2日目-3

 私は兄さんの死を見届けた後日下部さんにめちゃくちゃ怒られた。


「バカか貴様は! 発煙筒程度で動きが止まらなかった場合どうするつもりだった!? 一歩間違えれば死んでいたんだぞ!」

「まあ、そのときは私が襲われてる間に日下部さんがとどめをさしてくれてたでしょ? 私の責任ですから命くらい……」

「そんなわけあるかー!」


 そんなことを言ったら背後から背中をおもいっきり叩かれた。振り返るとそこには夢鈴先輩が立っていた。


「え? どうして先輩がここに?」

「誰がこの場所を突き止めたと思ってるのかな-?」


 夢鈴先輩はにこりと微笑んでそう言った。目は笑っておらず色々大変だったらしい。

 何かと頼られることもあるかと思い局室で待機してたら真昼と降瑠が押し掛けて来たらしい。二人に詰め寄られて夢鈴先輩は怖い思いをしたことだろう。

 私と連絡がとれなくなったことを聞いた夢鈴先輩は私のスマホの位置情報を元にこの場所を突き止めたらしい。学校から支給されたスマホでなければ無理だったらしい。


「祓い屋に任せるつもりだったんだけど二人が一緒に行くってごねるから代わりに夢鈴がこうして来ることになったの」


 支援局員の夢鈴先輩なら授業をサボったところで、というか普段からサボっているので痛くも痒くもないだろうが真昼や降瑠はそうはいかない。それに化異について何も知らない二人が来られても困ったことになっていたのでさすが先輩、良い判断だった。


「そうして来てみたら後輩が命を捨てるような行為をしてるわ、首が落とされる瞬間を目撃させられるわで夢鈴のライフはもうゼロよ」

「それは災難でしたね」


 私がそう返すと夢鈴先輩がいったい誰のせいだと思ってるんじゃー、と言いたげに睨んできたがそれを言葉にせず、代わりにため息を吐いた。


「もうういいよー。それよりさっさと帰ろう。こんなところにいたら息が詰まってしまいそうだし」

「えっと、その前に兄さんをちゃんと弔って……」

「は? 兄だって!!」


 夢鈴先輩は驚愕の表情で私と兄さんの遺体を交互に見た。どうやらそこらへんのことは聞こえていなかったらしい。


「残念ですがそういうわけにもいきません」


 またまた第三者の声が聞こえたと思ったらいつのまにやらどこかでも見た男が立っていた。絆紡人形の際にも見た。確か早瀬さんとかいう人だったか?


「それってどういうことですか?」

「そのままの意味ですよ、愛莉明様。化異の処理には作法がございます。残念ですが普通の方法で弔うことは叶いません」


 早瀬さんは笑顔を崩さずにそう答えた。最初にあったときにも思ったがこの早瀬さんというのはどうにも不気味だ。張り付いたような笑顔に飾ったような言葉からは彼の真意が全く見えてこない。


「すまないが二人とも先に出ていてくれ。早瀬とはぼくが話そう」


 いつのまにやら刀を収め、元の姿に戻っていた日下部さんが私と早瀬さんの間に立つ。ちらりと目があったがその目は今はいう通りにしてくれと言っていた。

 私は知らない人間の乱入で固まっていた夢鈴先輩を連れて脱出することにした。

 二枚扉を抜け、上へ続く階段を上って行くとまた扉があり、それを開けるとそこは外だった。

 そこは裏路地といった感じの場所で振り返るとそこに建っているのは五階建てくらいのビルだった。

 てっきり街外れの廃墟か何かなのかと思っていたが結構街中だった。

 兄さんがこんな場所を知っていたとは思えないし誰かが兄さんに協力していたのだろうか。


「それにしてもよくわかりましたね。どう見てもこの扉裏口にしか見えないのに」


 二人きりになったことで活動を再開した夢鈴先輩にそう尋ねる。夢鈴先輩はぱちくりした後ビルの方を振り返った。


「確かにぱっと見はわからないけどそれは疑って見ないからだよー。ビルの案内図をよく見ればここにドアがあるのがおかしいことに気づくはずだよー」


 どうだ、すごいでしょ、と胸を張る夢鈴先輩の頭を撫でてあげようとするとぱっと避けられた。


「それはそうとリアちゃんは大丈夫なのー?」

「全然大丈夫です。軽く投げ飛ばされただけで攻撃事態は受けてませんから」

「投げ飛ばされただけって、それだけでも十分だと思うんだけど-」


 呆れた様子で夢鈴先輩が私を見る。


「いや、そうじゃなくて身体じゃなくて心の方! 肉親があんなことになって大丈夫かってことー!」


 何てこともなく普通に私のことを心配してくれているらしい。確かに最初は動揺してはいたが兄さんと向き合った今は不思議と心は平穏だった。もちろん悲しくないといえば嘘になるがそれでも平然としてられるくらいではあった。


「大丈夫ですよ、先輩。本当です。強がりなんかじゃありません。もう別れはすませましたから。伊凪兄さんもわかってくれてる、そんな気がするんです」


 夢鈴先輩は私の真意を探るように私の顔を見ていたがそこに嘘はないことを理解したようでやれやれと肩を竦めた。


「まあ、リアちゃんがそう言うならこれ以上は何も言わないし気も遣わないよー」


 ただまあ、あの兄さんが普通に怪談に興味を持つとは思えないので誰かが兄さんを陥れたのではないかと思う。その相手を見つけ出して必ず報いを受けさせてやりたいとは思う。


「リアちゃん、なんか悪い顔してるよー?」


 どうやら顔に出ていたらしい。私は気と表情を引き締めた。

 そこで丁度日下部さんが戻って来た。その手には小さな赤い布袋が握られていた。


「早瀬からの餞別だそうだ。御守りとして使ってくれだとさ」

「中身は?」

「とてもありがたいものだそうだ」


 日下部さんは私から目をそらしてそう言った。その様子から日下部さんも中身は知っているみたいだが教える気は無さそうだ。


「それと伝言だ。兄の遺体は諦めろ。その代わり遺品は清めた後なら返還してもいいとのことだ」


 やはり化異によって変質した肉体はどうやっても戻らないということらしい。元の姿に戻っていたのも化異によるもので化異を祓われた今は戻らないようだ。


「それでは私たちは学校に戻ります。日下部さん、捕まっていた人たちのことよろしくお願いします」

「ああ、任せてくれ。それはそうと夢鈴さんは気をつけた方がいい」

「え? どうして夢鈴なのー! 色々やってるのはリアちゃんでしょ?」


 自分に話の矛が向くとは思っていなかったのか夢鈴先輩は驚き、威嚇する子猫のごとく身構える。


「余計な詮索はしない方がいい。特に早瀬家と関われば火傷ですまないかもしれない」

「えー? 何のことか夢鈴わかんなーい」


 夢鈴先輩が可愛い子ぶってそんなことを言うが日下部さんが放つ圧は消えない。

 その圧に耐えられなかった夢鈴先輩はスマホで何かしらの操作をするとため息を吐いた。


「写真は全部消去したよー。盗撮技術には自信があったのに何で気づけたのー?」


 は? 盗撮? この先輩はさぼり魔というだけでなくそんな趣味があったのか。


「いや、夢鈴のスキルを破廉恥なそれと一緒にしないでよー! 浮気現場をおさえたりとか探偵には必須なスキルでしょー!」

「いや、先輩はいつから探偵にジョブチェンしたんですか」


 あくまで情報収集の一手段で犯罪チックなことはしていないということらしい。

 話の流れから考えると夢鈴先輩は早瀬さんのことを盗撮して色々と解き明かしてやろうと考えていたということらしい。


「弱みでも握れたらと思ったけど祓い屋さんがそう言うならヤバそうだしやめておくよー。そもそも1銭にもならないことに精をだしても仕方ないしね」


 1銭にもならないってそれなら何のために夢鈴先輩は調べようとしたのだろうか。私がその顔をまじまじと見つめるとわずかに顔を赤く染めてそっぽを向いた。


「別にリアちゃんへの対応が気にくわなかったわけじゃないんだからね!」

「……それじゃあ先輩帰りましょうか」

「ちょっと! 何でそこはスルーするのー!」


 これ以上は属性過多というやつだ。それ以上は死者が出る。

 私は騒ぐ夢鈴先輩を無視して歩き出す。人通りの多いところに出れば先輩も静かになるだろう。

 私はスマホを取り出すと忘れずにどこでいつ手に入れたかもわからないスタンプを送っておく。

 無事帰還! そうでかでかと書かれたそのスタンプは直ぐに既読がついた。私はそのまま返信を見ずにアプリを閉じる。

 さて、二人にどう説明するべきか。私は少し頭を悩ませながら帰路を歩いていった。

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