3日目-1

 次の日の放課後私は一人で指定を受けた病院へとやって来た。一人で来いと言われなかったが病室に多人数で押しかけるのは失礼かと思ったのでこうして一人でやって来た。

 受付で私が名前を告げると話が通っていたようであっさりと来客パスを手にすることができた。私は受付で場所を聞いて早速向かうことにする。

 私は病室の前に着いてドアをノックする。


「どうぞ」


 すぐに声が返って来たので私はドアを開けて中に入った。病室のベッドには一人の少年が眠っており、その傍らに私服姿の弓崎会長が座っていた。彼女が学校を休んでいたとは思えないのでわざわざ着替えたようだ。


「お待ちしてましたわ。彼が安来さんが知りたがっていた生徒ですわ。御覧の通りずっと眠ったままですわ」


 弓崎会長はそう言ってもう一つの椅子を私に勧めてくれた。私は促されるままにその椅子に座って眠っている少年の様子を確認する。彼の顔は安らかで病気とかそういう感じには見えない。


「安来さん、今日は生徒会長としてではなく彼の友人としてここにいるつもりですわ。なのでそのように接してくださると助かりますわ」


個人の話をするには会長という肩書が邪魔ということなのだろう。となると弓崎会長と呼ぶわけにもいかないだろう。


「わかりました、弓崎先輩。先輩がここにいたことはここだけの話にしておきます」

「ええ。わざわざありがとう。その代わり話す内容に関しては好きに記録してもかまわないわ」


 私はさすがにパソコンは持ち込めないと思ったので代わりにスマホを使て内容を記録することにする。聴取相手は匿名Yにしておこう。


蓮海はすかい翠簾すいれん。彼はうちの高校の3年生で1、2年の頃は生徒会に入っていましたわ」


 元生徒会役員か。だからこそ弓崎先輩は彼の事情を知っていてこうして話してくれているというわけか。


「蓮海くんは私が副会長のとき庶務を務めていた子で彼が健在なら風花ではなく彼が副会長をやっているはずでしたわ」

「……風花副会長とは長い付き合いではないんですか?」

「そうでもないですわ。蓮海くんが不登校になって困っていたとき直談判してきたのですわ。ですから半年と少しといったところですわね」


 近くで見ていた感じだと風花副会長は弓崎先輩のことを信頼していてもっと長い付き合いなのかと思っていたのだがそうでもなかったらしい。色々と気になったが風花副会長のことは今は関係ないので聞くのはやめておこう。


「どうして蓮海先輩は不登校に?」


 最初から今の状況なら不登校という表現はしないだろう。そう思って尋ねてみると弓崎先輩は複雑そうな表情を見せた。後悔をしているという感じはしないがどこか痛ましいものを見ているかのようなそんな表情をしている。


「私に負けたからですわ。蓮海くんは生徒会選挙でライバルでしたの」


 弓崎先輩と蓮海先輩は生徒会選挙で生徒会長の座をかけて戦ったらしい。その結果は弓崎先輩の圧勝だったそうだ。

 善戦しての敗北だったのならまだ彼の傷は浅かったことだろうが彼のプライドは大きく傷ついただろうことは間違いないだろう。それこそ不登校になるくらいに。


「蓮海くんが自尊心の強い男だと私は知っていましたわ。でも手を抜くなんてできなかったのですわ」

「……蓮海先輩はいつ頃今の状況に?」

「蓮海くんが不登校になって1週間くらいしたころだったかしら。ある朝急に眼を覚まさなくなったと蓮海くんのお母さまから聞いているわ」


 その前後に何か変わったことがないか、だれか尋ねてきた人はいないか聞いてみたが弓崎先輩にはわからないようだった。一緒に住んでいるわけでもないので当然と言えば当然だが。しかし、機会があれば蓮海先輩のお母さんに聞いてみると約束してくれた。


「これで安来さんが知りたいことは知れたかしら?」

「……はい。大体のことわかりました」


 この蓮海先輩があの今井戸先輩の正体に間違いはなさそうだ。日下部さんにお願いして確認してもらえれば彼が化異に侵されているかの裏も取れるだろう。ただ化異とのつながりが全く見えなのは残念だ。

 まあ、そこは彼の周辺を調べて何か出てくることを祈るしかないだろう。


「それならよかったですわ。何か気になることが出てきたら連絡をくださるかしら?」


 弓崎先輩はそう言うと折りたたまれたメモ用紙を手渡してきた。


「その連絡先は生徒会とは無関係の個人的ものですわ。なので気兼ねなく連絡しなさい」

「ありがとうございます」


 私はその場で確認するのはやめてポケットにしまった。先輩はもう少し残るというので先にお暇することにして私は病院を後にした。

 病院を出ると私はすぐに夢鈴先輩に連絡してとある人物との会談をセッティングしてもらった。夢鈴先輩は不思議そうにしていたが取り次いでくれ、この後すぐに会うことになった。

 ただ会う場所は相手の指定で、病院からは少し距離があったが私はそのまま向かった。

 「純喫茶 HOLLY」それが相手が指定した店だった。店の扉にはCloseの看板が下がっていたが私は構わずドアを開けて中に入る。


「お待たせしました。風花副会長」


 私がそう呼び掛けると先に席に座ってコーヒーを飲んでいた少女がぺこりと頭を下げた。


『安来さんも飲むのだ?』

「いえ、私は大丈夫です」


 風花副会長が立ち上がりかけたところを見るとそのコーヒーは彼女が淹れたもののようだ。店内を見渡すと他に誰の姿もなく、どうやら今この場にいるのは私と風花副会長だけらしい。


「風花副会長はこの店の関係者だったんですね」

『……お願いして借りたのだ。今日は定休日で元々お休みなのだ』


 別に無理を言って借りたわけではないので気にしないでくれということなのだろう。

 私は風花副会長の向かい側に座って手荷物を空いた椅子に置く。


『それでどうしたのだ? 鈴夢は話があるとしか言わなかったのだ』

「もちろん、依頼の報告ですよ」


 私がそう返すと風花副会長は怪訝そうな顔で首を傾げた。どうやらシラを切ろうというつもりのようだ。


『生徒会が何か依頼を出してたのだ?』

「いえ。生徒会ではなく風花副会長からの依頼ですよ。お忘れですか?」


 私は風花副会長の目を真っ直ぐ見てそう返した。それでも風花副会長は困惑した顔で肩をすくめる。私が言っていることが理解できないと言いたいらしい。


「実は昨日園芸部を隠れ蓑にしてる自称秘密結社のガーデンから依頼を受けたんです。風花副会長はもちろん知ってますよね?」

「………」


 風花副会長は口を閉ざし、タブレットも沈黙で返す。


「昨日副会長の役割について弓崎せ、会長から聞きました。学内組織の対応は副会長の役割だそうですね」

『……副会長の管轄は文化部だけなのだ。支援局は文化部の括りに入っているだけなのだ』


 おっと、こちらが推測で話していることがばれてしまったようだが大筋で問題はないだろう。


「そうでしたね。ですが園芸部は文化部です。そうなれば園芸部の現状を知らないなんて訳がないですよね。ガーデンにしか顔を出していない緋紙さんも園芸部所属ということになってますしね」

『私がその秘密結社に関わっている根拠はわかったのだ。でも私が依頼した人物という根拠がないのだ』


 ここまで言っても風花副会長は逃れようとしてくる。どうしても認めたくないのか、それとも私を試したいのか。


「名前です。緋紙さんはリリー、ロータスさんの正体は蓮海先輩でした」


 緋紙優里奈でユリだからリリー、蓮海翠簾でハスだからロータスだった。


「そしてあなたの名前は横木風花です。木の横に風で楓、つまりはメイプルというわけです。ですよね、ガーデンの盟主、メイプルさん」


 私は確信を込めてそう風花副会長にそう突きつける。風花副会長は変わらない表情で鞄を漁って仮面を取り出した。それは昨日メイプルさんが付けていた鬼の仮面だった。


「正解だぜ。俺を呼び出した時点で気づいているとは思っていたが確かめさせてもらったぜ」


 風花副会長は仮面を装着してそう言った。どうせなら仮面何かやめればいいのに。


「もしかして蓮海先輩がロータスの正体だって最初から気づいていたんですか?」

「……当然だろ。俺は生徒会選挙でのことは知ってたし、ロータスの名前に該当しそうなのは奴くらいなものだったしな」


 つまりは最初から支援局に依頼を出す必要性はなかったということか。こちらが動きやすいようにという善意か。それとも何か別の意図があってのことか。


「そう警戒すんじゃねーよ。あんたらが損するようなことは何もたくらんじゃいねーよ。だがまあ、あんたらを利用したのは確かだし一つ疑問に思ってるだろうことの答えをやる」


 風花副会長はタブレットを首から外して私の方に机の上を滑らせて私の方に寄越した。


『化異はどうやって伝染するのだ?』


 タブレットからいつもの声でそんな言葉が聞こえてきた。疑問に答えると言っておいて質問するのはどうかと思ったがそれが必要なことだろうと思い私は答える。


「怪談を媒介して感染します」

「それは間違っていねーが正しくもねーよ」


 風花副会長が私の答えにそう返すと同時に再びタブレットから質問が流れる。


『電子機器から化異は伝染するのだ?』


 電子機器、つまりは録音やネット上の動画などから化異の影響を受けるのかということか。

 私の経験でいえば百奇夜談の件の時に怪談の録音を聞いたときに影響を受けている。そのことを考えればYesとなってしまうがここで重要なのは質問の意図だ。


「……伝染しない、そうですね?」

「ああ、正解だ。それで伝染すんなら動画作って拡散すりゃパンデミックだろうよ」


 日下部さんは化異をウィルスのようなものと言っていたし、風花副会長は伝染という表現を一貫していた。化異が本当にウィルスのようなものだとするなら電子機器に感染するはずがない。日下部さんもあくまでも人ありきだと言っていたし。


「……もしかして風花副会長が直接喋らないのはキャラ付けではなく化異を移さない為ですか?」


 話の流れからそうとしか考えられなかった。私の指摘に風花副会長は立ち上がり、仮面を外してにこりと微笑んだ。そして私の前のタブレットを回収する。


『以前言った通り私は怪異ではないのだ。そこは心配しなくてもよいのだ。それではごきげんようなのだ』


 その言葉を残して風花副会長は振り返ることなく店から出て行った。結局は私の予想の是非については言わなかった。明言はしたくなかったのかもしれない。

 私は荷物をしまうと風花副会長の後に続いて店を出た。


「もう終わった?」


 店を出たところで待っていたのは緋紙さんだった。自分の役割を示すように鍵を指先で回してみせる。いつからいたのかは知らないが間違いなく風花副会長にも会っていることだろう。


「緋紙さんは知っていたんですか?」


 具体的なことは言わずに私はそう尋ねた。緋紙さんは私の質問の意図に気づいたようだった。


「私は何も知らないわ。店長に戸締り頼まれただけだし」


 緋紙さんはそう言いながら手に持っていた鍵で店の戸締りを済ませた。嘘は言っている様子はなく、どうでもいいと思っているのかもしれない。


「緋紙さんは真昼と仲はいいんですか?」

「は? どうしてあの子の名前が出てくるのよ」


 緋紙さんは顔をしかめて私の方を振り返った。どうやら私と真昼の関係までには及んでいないらしい。緋紙さんは回りに興味はなさそうなので他のクラスの事情までは知らないのだろう。


「この前真昼と話したときに緋紙さんの話になったんです」

「……もういい、何となくわかったわ。それじゃあ私は行くわ」


 緋紙さんはそう言うと振り返ることなく行ってしまった。緋紙さんを見送った後私も帰宅することにした。

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