2日目-2

 園芸部の部室は部室棟の三階の端にある。ここがほとんど利用されないのは納得であり、花壇のある場所からだいぶ離れた場所にあった。

 園芸部の表札はたっているが「御用のある方は花壇横の倉庫までお越しください」と書かれていた。本当に普段から利用はされていないらしい。

 私はドアをノックしてみたが待てども返事は返ってこない。まだ来ていないのかと思ってドアノブを回して見たが鍵はかかっておらず、普通にドアが開いた。

 私は夢鈴先輩と顔を合わせてそのまま中に入ることを決める。ドアを開けた瞬間思ったのは異様にくらいということだった。どうやら分厚い遮光カーテンによって完全に光が遮られているらしい。

 その所為で廊下からの明かりだけでは中はよくわからないので電気を点けようとしたが全くつかなかった。一つもつかないということはそういうことなのだろう。

 そう思ったとき声が聞こえてきた。その声は部屋の奥からしているようで目をこらせばそこに誰かいるように見える。


「夢鈴先輩は廊下で待っていてください」

「えっ?」


 私がそう言ったときには既に夢鈴先輩は部屋の中に入っていた。そして無情にもドアが閉まった。私は慌ててドアノブを掴んだがどういうわけかドアは開かなかった。内鍵なので鍵は閉まってないはずなのだが。


「えっと、リアちゃん。今はどういう状況ー?」


 すっかり闇に包まれた部屋に困惑気味の夢鈴先輩の声が響く。


「……夢鈴先輩、ひとまずスマホは出さないでください。明かりを持ち込むのは危険かもしれません」

「それってどういうことー?」

「先輩、静かにしてください。何か聞こえませんか?」


 私の言葉に夢鈴先輩は口を閉じる。やはり部屋の奥から何かを呟くような声が聞こえてくる。少し離れているからか内容までは聞き取ることはできない。


「この状況はおそらく怪異です。この状況に覚えがある怪談があります」


 伊凪兄さんが残した怪談本にこれに似た怪談が載っていた。大分曲解している面もあるだろうが間違いない。「闇夜の怪談師」そんな名の怪談だったはずだ。

 現状夜とは言えない時間帯ではあるが闇の中というのは間違いない。それにこの声が語っているのはおそらく怪談だ。


「夢鈴先輩、奥の人影の顔は見ないようにしてください。発狂して最悪自死するかもしれません」

「え、怖っ! リアちゃん、対処法とかわからないのー!」

「……基本怪談を語るだけの怪異で光源さえ持ち込まなければ大丈夫だと思いますが」

「化異がらみだと何ともいえないよねー」


 問題はあれが語るのが怪談という点だ。化異は怪談を媒介として広がる。耳にしている現状ですら知らない間に蝕まれている可能性すらある。

 一番は怪談の内容通りここから離れるのがいいのだが残念ながら退路は断たれている。

 となると状況を変えるしかないだろう。怪異の口を塞いでしまうのがたやすいだろうが見てしまうリスクを考えると得策とは言えないだろう。


「夢鈴先輩、音を頼りに人影に襲い掛かってもらっていいですか」

「え? リアちゃん、本気で言ってる?」

「はい。お願いします。一応顔を見ないように目をつぶってください」


 夢鈴先輩は私の言葉を飲み込むように沈黙したあと小さくため息を吐いた。


「何かあったら恨むからねー!」


 捨て台詞のようにそう言って夢鈴先輩は人影に体当たりしていった。それを見送ってから私も動くことにした。夢鈴先輩は椅子やら机やらを手探りで避けながら進んでいたが私は跳んで机の上に着地する。正直こんな真っ暗な中では無茶でインドア派の夢鈴先輩には危険だと思ったのでさせなかった。

 要は体感と反射だ。目が暗闇に慣れてきたのである程度の物の場所はわかるので問題はない。そうして人影に近づくにつれて話している怪談の内容がわかってきた。その内容は私の知っている「闇夜の怪談師」の内容と一緒だった。雰囲気と相まって聞いているだけで不安になってくる。

 私は怪談を聞き流すように努めて一気に距離を詰め、そのまま人影の頭上を飛び越える。そしてガムテープか何かで固定されていた遮光カーテンを力任せに引っ張った。

 それにより部屋の中に光が差し込み、部屋の中を明るく照らす。


「ぎゃあああ! ぐへ!」


 次の瞬間夢鈴先輩が悲鳴を上げて後退り、机に頭をぶつけてた。一体何をしてるのかと思ったら怪談を話していた奴がのそりと立ち上がり私の方を振り返った。フードの中から覗いていたのは精巧な鬼の仮面だった。

 目を開けた瞬間至近距離にこの顔があったら誰だって驚くことだろう。


「見事じゃねーか。いい対処だったぜ」


 鬼の仮面の人物は性別を判断させない中性的な声でそう言った。どうやらそのふざけた仮面も外す気はないらしい。


「あなたが結社の代表ですか」

「ああ。俺が結社ガーデンのメイプルだ。まあ、座れよ。腰を抜かしたそこの可愛いお嬢さんもな」


 夢鈴先輩は立ち上がると腰なんか抜かしてねーしとでも言いたげにメイプルと名乗った鬼の仮面の人物一睨みしてから椅子に座った。

 私は色々と言いたいことはあったがひよまずはメイプルさんに言われるままに夢鈴先輩の隣に座った。


「まずは茶番に付き合ってくれて感謝するぜ」

「茶番?」

「ああ。俺は別に怪異というわけじゃねーよ。違和感を覚えたはずだろう?」


 確かにメイプルさんの言う通りではある。部屋の中が真っ暗だからと一応納得という形だったが夜ではないのはおかしい所だった。それに自身由来の怪談を語っているというのもよく考えれば違和感だった。


「いったいどういうつもりですか?」

「怪異というものを知っているのか知りたかっただけだ。まあ、想定以上だったが。支援局の面々も覚えておくといい。怪異体験というのは作れるのだとな。でなければホラーというジャンルはそもそも成り立たん」


 メイプルさんは全ては演出によって作られたものだと語った。自動でドアが閉まる仕掛け、室温、部屋を暗くしたのも雰囲気づくりの為だったようだ。


「メイプルさんはどれくらい怪異についてご存じなんですか?」

「……どこかの専門家ってほどは知らねー。怪異がどういったものか知っているくらいだ。さて、ロータスについて聞きたいんだってな?」


 ロータスというのは緋紙さんが言っていた今井戸先輩の組織内での名前だ。その名前が出てくるということは少なくとも緋紙さんから話は聞いているのだろう。


「メイプルさんは今井戸先輩、ロータスさんについてどこまで知っているのでしょうか」

「……話してもいいが条件がある。俺からの依頼を受けてもらうぜ。組織性質上表だって動けねーからな。お前らにとっても悪くはねー提案だと思うぜ?」


 そう言われて私は黙って話を聞いている夢鈴先輩の方を見る。以前依頼に関係なく行動することについて言及されたこともある。

 現在のこの会談だって依頼とかではなく神説局長の指令の延長上で行っている状態だ。


「……つまりはメイプルさんからの依頼はロータスさんに関係あるということでいいんですか?」

「もちろんある。依頼内容は情報に直結してるぜ」


 依頼内容も受けると言うまで話せないということだろう。

 とはいっても私たちに受けないという選択肢はない。情報がどうとか以前にメイプルが生徒である限り依頼を断るというのは支援局的には無理なのだ。

 もちろん不可能な依頼や管轄違いというのなら別だが嫌だからやりませんは通じないのだ。


「今回は別の組織に丸投げ、てのは通じないよねー。秘密結社を名乗るくらいだしー」

「当然だぜ。支援局おまえらには存在を知られちまったからこその依頼なんだからよ」


 私と夢鈴先輩は視線を合わせて頷きあった。リスクはないわけではないがここはメイプルさんの条件を呑むしかないだろう。


「わかりました。依頼を受けさせてもらいます。依頼内容を聞かせてもらってもよろしいですか」


 私の言葉にメイプルさんは頷いた。


「いいぜ。俺が持ってる情報と一緒に聞かせてやるぜ」


 私はパソコンを開いてメイプルさんが話す言葉を記録していった。

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