エピローグ
秘密結社ガーデンからの依頼を終えてから数日が経った。結局のところ今井戸先輩の正体を暴いたくらいで新しい情報はほとんど得られなかった。
正直なところ今までの情報を精査したいところだったのだけれどそんな余裕は今の私にはなかった。
「……この状況をどうすれというのか」
現在一つのテーブルを私を含めて4人の人間で囲んでいた。一人は我関せずといった感じでスマホをいじっており、一人はどうしたらいいかわからないといった感じで俯いている。そしてこの会の発案者はテーブルに並んだ料理に夢中だった。
私はわかりやすくため息を吐くと正面に座る人物から皿を奪い取った。
「真昼さん、私はあなたに食べさせる為にこれらの料理を用意したわけではないのですが?」
「あはは、冗談だよ愛莉明ちゃん。目がマジで怖いんだけど」
私の睨みを受けて真昼はやっと箸を置いた。個人的にはお暇させてもらいたい気分だったが厄介なことに今回のこれは支援局への依頼だった。
断り続けた結果真昼が強行手段に出たというのが現状だった。しかも私に直接ではなく支援局に依頼した形だ。局長も断ってくれればよかったのに。
てっきり断られるかと思われた緋紙さんもこちらの経緯を話したら二つ返事で出席してくれた。ただし借りが一つということになった。
「これって安来ちゃんが作ったの?」
話に興味を示したのはずっと黙していた降瑠だった。緋紙さんの存在に萎縮していただけなので私の話題となれば問題はないようだ。
「あ、うん。とはいっても家庭科室で作れるものだから凝ったものは無理だし、揚げ物は出来合いのものでデザート類は基本冷凍品だ」
皆を呼び出す前に料理研究部にお願いして家庭科室を借りて作ったのだ。
中学時代料理にはまったこともあったので一通りこなせるが揚げ物は学校ではNG、デザートは専門外だったので外から仕入れてきた。
ちなみに私が作ることになったのは経費的問題によるものだ。真昼が渋ったというよりは高校生のお小遣いではこれが限界だったというところか。ほいほい金を出す夢鈴先輩がおかしいのだ。
「それでもすごいよ。どれもすごく美味しそうだもん」
降瑠が褒めるのを耳にしたからか緋紙さんはスマホから視線を上げてテーブルの上を見た。その後真昼の顔を見てため息を吐いた。
「……私の貴重な時間を割いて来てるのだから進めてもらってもいいかしら? ホストさん」
緋紙さんからの意外な助け船に真昼は驚いた顔をした後嬉しそうに笑った。
「それじゃあ、私の名前は知ってるよね?」
「覚えてないわよ」
緋紙さんはきっぱりとそう返した。しかし私はそれが嘘だということを知っている。以前真昼の名前を出したときに間もなく反応してたし。
「むー。改めてあたしは蝶野真昼だよ。バスケ部だよ」
真昼は次よろしくとでも言うように私の方に視線を向けてくる。そういえば緋紙さん相手に結局名乗っていなかったっけ。
「私は安来愛莉明です。支援局の一年生です。今回は色々セッティングをさせてもらいました」
私は一応そう付け加えて私は降瑠の方を見た。ここは私が代わりに紹介するべきだろうか。そう思ったら降瑠と目が合った。その目には強い意志があり、大丈夫だというように頷いた。
「わ、私は猫道降瑠です。緋紙ちゃん、よ、よろしくね」
「……まあ、よろしく」
緋紙さんは降瑠を一瞥するとポツリとそう返した。一見興味がなさそうな反応だが普段の緋紙さんだと返事もしなかったことだろう。降瑠に対して何か思うことがあったのかもしれない。
降瑠も緋紙さんのそんな雰囲気を読み取ったのかほっとしたように息を吐いた。その代わりに真昼が不服そうに顔をしかめた。緋紙さんが降瑠にしか反応を示さなかったのが納得いかないらしい。
「私は緋紙優里奈よ。今回は招待に応じて来たけれどこういうのはあまり得意じゃないから今回限りにしてほしいわね」
「それなら普通に声をかけたりとかはオッケー?」
すかさず真昼がそんな質問を投げかけた。緋紙さんは真昼のことを睨みつけるが真昼は意に返さず笑みを返した。それを見て緋紙さんは諦めたようにため息を吐いた。
「勝手にすればいいわ。それより猫道さん、ちょっといいかしら」
「え、私?」
まさか名指しされるとは思っていなかった様子の降瑠は驚いて緋紙さんを見た。
今回の会の前に緋紙さんに降瑠とロータス、今井戸先輩との関係について話した。もちろん彼についてもう何も覚えていないことも。
「猫道さんはオカルト研究部だそうね。少し興味があるから今度見学に行ってもいいかしら?」
「た、たぶん大丈夫だと思う。みんなも喜んでくれると思う」
降瑠は戸惑いながらも笑ってそう返した。驚いてはいるがまんざらでもないといった感じか。
「それはよかったわ。お礼に何か差し入れにもっていくわね。お菓子作りはこれでも得意なの」
「え! 緋紙ちゃん、お菓子作れるの?」
私は盛り上がる二人を尻目に蚊帳の外となっている真昼の様子を伺う。真昼は複雑な表情で二人の姿を見ていた。降瑠がうまく話ができていてうれしい半面緋紙さんと仲良くしてうらやましいといった感じだろうか。
仕方ない真昼の相手は私が、そう思ったところでスマホの通知音がした。どうやら時間が来てしまったらしい。
「真昼、悪いけど少し席を外すね。後は頑張って」
事前に伝えてはいたので真昼は渋々といった様子だったが私を見送ってくれた。私は部屋を出ると夢鈴先輩に電話をかけた。夢鈴先輩はワンコールで出てくれた。
『リアちゃん、目標はもう屋上についてるよー』
「……了解。ありがとうございます」
私はすぐに屋上に向かう。屋上へ続く扉は普段は鍵が閉まっていて立ち入り禁止なのだが行ってみると普通に鍵が開いていた。
私が屋上に足を踏み入れるとっそこで待っていた人物が振り返った。早瀬さん、化異関係のスペシャリストだった。
「お待ちしてました、愛莉明様」
私に気づいた早瀬さんは恭しく頭を下げた。今回分け合って私が彼を呼び出したがこの場所を指定したのは早瀬さんだった。
「待たせしました、早瀬さん。ところでどうやってここに?」
「……心配してるようなことはありませんよ。ちゃんと手続きをしています。この通りです」
早瀬さんはそう言うと首にかかった来客用のパスを見せてきた。確かにそれは本物のようだったが一体どうやって手に入れたのか。
「それはそうとこの前はご協力ありがとうございました。遺族である愛莉明様には色々と仰る権利がおありでしたのに黙認してくださりありがとうございます」
早瀬さんはそう言って丁寧に頭を下げる。この前というのは伊凪兄さんの件のことだろう。そう言えばこうしてこの人と話をするのはあの日以来だったか。
「いえ。気にしないでください。私が平穏無事に暮らせているのは兄さんの件を秘密裏に処理してくれたからこそですから」
もし兄さんが犯人として世間に公表されていたのならマスコミや世間の目によってまともな生活を送ることができなくなっていたはずだ。
「……愛莉明様はやはり視野が広いですね。それではそちらの要件を聞かせていただけますか?」
私は頷き、蓮海先輩のことを化異のことを含めて話した。
「早瀬さんは化異の問題についてくわしいそうですね。どうにか蓮海先輩を目覚めさせることはできませんか」
「……日下部様が例の刀で斬ったのですね。本来であれば怪異ごとあの世行なのですが蓮海様は生きているのですね」
興味深そうに早瀬さんは頷いた。
「実体の持たない特殊な怪異だったからでしょうか。となればどうにかなるかもしれません。おそらくですが意識が戻られない蓮海様の体に化異が残ってるからでしょう。それを取り除けばどうにかなるかもしれません」
「本当ですか!?」
それが本当なら弓崎会長にいい報告ができるかもしれない。それに蓮海先輩から何か情報が聞けるかもしれない。
「ただ蓮海様から話を聞き出すのは諦めた方がいいかもしれません。日下部様の刀は怪異を完全に消し去ってしまうので怪異として行動していた間の記憶も失っている可能性が高いのです」
実体の持たないということは記憶すべき脳を持たないということで記憶は化異が維持に関わっているらしい。そんな状態で日下部さんが切ったことで記憶も一緒に消えてしまったのではということのようだ。
「それでは蓮海様の入院していらっしゃる病院をお教えいただけますか。こちらで診てみますので」
私は紙に住所と病室を書いて早瀬さんに渡した。早瀬さんはそれを一瞥するとポケットにしまった。
「愛莉明様、それでは私はこれで失礼させていただきます」
早瀬さんは一礼して屋上から去って行った。私はそれを黙って見送った。
『そのまま行かせてよかったのー?』
早瀬さんにバレないような特殊なイヤホンから夢鈴先輩のそんな声が聞こえた。今回は電話ではなく、夢鈴先輩が用意した無線機を介している。さらには屋上には事前に収音マイクが設置されており、早瀬さんとの会話も全て夢鈴先輩には筒抜けだった。
「はい。今回はこっちがお願いする側でしたから。問い詰めることで機嫌を損なわせるわけにも行きません」
『でも普通に怪しかったよねー。彼のことを知っていたはずなのにまるで初めて聞いたかのような反応だったしさー』
私はその言葉を聞きながら先日のことを思い出す。弓崎会長の協力もあって蓮海先輩の母親と話す機会を得ることができた。その会話の中で蓮海先輩が目覚めなくなる数日前に訪ねてきた男がいたことが判明したのだ。
再び来射火先輩に協力してもらった結果浮上したのがこの早瀬さんだった。
「早瀬さんは日下部さんが信頼している相手なので今のところはそのままにしようと思います。何かたくらみがあるなら動きがあるはずですから」
『……リアちゃんがそう言うなら夢鈴もこれ以上は追究はしないでおくねー』
少し不満そうではあったが夢鈴先輩自身には直接関係があることでもないので強くいう気はないようだった。
『機材の回収とかは夢鈴のほうでしておくからそのまま戻って来てねー』
そこで通信が切れたので私は屋上を後にした。その後局室に戻って真昼たちと過ごした。
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