1日目-3
送られて来た地図の喫茶店は学校から1キロほど離れた徒歩圏内にあった。
地図からはわからなかったがそこは住宅街でその一角にあったのが「純喫茶 HOLLY」だった。
「住宅兼喫茶店といったところか。行こうか、待ちくたびれた頃だろうから」
来射火先輩は自ら先導して建物の中へと入っていく。あの夢鈴先輩の介護をしているだけあり中々に行動力がある。
私は来射火先輩の後に続いて喫茶店へと入る。カウンター席とボックス席の二種類があり、それなりにお客は入ってるようだった。
「いらっしゃいませー。空いてる席にどうぞ」
出迎えてくれたアルバイトであろう女性がそう声をかけてきた。来射火先輩が言葉を返す前に私が一歩前に出て女性に聞いてみる。
「ここには待ち合わせで来ているんですが聞いてませんか?」
「いえ。わたしはきいてません。まだお見えになっていないのではないでしょうか」
私はそう言われて店内を見回してみたが学生らしき姿はなく、客のほとんどはこの住宅街近辺のおじさんおばさんといったところだろうか。
「わかりました。コーヒーでも飲みながら待ってみようと思います」
私はそう答えると誰もいないボックス席に向って歩き出す。そんな私の横に来射火先輩が並ぶ。
「まさか場所だけ示して来ないつもりなのか」
「……どうでしょうね。とりあえず座りましょう」
私は冷静にそう返すと私は席に座ってメニューを手に取る。カフェでよく見るようなオーソドックスなメニューが並んでいた。私はとりあえずコーヒーとショートケーキのセットを頼む。来射火先輩は紅茶とミニパフェを頼んだ。
「来射火先輩、掲示板の相手についてどう思いますか」
頼んだものが運ばれてくるまで暇なので私はそう話を振った。
「どうもなにもほとんど何もわかってないじゃない。わかってるのはうちの生徒ってことぐらいじゃない?」
「そうでもないですよ。来射火先輩、掲示板のコメントが来たのは放課後になってからだいぶ経っていましたよね」
私と夢鈴先輩は割と早い時間に局室に集まっていたが来射火先輩を呼び出したり絵を描いてもらったりしたのでここまでだいぶ時間が経過している。
「確かにその通りだけどそれがどうかしたのか?」
「仮に今回のことが虚言や悪戯じゃなかったとしたらどうしてこの店を選んだのでしょうか。近所だったからというので選んだのだとしたらもう対面しているはずです」
この掲示板の相手は警戒心がそれなりに強いと思われる。DMにほとんど言葉を返さなかったのもそうだし、現在この場にいないのもそうだ。そんな人間が近所だからという理由でこの店を選ぶとは思えない。
「それなら偶々この店にいて掲示板を見ていた。そこに鈴夢が書き込みしたの見て連絡を取ったとか?」
「ですがさっきも言った通り放課後になってから時間は経っています。一人で何時間もいれば店から文句が来ますしもっと人のいる店を選んだ方がバレずにこちらを観察できるはずです」
そうすると考えられるのはこの喫茶店から離れられない理由があったということだ。離れられないができるだけ早く話をするというのなら私たちをここに呼ぶしかない。
「おそらくですが文字もなく地図だけ送られて来たのは会話を拒否したかったわけではなく文章を打っている暇がなかったからだと思います。そうですよね?」
私は視線を来射火先輩から丁度頼んだものを持ってきたアルバイトの女性へと声をかけた。そもそも掲示板の人物がこの場所にいる前提で考えるなら他に選択肢は存在しなかった。
「……すみません。もう少しであがりなので待っていただけますか? 話はそれからにしましょう」
彼女はそう返すと持ってきたものを机に並べると一礼して去って行った。
「……さすがだね。鈴夢が率先してあなたに手を貸す理由がわかった気がする」
感心したように来射火先輩はそう言うと紅茶に口をつけてほっと一息ついた。認めてもらえたようで何よりだ。
「だけどよく信じようと思ったよね。顔も見えない相手を」
「まあ、あくまで仮定しただですよ。ですが信じることは疑うことより簡単ですから真っ先に可能性を考えるのが妥当だと思いますよ」
信じるということは既存の可能性の追求だ。新しい仮説をたてる必要もなく、行うのはただの理詰めなので労力はそんなに必要がない。
人によってはそれは信じてると言えるのかと思うかもしれないが矛盾が発生しなければそのまま信じることになるので結果は変わらない。
「今回の場合は時間の浪費以外にリスクはなかったので騙されても別に構いはしませんでしたが。それより待ってる間にいただいてしまいましょう」
私はそう言ってフォークを手に取る。このショートケーキは仕入れたものではなく自家製のものだとメニューには書いてあった。ケーキ屋のものではないショートケーキは一体どれもほどのものなのかと一口食べてみた。
うん、普通に美味しい。甘さがうまく調整されていてこのコーヒーと合う。セットというだけありショートケーキとコーヒーあわせて一つの料理という感じがする。コーヒーにあわせてケーキを作れるというのは自家製の強みかもしれない。
「それと一つ加えれば彼女は認めたわけではないのでまだ油断はできません」
「認めてないって言ってもこっちと話す気みたいなこと言ってたよ」
来射火先輩がパフェを突っつきながら私の言葉にそう返す。このパフェと紅茶もセットなので合うように作られてるのだろうか。私は少し気になったが話の腰を折るのもあれなので会話を続ける。
「彼女言ったのはバイトをあがるまで待っててということだけです。別人という可能性は拭いきれません。バックヤードに高校生アルバイターが潜んでいないとも言いきれませんから」
まあ、可能性としてはそう高いとは思わないが。この規模のカフェにマスターとアルバイト二人というのは人手が多すぎる。
「安来って思ったより面倒くさい
私の考えを聞いた来射火先輩がこちらにジト目を向けてそんなことを言ってきた。
「面倒くさいですか?」
そう言われても全く自覚はないのだが彼女の様子から冗談というわけでもなさそうだ。
「職業病なのか知らないけど物事を複雑に捉えようとしているといえばいいのか。ようするに色々と考え過ぎということ」
「……そうかもしれないですけど想定しないよりはましじゃないですか?」
そういうことじゃないんだけどな、とでも言いたげに来射火先輩は大きなため息を吐いた。
「例えば鈴夢だけど色々考えてるように見えるけど実際のところは深く考えず直感で動くタイプだ。今回のことだって思いつきだろう」
そういえば以前夢鈴先輩は自身を解析家タイプだと話していて考えるのはそう得意ではないようなことを話していた気がする。
「私が言いたいのはそうやって考えて疲れないのかって話だよ。それに何でも推測ばかりしてると驚きというものを感じられないじゃん」
「うーん、そうですね。考えるのが癖になっているというより、昔からこんな感じだったと思います。夢鈴先輩には探偵気質だって言われました」
夢鈴先輩の場合は肯定的ではあったが。そんなこんな話していると私の席に近づいてくる者がいた。
「待たせたわね。無事に終わったわ」
私はそう言って近づいて来た制服姿の眼鏡少女を見て思わず首を傾げた。いきなり話しかけて来たこの人は何者だ?
「安来、彼女はさっきのウェイトレスだ。雰囲気は全く違うけど顔のパーツが一緒だよ」
顔のパーツが一緒ってどういうことだ。来射火先輩は人の顔をパーツごとに覚えているのだろうか。私は残念ながら言われてもよくわからない。眼鏡の有無だとか服装や髪型が違うとかそういう問題だけではなく、先ほどまでの柔らかい雰囲気は皆無で逆に刃物のような鋭さを感じる。
「あれは仕事用の顔だから気にしなくていいわ。私は
彼女がどうやら掲示板の相手に間違いないようだった。
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