1日目-1
今井戸先輩が煙となって消滅したことで彼の存在そのものも消えてしまったようだった。
存在していた存在しない誰か、それが彼を形造っていた怪談の正体だった。それ故に彼の肉体の消滅が存在そのものを過去に及んで消えてしまったらしい。
消滅に立ち会っていた者も例外てばなく、神説局長は今井戸という名も目の前にいたことも覚えていなかった。ただずっと探していた怪異が消滅したことだけは理解しているようだった。それは日下部さんも同じで例外と言えるのは私だけだった。
今井戸先輩が化異事件の黒幕で神説局長に連行されてきたことも覚えているし、彼が消える直前まで忘れていたはずのオカルト研究部に所属していたという事実も私は覚えている。
その理由も正直わからないが完全に消えてなくなるはずだったものが残ったということは喜ばしいことだ。正直まだ明らかになっていないことが多すぎる。
ただ問題があるとすればこれ以上の情報収集が難しいということだった。神説局長も言っていたが存在しないものとなった今井戸先輩の痕跡を追うのは難しいということだ。
ただ全く希望がないかと言われたらそんなことはなく、突破口となり得る人物がいた。それが獅子堂先輩だった。降瑠も含めてオカルト研究部の部員のほとんどが今井戸先輩のことを忘れている中獅子堂先輩だけは彼のことを覚えていた。
よく考えれば今井戸先輩が侵食されていた怪談はそういう存在だった。一人が覚えていてそれ以外が覚えていないという。
つまりは私たちがすべきことはその一人を探すことだ。
「ふーん、そんなことがあったんだねー」
夢鈴先輩は私の話を聞いて興味無さそうにココアをすする。相談があると連絡すると意外なことにあっさりと先輩は局室へとやって来てくれた。
だからやる気かと思ったが実はそうではないらしい。
「要するに大勢の人の中から人を見つけたいということだよねー。それなら簡単な方法があるよー。逆に私たちを見つけてもらうんだよ」
怪異の性質上多くの人が今井戸先輩のことを忘れている中で大々的に今井戸先輩を探していることを吹聴すればあちら側から接触してくれるだろうということらしい。
「とは言っても名前だけじゃあピンと来ない人もいるだろうから写真とかあるといいんだけどー」
「……ありませんよ。記憶からだけじゃなくて記録からも消えてるんです。まるで最初から存在しなかったかのように」
私の個人フォルダからも今井戸先輩に関係する部分が消えてなくなっていた。だから全ての情報は今は私の頭の中にしかない。一応後で文字に起こすつもりではあるけれど。
「んー、でもその人の顔をリアちゃんは覚えているんだよね?」
「確かに覚えてはいますけど絵にしてくれとかは無理ですよ?」
私もさすがに絵にまでは手を出したことはないので書けと言われても当人と判別できるレベルでは無理だ。
「そこは大丈夫。餅は餅屋にっていうよねー。ちょうどいい人材がいるんだよねー」
悪巧みでも思い付いたかのように夢鈴先輩は笑った。
「というわけで夢鈴の相棒のにこちゃんだよー」
夢鈴先輩が電話一本で呼び出されてやって来たのは金髪の少女だった。少女といっても夢鈴先輩と同い年なので先輩だ。
「相棒というよりは鈴夢の世話係の
「ちょっとにこちゃん、世話係は酷くない!? まるで夢鈴が一人で何もできないみたいじゃんかー!」
来射火先輩の自己紹介に夢鈴先輩が怒る。来射火先輩は慣れているのか。飄々とした様子で言葉を返す。
「どの口が言ってんの? 鈴夢はクラスでほとんど喋んないし、そもそも学校に来ないし。私がクラスで何て呼ばれてるか知ってる? 通訳よ通訳。まじであり得ないでしょ」
集団恐怖症である夢鈴先輩がクラスで和気あいあいとしてる姿は逆に想像できないのでさもありなんといったところだ。
部が悪くなったことを察知した夢鈴先輩は
「そんなことを喋らせる為ににこちゃんに来てもらったわけではないのー! にこちゃんはこれでも美術部でデッサンに限れば学校一の腕前なのだー」
「これでもは余計。それで私に何をして欲しいわけ? 後輩に紹介するだけってわけでもないんでしょ?」
来射火先輩は私の顔に射抜くな視線を向けてくる。ここは夢鈴先輩に任せず私から切り出すべきだと思い私は口を開く。
「初めまして来射火先輩。私は安来愛莉明です。わざわざ足を運んでいただきありがとうございます」
「いいよ、別に。鈴夢からの急な呼び出しはいつものことだし。それに噂の一年生に私も会ってみたかったし」
噂の一年生か。いい噂ならいいんだけどどうなんだろうか。夢鈴先輩が発信源だったら余計な尾ひれが付いてそうで怖いが。
「それで来射火先輩にお願いがあって。先輩に似顔絵を書いて欲しいんです」
「似顔絵? それってあんたの?」
「いえ、そうではなくて……」
私は簡単に経緯を説明してお願いした。それを聞いた来射火先輩は難しそうな顔をしかめる。
「聞いた情報を元に似顔絵を描く何てどれだけ難しいか分かってる? それを専門とする警察官がいるくらいなんだけど」
「それは……」
確かに来射火先輩が言うように難しいことだとは思うが私にはどうしても必要なことだ。
どう納得してもらおうか、そう考えていたら間に夢鈴先輩が割って入ってくれた。
「そう言わないであげてよー。にこちゃんならできると思って紹介したのは夢鈴だよー。それともにこちゃんにはできないのー?」
「はっ、私を誰だと思ってる? できるに決まってんじゃん?」
来射火先輩は急にやる気を出してスケッチブックと鉛筆を取り出した。
そうして私は来射火先輩から聞かれるままに答えてそれを彼女が描いていった。
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