エピローグ

 この街を賑わせていた連続動物怪死事件は被疑者死亡という形で幕がおりた。その被疑者というのは伊凪兄さんではなく、兄さんが潜伏していたビルの所有者だった。

 ビルの所有者は警察が乗り込んだ時には既に亡くなっていた。自殺とみられているがその死に方が異常だったそうだ。逆さの状態で首を吊っており、儀式めいた状態だったそうだ。

 そのビル所有者が兄さんの協力者だったとしたら私としては拍子抜けと言ってもよかった。スケープゴーストとして自殺させられた可能性もあるが残念ながら詳しくはよくわからなかった。

 こうして事件は一応の解決となり、次第に話題には上がらなくなった。そして『動物連続怪死事件調査団』は事件解決を祝して集まっていた。


「どうして夢鈴までここにきてしまったのかなー」


 私と降瑠、真昼、それに加えて夢鈴先輩が卓を囲んでいた。夢鈴先輩は喋りはいつも通りではあったが表情は完全にグロッキーで完全にやる気はなさそうだった。

 2人の間で夢鈴先輩は私を救った英雄扱いになっていてこうしてお呼ばれしたというわけだった。一応夢鈴先輩も二人に慣れ始めてはいるがあくまで彼女のフィールドは一対一なので多分これ以上は改善しなさそうだ。

 ちなみに他に客がいると夢鈴先輩は完全に沈黙してしまうので完全個室のお店だ。


「鈴夢ちゃん、このお肉美味しいよ」


 真昼が夢鈴先輩を甲斐甲斐しく世話をしている。最初に会ったときから真昼は夢鈴先輩を年下扱いしている。

 降瑠は少し遠慮がちに夢鈴先輩に話しかけている。夢鈴先輩はそれに適当な感じで答えている。

 私はその様子を楽しんで見ているという図だ。


 あの事件については私が誘拐された事実はなかったことになっている。真昼と降瑠はもちろん誘拐された事実は知っているが夢鈴先輩が犯人の隙をついて助け出したことになっていてもちろん日下部さんがいたことは知らないし化異のことなど一切知らない。

 基本的には夢鈴先輩がシナリオを考えてくれて私がそれにうまく乗っかった形だ。その所為で夢鈴先輩的には不本意な状況になっていることだろうが私的にはこういった荒治療も必要なのではないかと思っている。

 兄さんについてだが形的には今回の事件の被害者ということで亡くなっているということになった。遺体ついては行方知れずということになった。実際被害者の何人かは遺品は見つかっているが遺体が見つかっていないという状態だった。

 日下部さんから聞いた話によると鍵がかかっていたあの部屋、兄さんが一目から隠したかったあの部屋の中は本当に酷い状況だったそうだ。怪談の内容にはなかったはずの食人行為があの部屋で行われていたのではないかということだった。見つかっていない遺体は食べられてしまったのではないかと。

 ニュースでは一切そんなことは触れられていないし、詳細な情報何てほとんど流れていない。不透明なままこの事件は闇に葬られることになりそうだった。

 伊凪兄さんの尊厳が奪われ、悪く言われることになるよりはましだが少し寂しい気もする。

 そんなこんなで真昼も降瑠も私の兄が死んだことを知っているのでこの席も祝うというよりは悲しい気分を吹き飛ばそうぜ、という集まりだった。


「おいおい、肉が全然足りねーぞ! ジャンジャン持ってこいや!」


 いつの間にやらハイテンションになっていた夢鈴先輩が次から次へと肉を注文している。一応確認するがアルコールは投入されていない。負荷のせいで逆に振り切ってしまったのかもしれない。

 それに悪乗りする形で真昼がどんどん肉を焼いて平らげていく。


「安来ちゃんもちゃんと食べてる?」


 2人の様子に降瑠が心配そうに私に聞いてくる。運ばれてくる肉が次々と消えていくので心配にもなるだろう。


「大丈夫。ちょくちょくつまんでるから。それより支払いのほうが気になるんだけど」


 一介の高校生が支払える額を普通に超えていきそうだ。こうなるとわかっていたら食べ放題のある店を選んでいたのだが。


「そこは問題ないよー。今日はぜーんぶ夢鈴が持つからー」

「鈴夢ちゃんって金持ちなの!」


 余裕な表情でそう言う夢鈴先輩にきらきら眼を真昼が向ける。

 あんな機材を独自に用意しているのだからそれなりに金は持っているのだろうことはわかっていたがここまで余裕があるとは思っていなかった。


「これでも夢鈴は働いているからね。そこらの高校生より持っているよー」


 夢鈴先輩が思いのままに頼み、それを運動部である真昼が平らげていき、私がそれを手伝うことになった。降瑠は早々にリタイアして食べるのを眺めるだけだった。

 ちなみに夢鈴先輩は肉を頼むだけでそんなに食べなかった。体が小さいので元々小食なのかもしれない。

 私たちはありがたく先輩からのおごりでたらふく肉をいただくのだった。




「夢鈴先輩っていったい何者なの? あっさり安来さんを見つけちゃうし簡単に大金出しちゃうし。さっきレシート盗み見たけど何万もいってたよ?」


 お店を出て帰路につくとすっかり打ち解けた様子の夢鈴先輩と真昼の後ろを歩きながらこそりと降瑠が聞いて来た。


「私もよくは知らないけどパソコン関連では相当強いみたい。学校内では多分一番なんじゃないかな。その代わり対人に関してはからっきしだけど」


 そこら辺の技術を買われて支援局にいるのだろうし、その技術を持って色々と稼いでいるのだろう。


「そうなんだ。それなら教えてほしいって言ったら教えてくるるかな?」

「んん、どうだろう。色々と忙しいらしいから難しいかもしれない」


 案外あっさりと了承しそうではあるが引きこもり空間に引きずり込んで来そうであったのでそんな風に答えておいた。降瑠がああなってほしくはない。

 それはそうとこうして降瑠と密談する機会ができたので少し気になっていたことを聞いてみることにした。


「降瑠、話しは変わるけど以前見せてくれた怪談の本のことで聞きたいことがあるんだ」

「怪談の本? えっと、もしかしてこれのことかな?」


 降瑠はスマホを操作して画面を私に見せる。そこには「百聞奇集」という本の表紙が書かれていた。


「そうそれ。兄さんの遺品を調べてたら出て来たんだ。それで一体どこで手に入れたのかって気になって」


 「百聞奇集」についてネットで色々調べてみたがその本はどこにも売ってないし販売されていた形跡も一切見つからなかった。


「えっと、確か先輩が勧めてくれたんじゃなかったかな。いろんな怪談の本が集まってるいいサイトがあるよって。この本はそこで見つけたんだ」


 そう言ってしばらくスマホをいじっていた降瑠は、あれ? と困惑した表情で首をかしげた。


「おかしいなサイトが無くなってる? すぐ見れるように登録しておいたのに……」


 降瑠の画面には、404 not foundの文字が書かれていた。サイトは跡形もなく消去されているらしい。


「……その先輩て具体的には誰だったの?」

「えっと誰だったかな。多分部活の先輩の誰かだったとは思うんだけど。皆に色々と勧められてるからわかんなくなっちゃった。興味があるなら先輩方に聞いてみよっか?」

「いや、いいよ。そこまでしなくても。少し気になって聞いただけだから」


 私が最初に受けた化異関連の事件であるオカルト研究部の件と今回の兄さんの事件。化異に深い影響を受けた2人が同じ本を持っていたのは偶然なのだろうか。

 「百聞奇集」、そしてその著者である「服部はっとり尽筆つくし」についてもっと調べてみる価値はあるかもしれない。


「愛莉明ちゃんにフーちゃん、遅いぞー!」


 気づけば前の二人との距離が空いていてそれに気づいた真昼が手招きしてきた。


「降瑠、行こう」

「う、うん」


 私は話を打ち切る意味も込めて降瑠の手をとって前の二人を追いかける。

 私は皆と談笑しながら心の中で決意をたてる。

 化異事件の謎を全て解き明かし、背後にいる何者かの正体を暴いて報いを受けさせてみせると。

 そんな私を夢鈴先輩が横目で見ていたような気がするが気のせいだろう。

 とにかく明日から早速頑張ろう。気持ちを新たに私は一歩進みだした。

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