後日-1

 兄さんが亡くなって2週間くらい経った頃、休日に私は学校に呼び出された。それは局長直々の呼び出しだった。


「よく来たな。待っていたぞ、安来愛莉明」


 その声は間違いなく最初にこの局室に来たときにパソコン越しに聞いた声と同じだった。この人が支援局の局長らしい。

 私はすぐに頭を下げて挨拶する。


「あなたが神説しんぜい局長ですね。こうしてお会いできて嬉しく思います」

「いらねーよ、そういう挨拶は。お前が思ってるほど俺は偉くはないからな。ただそういう風に振る舞っているだけだ」


 だから顔を上げろと神説局長は私の行動を否定した。私が顔を上げると神説局長はソファーに座ってどっしりと構えていた。


「聞いたぜ。お前の兄、安来伊凪が死んだそうだな」


 兄のことが神説局長の口から出て来るとは思わなかったので私は言葉に窮してしまう。


「返事はいらないぜ。ひとまず俺の話を聞くといい。実のところ俺はお前のことは入学してくる前から知っていた。優秀なお前のことだから勘づいてるかも知れねーが伊凪先輩とは面識がある」


 確かに神説局長の言う通りそれを聞いても驚きはなかった。兄さんが高校に通っていたのは2年前。その頃は神説局長は1年生なので当然顔見知りでないなんてことはあり得ない。

 ただ兄さんの口から神説局長のことは聞いたことはなかったのでそこまで親密でとなかったのかと思っていたがそうではなかったらしい。


「伊凪先輩は在学時からずっと悩んでいたよ。優秀過ぎる妹のことでな。自分に才能がないことを理解しながら妹に失望されることを恐れていた」

「兄さんに才能がないなんてことは……」

「なかったさ。確かにお前の兄は優秀だったが才能があったわけではない。怠惰な天才を頑張り屋の凡才が越えることなどよくある話だ」


 私の勘違い、幻想をうち壊すように神説局長は言う。安来伊凪はお前が思う人間ではないと叩きつけて来る。


「彼は努力家だった。生まれ持ってそうだったのかお前の存在がそうさせたのか。不幸なことに才能を努力で埋められてしまうくらいには彼は器用だった」


 まさに器用貧乏だったと神説局長は語る。努力しても到達できなければそこで諦めがついただろう。無理だと思えたならそこで終わらせることができただろうにと。


「一番の不幸はお前が妹だったということだ。ただ兄に憧れる凡人だったらどれ程よかったことか。己の道を突き進む天才だったならどれ程救われたことか。追いかけるだけのお前にはわからなかったことだろう。もちろん俺にもわからないがな」


 神説局長は私を責めるように口を回す。私の存在が兄さんを追い詰めたのだと差し示すように。


「別にお前を責めようというわけではない。期待に応えようとしたのも自ら身を滅ぼしたのも伊凪先輩自身だ。ただ俺は正したかっただけだ。せめてもの手向けとしてな」


 神説局長は表情を和らげると改めて居ずまいをただした。


「さて、前置きはここまでにして本題に入るぞ」

「え? 今のが本題じゃなかったんですか!」


 てっきり兄さんのことを話すために呼んだのかと思ったのにそうではなかったらしい。


「私用で部下を呼び出す上司がどこにいる。今の話はついでに過ぎん。本題は別だ」


 神説局長はそう言うとファイルを机に放り投げた。読めということらしい。

 私がそれを手に取るとそのファイルの名前を見て驚いてしまった。「化異事件に関する調査結果」確かにそう書かれていた。


「お前の依頼報告書と協力者からの情報を元から製作している。足りない情報があれば言え」


 私は一枚一枚ちゃんと読んでみる。化異については触れない形で書いたというのにそこら辺も含めてしっかりと書かれていた。それだけで協力者が誰か何てわかってしまった。


「オカルト研究部のとき日下部さんに依頼をしたのは神説局長だったんですね」

「ああ、その通りだ。お前の中間報告を目にして化異が関わってる可能性が高いと感じたからな」


 最初から神説局長は化異について知っていたらしい。それに資料には私が担当してないものも書かれていて時期的にはオカルト研究部の件より前のものだ。


「俺はこれらの件の黒幕が学校に潜んでいると考えている。この学校で事件が起きすぎているしな」


 確かに今までの事件を振り返るとその可能性が高いだろう。絆紡人形は学校掲示板が始まりだった。


「今までの依頼の中で黒幕が潜んでいる可能性がある場所はなかったか? 報告してないことでもいい」


 報告しておらず、日下部さんも知らないであろう情報か。そんなものはあっただろうか。

 いや、報告していない中で日下部さんも知らないものは確かにある。それはクラウド上の個人フォルダにある。

 個人情報や提供者のお願いで共有していないものが入っている。学校のサーバー外にあるので夢鈴先輩も知らない情報だ。

 でもそこに有益な情報があるかはわからない。


「ちょっと待ってください」


 私は改めてファイルの中を見直す。何が鍵となるかわからないので私は飛ばすことなく確認する。


「誰だって思うことだろうが一番怪しいのはオカルト研究部だ。外部の関わりのない中で化異事件が発生しているのだからな」


 オカルト研究部か。確かに神説局長の言う通りだ。局長の言うこと以外にも降瑠が例の本を手に入れた経緯がオカルト研究部だ。

 オカルト研究部が怪しいと言うなら一つだけ気になっていることがあった。それは化異をばらまく怪談、このときでいう絵画の怪談だ。

 降瑠と私だけが耳にしたこの怪談。降瑠は獅子堂先輩に私は伊凪兄さんへの執着が引き寄せた怪談だ。

 では普通の人聞いた場合はどう聞こえるのか。もしかしたら、今の私ならもう一つの怪談を聞けるのではないだろうか。兄さんに抱く憧れと決着を着けた私なら。


「神説局長、一つ聞いてもらいたいものがあります。今から流しても構わないですか?」

「……ああ。それで何か分かると言うのなら聞かせろ」


 私は局長の許可ももらえたのでクラウド内のとある音声ファイルを開く。途中からというのは難しいので最初からだ。

 オカルト研究部の懇親会で行われた百鬼夜談の内容を録音したものだ。急に始まった怪談話に神説局長は眉をひそめたが止めたりはしなかった。

 話は何度か移り変わり、私の覚えのない、正確には聞き覚えのない怪談が始まる。

 聞き覚えがなくても内容は知っていた。テキストファイルの中にあったそれは「存在していた存在しない誰か」という話だ。幼い頃よく遊んでいた子について聞くと自分以外の誰も知らない。六人、暗闇で話していたら自分以外に人陰が六つあった等、よく見かけるような話だ。

 私がその話を聞き終えると音声を止めたので神説局長にもこの話が鍵となることが伝わったはずだ。


「……そうか。この怪談が別の怪談に聞こえたという部分か。だが音声として残るなら黒幕も対策は経てていたはずだろう」


 さすがというべきか。神説局長は私の考えを瞬時に理解してくれたようだ。しかし、私が知っていて神説局長が知らない部分がある。


「神説局長、そもそもこの音声ファイルは存在しないことになっているものなんです」

「存在しない?」


 奇しくも鍵となる怪談と近しい表現となるがこう表現するのが正しいだろう。


「この音声ファイルは存在しないはずの存在しているファイルなんです。これはオカルト研究部の顧問である伊知鹿先生が部員に無断で録音したものなんです。獅子堂先輩が言うには百物語の録音は禁忌タブーだそうです」


 つまりは黒幕としてもこの怪談が音声として残っているのは予定外であるということだ。


「まさか黒幕も思っていなかったはずです。予定外に残っていた音声を聞いて化異の影響を受ける人間がいたなんてことは」


 そう、答えは最初から存在していたのだ。もっと早く気づけば悲しい事件は起きなかったかもしれない。いや、その事件があったから私は気づけたのだろう。


「この学校に潜む化異事件を仕込んだ黒幕はこの怪談を語った人物、つまりは今井戸先輩です!」


 それこそが色々なものを失い得た中で突き止めたこの事件の犯人の名前だった。

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