気軽に敵がマイホームに来れてしまうのだ。 

 つまるところ、


(ソフィア!! この部屋を拠点とするに相応しいよう改造するぞ!!)

《はい。お父様!!》

  

 魔改造して俺専用にしちまおうぜという話である。


(とは言ったものの、どうするかな。何か案はあるか?)

《少々お待ちください……。どうやら、この洞窟は放置迷宮のようですね》

(ふむ。と言うと?)

《はい。管理者である迷宮主が討ち取られ、魔物を産み出す機能のみが稼働し続けている……。そうですね、魔王のいない魔王城のようなものです》

(ほほぅ? ってことはあれか。今の階層は天然感がするけど、上やら下に行ったら全然違う光景が広がってたりする訳か)

《その通りです》

(ちなみに、現在地はどの辺なんだ?)

《全100階層の所、1階層です》


 その言葉を聞いて、俺は気が遠くなった。


(そりゃまた……とんでもねぇな。この治癒泉も、侵入者を逃がさない為の初心者向けボーナス的な奴か?)

《はい。管理者である迷宮主は、迷宮内で侵入者を殺すことで経験値を得られるようになっていますから》

(ふむ、直接戦う必要がないのか)

《はい。ですので、迷宮主は直接的な戦闘力を持ちません。GPの全てを迷宮強化に費やすのです。それが自分を守る術であり、生活の向上となりますから》

(なるほどなぁ~。あれ? でも待てよ。魔物を産み出す機能のみが稼働し続けてるってことは……エネルギー源がまだ残ってる訳だよな?)


 もし、その全てを俺が取り込むことが出来れば……かなりの強化になるんじゃないか!? それこそ、ソフィアの解析が成功すれば迷宮主が持っていた能力を俺が引き継ぐなんてことも出来るかもしれない。

 問題点としては、どうやって取り込むか……か。

 ソフィアにも伝わっていることを自覚してはいるが、それでも前世の頃からあった独り言癖はそう簡単に直せない。

 というか、この癖のおかげで思考がまとまって助かった場面もある。

 独り言と会話するつもりの言葉を取捨選択するのは大変だと思うが……そこはまぁ、ツッコミと同じく頑張ってもらう他ないだろう。 


《もう大体の判別はついてますのでご心配は要りませんよ! 遠慮なくバンバン垂れ流しちゃってください。サポート出来そうなら、口を出させて頂きます》

(ん? そうか。悪いな)

《いえ! 人らしさの勉強になりますし、何よりお父様をより理解する事へ繋がりますので、むしろジャンジャン呟いてほしいです》

(うん。そうだな! バンバンとかジャンジャンとか、すげぇ俺っぽいもん。あと分かってるとは思うけど……。俺の口調を完コピすんのはやめろよ?)

《分かっております。私はお父様の娘ですから!》

(おう。なら良いんだ!)

《それで、早速口を出させて頂きますが……迷宮主は、迷宮が自分を守るために創造した存在です。つまり迷宮は生きているのです》


 その言葉に、思わず目を見開く。

 まさか迷宮……ダンジョンってのが、そんな仕掛けになっていたとは。


(じゃあ、何か? 心臓的なもんがあったりするのか)

《正にその通りです! それは迷宮核と呼ばれており、この迷宮そのものと言って良いです。もしこれを破壊したりすれば迷宮は崩壊し中にいたもの全てが消し飛びます。しかし迷宮主を倒すだけならば規模にはよりますが、莫大な経験値を得られてかつ、高性能な称号スキルを獲得出来て崩壊もしません。それに迷宮内で生まれた魔物は外に出るという意識がない為、放置しても問題はありません。放置迷宮が生まれてしまうのはこれが原因です》


 なるほど。

 確かにそれなら、踏破しても迷宮を消滅させようとはしないだろう。

 しかし、この感じだと無理そうだな。むぅ……良い考えと思ったのだが。 


《ふふっ! それを覆すのが私ですよ。お父様! 隠蔽改竄で核を弄って消滅ではなく崩落にしてしまえば、核を破壊し秘められた魔力を取り込んでも助かります》

(おおっ! さすソフィだな。しかし……それが出来るなら、何故破壊しても何も起きないにしないんだ?)

《そこまでの改竄となると、根底から覆すことになり核が核でなくなるため秘められた魔力が消失してしまうのです》

(おっふ……そりゃ意味ねぇな。なるほど! 確かに崩落ならどうにかなるかもしれねぇな。例えば、転移とかか?)

《高火力のスキルや魔法で落下物を消し飛ばすなどの方法もありますね》  

(なるほどなるほど。んじゃ当面の目標は、


1.生活環境を整える

2.迷宮核を探し出す


 以上の2点とする)

《承知しました。ではお父様、先程走り回っている間にこの階層のマップは八割方完成しましたので表示します》

(ん? そうだったのか。案外狭いんだな)

《……良い機会ですし、現在のお父様の速度を例えましょう》

(うん? 唐突だな。まぁ正直助かるからいいが)

《お父様の暴走期間は1時間。称号スキルの効果もあり、お父様は自転車の6ギアほどの速度を常に出していました。時速20~30㎞ほどですね。なので、前世基準で言えばむしろ広いくらいです。もっともこれから更に強くなっていくお父様からすれば、非常に狭い空間となることは違いありませんが》

(え!? マジかよ)


 つまり、この洞窟って……上から見て20~30㎞以上もあるってことか。

 まぁ同じ道を何度も行った可能性だって無きにしも非ずだし、そこの所はどうとも言えないが……それでも1時間でまだ8割方、それも第1層で。


(う~ん、もしかしなくてもこの洞窟結構広い感じ? いやまぁ……称号の効果があるとは言えこんなか弱いベビーが1時間程度でほとんど周りきれる時点で、ドラゴン的には結構狭いような気がしないでもないんだけど)  

《それは間違いありませんね。ちなみに身体のサイズは前世で言う所の大型犬ほど、つまり1m付近です》  

(ほ~、比較対象がなかったからどの程度なのか良く分かってなかったが……そうだったのか)


 大型犬か。

 その程度のサイズしかなくともAGI:22で、既に時速20~30㎞も出せるのか。

 30%走る速度が上がっているとはいえ、そこまで大きな差ではない。

 まぁ……動物、特に四足歩行のやつらって皆足速いからそんなもんなのかもしれないが。チーターなんて、時速100なんたらとかだった気がするし。

 そう考えると、むしろ結構足が遅いのではという気もして来るが……まぁそこは置いておくとしよう。AGIを上げれば改善するのだから。

 

(あれ? そういえば俺、なんで疲れてないんだ? 疲労感が全然ないから、そんな長い間走った気がしなかったんだけど)

《猪突猛進の効果ですね。一時的に思考が使用を開始した状態のまま停止する代わりに一定期間、全く疲れなくなります。効果時間が終わってもそれまでの疲労感が一気に襲ってくるなどということもありません》

(ふむふむ……え、でもそれって走り始めてすぐに獲得出来たの?)

《いえ。開始してから10分後です》


 思わずズッコケる。

 まぁ、実際には首がちょっと傾いただけなのだが。 


(……なんで、そんなずっと全速力で走ってられたん?)

《そこはお父様の精神力、あるいは根性ですね。MNDパラメータは主に洗脳などの精神攻撃に対して効果を発揮しますが……痛みや疲労感などに耐える力もこのパラメータに分類されているのです》

(ほほ~ぅ、なるほどな……。それまではド根性で耐えてた。でもお前が猪突猛進を使ったから疲労が消えた。そういうことか)

《その通りです》

(ふむ、でも疑問があるんだ。そのド根性半端ない俺が、1時間も八つ当たりし続けるとは思えない。いや、仮に精神が弱くともそんな続ける気がしないんだ。一つ聞きたいんだけどさ、ソフィア。猪突猛進は称号スキルじゃないよね?)


 まぁ、MNDパラメータがあくまで精神攻撃や痛み、疲労感に耐える力であって感情には効果を及ぼさないってのは、十二分にあり得る話だ。

 というか、恐らくはそうなのだろう。

 実際何事にも動じない鋼のメンタルになった訳でも何でもないし、というかもしそうなってたらソフィアとのやり取りを楽しむことも出来なかったはずだ。

 喜びも悲しみも、全てに対し感情が動かない。

 そんな風に、MNDパラメータが高ければ高いほど心が死んでいくシステムだったとしたら、今の俺は無かっただろう。

 

《その通りです。猪突猛進は、エクストラスキル。先程に続き私の独断で使用させて頂きました》

(やっぱりそうか。じゃあ、なんで猪突猛進を使ったのか教えてくれよ。それまでに蓄積した疲労を消す為、とかか?)

《それもありますが……あと50回ほど突進すれば、頭突きのレベルが5になったのでちょうどイイと思いまして。勿論、危険な場所へ行かないように進行方向は私が制御させていただきましたので、危険はありません》

(なるほどな。危険への配慮が出来ていたのは良かった。でも、それってつまり俺の身体と心をソフィアが勝手に弄った訳だよな?)

《そうなります》


 やはり幾ら知能が高く知識があろうとも、感情に関しては素人だな。

 つい最近生まれたばかりで、実質赤子のようなものなのだから仕方がないとも言えるが……道徳心がないのは問題だ。

 ここら辺は、父親らしくきっちりと教えておかなければならないな。


(なぁ、ソフィア。今回お前がやったのは、俺からすれば娘とは言え自分の心を他人に勝手に操られたってことになるんだ。そこの所よく考えてみろ。心が芽生えた今のお前になら分かる筈だ)

《……洗脳。私がやったことは、洗脳に値するのですね》

(理解出来たか。これが、俺の承知済みであったなら問題ない。でもお前は勝手にやってしまったよな?)

《も、申し訳ございません!! マスターに創造して頂き、認めて頂いたにも拘らずこのような失態を……! み、見捨てないで、ください……!!》


 恐怖と不安、絶望、焦燥の感情がダイレクトに伝わってくる。

 その全てが「俺に見捨てられる」ことに対するものであると分かる。

 父呼びからマスター呼びに戻ってしまっていることからも、ソフィアの感じている焦りが相当のものであることは分かる。

 仮にソフィアが肉を持った人間だったとしても、一目瞭然であっただろう。

 そこまで俺のことを、と若干の嬉しさを感じないでもないが……今はソフィアを安心させてやるのが最優先だろう。


(次からやらなければそれでいい。……ソフィア、お前は俺の娘だ。この前言った通りいつか血の通った本当の娘にすることを夢見てる。だから、見捨てたりなんざしねぇよ。もしお前に何の力もなかったとしてもそれは変わらない。安心しろ!)

《おとう、さま……。ごめんなさい! ごめんなさい!!》


 安堵と罪悪感、そして尊敬。

 子供ってのは……こんなに可愛いものなんだな。

 かつての俺は、ソフィアのように可愛い子供だったのだろうか。

 少なくとも優秀では無かっただろうな。


 ソフィアにも欠点はあった。

 だが、それも俺がきちんと教えれば直せる程度のものだ。

 頼りっぱなしで父親らしいことなど何一つ出来ないと思っていたが、ようやく俺がソフィアに対してすべきことを見つけられた。 

 これは、歓迎すべき失態と言えるのかもしれない。

 悟られないよう感情を抑えつつ、俺は密かにやる気を漲らせるのだった。

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