2日目-3

 結社ガーデンの代表メイプルとの会談を終えた私たちは局室へと戻って来たのだがドアを開けて私は違和感を覚えた。


「……鍵が開いてる?」

「閉め忘れただけじゃないのー?」


 夢鈴先輩はそう言って気にした様子もなく局室へと入って行く。私は腑に落ちないまま夢鈴先輩の後に続く。

 局員の誰か来てるのかもとも思ったが中を見ても夢鈴先輩以外には誰もいない。ここ数ヶ月神説局長が一度現れたことを除けば夢鈴先輩以外やって来たことがないので今さら顔を出すとも思えないが。


「さあ、記憶が新しいうちに聞いた話をまとめちゃおーよ」


 珍しくやる気な夢鈴先輩はタブレットを手に取ると行く前にも見た資料を再び表示させた。

 私はひとまずドアの鍵については考えるのをやめて夢鈴先輩に付き合うことにした。


「色々焦らしておいてあの人何も覚えてなかったよねー」


 夢鈴先輩がため息混じりにそうして言った。

 そう、メイプルさんはロータスさんについての記憶はなかった。ただ誰かの存在が消えたかのような違和感は覚えていたようだ。

 結社ガーデンは紹介制だそうで紹介者と被紹介者の名前を記録するそうなのだが確認したところリリー、緋紙さんの紹介者欄が空欄になっていたそうだ。そして私たちに出された依頼は空欄の紹介者の調査だった。


「確かにロータスさんの情報は得られなかったですけど助言はくれました」

「存在しないものを追いかけてもしょうがないってやつだっけー? 夢鈴にはちんぷんかんぷんだよー」


 メイプルさんが私たちが退出する直前に言ったのがその言葉だった。正確に言うなら「ロータス何てもんは存在しねーよ。そんなものを追うくらいなら実在する人間を探したほうがましぜ」という言葉だ。

 それだけ聞けば緋紙さんの言い分を完全否定してるだけのようだが一方でメイプルさんは怪異の存在を肯定している。

 ならば別の意図があっての言葉に違いない。


「言葉のまま考えるなら怪異ではなく実在する人を探せってことですよね」

「……化異は怪談を媒介に伝染するんだよね。そして化異は物体を変異させるだけだから死んでも肉体は残る。それなら彼は消えてなくなったのは変じゃないかなー?」


 言われて見れば確かにその通りだ。怪異の性質上あまり気にしてなかったが普通に考えれば煙のように消える何ておかしい話だ。質量保存の法則に反している。

 だとすれば考えられるのは怪異としての彼にはそもそも肉体がないゴーストのような存在だったということだ。


「そもそもそういう怪談に出てくるのは生まれるはずだった兄姉とかの幽霊が多いからねー。彼がそうだったとしてもおかしくないよねー」


 死者が怪談を聞くなどできるはずないので今井戸先輩は生きた人間なのは間違いない。となれば彼は生霊だったと考えられる。化異に感染した人が死んで幽霊になった可能性もあるがどちらにしろ存在している本体ならば探せなくもないのではないだろうか。


「夢鈴先輩、現在長期的に休んでいる生徒を調べられますか?」

「できなくもないけど夢鈴がやるより手っ取り早い方法があるよー。生徒たちの情報は生徒会が管理してるから生徒会を頼るといいよー。こっちには貸しがあるから休んでいる生徒を教えるくらいなら拒否したりはしないと思うよー」


 夢鈴先輩はそう答えながらスマホを取り出して電話をかける。しばらくして電話を切った夢鈴先輩は立ち上がった。


「副会長は今いないってー。だから誰かしらは生徒会室にいるだろうから直接頼んでくれだってー」


 いつのまにやら風花副会長と連絡先を交換していたらしい。来射火先輩から聞いたのかもしれない。

 私はそのまま生徒会室に向かうのは気が引けたので弓崎会長にメールを送っておくことにする。するとすぐに「お待ちしています」という返信があった。


「夢鈴先輩は今日の話を整理しておいてください。生徒会室には私が行ってきます」


 弓崎会長と夢鈴先輩とは面識はないし人が多い場所だと夢鈴先輩は役に立たないので局室でできることをやってもらうのが妥当だと思ったのだが夢鈴先輩ならごねるかもしれない。


「はいはい。いってらっしゃーい」


 夢鈴先輩はそう返すとパソコンを取り出して作業を開始する。予想外の反応に私は夢鈴先輩の顔を見つめてしまった。


「……生徒会室にいかないのー?」

「えっと、それじゃあ行ってきますね」


 スムーズに進むことに越したことはないので夢鈴先輩に留守番を任せて私は荷物をまとめて生徒会室に向かうことにした。


 てっきり生徒会室には他の役員が揃っていると思ったのだが私を待っていたのは弓崎会長だけだった。風花副会長が留守だということはわかっていたが他の役員の姿もないとはどういうことだろうか。


「しばし席を外してもらっただけですわ。支援局の対応は副会長の役目と決まっているのですわ」


 だから役目以外の者を退出させたということみたいだ。学校側は生徒会と支援局が深く結び付くのを避けたいらしい。


「それなら風花副会長がいるときにした方がよかったですね」

「そこは大丈夫ですわ。生徒会長にはすべての役職の業務を担う事ができるから問題ありませんわ」


 選挙で選ばれるのは生徒会長だけで他の役員は生徒会長に任命権がある。もちろん任命しないこともできるので過去には会長のみの生徒会があったこともあるそうだ。

 ということで生徒会長の仕事を他の役員に分担しているという考えの為生徒会長には生徒会に回って来た全ての仕事に対して責任を負うことになっているらしい。


「ひとまずは座ってくださる? 要件はそれから聞きますわ」


 弓崎会長はそう言ってお茶を淹れてくれる。私は言われるまま来客用のソファーに座ってお茶を出されるのを待つ。

 文面で済ませるのは失礼かと思い詳細はメールに書かなかったがこうなるなら書いておいてもよかったかもしれない。

 私はもらったお茶を一口飲むと早速本題に入ることにした。怪異の話は伏せてここ数ヶ月休学している生徒について尋ねる。


「……風花ではなく私が対応して正解でしたわね。生徒個々人については副会長の管理外ですから」


 弓崎会長は鍵のかかった戸棚を開けると一冊のファイルを取り出した。


「持ち出し不可能なファイルですわ。なので写真に取ったりメモするのは禁止ですわ」


 そう言って弓崎会長はあっさりと私にファイルを差し出した。そのファイルは休学届を出した者、または諸事情により長期的に休学している者をまとめた者だった。

 ファイルを開いてみると神説会長について書かれていた。


「あの男はほとんど学校に来ていませんわ。ほとんど籍だけを置いているようなものですわね。他の支援局の方も似たようなものですがこの男は特にですわね」


 休学受理条件としてレポートおよび課題の提出、試験での一定点数以上の取得と書かれていた。こうして見ると度々授業に顔を出している夢鈴先輩はまだマシなんだということがわかる。

 この久滑ひさなめ理瑠香りるかというのが支援局3年と書かれているのであの元ヤン先輩だろう。元ヤン先輩は課題の代わりに月一の補習と書かれていた。どうやら月一で登校しているらしい。それなら支援局に顔くらい出してくれてもいいと思うのだが。

 そしてファイルの中には面識のない最後の支援局員についても書かれていた。布里蔵ふりくら隕石メテオ、二年生の局員だ。名前からはどんな人か全くわからないが月に十日以上は登校しているようだ。

 とまあ、身内のことはさておいて私は目的の生徒を絞り出すことにする。神説会長の調査によれば今井戸先輩の活動は昨年度の後半あたりから始まっているようなのでまずは現1年生は除外していいだろう。後は支援局員のように特殊な免除者や留学等日本から離れている生徒も除外してもいいはずだ。


「知りたい情報は得られたかしら?」


 私が返却したファイルを受け取りながら弓崎会長がそう尋ねてきた。ここに書かれている情報だけでは確信までは得られないが1人気になる生徒がいた。この際なので弓崎会長にその生徒について尋ねてみると一瞬表情を険しくしたがすぐに元の表情にに戻った。


「……差し支えなければどういう理由でその生徒のことを知りたいのか教えてもらってもいいかしら。書かれていること以上の情報はプライベートに関するものよ」


 書かれていることとは言うけれどその生徒についてわかるのは名前とクラスくらいのもので休学理由も休学条件も一切書かれていなかった。弓崎会長の物言いから休学理由そのものがデリケートなことなのだろう。

 本来ならこれ以上の追及は諦めるところだが弓崎会長はあえて聞いてきてくれている。理由によっては話してもいいと暗に言ってくれている。


「……私も詳しいことは話せませんがこの生徒が私の兄の事件に関係しているかもしれないのです」

「……あの事件ですわね。今もお兄様の遺体は見つかっていないのでしたわね」


 弓崎会長は痛ましげに視線を落とすがすぐに私へと視線を戻す。


「安来さんのことですから私事だけで動いているわけではないのでしょうし、私にはわかりませんがある程度の根拠をもって彼を疑っているのでしょう」


 弓崎会長はメモ帳にペンを走らせると破り取って私に差し出してきた。


「明日の放課後こちらにいらして。そこで説明させていただきますわ」


 どうやら学校内ここでは話せないことらしい。私はそのメモを受け取って生徒会室を後にする。


「弓崎会長、ありがとうございました」

「ええ。お待ちしていますわ」


 私は生徒会室を出た後改めてもらったメモを確認する。そこに書かれているのは住所であり、私の記憶が正しければその住所はここらへんで一番大きな病院だった。

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